現ソニー社長兼COOの安藤國威氏がITカンパニープレジデント時代に推進した「AV/ITコンセプト」を基礎にするVAIOシリーズ。 その現場を統括していたのが、現在はソニー業務執行役員常務 兼 IT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー NCプレジデントの木村敬治氏だった。木村氏はPCへのAV技術の統合を行なうこと、ユーザーとの接点であるソフトウェア開発を重視することなど、黎明期にあったVAIOシリーズの基礎を築いた。 その後、組織変更による役割の変化や、業務執行役員常務に任命されるなど、より経営に近い位置へと立ち位置が変化していったが、VAIOシリーズの業績不振が伝えられた一昨年後半からVAIO事業の現場へと回帰。昨年春の組織変更でIT&モバイルソリューションズネットワークカンパニーを統率することになった。今年6月には本社での立場も執行役専務へと変わり、VAIO事業の再構築を任されている。 その木村氏がこの1年ほどの間、取り組んでいたのが、“VAIOの商品性、アドバンテージとは何か?”を再考し、再構築することだ。昨年インタビューしたとき、木村氏は「VAIOには様々な機能が組み込まれ、オリジナルのソフトウェアもインストールされている。しかし、それらは本当にユーザーにとって“一番優れているものなのか”。一番でないならば、ユーザーは他のソフトウェアを使いたいと思うだろう。本当に優れているもの以外はすべてを捨て、ユーザーにとって価値あるものも再度作り直す」と話していた。 その言葉通り、昨年の夏~秋にかけてはVAIOシリーズのモデル構成が大きく整理され、新規開発製品の発表も少なくなった。バンドルされるオリジナルソフトウェアの数も絞り込まれ、“何かの準備を行なっている”様子がうかがえた。 その準備期間を経て始まった“VAIO第2章”。木村氏に新しいVAIOの始まり、そして今後について話していただいた。 ●AV/ITコンセプトの成果がVAIOに変化を求めた -約1年前に木村氏に話を伺ってから、確かにVAIO部隊の動きが従来と異なることが感じられていた。この1年間、ソニー社内ではどのような取り組みを行なっていたのか。 「VAIOを変えよう、変えなければならないという議論は2002年からありました。具体的な動きになったのは2002年秋ぐらいからです。当時、“テレビパソコン”といった分野が確立され、世の中の製品がみんなVAIOに似たものになっていました」 「我々はVAIOシリーズをやり始め、PCとAVの融合という大きな変化を業界に与えたという自負がありました。結果論かもしれませんがコンシューマ向けPCの大きな流れは作ることができた」 「ではPCにAV機能を統合した後、コンシューマ向けPCはどこに向かうべきなのか。そこに行くことこそが、VAIOの使命だと考えたわけです」 -“VAIO第2章”といっても、単に現時点での製品を見るだけでは、従来のVAIOとの変化を感じない人もいるだろう。業界内でPCを追いかけている人間ならば、VAIOの変化を敏感に感じることもできるが、それ以外の読者に対しても木村氏自身の言葉で新しいVAIOを紹介して欲しい。 「VAIOが登場して以降、世の中のインフラ、顧客の考え方、VAIO、そしてPC業界は変わり、市場環境が変化してきたと言えます。そこでVAIO全体が次のステップへと進むために、大きく3つの取り組みを行なっています」 「1つは、Windowsで動作するPCとしてのVAIOを変えることです。我々はAV/ITコンセプトでAVとPCの融合を図ってきましたが、その次のテーマとしてAV/ITのさらなる進化を掲げています」 「Windows搭載PCにで音楽や映像に関する機能を入れれば、それで顧客が満足する時代は終わりました。今やそれは当たり前の事になっているからです。次に我々が取り組むべきは、最先端のAV機器と同等レベルの音や映像をWindows搭載PCにもたらすことです。AV機器としての“次元”を次に進めるために、何ができるのかをテーマにしています。 「次に、Windows以外のプラットフォームで、ネットワーク機能を持つ新しいカテゴリの商品に取り組みます。これまでも、ポータブルビデオプレーヤなどで取り組んできましたが、その分野に対してきちんと腰を据えて取り組む、ということです。Windowsが組み込まれていなくても良い製品カテゴリは多数あります。そこでの市場開拓を積極的に行なうことがもう1つのテーマになります」 「最後に新しくバンドルされる“Do VAIO”に代表される、これまでのPCソフトウェアとは異なる優れたAV家電レベルの使いやすさです。これまでVAIOシリーズ向けに多くのソフトウェアを開発してきましたが、ある意味、自分たちのやりたいことを追いかけるあまりに顧客の視点を失っている部分もありました。そこで一度顧客の視点に立ち返り、ゼロから新しいユーザー環境をソフトウェアで構築しなおそうとしています」 -「AV機器レベルのAV性能」という意味では、VAIO type Vが最新の固定画素テレビと同等レベルの画質を実現したことが注目できる。また非Windows機器という意味では、VAIO Pocketがそれに相当するのかもしれない。Do VAIOもまだ熟成が不足している面はあるものの、1つの方向を示してはいる。しかし、完全に違う商品に見えるほどの変化でもない。 「我々の“VAIO第2章”は始まったばかりです。今回、夏モデルとして発表した製品がすべてではありません。全く初めての取り組みが多く、成果物として夏モデルでは投入していない製品もあります。まずは、この夏モデルからVAIOを“変え始める”と考えてください」 「我々は積極的な新しい製品を計画しており、今までのPCを捨てて買い換えたくなるぐらいの高い付加価値を提供しますよ」
●DHWGへの取り組み -VAIOを新しいブランドとして再構築していく上で、ホームネットワークとの関わりは無視できない。その一方、VAIO以外の部署でDHWGへの取り組みを伺ってみると、ソニーはノンPCでのデジタルホーム環境構築を目指し、アプライアンスとしてのサーバなども検討しているという。こうした動きの中で、VAIOはどのような立ち位置をホームネットワークの中に確保していくのか。 「DHWGはもともと、Intelとソニーが仕掛けてきたものです。もうすぐ最初のスペックが出てくるでしょう。DHWGに参加する各社によってホームネットワーク構想の詳細は異なりますが、ソニーが考えているホームネットワーク環境は、確かにPCを中心に周りにデジタルデバイスが位置する、というものではありません。しかし、PCは高い汎用性や強力なプロセッサパワー、巨大なストレージなど、様々な特徴があり、別の何かが取って代われるものではありません」 「しかも、多くの家庭にはすでにPCが存在し、場合によっては複数台があります。PCはホームネットワークのインフラのひとつになっているのです。同様にPSXのようなメディアサーバや、スゴ録のようなハイブリッドレコーダも存在するでしょう。ゲーム専用機もあれば、iPodやVAIO Pocketのような携帯型プレーヤも増えてくると思います。それらが相互に接続されるようになった時、そのどれかが主役になるわけではなく、すべての機器が混在し、それぞれに異なる役割を持つだろうと考えています」 「ユーザーはスゴ録でもVAIOでも、状況や機能などに応じて好みの機器で録画をすればいい。それがホームネットワークによって接続されたテレビから見たとき、シームレスに見えて再生できれば良いわけです」 「我々は早くからこのテーマに取り組んできましたが、しかし本当に便利だと思える製品を提供できていません。DHWG対応製品は今後3年ぐらいの時間をかけて、より良い製品に成長しながら消費者に届くようになるでしょう。そうしていくことは、VAIO第2章のシナリオの中にも含まれています」 ●Longhorn前にも、著作権保護を徹底したPCを届けることも可能 -ホームネットワークを活用したAV機能という意味では、著作権フラグの設定されたプレミアムコンテンツを、Windows PCでどのように扱うかも問題のひとつだろう。DVDやネットワークを通じたプレミアムコンテンツ流通、またホームネットワーク内でのプレミアムコンテンツ共有、それにコピーワンス信号付きデジタル放送コンテンツの扱いなど、現在のPCでは扱えないデータは、ホームネットワークの時代で急速に増加していく。 「映画などの商用コンテンツを、ネットワークの中で、あるいはPCの中でどのように扱っていくかについて、我々はすでに対策を施す準備ができています。著作権フラグのついたコンテンツでも、ホームネットワークで共有することが可能になるでしょう」 「コンテンツ保護セキュリティに関して業界で話を進めるとき、すでにデジタル著作権管理技術について話題が及ぶことはほとんどありません。暗号化やコピー世代管理、期限付き使用許可などの技術はこなれており、それが主題にはならないのです」 「 現在、我々が取り組んでいるのは、ユーザーに大きな不便をかけることなく、セキュアにコンテンツが流通できる技術・環境を確立させることです。過去においては、Secure Digital Music Initiative(SDMI)における大失敗がありました。SDMIのルールに従うと、ユーザーは一方的に不便を強いられることになり、結局はSDMIルールから逸脱した製品ばかりしか売れず、市場拡大も阻害されてしまう結果になりました。コンテンツを保護するため、ある程度、使い方に制限が加わるのはしかたがありません。しかし、ユーザーに対して不便を求めるようではなりません」。 -PCだけでなく、ホームネットワーク機器全体がセキュアなものになってくれば、ネットワーク流通するコンテンツ市場は、ビジネスとして活性化できると思うか? 「ユーザーは、これまでもパッケージソフトで様々なエンターテイメントを楽しんできました。パッケージを購入しないまでも、レンタルするなどして、コンテンツに対して対価を支払ってきた歴史があります」 「しかしネットワークを用いれば、単純なパッケージソフトでは実現できなかった新しい楽しみ方や使い方が提供できると考えています。ところが、(著作権保護で運用方法を厳しく制限し)そうした新しい楽しみ方を押し潰してしまうと、結局は“パッケージ製品の方がいい”と、ユーザーは元の世界に回帰してしまうかもしれません」 「特に音楽コンテンツに関しては、ある意味、悲惨な経緯があります。Napstarなどにより、コンテンツ提供サイドは大きな痛手を受け、デジタル技術やネットワークに対する警戒感を強めてしまった。彼らをどのように導くかが鍵になるでしょう」 「Napstarにユーザーがエキサイトしたのは、コンテンツがタダで手に入るからだと見る向きがありますが、私はそうは思っていません。Napstarがもたらした興奮の本質は、欲しいコンテンツがスグに手に入り、コミュニティの中で新しい音楽の発見ができる、あのダイナミズムでしょう」 「そうしたダイナミズムをセキュアな環境で作り出せれば、ネットワークのコンテンツ流通には大きな将来の可能性があると思います。そしてプレミアム性を持ったコンテンツに対して、お客さんはきちんと料金を支払ってくれるでしょう」 -SACDやDVD-Audioなどの高品質音楽ソフト、映画などのDVDソフト、それにデジタルハイビジョン放送などを、次世代のセキュアな環境を実現するLonghorn以前に、Windows搭載PCでサポートできるだろうか? 「現時点で詳細はお話しできませんが、我々はデジタルハイビジョン放送を扱えるVAIOを年内に計画しています。単に録画/再生できるだけでなく、きちんとハイビジョン解像度での再生が可能で、コピー世代管理に対しても取り組んでいます。具体的にどのような価値や機能が提供できるかは現時点ではお話しできませんが、高品質オーディオの扱いにも変化があるでしょう」 「現在、世の中にはセキュアではないコンテンツがなんでも再生できる製品と、セキュアである程度は運用に制限がある製品がありますが、これは近い将来、プレミアムコンテンツがきちんと再生できるデバイスと、再生できないデバイスに分かれていきます。我々の製品は、現時点でもセキュアでコンテンツが保護された、つまりプレミアムコンテンツを将来的にも再生できる製品です」
●“AV機器なんか実は必要ない”という世界を実現したい -これまでのVAIOは“AV機器を作り続けてきたソニーだから”とのかけ声はあったが、AV機能は備えるものの、本質的な面で“ソニーのAV品質”とは言えない面もあった。VAIO type Vでは、その部分を破り、やっとAV機器の品質を手に入れている。しかし、一言でAVといっても、まだまだやり残した部分は多い。 「AVの品質を徹底的に高めていけば、アプライアンスとしてのAV機器は不要だと考えて、新しいVAIOに取り組んでいます。現代のデジタル家電の中身は、コンピュータと相似するものになっています。汎用性があり高い能力を持つPCは、機能的には何でもできる。しかし品質面では差があった。機能面で家電とPCの境なんて存在しないならば、品質の違いが作ってる両者の壁を壊していきたい」 「これまで遠い存在だった“AV機器品質”とIT機器の世界は、その技術的なバックボーンも大きく異なります。そこにソニーの持つAVのノウハウを注入することで、近づけていけると確信しています。今回の製品でその第一歩を踏み出しましたが、まだまだ満足しているわけではありません。もっと高音質、もっと高画質を、どのようにしてIT機器に持ち込むのか。そのスタート地点に我々は立ったところです」 -しかし、単に品質を追求するだけでは、単にAV品質に優れたPCということになってしまう。PCとAV機器が融合し、さらに質を高めることによる、「新しい何か」をVAIOはつかむことができるのか? 「PCにはとてつもないインテリジェンス性があります。これはアプライアンスにはないものです。PCの持つインテリジェンスは、新しい次元の使いやすさを提供できるでしょう。PCでAV品質を実現することで、従来のAV機器にはない魅力を引き出せます」 -自動管理によって管理コスト削減を実現する“オートノミックコンピューティング”技術が、エンタープライズコンピューティングの分野で注目されている。また各種センサーを用いたセンサーコンピューティングも話題に上るようになってきた。これらをコンシューマ向け製品に応用するということか? 「たとえば“こうなって欲しい”とユーザーが考えることを、デバイスが自動的に判断して選択肢を絞り込んでくれる。あるいは、蓄積された情報からユーザー好みのコンテンツをオファーするなど、様々なインテリジェンスが考えられるでしょう。あらゆる情報を集約し、分析してPCの側からユーザーにアプローチする。それぐらいのパワーをPCは持ち始めています」 「VAIOが目指すのはそれらの技術を用いて、ユーザーが“なんて心地よい操作環境なんだろう”と感じ、AVアンプやラジカセには戻れなくなるようにすることです。また、持ち歩いていると、ユーザーの行動に応じてインテリジェンスにユーザーの補助をしてくれるデバイスなども考えています」 「ユーザーに対して出しゃばるわけではなく、思うがままに自動的にそっとサポートしてくれる。そこに到達すると、とたんに心地よい世界が広がります。これから3年、ホームネットワークが普及してくる頃には“心地よすぎるVAIO”の技術をお見せできるでしょう」
□ソニーのホームページ (2004年5月24日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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