西川和久の不定期コラム

大人の休日
“TDA1541A non-oversampling DACを作る”



TDA1541A non-oversampling DAC

 前回の記事で少し触れたが、キットを組み立て改造するだけではつまらなくなり、インターネットを検索し資料を集めDACを1から全て作ってしまった。今回のキーワードは、PHILIPS TDA1541A Wクラウン、non-oversampling、リクロック、ライントランス、SATRI-ICを使ったI/V変換……と、大技小技ネタ満載! とは言え、一度にここまで組み立てたのではなく、段階を経て徐々に作ったので、順を追ってその過程を紹介する。

 全体的に超マニアックな記事となるので、本誌としては完全にアウトオブレンジであるが、最後までお付き合い願いたい。

Text by Kazuhisa Nishikawa


●PCM61P 8パラDAC(改)その後

 本題へ入る前に、大人の休日第一弾“PCM61P 8パラDAC(改)”の完成形を軽く報告する。ケースは株式会社タカチ電機工業のSL70-26-33 BB(7,840円)を使い、本体、電源トランス、SATRI-IC I/V変換基板を収めた。このケースは実際の有効内寸が小さくなるため、注意してサイズを選んだつもりであったが、ご覧のように結構ギリギリ。一瞬「入らないかも!?」と思ってしまった。音質に関しては、記事で書いた通り。後日、オーディオ好きな連中に聞いてもらったところ、かなり太く濃厚な音であるとのこと。狙い通りであったものの、少し濃過ぎたかも知れない。I/V変換抵抗をビシェイにした方がバランスは良い可能性がある。また、完全に完成させて気が付いたのだが、どうやら筆者は、作る過程が好きらしく、ケースに入ってしまった途端興味が薄れ、現在、主要パーツなどは後述するDACへ流用。またバラックの状態に戻っている。

SATRI-IC I/V変換(反転回路)
SATRI-IC I/V変換(反転作動)
反転作動と言っても、回路の変更はご覧のようにごく僅かだ。作動チェックはもちろんOK。オペアンプはOPA627BPへ交換した
ケースへの組み込み1
ケースへの組み込み1
予定していた改造も全て終わり、いよいよケースへの組み込みだ。ドリルやハンドニブラーなど、工具も一緒に買ってしまった
ケースへの組み込み2
ケースへの組み込み2
如何だろうか!?ケースへ入れた途端、バラックとは違いそれらしく見えるから不思議なものだ。形を変えまだ工作は続いている


 このPCM61P 8パラDAC(改)、一カ所回路的なミスがあったので報告しなければならない。SATRI-IC I/V変換の部分である。以前紹介した記事は、SATRI-ICを非反転作動にしていたが、元々PCM61Pからの電流出力が逆相なので、そのまま出力すると位相が逆のまま出てしまう。従って、SATRI-ICを反転作動とし位相を戻す。反転作動の回路図を掲載したので参考にして欲しい。今回のTDA1541Aも含め、電流出力のタイプは逆相になっていることが多いらしいので要注意!

●non-oversampling(1fs) DACの音!

 PCM61P 8パラDACをケースに入れ、ご機嫌なサウンドを楽しんでいた頃、h_fujiwara_1995氏が次なるキットを出していた。PCM61P 2パラ(オプション4パラ)non-oversampling/8fs切り替え式DACである。価格も安かったので迷わず購入。電源周りだけ完全自作し、何時もの改造を行なった。8fsの音は8パラと同じ傾向であったが、non-oversamplingの音は生々しくて結構いける!

 インターネットで検索すると、この手の自作DACはかなり多い。理由として、音楽CDは44.1KHz/16bit/2chで記録されているので、それをストレートにデコードするのが一番自然らしい。ただ、メーカー製品でほとんど存在しないのは、デジタルノイズをメーカー基準値まで取り除くのが大変らしく、オーバーサンプリングなどデジタルフィルタを使う現在の方式になっているということだ。

 理屈はともかく、この音は気に入ったので、8パラへ回路を組み込むか、この4パラを更に改造するか、といろいろ悩んだ結果、そろそろPCM61Pは卒業して別のチップを使うことにした。海外のnon-oversampling自作DACとしてはPHILIPS TDA1543やTDA1541(A)を使ったものが多く、後者は筆者が愛用しているCDP、McIntosh MCD7007や同社のLHHシリーズにも搭載している有名DACなのでこれに決定! DAIは例が最も多いCS8412を使用する。問題は入手方法だ。とっくにディスコンになっているため、古いCDPでも入手して外そうか!? と思っていたところに、タイミング良くヤフオクに出ていたので即ゲットした。しかも最上級のWクラウンという珍品(?)だ。

PCM61P 4パラ 1fs/8fs切り替え式DAC
PCM61P 4パラ 1fs/8fs切り替え式DAC
h_fujiwara_1995氏の第二弾。左側にあるSWでnon-oversamplingと8fsの切り替えが瞬時にできる。とりあえず単一電源で駆動。これはこれでいい音であるが、以前作ったのと同じ傾向なので、今回のDACを作る事にした
nics8412
CS8412
DAIのCS8412。低ジッタで有名であり、自作にも古くから使われている。データシートはここ。既にディスコンになっているため入手は難しいかも知れないが、株式会社若松通商に在庫があり、現状では何とかなる
TDA1541A S1 Wクラウン
TDA1541A S1 Wクラウン
TDA1541Aにはランクがあり、ノーマル/R1/S1/S2と4タイプある。S1のWクラウンはS2のWクラウンと同じらしい。データシートはここ。'91年というのが何とも古い。この頃の多くのCDPが使っていたDACである

●実際に作ってみる!

 初期バージョンの回路図は非常にシンプルだ。電源は±15v(アナログと一部DAC)/±5v(DAC)/+5v(デジタル)を用意し、DAIのCS8412とDACのTDA1541Aはデータシートに書いてあるままOut I2S Formatでつなげただけ。I/V変換とLPFの回路は、8パラDACのものをそのまま使い、OPA2604で作動チェックした後、ゲタを使ったOPA627BP+OPA627APに即置き換えた。以降、順を追って説明する。

TDA1541A 1FS DAC V1.0
TDA1541A 1FS DAC V1.0
デジタルフィルタが無く、回路は非常にシンプルになる。LPFはfc=約40KHzと高めなので、抵抗を3KΩ+3KΩとしfc=約30KHzにした方がいいかも知れない。CS8412はOut I2S Formatで作動
DAC本体
DAC本体
けっこうギリギリになってしまった。大きい抵抗はI/V変換用のDALE NS-5B。NS-2Bと同じ値段で音がいいと聞いたので使ってみた。TDA1541Aの左右に並ぶコンデンサが特徴的だ
とりあえず完成!
とりあえず完成!
TDA1541Aの電流出力は2mAを基準に4mA流れるので、I/V変換すると約+3.7vのDCオフセットが出る。従ってDCカットのコンデンサが必要。手持ちの25SA33を使った。オペアンプ側が+となる
電源回路 V1.0
電源回路 V1.0
とりあえず一番簡単に必要な電圧が得られる回路にした。ダイオードブリッジの手前が約13v、ブリッジ後が√2倍になり約19vあるので、三端子レギュレータを使い、±15v/±5v/+5vを作る
電源周り1
電源周り1
後に作り変える予定だったので、コストをかけずほとんど8パラDACを作った時の余り部品で済ませた。約19vから5vも作っているので発熱が心配であったが、全く問題無く作動している
音出し中1
音出し中1
軽くOPA2604で聞いた後、ゲタを使ったOPA627BP+OPA627APへ乗せ換え、この状態で約一週間エージングを行なった。LPFの効きが悪いのか!?少し高域がキツイものの、全体的には非常に生っぽい素直な音だ
電源回路 V2.0
電源回路 V2.0
先に紹介した1fs/8fs切り替え式DACの電源キットが出たのでオプションのRA40と共に購入し、±12vを作る7812/7912を7815/7915へ置き換えパーツも変更。8パラDACで特注したRA30をこちらへ回した
電源周り2
電源周り2
V1.0と比較して、Rコアトランス、デジタル/アナログ/DACは独立回路となったので、それなりに音は良くなるハズである。ヒューズもSBF-1.0Asに付け替えた。この電源部だけでも結構な金額になってしまうのは痛い
音出し中2
音出し中2
8パラDACの時に経験したのと同じように音は激変した。これを聞いた後だともうV1.0の電源には戻れない。また普通のヒューズは音量を上げると煩く感じるが、SBF-1.0Asは静けさの中に音がある感じで自然
リクロック回路追加
リクロック回路追加
精度を上げるためリクロックを行なった。検索した結果、いろいろな方法があったものの、非常にシンプルなパターンを選んだ。CS8412の作動モードをIn I2S Formatへ変更し、簡単なクロック回路を付けただけである
高精度水晶発信器
高精度水晶発信器
クロックの基準となる11.2896MHzの三田電波製高精度水晶発振器(5v/1ppm仕様)をプラクトサウンドシステムから購入。ピン配置自体はDIP 14pinと同じ(但し1/7/8/14pinのみ)で、ICソケットがそのまま使える
音出し中3
音出し中3
驚くほどの効果があった。8パラDACでOPA627BPを使ったI/V変換から、SATRI-ICを使ったI/V変換へ換えた時に匹敵する。定位が良くなり音も非常に滑らかになる。この時点で8パラDAC(改)を抜いてしまった
ライントランスを使った回路
ライントランスを使った回路
気になっていた高域のキツさは、デジタルノイズが多く乗っているのが原因か!?前回のUSBオシロスコープで測ったデータからもそれが解る。高次LPFを自作するのは難しいので、ライントランスでノイズ除去を試す
集めたトランス
集めたトランス
ライントランスとして使える600Ω:600Ωを二種類揃えた。どちらもタムラ製である。片方はTD-1。ヤフオクで落としたものだ。本命は別にあるが、ここで型番を書くとヤフオクで高騰するかも知れないので伏せておく(笑)
音出し中4
音出し中4
トランス自体の色が付く(可能性もある)ので好き嫌いは解れると思われるがその効果は絶大だ。耳障りな感じは全く無くなり滑らか。更に馬力が付いてレンジも広く聞こえる。筆者的には好みの変化である
SATRI-IC I/V変換回路
SATRI-IC I/V変換回路
切り札(?)のSATRI-ICを使ったI/V変換。8パラDACから外し、LPFを0.1μFから0.2μFにしてfc=約20KHzへ、DCサーボの10KΩを1KΩへ、出力保護を100Ωからライントランス対応で560Ωへと若干の回路変更を行なった
8パラ用から若干の手直し
8パラ用から若干の手直し
DCサーボの10KΩを1KΩへ変更したのは、TDA1541Aの2mAオフセットを打ち消すため。また非反転作動のままなのは、反転作動にすると、この2mAのオフセットが更にDCサーボに乗り面倒なことになるからだ
音出し中5
音出し中5
逆相についてはD/Dコンバータで対応した。一般的に簡単なのはSDATAにAC04などを入れ反転するか、ライントランスを逆接にすればよい。音はもちろん抜群!ライントランスはケースへ入れるときに接続する

 以上、現時点の工作内容をご紹介した。ベースの部分が出来上がると、後は応用でいろいろなバリエーションを好みに応じて追加可能だ。特に今回はリクロックとライントランスが有効であることを実感した。個人的にはさまざまな年代のパーツが一つのDACを構成しているのが面白いと思っている。自作ならではと言えるのではないだろうか!?

 実は、これらの実験結果からもう一度作り直すことを考え、回路図は書いてあるのだが最近仕事が忙しく、それどころではなくなっている。回路図(DAI+DAC+ReClock+電流式LPF, SATRI-IC I/V)を置くので興味のある人は見て欲しい。ポイントはI/V変換以降を別基板へ。更にSATRI-ICを使ったI/V変換は反転作動にした上でDCサーボではなく抵抗による半固定式へ変更する。また、I/V変換以降を別基板にしたことで、SATRI-ICを使ったI/V変換だけではなく、オペアンプ式、抵抗式やトランス式など、いろいろなパターンを簡単に実験できる。もちろん、このnon-oversampling DACに限ってはライントランスを使うことが大前提。海外では抵抗式I/V変換の後、真空管を使ったバッファが流行っているようだ。更なるステップとして、TDA1541AのDual作動なども考えているが、工作はいつになることやら……。


●総論

ケースへ入れて完成!

ケースへ入れて完成!

 全てをここまで作ったのは初めてであり、結構時間もお金もかかってしまった。最終形の回路が解っていればもっと早く安上がりにできるだろうが、紆余曲折している経緯が面白い。親バカだろうか!?数ある手持ちのDACの中では一番お気に入りになっている。

 PCM61P 8パラDACから始まった大人の休日。USBオシロスコープも含め、かなりエスカレートしてしまった。そろそろこれ以上本誌で掲載するのは困難だと思われる。とは言え、いろいろな方からメールを頂いているので、もしかするとDAC以外でまた書くことはあるかも知れない。

 半田ごてを握って格闘しているとき頭の中は空っぽ。ある意味、ストレス解消にもってこいだ!読者の皆さんも何か簡単なものから挑戦しては如何だろうか!?

[Text by 西川和久]


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(2004年4月28日)

[Text by 西川和久]


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