第148回:ナノテクが実現していく夢のモバイルデバイス



 いつも仕事でお世話になっている経済誌のY副編集長は、一緒にテクノロジ企業を取材で訪ねると、決まって「表には出ていない部分で、実は日本企業はナノテクのノウハウで抜きんでいていると聞く。今は元気のない日本の大企業が、数年後には大化けするのではないか? という意見もあるがどう思うか?」水を向ける。時に日本経済復活なんて話題になると、やはり同じ話題でしばらく議論。

 たまに一緒になる僕でさえ、何度もこの話題に接しているのだから、おそらく、いろいろなところでナノテク(ナノテクノロジ)の話題を持ち出しているに違いない。日本経済(というよりも国としての競争力や信用力)を復活させる上で、ナノテクはロングスパンでの大きなテーマのひとつだ。

 日本では文部科学省が主導し、'85年に国家プロジェクトとしてナノテクの研究を推し進めている。'85年と言えばバブル華やかりし時代、電電公社がNTTへと変わった年のことである。どこかSFチックで、とても身近とは思えない言葉の響きが「ナノテク」にはあるが、様々な分野の専門家に話を訊いてみると、割合身近なところでナノテクの恩恵が現れつつあり、ノートPCやPDA、携帯電話などのモバイル機器に対するインパクトも相当に強いものになるのだという。

 ナノテクをテーマに話題を追いかけている人には、既知のものもあるだろうが、集めた情報の中からモバイルコンピューティングにも深く関わる話題をいくつかピックアップしてみたい。

●単なる炭素の粒なのに?

 そもそもどんな技術を指してナノテクなのか? と素朴な疑問がある。インターネットや自然科学系の資料を見ると、「原子や分子レベルで物質を操り、加工する技術の事を指す」と定義している。「ナノ」とは10億分の1を指す単位で、世の中に存在する分子や原子はナノメートル単位のサイズで構成されていることから、ナノテクノロジと呼ばれている。

 この技術を使ってメモリを作れば、切手大のメモリデバイスに図書館ひとつ分の情報を収めたり、Pentium 4の何倍もの規模を持つ高性能プロセッサを複数個並べた超高性能のコンピュータを作ることができる。また、分子レベルで組み立てられた超微細なロボット(ナノマシーン)を開発するなど、物理学や機械工学、電子工学、生物学、化学などのジャンルを飛び越えて研究テーマを扱うようになるのだとか。たとえばシリコンの微細加工だけで進化してきた半導体技術が、ナノテクによって有機化学のノウハウを用いた技術へと発展するのだという。

 たいていの場合、このあたりで“興味深いけれど遠い話”で終わってしまうのだが、身近な製品にも、そうした将来のナノテクへと発展する手前の技術が存在したりする。最近、秋葉原などの電気街でも普通に買えるようになった、「ナノカーボン」という金属接点改質剤もその一つだ。

 友人に紹介されて初めて購入した時、ナノカーボンと言われてもイマイチピンと来なかったのだが、これが驚くほどの効果を持つ。僕が購入したのはパソコン用に0.2ccだけ入ったもの。直径15nmの炭素結晶粒をスクワランオイルというもので溶いた製品で、たった0.2ccなのに1,000円とかなり高価だが、たったこれだけでもRCA端子500個分の接点改質を行なえるという。昨年、多少話題になった製品なので、ご存じの方も多いだろう。

 使い方は簡単で、電気が通るあらゆる接点に塗布するだけ。本来、表面の細かな凹凸で隙間がある接点と接点の間に炭素結晶が入り込むことで、電気の流れが良くなり、それによって様々な電気製品の性能を改善できる。と、ここまで説明を読んで、心の中で「かなり怪しい」と思っていたのだが、イイ意味で期待を裏切ってくれる製品だ。

 勧められるままにメモリの端子に塗ってみると、エラーが発生しがちで使わなくなったメモリモジュールが動くようになったり、充電し忘れて電池切れになった携帯電話のバッテリ端子に塗ると(僅かな時間ながら)電話がかけられるようになった。もしや? と思ってノートPCのバッテリ端子にも塗ってみると、若干ながらバッテリ持続時間が伸びる傾向が見られる。

 もっとも効果的だったのはディスプレイ接続端子への塗布で、1,920×1,440ピクセルなどの超高解像度に設定したとき、文字のエッジ部分がハッキリと見え、接点での信号反射で僅かに縁取りが出ていた部分も、目視ではわからない程度に抑えられるようになった。

 ここ数日、いろいろなところに塗ってみたが、他には車のプラグ接点やオーディオのRCA端子などで効果的。またナノカーボンを塗布すると表面が滑らかになり、金属同士の摩擦も減るため、オーディオアンプの真空管が簡単に抜き差しできるようになる副作用もある。

●バッテリとディスプレイに効くナノテク

 もっとも、ナノテクの世界で「ナノカーボン」と言うと、一般にはNECの飯島澄男氏が発見した「カーボンナノチューブ」のことを指すようだ。カーボンナノチューブは熱伝導性が非常に高い上、ダイヤモンド並の強度がありながら軽量な、炭素が結びついて微細なチューブのようになっている素材。炭素を含む素材に熱を加えた時にできる“すす”の中にできる。

 現在、効率の良い製造技術を巡って様々な企業が開発競争を繰り返しているが、現在はまだ大量生産ができるまでには至っておらず、1g単位で数万円の高額で取引される素材となっている。このカーボンナノチューブの応用先として注目されているのが、燃料電池と次世代ディスプレイのFED(Field Emission Display)だ。

 燃料電池への応用は、昨年8月にNECが名刺大の小型燃料電池を発表して話題になった。NECが発表したのはカーボンナノチューブの変形型で、角状の形状に炭素が結びついた「カーボンナノホーン」という素材を用いて開発した小型燃料電池だった。カーボンナノホーンはカーボンナノチューブと比較して大量の合成が可能なため、量産化が容易なのだそうだ。

 燃料電池は触媒の特性が同一ならば、サイズを大きくしなければ大きな電力を発生させることはできない。カーボンナノホーンを電極素材に用いて白金触媒を担持させると、通常の活性炭を用いた場合と比較して白金の粒子を半分以下にすることができ、触媒の特性を向上させることができるのだという。さらに製造面でも、カーボンナノホーンの生成時に白金を自然に付着させることが可能で、燃料電池の小型化やローコスト化を図ることができるそうだ。

 燃料電池と言えば車への応用が注目されているが、自動車向け燃料電池は高分子膜に対して高圧をかけて水素や酸素を入れて反応させる方式だった。これに対してカーボンナノチューブを用いる方式は、水素をカーボンナノチューブに通すことで反応させるもので、高分子膜を利用する方法と比較すると、触媒面積あたりの発電量を多くでき、高圧を必要としないため装置自体の小型化も可能だという。前述のNECのほか、ソニーなどがカーボンナノチューブを利用した燃料電池に関する発表を行なっている。

 以前、バッテリに関する取材を行なったとき、PC向け燃料電池は2005年がひとつの目標だというコメントをもらったことがあったが、カシオの開発したアルコールから水素を取り出すマイクロリアクターが今年3月に発表されるなど、2005年という数字にかなり現実味が出てきている。いや、2005年などではなく2004年にも、実用化されるのでは? との期待まで抱かされるほどだ。

●フラットパネルディスプレイの変化

 現在のところ、ノートPCやPDA、携帯電話向けのディスプレイと言えば、そのほとんどは液晶を用いたものだ。液晶ディスプレイ自身の改良は、今後も継続して行なわれていくだろうが、ナノテクの進捗次第では液晶ディスプレイが主役の座から滑り落ちる可能性もある。

 液晶ディスプレイに代わる技術として注目されているものの1つが、前述したFEDである。FEDはブラウン管を画素ごとに並べたような構成を取るディスプレイで、画素ごとに電子銃を持ち、個々の電子銃を制御することで蛍光体の発光量を制御し、ディスプレイとして機能するというもの。

 液晶ディスプレイのように画素が独立したシャープな画像を得られ、かつブラウン管と同等の色再現域と視野角を持ち、その上、1センチ以下にまで薄型化が可能な、まさに夢のフラットパネルディスプレイだが、これまでは電子銃の小型化に限界があり、各電子銃の動作に高電圧が必要で、消費電力や発熱の面で欠点を抱えていた。

 ところが先日、独立行政法人の産業技術総合研究所は、カーボンナノチューブを電子銃の先端に生成することで、低電圧で電子を放出可能な電子銃(フィールドエミッタ)の試作に成功したと発表した。これにより、従来数100Vの電圧が必要だったフィードエミッタの動作が、わずか4Vで可能になった。これによりバッテリ駆動可能なFEDの開発が可能になるという。

 また産業技術総合研究所は、これとは別にナノテクを応用した新しいインクジェットプリント技術も発表している。従来のインクジェットプリンタはピエゾ素子を用いたものと、熱で発生させる気泡の力を利用するサーマル方式に大別できるが、発表されたのはこのいずれでもなく、また1ドットのインク滴直径を1μm以下にできるそうだ(詳しい吐出原理は発表されていない)。産業技術総合研究所によると、4ピコリットルのインク滴直径は20μm程度。直径で1/20以下、体積では1/8,000以下になる。

 このインクジェットプリント技術を用いて、ハリマ化成開発の金属ナノ粒子ペーストを印刷することで、超微細な配線を基板上に行なうことが可能になる。従来のプリント基板に変わって、薄型の基板上に素子を表面実装し、その配線をインクジェットプリンタで行なうことにより小型化を行なうわけだ。

 この技術ではナノペースト以外にも、カーボンナノチューブやセラミックペーストなどの印刷も可能とのことで、さらに多くの応用ができると産業技術総合研究所は発表している。また有機ELや電子インクの製造プロセスに応用し、パターンを印刷で行なうことができるようになる。微細で高品質なディスプレイの製造が可能な上、稀少素材を用いる場合にはナノ単位の微少な量でそれらを製造可能になるため、コストや省資源といった観点でも注目される技術と言えるだろう。

 また半導体露光装置用のマスク設計や修正も簡潔になることから、集積回路の開発時間短縮やバグ修正を容易にするといった効果も期待できそうだ。

 モバイルやPCといった枠を取り払えば、さらにナノテクの面白さが見えてくる。すでにナノテクに興味を持っている人はもちろん、なんとなくそんな技術があるらしい、とだけ思っている読者も、一度はネットでナノテクに関して調べてみてはいかがだろうか。

 そこには紹介しきれないほど多くの可能性が眠っている。様々なデバイスの改良は、1つ1つの開発の積み重ねによって行なわれている。時にそのペースと期待が同期しないと、なにやら閉塞感なるものを感じることもある。しかし、薄型軽量で高画質の低消費電力ディスプレイを備えた、数日間バッテリ駆動できる軽量ノートPCなんてものも、ナノテクによる飛躍で、近い将来、夢物語ではなくなっているだろう。

 なお、カーボンナノチューブに関しては電気通信大学の齋藤理一郎助教授が公開しているWebページ( http://flex.ee.uec.ac.jp/~rsaito/nanotube/index-j.html )を参考にさせていただいた。


□関連記事
【2001年7月20日】SETTEN No.1が小型になって「ナノカーボン」として再デビュー(AKIBA)
http://www.watch.impress.co.jp/akiba/hotline/20010720/etc_nanocarbon.html

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(2002年4月10日)

[Text by 本田雅一]


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