第149回:エンドユーザーの想像力をかき立てる? バイオUが目指したもの



ソニー バイオU

 今週から日本では「Intel Developers Forum Japan」、米国シアトルでは「WinHEC 2002」が開催されている。この手のニュースウォッチをしている人ならばご存じだろうが、いずれもハードウェア開発者向けに前者はIntelが、後者はMicrosoftが開催しているイベントだ。

 これらのイベントではハードウェア技術者向けに、将来製品へ組み込まれる予定の標準技術を紹介し、具体的な実装方法やフォームファクタの提案、そして(実用化して商業ベースに乗せるための)普及に至るまでのストーリーを描いたりする。

 様々なカテゴリで標準化を進めて、皆でベースとなる技術を共有することによりローコスト化と進化の加速を進めてきたPC業界では、こうしたスタイルは非常に一般的だ。しかし、一方で似たような製品が数多く登場することにも繋がる。

 どこかの変わり者の誰かが、新しい分野を開拓すると、それらはすぐに業界標準へと取り込まれていくが、反面でどこかの変わり者が登場するまでは、なかなかPCの枠が破られることはない。PC業界が直面している閉塞感は、もしかすると変わり者が登場しにくい業界構造にあるのかもしれない。


●メーカーが束になって想像力を巡らせても、エンドユーザーにはかなわない

 本連載で最近、頻繁に登場するソニー・バイオノートブックカンパニープレジデントの島田啓一郎氏とはここしばらくご無沙汰しているのだが、以前、話をしていたときに、この項の見出しにしたようなことを話していて納得したものだ。

 どうやって製品を改良していこう、あるいは新製品をどのような用途に向けて投入していこう、といった話は、どんなメーカーからも聞くことができるのだが、初めから「用途は僕らが考えることではない」と言い切る人はなかなかいないものだ。

 つまり、すでに使い方が明らかな応用分野に関しては、それが使いやすくなるようにハードウェアを開発するが、新しい使い方の提案に関しては、(一応やってみるものの)あまりやりすぎると、使い手側の想像力を制限してしまうということ。それは結果的に製品の適応範囲を狭め、将来的な発展を妨げる可能性もある。

 たとえば島田氏がよく話す例にポケベルがある。'80年代に文字が送信できるポケベルを開発したとき、開発者はビジネスでの用途しか考えていなかった。まさか、毎朝「オハヨー」と女子中高生が挨拶を交わすためにポケベルを使い、休み時間に校内の公衆電話に行列ができるなどとは、誰一人想像できなかった。

 ポケベル文化あってこそ、その後の若年層を中心にしたモバイルコミュニケーションの発展がある。もしポケベルでああいった使い方を女子中高生がしなければ、今の携帯電話文化も変わっていたかもしれない。

 ハードウェアベンダーができるのは、エンドユーザーの想像力を阻害しない新しい使い方が出来る製品を、より幅広いユーザーに提供し、そこで生まれてくる新しい応用分野をよくよく研究することだと島田氏は言っているわけだ。

 たとえばバイオGT。普通のパソコンユーザーからしてみれば、異常なほど小さいノートPCにカメラがくっついた不思議な製品だ。しかし、ソニーからしてみると、カメラやインターネット放送を行なうソフトウェア、サービスと一緒に、バイオGTを提供することで、エンドユーザーの中に新しい使い方が生まれることを期待した製品だった。

 こうした一種、実験的な製品が出てくるのはソニーらしいと言えばソニーらしい。ことの善し悪しは別として、ソニーがPC業界の変わり者である理由がなんとなく見えてこないだろうか。


●バイオUが目指すもの

バイオU(手前)のサイズはバイオノートGR(奥)のほぼ1/4

 本日発表されたバイオUはその開発表明から一部で話題になっていたが、とにかく小さなノートPCである。そのサイズはバイオノートGRのほぼ1/4。縦横ともに半分づつになっている。普通のPCなら、ここで「このサイズでも特殊ながらキー配列を工夫してキーピッチを確保し、拡大表示ボタンによって小画面でのXGA表示でも実用的な文字表示を……」などとレビューするところだろう。しかし、ストレートに“パソコン”として評価すると、どんなに擁護したところで、小さいけれども実に使いにくいパソコンでしかない。キーサイズや画面サイズなどの要素よりも、とりあえず肌身離さず持ち歩くために重量とサイズこそが重要と考える、ごく一部の人だけが喜ぶ、非常にコアな製品と言い換えることもできる。

 もっとも、製品企画者が意図したユーザー層は、そうしたことを考えそうな既存のモバイルPCユーザーではない。ノートPCなんて、大きて重いものなんて、持ち歩きたいなどとは最初から思っていない人たちに使ってもらい、既存の使い方(それは既存のモバイルPCユーザーの使い方)からひとつ殻を破ってもらいたい、というのがバイオUのミッションだという。

 一応、ThumbPhrase(サムフレーズ)という、携帯電話的な文字入力とPOBox(と現在では呼ばないそうだが)を組み合わせた文字入力環境といった仕掛けは入れたもの、これはターゲットとするユーザー層が、そうした入力環境を求めているだろう、との予測の元に入れただけで、開発側としては「とにかく今まで持ち歩かなかった人に持ち歩いてもらい、新しい使い方をどんどん見つけて欲しい」として、余分な付加機能は実装させようとしていない。

 そのために価格も戦略的に引き下げたと話す。消費者心理としては、こんなに小さくて用途が限られたパソコンなんだからもっと価格を安くしてほしい、と思うものだ。この製品が15万円というのは、確かに高いかもしれないが、サイズが小さければ安くなるわけではなく、たとえば液晶パネルは汎用品である15インチクラスの方が低価格ということを考えると、むしろこの手の製品の方がコスト的には厳しい。

 エンドユーザー側は製品の製造コストではなく、製品のバリューで価格を評価するわけだから、自分で高いと思えばそれは高いでいいのだが、これでもなかなかがんばっている方だとは思う。

 話がずれたが、新しいモバイルPCの可能性を確認するための製品。それがバイオUと言えそうだ。本当にそこに新しい用途が見つかるのか、想像力の枯れてきた30代の僕には予測できない部分もあるが、かつてのLibrettoのように既存PCユーザーとは異なる層に訴えかけることができれば、あるいはPC市場に新境地が開拓されるのかも知れない。


□ニュースリリース
http://www.vaio.sony.co.jp/Info/products_020417.html
□製品情報
http://www.sony.jp/products/Consumer/PCOM/PCG-U1/
□関連記事
【4月17日】ソニー、世界最小/最軽量のモバイルノートPC「バイオU」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0417/sony1.htm

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(2002年4月17日)

[Text by 本田雅一]


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