三浦優子のIT業界通信

100円ソフトが狙う新たなソフトビジネス


 100円ショップでもパソコンソフトが、販売されるようになった。

 今年5月から「ロムディアシリーズ」として100円でソフトを販売するようになったフィクスでは、すでに21タイトルを揃え、月間10万本という販売量をもち、さらに12月には新たに11タイトルを投入。他社と連動した新たなビジネスを開始するなど、事業拡大を実現しようとしている。


●頭に浮かんだ発想を実現し事業スタート

フィクス 野島昭男部長
 「最初の発想は、100円ショップの中には、何故パソコンソフトがないんだろうと思ったこと」-フィクスで100円ソフト事業を手がけてきた企画・営業部 野島昭男部長は100円でソフトを販売することを思いついたきっかけをこう話す。

 '92年に誕生した同社の本来の業務はソフト開発業。B.U.G.製品のテクニカルサポートや、大手キャラクターを使ったインターネットサイトの構築運営など、対コンシューマではなく、企業の発注を受けてコンテンツの制作、ソフトの開発などを行なってきた。

 それだけに、「当社の名前が前面に出ることのない仕事がほとんど。なんとか、企業名をアピールする仕事ができないか--という声が社内から挙がっていた」のだという。

 そこで思いついたのが、100円でソフトを売ることだった。パソコンソフトにもデフレの波が訪れているとはいえ、100円でソフトを売るのはかなり思い切った発想である。おそらく、思いついたことではある人は多いだろうが、発想はしても実行する人はまずいない。パソコンソフトのコストから考えると、実現不可能なものに思える。

 「それをあえてやってみたいと社内でもちかけ、それでは社内ベンチャーのような形態でということで事業をスタートすることになった」のが今年2月のことだった。

 実は、野島事業部長の頭の中には、したたかな計算もあった。「100円というインパクトある価格だけに、雑誌等でも取り上げてもらうことができる。おそらく、通常の価格のソフトを当社が発売しただけでは、雑誌等で取り上げてもらうのは難しいだろうが、先行者がいなかった100円ソフトであれば、大きな話題を集めることができる」

 しかも100円ソフトが話題になることを見越して、一切宣伝活動等は行なわなかった。つまり、価格が100円であることを大きな広告塔としたのだ。100円のソフト自体が、フィクスという会社を宣伝する役割を果たした。

 実際に100円ショップチェーン店のバイヤーから、雑誌記事等を見て問い合わせが入り、商品を置いてもらうといった実ビジネスへのプラス影響があったというから、100円ソフトのインパクトは十分にあったわけだ。

 現在では、100円ショップ、コンビニエンスストアチェーンのデイリーヤマザキなど、全国の店舗で100円ソフト「ロムディアシリーズ」は販売され、月間10万本を販売する。本数だけで見れば、パソコンソフトの中でもトップクラスの販売量となる。

●気軽に遊べる個人向けソフトを揃える

懐かしのフラッピーも100円
 もちろん、単価が100円だけに、「1本あたりの収益は数円」と収益率は低い。宣伝をしていたらとても折り合わないことも事実だ。大量に販売する薄利多売が前提とはいえ、フィクスではどのようなビジネスモデルによって、収益を確保しているのだろうか。

 まず、最初に書いた通り、宣伝等は一切行なわない。この点で余分なコストがかからないというのがメリットのひとつ。

 また、取り扱うソフトは、個人向けのものに絞り込んだ。細かいサポート等も必要となるビジネス系ソフトはあえて揃えていない。長期的に売ることができるソフトを中心に揃えている。

 現在21タイトルが揃っているが、手軽に遊べるゲーム、家計簿、タイピング練習ソフト。変わったところでは、女優である市原悦子さんの「むかし語り」といったものまである。ゲームの中には、かつてデービーソフトのタイトルだった「フラッピー」のように、往年のゲームファンには懐かしいものもある。

 「最近のゲームは難しすぎて、短時間、ちょっとだけ遊ぶのは難しい。簡単に遊べるものが100円で買えるとなれば、手にとってもらいやすいはず。ゲームについては、ネットワーク対戦型のものはサーバー管理、課金などから考えて100円ソフトには向かないと考えているが、気軽に遊べる楽しいものをさらに増やしていきたい。そう、フラッピーのように、もう十分に収益がとれているタイトルを100円で再発売なんてこともどんどん行なっていきたい」

100円ソフト ラインナップ
 1,980円でソフトを販売するソースネクストの松田憲幸社長が、「パソコンソフト売り場に集客を増やすことが1,980円ソフトの狙いのひとつ」と話しているが、フィクスの野島部長も、「個人向け100円ソフトで、パソコンやソフトは簡単に使えるものだと思ってもらうことも必要だと思った」という。これまでパソコンソフトを購入してこなかった層を取り込むことが、100円ショップやコンビニエンスストアで100円ソフトを販売する狙いでもある。

 さらに商品にはフィクス社内で開発したものと共に、同社の募集に応じたフリーのプログラマーが作ったものがある。フリーのプログラマーが作ったソフトを商品化したのは、「100円ソフトが、フリーのプログラマーにとって、ひとつのデビューの場となればと考えた」ためだ。100円だけに、ソフトが大ヒットしたとしても大金持ちになるというのは難しいだろうが、「売れた本数に対し対価が支払われることで、自分が開発したソフトがどの程度売れたのか、成果を認識することができるので、大変励みになると考えてくれる人も少なくない」という。企業が開発したものを販売する場合、100円では収益面で折り合いがつかないこともあるだろうが、フリープログラマーの登竜門という位置づけであれば、「是非、ソフトを売って欲しい」という売り込みもあるだろう。実際に、多くのファンを獲得し、次作の発売が待たれている作者もいるそうだ。

 もちろん、フリーの作者が開発したものとはいえ、クォリティにはこだわる。「ロムディアシリーズは、購入してはずれがないという認識をユーザーに持ってもらわなければ、事業は続いていかない」となんでも発売するという姿勢ではない。

●黒字化は「ようやく実現」した段階

来年初めに発売される
「Racing Dynamics」
 100円で販売できる工夫を色々としても、「正直なところ、最近になってやっと黒字転換を実現した」のが本当のところだという。そして、商品数が揃い、フィクス側の体制が整ったことで、「ようやく、収益拡大に向けた新しい試みをスタートする」のだという。

 まず、12月には新作として11タイトルを発売する。この11タイトルには、共通のランチャー画面が用意され、その画面に表示されたアイコンをクリックするだけで、各ソフトを起動できるようになっている。

 「空いたスペースには、広告を掲載したり、フィクス側からのニュース提供、情報をもっている会社と連動した情報の掲載などを行なっていきたいと考えている。オンラインで接続している場合には、そこに新しい情報が付加されたり、ダウンロードで新たに100円ソフトを購入してもらうよう呼びかけるといった試みも行なっていく計画だ」

 いわば、ロムディアが様々な情報の入り口になるわけだ。インターネットのポータルサイトと考え方は似ているところがあるが、「例え100円でもロムディアシリーズを購入してくれた人が対象となるだけに、無料で見ることができるインターネットのウェブサイトとは違ったインパクトになるのではないか」と野島部長は期待する。

 また、「100円より、高い価格の、例えば1,000円ソフトを新たに販売することもできるのではないか」とも話す。タイトルの中で人気が高かったものを強化して価格を変えて発売することも可能だが、「市原悦子さんのむかし語りを統合して、旅館のおみやげ物屋さんで売ってもらうといった、これまでのパソコンソフト販売にはなかったチャレンジも行ないたい」という。

 ランチャー画面を使った他社との連動、1,000円ソフトの販売といった仕掛けは、「100円でのソフト販売が定着したからこそ可能となる新しい試み」だ。

 うがった見方をすれば、100円ソフトの販売は、こうした新たな仕掛けを行なうための準備期間だったのではないかとも思えてくる。それくらい、「ここからが本当の勝負」と話す野島部長の表情は明るい。

 実はこうしたロムディアシリーズに限った収益増の他に、「本業であるソフト開発業にもプラス効果が出てきた。100円ソフトの会社ということで、当社を認知してもらい、商談につなげることもできた。また、100円ソフトの作者であるフリーのプログラマーやデザイナーさんと連携し、ソフト開発でも手伝ってもらうこともできる」という副産物も生まれた。

 まだまだ、大きな収益とはなっていないだろうが、100円ソフトがフィクスの仕事に新たな広がりを与えたことは間違いない。

 パソコンソフト市場全般を見ても、ソフトメーカーの減少、特定メーカーへの寡占化が進む中で、まだまだソフト市場に新しい風を吹き込むことができる可能性があることを、この100円ソフトが示しているといえないだろうか。


□フィクスのホームページ
http://www.fix.co.jp/
□ロムディアシリーズ製品情報
http://www.fix.co.jp/romdia/
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【9月30日】【三浦】ソースネクストが進める1,980円ソフト戦略の影響
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0930/miura002.htm

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(2003年11月28日)

[Text by 三浦優子]


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