デジタル化が進む家電業界と、生活空間への浸透を図りたいPC業界。両者の思惑が一致したことで生まれた業界団体のDHWG(Digital Home Working Gourp)だが、参加メンバーたちの思惑はそれぞれに異なるように見える。 DHWGが目指すのは、PCとAV家電、両方を“リボーン”、生まれ変わらせることだろう。その点では共通の目標に向かっている同志だ。だが、参加各社が考える未来予想図は、それぞれに異なるものになっている。
●各社が望む“ネットワーク時代におけるリボーン” 僕がまだこの仕事を始めて間もない駆け出しの頃、たまたま参加した共同記者会見の中で、今は故人となっている井深大氏がこう呟いていた。 「今までにない新しい発想の製品を探し、いち早くユーザーに喜んでもらえる製品を提供してきた。しかし最近はもう、全く新しい使い方を考え出し、市場が大きく成長するということも、なくなってきてしまった」 ソニーはその成長期で、それまでには存在しなかった新しい市場を創造することで大きくなってきた。ウォークマンは、その代表的な例だろう。タダのカセットテープレコーダ(実際には再生専用だが)が、ステレオになったとたんに、世界中の音楽ファンを引き付けるようになった。 一方でソニーは、成熟したマーケットでの商売を得意としてこなかった。 ソニーは新しい市場を見いだし、その中で多くのユーザーを惹き付けてコストダウンを急速に進めて利益を上げていく。その後、松下電器が市場に参入し、市場がさらに拡大されていく。しかしピークを過ぎたあたりまでは大きなプレゼンスを持つソニーも、市場が成熟するに従って、松下電器の販売力やコスト競争力に押されるようになる。過去において、そう'80年代から'90年代初頭にかけて何度も繰り返されてきたパターンだった。 見つけた“山”が、採掘者でいっぱいになってくると、また新しい“山”を探す。その繰り返しも、新しい“山”を見つけるペースが遅くなってくると苦しくなる。家電業界は明らかに、業界全体が“成熟産業”に向かっていた。 ホームネットワークの世界が高らかに語られるようになっていた'99~2000年。成長産業の筆頭だったPC業界も将来は同じであると、PCベンダーは気付いていたハズだ。半導体に性能や機能を依存するあらゆる製品は、ガソリンを撒いて燃やすが如くに、製品投入サイクルを上げ、機能と性能の向上を加速させつつ競争していくほかない。AV家電よりもよほど年齢の若いPCの業界だが、現状のパラダイムを動かしていかなければ、近い将来に行き詰まることは明らかだったとも言える。 PC業界のプラットフォーム技術を掌握するIntelとMicrosoftは、それぞれ別のアプローチで自らの支配力が及ぶPC世界を広げようとしてきた。しかし、個人の机の上には市場を広げることができたものの、こと“家族団らんの中”となると、何度も挑戦に失敗してきている。今後、メディアのデジタル化がさらに進み、それらを扱うデバイス群がデジタルネットワークで相互接続されるだろう中で、PCのプレゼンスを向上させるために何をすべきかを、両者は自問してきた。 そして3社共通のミッションとして考え出されたのが、デジタル化されたエンターテイメント家電をネットワークで相互接続することにより、生まれ変わらせるというアイディアだったのではないか。 ソニーにしてみれば、これまで構築してきたAV家電での存在感、ブランド力、商品力を活かしながら、ネットワーク化によって再び市場を作り出せる。たとえば'80年代後半から'90年代にかけて作り出されたウォークマン市場は、iPodによって新しい付加価値を持つ別の市場に昇華した。同様の事が、あらゆるAV家電に関して起こりうる。 Intelはホームネットワークの中でPCがデジタルメディアを保存、処理する中心的存在へと成長するチャンスを得ることが可能だろう。また、ネットワーク対応のデジタル家電が家庭内に増えれば、同社の持つXScaleチップのビジネスチャンスを広げることにもなる。Microsoftも同様だろう。ソフトウェアで柔軟に様々なメディアに対応することで、PCプラットフォーム、家電プラットフォームの両面で自社の技術を活かすチャンスが生まれる。 ●PCは本当に必要か? これら3社と同じ事は、コンシューマ市場を狙うすべての企業が気付いていたに違いない。DHWGに多くの企業が参加し、相互接続の確立を目指して作業を進めている背景には、ネットワークで製品が繋がることが当たり前にならなければ、デジタルAV家電が次のステージへと進めないと誰もが感じているからだ。 しかし家電中心のベンダーとPC中心のベンダーでは、温度差が感じられるのも確かだ。前回の記事でもコメントをいただいていたソニーIT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー、メディアテクノロジ開発部、ネットワーク担当部長の富樫浩氏によると、ソニーではPCではなく家電製品の中に、サーバーとしての機能が組み込まれているのが理想だと話していた。
それはたとえば、昨年末に発売されたPSXのような製品だ。PSXはハイブリッドレコーダ兼ゲーム機の顔を持つが、一方でメディアサーバーとしての性格も持ち得る。PSXそのものがDHWG準拠のネットワークサーバーとして稼働するか否かは不明だが、その将来版がサーバになることは十分考えられる。これはCELLを採用する次世代プレイステーションの戦略とも一致する。 家電ベンダーが目指しているのは、ストレージや処理能力を提供するPCが中心にある世界ではなく、PCも同等にネットワークに加わる世界である。ネットワークにプラグインすれば相互にあらゆるデジタル家電と接続され、そこに難しい要素が加わって欲しいとは思っていない。では巨大な計算能力とストレージ容量、家電には存在し得ないソフトウェアによる柔軟性といったPCの良さは、ホームネットワークに不要なのだろうか?
Intel デスクトッププラットフォームグループ事業部長のウィリアム・スー氏は「次々に現れる新しい技術に対応するにはPCが必須の存在だ」と話す。 「デジタルホームの世界はまだ始まったばかりだ。高品質の新しいCODECも登場している。これらに柔軟に対応し、相互接続性を確保したり、新しい技術に応じた高品質のコンテンツを楽しむには、PCの持つパワーや柔軟性は不可欠のものとなる。ソフトウェアを入れ替えることで新技術へ対応でき、能力的にも余裕がある。 また対応していないCODECでエンコードされたデバイスでの再生を行なうため、トランスコードを行なうなど、機器間を取り持つ時にもPCのパワーと柔軟性は活かすことが可能だ。ホームネットワークの中で、PCは家電とは別のプレゼンスを持ち得る。また、PC自身もAV家電と同程度の映像や音響品質を持つようになってきた(スー氏)」。 ●歴史は繰り返す? これまでIT業界で成功した技術が、ユーザーニーズの収れんとともに家電品に組み込まれていくシナリオが何度も繰り返されてきた。近年のハイブリッドレコーダの元をただせば、テレビパソコンに行き着く。圧縮オーディオのプレーヤも同様だ。 当初は強力なプロセッサパワーと柔軟性で、新しいアプリケーションがPC世界で普及したとしても、いずれ使い方や機能面で飽和状態に近付いてくれば、固定機能の家電製品でも構わないという話になってしまう。 たとえば新CODECへの対応に関しても、リコンフィギュアブルDSPといった技術により、ある程度の幅を持った形で家電製品に組み込むことが可能だ。また半導体技術の進歩は、高性能のエンコーダ、デコーダのローコスト化を可能にした。 たとえば東芝によると、SDコンテンツ対応のH.264デコーダチップは、0.13μmプロセスでわずか3mm角のダイサイズしか必要としないという。消費電力も1Wに過ぎない。またリコンフィギュアブルDSPにより、WMVデコード機能を加えてもほとんどゲート数は変わらず、10%のトランジスタ増加でMPEG-2からH.264、WMVまでのデコードをサポートできる。HD対応ではこの4倍の能力が必要だが、近年の大規模プロセッサに比べればシリコンコストは安い。 エンコーダに関しても、年末までにはSD映像対応H.264エンコーダが10W程度の消費電力で実現され、2005年末にはHD映像対応版H.264エンコーダチップも登場する見込み。登場後すぐには安くならなくとも、中期的に見るとこれらのエンコード、デコード、トランスコードにおいて、PCの必要性が薄れてくると考えられる。 確かにPCが家庭の中で“必須”の存在になることはないのかもしれない。しかし、不要になることもないだろう。なぜなら“その先”に進むには、やはりPCのパワーと柔軟性が必要になってくるからだ。 AVを中心に広がると予想されるホームネットワークの世界は、やがてもっと生活に密着した製品にも広がっていくはずだ。生体センサーなど様々なセンサーからの情報を収集し、データベースとして蓄積した上で健康面でのアドバイスをおくったり、ネットワークの利用状況を分析しながらエンドユーザーに対して適切なオファーを出す、といったインテリジェンスがホームネットワークの中に組み込まれるようになるかもしれない。 映像やオーディオの分野で家電がPCの処理能力に追いついてきた頃、PCは広大なメモリとストレージ、ネットワーク処理能力を活かした新しいアプリケーションを見つけているだろう。翻れば、新しいアプリケーションの発見こそが、PCのプレゼンスを維持する唯一の方法だとも言える。 □関連記事 (2004年4月23日) [Text by 本田雅一]
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