世界最大のPCメーカーである米DellのPC組立工場を見学する機会に恵まれた。 何十年ぶりという寒波の影響で、つい数日前には雪が降るという異例の寒さのテキサス州オースチンの空港に降りたち、そこから車で約40分。本社のあるラウンドロックからも、車で約10分の位置に、米Dellのオースチン工場はある。 ●国産メーカーとは逆方向へ向かう?
工場に入り、まず驚いたことが2つある。 ひとつは、プレジデントディで、本来祝日であるはずの見学日に、工場がフル稼働となっていたこと。そして、2つめには、日本の電機、PC関係の工場がセル生産方式の採用とともに、大がかりなベルトコンベアを撤廃する方向にあるのに対して、オースチン工場は工場内を縦横無尽にベルトコンベアーが組まれ、凄い騒音となっていたことだ。 出迎えてくれた米DellのアメリカUSマニュファクチュアリングオペレーションズのスシール・バシン ディレクターは、「工場内の一部の作業は人手による作業となっているが、今後は、すべてを全自動化することを目指している」と切り出す。そして、「このオースチンの生産拠点だけでなく、全世界のすべてのDellの生産拠点が同じ仕組みを採用している」と続ける。 松下電器、ソニーなどの国産大手電機メーカー、NEC、富士通などの国産PCメーカーの生産ラインは、人手を多くかけることで、コスト削減と多品種少量生産のための柔軟性を実現しようとしている。それとはまったく正反対の方向に向かっているのが、米Dellの生産拠点だといえるのだ。 ●全世界で同様の仕組みを採用 PCの組立の様子に触れる前に、DellのPC生産拠点の概要について触れておこう。 オースチンの生産拠点は、1999年に開設した拠点で、大きく3つのキャンパスで構成される。
ひとつめが、広さ30万フィートを誇る施設で、ここでは北米市場向けのデスクトップPCの生産が行なわれる。2つめは、同キャンパスの裏手にあたる位置に置かれた北米市場向けエンタープライズ製品を生産する施設。主に、サーバーがここで生産されている。3つめが、部材などをストックするサプライヤーロジスティックファシリティ。ただし、ここにストックされている部材は、サプライヤーの資産であり、2つの生産拠点の「ドックドア」から工場内に部材が運び込まれた段階で、Dellの資産へと移ることになる。 これとほぼ同等規模の生産拠点が同じテキサス州のナッシュビルに設置されている。この2つの生産拠点を通じて米国、カナダ、南米へと製品が供給される。 Dellでは、地域ごとの需要に対応できるように、世界各地に同様の生産拠点を配置している。欧州市場向けにはアイルランド、アジア向けにはマレーシア、日本および中国向けには中国、南米向けには米国の生産拠点に加えて、ブラジルの生産拠点からも供給されている。日本向けには、アモイに設置された中国の拠点ですべてが生産されており、日本国内から受注した製品は、そのまま中国で生産され、日本でのアセンブリなどは一切行なわれていない。先に、スシール・バシン ディレクターが言及したように、これらのすべての拠点でも、生産体制、テストプログラム、社員トレーニングといった面で、オースチン工場同様の仕組みが採用されている。なお、テレビやプロジェクターなどのコンシューマ・エレクトロニクス機器に関しては、OEMで生産されるため、Dellの工場では生産されていない。 ●バシン氏があげる3つのポイント
Dellの生産のポイントは、3つあるとスシール・バシン ディレクターは語る。 1つは、ローコストプロバイダであるという点だ。ローコストを追求するために、在庫を抑え、生産性を高め、サイクルタイムを短くするための活動が日夜行なわれている。2番目がフルフィルメントだ。注文に応じてユーザーに最適な製品をいかに短期間に、納期通りに提供するか、といった取り組みに余念がない。3番目が品質。部材そのものの品質に加えて、完成品として出荷されるものまで、高品質での製品供給ができる体制としているという。 そして、この3つの仕組みを司るのが人材。工場内で働く社員は、すべてが年間で最低40~60時間の教育を受け、生産技術から安全性に至るまでの知識を持つ。組立を行なう社員は、そのための教育を受けた認定者だけという体制をとっている。また、社員のモチベーションを推し量るため、「テル・デル」と呼ばれる調査を実施している。これは年2回実施されているもので、「同じ給与でも、Dellで働き続けたいと思っているか」など50項目のアンケートを無記名で集計。社員の意識がどうなっているかを常に知り、経営、管理層がそれに向けた改善を図っているという。 工場で働いている人の約10%がテンポラリー。これらの人の就業の増減によって、需要の変動に対応できるようにしている。 ●1台1台の受注生産に対する仕組みを構築 では、生産工程を見てみよう。 Dellの手法は、Dellモデルと呼ばれるダイレクト販売であることは周知の通り。そのため、すべて1台1台が、異なる仕様のPCであることが生産の前提となっている。
仮に、特定の企業から50台の同じPCが欲しいという要望があったとしても、基本的には50台をバラバラに管理し、あたかも異なる仕様のPCであるかのようにして生産する仕組みとなっている。 顧客から電話、ウェブなどを通じて受注すると、それが管理システムで集計され、施設内の手持ち在庫の確認とともに、必要量が部材メーカーに発注される。 サプライヤーロジスティックファシリティからは、その発注データに基づいて、必要な部材が生産拠点内に運び込まれる。これは、2時間ごとに実施されており、工場内の部材はほぼ2時間で新たなものが追加されるという仕組みだ。Dellが平均4日間の在庫、工場によっては2時間分の在庫しかない、というのはここからきている。ちなみに、Dellによると競合他社は45日分の在庫を持っているという。 オースチン工場には6つのデスクトップPCの生産ラインがあるが、ここに約100カ所のドックドアがある。ここからそれぞれの生産ラインに対して、トレーラーを使って部材を運び込む。この運び込む作業に関しては、全自動化は難しいとして、人手による作業となっている。 まず最初の工程は、「キッティング」と呼ばれる作業から始まる。 1台1台仕様が異なることから、これを組み立てるための部材を用意する工程だ。 「ポート」と呼ばれる約60cm四方のプラスチックの黒い箱に、受注データに基づいて部品を入れていく。ポート1箱に一台のPCの組立に必要な部材がすべて入れられる。ポートにはRFIDが取り付けられており、受注データと連動している。空箱の段階でキッティングの工程にくると、ポートに取り付けられたデータを読んで、必要な部材が入った棚が赤く光る。作業員は、これに従って必要な部品を揃える。この作業を「PTL(ピック・トゥ・ライト)」と呼んでいる。約20mほどの距離を進む間に、これらの部材がすべて用意されることになる。ここはすべてが手作業で行なわれているが、将来的には自動化するとともに、部品ひとつひとつにもRFIDを付属させて管理したいという。 「RFIDをひとつひとつの部品に付与すると15セント程度のコストアップとなってしまうが、3~5セントまでコストが下がれば採用する方向で検討したい」としている。 Dellでは、約30社のサプライヤーで部材の90%をカバーしているため、RFIDの採用には、この30社の協力によって、かなり現実的なものになるだろう。
ポートに部材が詰め込まれると、頭上を縦横無尽に移動するベルトコンベアを利用して、組立を担当するオペレータのもとに運ばれる。組み立ては、1人のオペレータがすべてを組み立てるセル方式を採用しており、上部に据え付けられた液晶モニタにその仕様が示される。同時に、写真によって組立の図解が示されており、異なる機種の生産でも柔軟に対応できる。現在、オースチン工場では18種類の筐体が使われているという。 組立が終わると、またベルトコンベアに乗せられて、バーンラックと呼ばれるエリアに運び込まれる、ここでは、自動的にソフトのダウンロードやエージングなどのテストが行なわれる。VARが提供するような付加価値型のアプリケーションソフトもここで組み込まれることになるという。組立のオペレータの手を離れて以降、このエリアに到達し、インストール、テストまではすべて自動で行なわれ、人は介在しない仕組みとなっている。 バーンラックのあとは梱包作業に入る。ダンボールに入れられるマニュアル、書類、付属品などは、ベルトコンベアの上を移動するダンボールに並行する形で、人が一列に並んで、次々と手作業で詰め込まれるが、最近、これの一部を自動化している。今後は、この方向に一本化する考えだ。 ダンボール詰めされたものは、その後、全米に配送される。ここから出荷される製品のうち、95%は直接ユーザーの手元に届けられる形になっているため、同工場では流通拠点としての役割も同時に担っているともいえる。
これらの一連の工程は、工場2階に設置された「コントロールルーム」から管理している。 ここから受注データをもとにサプライヤーロジスティックファシリティに部材のオーダーを2時間ごとに出す一方で、全体の機器を管理。仮に、工場内の自動化ラインがダウンした時に、すぐに技術者が駆けつけられる体制を作っている。コントロールセンターの内部には何台もの液晶ディスプレイが設置されており、それらにデータが表示され、各種の情報が一目でわかるようになっている。見学時には、約10坪ほどのスペースに6人程度の社員が常駐していた。 これらの生産工程は、基本的には、トヨタ生産方式を参考にしているという。同社の生産拠点担当者が4か月間に渡って、現地で学習し、その後も随時教育を受けている。 「トヨタのカイゼン(=改善)活動や、作業の平準化といった点は大いに参考にしている。当社で導入しているカイゼン活動は次のレベルに引き上げたい」(スシール・バシン ディレクター)としている。 ●全自動化はコスト削減と柔軟性確立に寄与するのか
冒頭にも触れたように、1台1台の注文生産に柔軟に対応し、低コストでの生産環境を実現するには、手作業を数多く取り入れたセル生産方式の方が相応しいと思っていただけに、全自動化を目指すDellの工場の仕組みには正直いって驚いた。 スシール・バシン ディレクターは、「むしろ、受注生産方式には、全自動化ラインの方が最適だ」と断言する。ITを駆使し、それによって管理をすれば、人手を介するよりも柔軟に生産対応が可能だというわけだ。 コスト削減効果はどうだろうか。日本の電機メーカーの場合は、ベルトコンベアや高価な生産機器の導入をやめ、手作業でできる範囲は、すべて手作業で行ない、自分たちで作れる道具は大がかりな設備投資を行なうのではなく、自ら作ってしまうことで設備投資を抑制している。松下電器では、これによって、約40分の1の費用で、全自動化ラインよりも生産性の高い生産設備を構築したというし、先頃、本コラムで紹介したNECの米沢事業場もその考え方は松下電器と同じだ。 だが、Dellはその流れに逆行している。 スシール・バシン ディレクターは、「2004年の設備投資は、Dell全体で3億5千万ドル。生産設備に対する投資も拡大傾向にある」と話す。 続けて、「投資の拡大は不可欠。年率25%程度ずつ増加させている。それにも関わらずコスト削減につなげることができるのは、すべての投資を12カ月で回収しようと考えているからだ。これが5年という期間でやるのならば、次の手が打てない。だが、短期間で回収すれば、また次の投資ができる。この繰り返しがコスト削減につながる」と話す。 IDCの調査などによると、Dellが全世界で出荷したPCの出荷台数は、年間2,500万台規模。例えば、NECが年間275万台という生産規模であることに比較すると、その差は歴然だ。しかも、Dellはまだまだ生産台数を拡大する傾向にある。 この生産台数の規模が、全自動化に向けた積極投資を続けても、低コスト体質を実現できる背景だといえるのかもしれない。 Dellの強さは、日本の電機メーカーにはできない、全自動化への取り組みを積極的に行なえるだけの生産規模と、それに投資できる体力にあるのだろう。
□Dellのホームページ (2004年2月23日)
[Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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