●CentrinoからスタートするIntelのモバイル製品戦略
さらにその先には第2世代アーキテクチャのモバイルCPUが、2004~2005年をターゲットに開発されている。さらに、CPUコアとグラフィックス&チップセットを統合した製品も検討されていると言う。また、チップセットも進化が続く。Intelは、来年にはPCI Express/DDR2メモリ版のモバイルチップセットも投入する。これらのチップ群のコードネームや詳細については、来週頭には明らかになりはじめるだろう。 また、Pentium Mの登場はIntelのCPU戦略を揺るがす潜在的な可能性も秘めている。というのは、動作周波数の向上よりも「IPC(1サイクルで実行できる命令数:instruction per cycle)」の向上を重視するPentium Mのアプローチが、デスクトップCPUにとっても有用だからだ。Pentium M的な発想が、将来IntelのデスクトップCPUにも取り込まれて来るかもしれない。 それは、熱と消費電力が、ムーアの法則の継続を阻む最大の障壁になりつつあるためだ。漏れ電流を減らすためのプロセス技術や回路設計技術の開発、省電力制御技術の発展がうまく行かなかった場合、デスクトップCPUは熱が障壁となり、性能向上が難しくなる可能性がある。Pentium Mのアプローチは、それを破る鍵となりうる。 そのためか、Intelも今回のCentrino/Pentium Mの発表には力を入れた。Pentium III以来の大規模な発表で、しかも、日本にはIntel本社から、Paul S. Otellini(ポール・オッテリーニ)社長兼COOがやってくるという華やかさだ。こうしてみると、IntelもPentium Mを本気で推進しようとしているように見える。ただし、決してIntelの中も一枚岩ではない。パフォーマンス路線を走るデスクトップCPU側の勢力も依然強いという。 しかし、IntelのデスクトップCPUはピーク消費電力が90nm世代では110Wを超える。これにGPUとメモリで100W以上がプラスされたら、メインのチップ群だけで瞬間最大では200W以上を消費することになってしまう。ほとんど暖房器具並みだ。電気代が安く住居の広い米国はともかく、日本ではデスクトップでもPentium M的なアプローチの魅力は大きい。
また、利益という点でもPentium MはIntelにとって“おいしい”CPUだ。Pentium 4よりもずっと低コストだからだ。Pentium MはIntelにとってカネのなる木と言い換えてもいい。おそらく、Intelの経営陣にとってPentium Mの最大の魅力は利益だ。 ●IntelにとっておトクなBanias Baniasのダイ(半導体本体)は10.56mm×7.84mmで、面積は82.8平方mm程度。それに対して、Northwoodは現行で131.4平方mm。Baniasの面積はNorthwoodの63%に過ぎないという、驚異的な小ささだ。90nm版のPentium 4(Prescott:プレスコット)は約109平方mmなので、それと比べてもさらに小さい。 ダイサイズはほぼコストと比例する。ダイが大きくなるにつれて、歩留まりが下がるためだ。BaniasとNorthwoodの製造工程で、ウェハ自体の欠陥率が同じなら、歩留まりはBaniasの方がずっと高くなる。おそらく、Baniasの方がNorthwoodの2倍弱程度の良品が採れると推測される。BaniasはモバイルPentium 4-Mのように低電圧品を選別したものではなく、通常電圧駆動であるため、動作電圧での選別も必要ない。 そのため、もしBaniasとNorthwoodのASP(平均販売価格)が同程度になるとすると、IntelにとってBaniasは2倍儲かるCPUということになる。Pentium Mの価格ゾーンは、デスクトップのPentium 4の価格ゾーンと一致しているため、ASPが同程度になる可能性は高い。もっとも、実際には、パッケージングなどのコストが入るので、コスト差は2倍にはならない。しかし、Baniasの方が圧倒的にIntelにとって利幅が大きいのは確かだ。 しかも、デスクトップと違ってモバイルでは競合が弱い。同じTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)帯では、ほとんどのケースでBaniasの方がパフォーマンスがいい。そのため、デスクトップほどシビアな価格競争には巻き込まれないで済む。 これは、90nmプロセス世代でも原理的には同様となるはずだ。ただし、これにはちょっと不審な点がある。今回、IntelがCentrino発表会でDothanのサンプルとして公開したウェハを見ると、300mmウェハで横約42個、縦約23個の配置に見える。そうすると、ダイサイズは推定で約13mm×約7mm(約90平方mm)で、Baniasよりも大きくなる。いくらDothanが2MBの大容量L2キャッシュを搭載すると言ってもこれは大きすぎるように見える。今のところ、まだ本当のところはわからない。ちなみに、BaniasはIntelのイスラエルFabで製造しているが、DothanからはFabも変わるようだ。
●L2キャッシュを2MBに大容量化するDothan Pentium Mは1.8GHzから上の周波数は、次世代のDothanにバトンタッチされる。周波数は、どこまで上がるかはまだ明らかにされていない。IntelはDothanに2MBのL2キャッシュを搭載するが、その合理的な理由はいくつか考えられる。 まずひとつは、FSB帯域を上げないで性能向上を維持するためだ。FSBとメモリに必要とされるピーク帯域は、基本的には「CPUの動作周波数×IPC(1サイクルで実行できる命令数:instruction per cycle)×キャッシュミス率」に比例する。Pentium M系は周波数は低いがIPCは高い。そのため、キャッシュミス率を下げないと、バス帯域がピーク性能のボトルネックになってしまう。しかし、バスとメモリ帯域を引き上げようとすると、電力消費が増えてしまう。BaniasがL2キャッシュを増量しているのはこのためもあると思われる。 もうひとつ考えられる理由は、電力密度(Power Density)を下げること。電力密度は、イコール単位面積当たりのCPUの発熱量でもある。これが高くなると、PCの排熱機構の設計が難しくなる。電力密度が低いSRAM面積を増やすことは、この対策になる。 それから、CPUの構造上、ダイサイズはある程度以上小さくしにくいという事情もある。ボンディングパッド面積の確保など諸々の問題があり、一定面積以下には小さくはできない。DothanでL2キャッシュを2MBに増やすのは、ダイサイズを小さくしにくいためかもしれない。 Dothanの不安材料は消費電力だ。デスクトップCPUは、90nmプロセスで軒並み消費電力が上がる。マザーボードがサポートするマックスパワーは、Prescottが100W、Tejasが110Wクラスになる。この主な理由は、90nmプロセスへの移行では、電圧のスケーリングの幅が少ないためと、アクティブ時のリーク(漏れ)電流も大幅に増えるからだ。 実際、Dothanの電圧は1.3Vと言われており、Baniasの1.48V(VID)の約85%に当たる。単純計算では、電圧差だけでは約77%までしか消費電力が下がらないことになる。DothanのTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)は1.9GHz時に21Wが予定されていて、1.7GHzで24.5WのBaniasからは周波数当たりではやはり約77%程度しか下がらない。そのため、Dothanの周波数が2GHz台中盤にまで上がっていくとしたら、TDPは高くなり続ける傾向が続く可能性がある。もっとも、平均消費電力は別な話だ。Intelはこれまで、TDPを引き上げても平均消費電力は低く抑えてきた。これが続けられるかは、スタンバイ時のリーク電流をどれだけ減らせるのかにかかっている。 Intelは90nmプロセスのDothanでは、回路設計技術でリーク電流を減らす努力をしてくると思われる。実際、BaniasもキャッシュSRAMなどに低リーク電流の回路設計を行なっている。 ●次世代CPUや統合型CPUの計画も IntelはDothan以降の世代のどこかで、チップセット統合型CPU、つまり、CPUコア+グラフィックスコア+DRAMコントローラの統合も考えている。これは、モバイル系CPUを開発するイスラエルチームが、ダイサイズを小さくすることに長けていて、さらに統合CPUの「Timna(ティムナ)」を開発した経験を持っていることを考えると、当然の流れかもしれない。統合化によって、消費電力を減らせるほか、実装面積を減らすことができる。トレードオフとして、自由度は失われるが、Intelは統合版だけにするつもりはないらしい。 また、この統合化は、ダイ(半導体本体)の統合になるかどうかはわからない。というのは、Intelが、現在、複数のチップをワンパッケージに納めるSIP(System in Package)技術の開発にも注力しているからだ。SIPは通信向けの必要性から開発を行なっているが、PCにも応用ができる。コストメリットはないが、開発は容易で実装面積を減らしたいというニーズには応えられる。 IntelはDothanとは別に、もうひとつの新アーキテクチャのモバイルCPUの開発も平行して進めている。これも、Banias/Dothanを開発したのと同じ、イスラエルの開発チームが担当しているという。 まだこのCPUについては、90nmプロセスでスタートすること以外はわかっていない。Banias/Dothanは、Pentium IIIをベースに開発された(実際には大きく変わった)が、新CPUは完全に新規に設計されるのか、Pentium 4をベースにするのかはわからない。セキュリティアーキテクチャ「LaGrande(ラグランド)」は実装される可能性が高いと思われる。 モバイルチップセットは来年PCI Expressに移行する。IntelのPCI Express世代チップセット群は、PCI Expressと従来型PCIを共存させるが、AGPはサポートしない。そのため、GPUメーカーはデスクトップとモバイル双方のGPUをPCI Expressへ移行させる準備を進めている。Intelとの検証作業が必要となるため、早いメーカーは年内にサンプルを出し始める予定だ。例えばS3 GraphicsはPCI Expressサポートの「DeltaChrome2」の開発をすでに進めている。モバイルでも、デスクトップと同様にPCI Express x16をグラフィックス向けに使う。 また、この世代ではメモリはDDR/DDR2両サポートになるようだ。モバイル市場も、2004~5年の時点で、帯域当たりの消費電力の少ないDDR2への移行が始まると見られる。モバイルでのDDR2も、Intelが牽引している。しかし、チップセットと同時にDDR2がモバイルでスタートするかどうかは見えない。
□関連記事 (2003年3月13日) [Reported by 後藤 弘茂]
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