三浦優子のIT業界通信

Microsoftは顧客の信頼を取り戻せるか


鈴木 和典取締役
 Microsoftは、売り上げではなく、顧客およびパートナーからの支持「CPE(カスタマー・パートナー・エクスペリエンス)」という新しい基準で社内を評価する試みをスタートした。

 日本では今年5月から、鈴木和典取締役がストラテジック・カスタマー/パートナー担当という役職につき、各事業部に専任担当者を置いて、顧客からの信頼度アップをはかる取り組みを進めている。

 OSやオフィススイートで圧倒的なシェアをもち、ともすれば「悪の帝国」といった有り難くない評価を受けることも少なくないMicrosoftだが、米本社のスティーブ・バルマーCEO自ら、「顧客からの信頼を得ることを重視しろ」と社内に掛け声を掛け、CPEをワールドワイドでスタートしたプロジェクトだという。果たしてその狙い通り、Microsoftは顧客やパートナーの信頼を勝ち取ることができるのだろうか?


●バルマーCEO自ら売上至上主義からの脱却を宣言

 「ターゲットは企業ユーザーだけではない。売り上げの大小、企業、個人にかかわらず、Microsoft製品を使ってくれている人すべてが、ストラテジックパートナーであり、Microsoftという会社に信頼をもってもらうこと、これがCPEの目標だ」、鈴木和典取締役はこう言い切る。

 2000年のMicrosoft入社以来、エンタープライズビジネスを担当してきた鈴木取締役が担当するということで、CPEは企業ユーザーを対象とした試みと思われがちだが、「決して、エンタープライズユーザーだけのためのものということではない」という。対象は個人も含めたすべてのMicrosoftユーザーであり、「個人からも支持される会社でなければ、これからのビジネスは成立しない」と幅広い層に信頼されるMicrosoftとすることを目指す。

 そもそも、CPEが誕生したのは約2年前のイギリス。「当時、英国でのMicrosoftの評判は非常に悪く、勤務するエンジニアが知り合いから、“なんでMicrosoftなんかに勤めたんだ”と言われてしまうような時期だった。そのイメージを払拭するためにCPEがスタートし、評価を受けたことから全世界のMicrosoftで取り組むこととなった」というから、Microsoftの信頼度が下がっているという現象は世界で起こっていることのようだ。

 数年前までは全世界のIT業界をリードするのがMicrosoftであり、アンチMicrosoft派を押さえ込む勢いがあった。その解決策として、「独占的に商品が売れていた時代ではなく、競争、競合があり、製品の良さだけではモノが売れない時代になっている。テクノロジー、将来への投資といったITベンダーとしての基本的な姿勢は維持しつつ、Microsoftという会社が好きだから製品を買いたいと思わせるような存在にならなければならなくなったということもひとつの事実ではないか」とこれまでのように製品、技術で業界をリードするだけでなく、企業としての信頼度という新しい価値を顧客にアピールする新しい方向性を打ち出したわけである。

 これまで製品イメージ=企業イメージだったMicrosoftという企業が、製品によらない会社としての信頼度をあげる努力が始まった。従来、Microsoft社員の給与は、売り上げに連動して決定していたが、新たに顧客満足度という指標が用意され、顧客満足度がアップすれば、売り上げも連動するという大きな方針転換がなされたのだ。


●製品の良さ伝える努力も

鈴木 和典取締役
 現在、Microsoftは2つの局面において、顧客の信頼を取り戻す必要に迫られている。ひとつはCPEが誕生したイギリスと同様、企業としてのイメージアップを実現しなければならないということ。そしてもうひとつは、製品とユーザーの間に起こっているズレ埋める努力である。

 本来、CPEが目的とするのは企業として顧客の信頼を得ることで、製品を変えていくことはミッションではない。だが、顧客側では製品に対する注文も当然挙がるだろうし、企業としての顧客の信頼度を高めていく上で製品の信頼度を高めることも必要になってくる。それを踏まえ鈴木取締役は、「商品の説明がきちんと顧客に行なわれていないのではないか」と指摘する。

 説明が不十分なために、製品とユーザーの間に起こるズレとは、例えば、ライセンス契約を行ない、新たにコストをかけずともバージョンアップをする権利をもった企業が、製品をバージョンアップせず、旧バージョンの「Microsoft Office」を使い続けているという実体を指す。

 「対企業については、バージョンアップによってどんなメリットがあるのかをきちんと顧客に説明するために、BPSG(ビジネス・プロダクティビティ・ソリューションズ・グループ)を用意し、オフィスをサーバーと連携し、ひとつのシステムとして活用することによるメリットなどをきちんとアナウンスしていくという組織がある。こういう試みは、対コンシューマにおいても必要となってくるかもしれない。これまでは、製品を作るだけで、売ったあとのフォローはなにもしてこなかったのだと言えるのかもしれない。CPEのEはエクスペリエンス、経験を指す。使って、経験してもらわなければ、なにも始まらない。売ったあとのフォローアップを、Microsoftとしてやっていくべき段階になってきたということではないか」。

 しかし、企業としての信頼度をあげることを実現するのは、ある意味では売り上げをあげるより難しい。具現化も容易ではない。Windows 95に代表される、インパクトの強いイベントによって注目度を上げて状況を一変させる今までのMicrosoftの手法を使うことはできない。

 日本法人が取り組んでいるのが社員マインドの向上である。

 「右肩あがりで売り上げが上がる時期ではないだけに、“製品はいいけど、社員があてにならない会社”と思われてしまえば、当社のビジネスにも大きな影響を及ぼす。社員のファンダメンタルを高め、お客様中心に考えるカルチャーに移行していくことが重要」と鈴木取締役は訴える。

 社員の人間力アップのために、「敬語をきちんと使う、エレベーターでお客様と一緒になったら挨拶をするといった基本的なことを徹底することから始まり、社内のコミュニケーションをよくすることも必要。隣の事業部は何をしているのか知らなかったというのでは、異なる事業部同士で会話さえ生まれない。そこで、隣の事業部の仕事を体験するという試みをスタートした。事業部ごとに状況が異なるので、数日単位で隣の事業部の仕事を体験し、自分の所属していない部署の仕事を理解できるようにしていく。CPEのEは体験を意味するが、まさに体験することで社員の人間力を上げていく」という。

 鈴木取締役は、CPEの重要なキーワードとして「共感」という言葉を挙げる。「社員同士がお互いの仕事を理解するという意味での“共感”も重要だし、相手の痛みを感じ取ることができる“共感”も必要。日本法人でも、IT業界からだけではなく、ビール業界、自動車業界からMicrosoftに入社する社員が増えた。社員の数も多くなり、社員同士が共感していくことが必要になってきた」。

 日本法人も'86年の創業から17年を経過し、社員も1,000人を越えた。企業として体制を整え直す必要があったということのようだ。

 さらにCPEを、「米国から持ってきたプログラムだけでなく、日本独自の部分を加味する」と鈴木取締役は意欲を見せる。「元々、顧客を気遣うということは他の国よりも日本人が得意だったはず。日本ならではの気遣いをもって対応していくことで、顧客からの信頼を獲得することができるのではないか」。

 Microsoft日本法人は、初めての米国人社長を迎えたばかり。その時期に、日本ならではの気遣いを作ろうとしているのは非情に興味深い。が、「日本市場である以上、日本の顧客に支持されるものでなければ」と鈴木取締役は説明する。

 果たして、どれだけ顧客の支持が回復できるのか……CPEという試みは売り上げには直結しなくても、Microsoftのビジネスにも大きな影響を及ぼしていくことになるだろう。それだけにこのプログラムのもつ意味は、大きい。

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(2003年9月16日)

[Text by 三浦優子]


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