第143回:数多くの派生規格も存在するIEEE 802.11を再学習



●日立水冷PCこぼれ話

日立水冷ノートPCのスケルトンモデル
 “水冷”という言葉に魅せられたのか、先週のページビューがダントツのトップだったのだとか。自分でも少々驚きだ。実は日立の水冷システムに関して、出張に向かうのにメモを忘れてしまい、正確な数字が思い出せずに書けなかったスペックがいくつかあるので、かいつまんで紹介しておこう。

 まず水冷システムの稼働環境だが、-20度までの環境で動作が保証される。この値は25度のマージンがあり、最低限-45度の環境でも動作は可能だという。もちろん冷媒には不凍液が混ざっている。また50ccのリザーバタンク内の水は、湿度ゼロの環境下でも5年はなくならないように設計されており、冷媒を補充することもできる。ポンプの耐久性はおよそ10年。

 多くのコンポーネントベンダーに技術ライセンスし、デファクトスタンダード化してコストダウンを図ろうとしていることはお伝えしたが、それによってノートPCだけでなくサーバや静音デスクトップPC、プラズマディスプレイ、プロジェクタなどに応用するのが目的だそうだ。試作で開発した水冷の静音デスクトップPCは、本体からの距離25cmで28dBという静かさを実現できたとか(一般に図書館程度の環境で30dBと言われている)。

 と余談が長くなったが、今回のテーマはすでに誰もが知っている無線LANの規格IEEE 802.11についてだ。何を今さらと言われそうだが、802.11には非常に多くの派生仕様が存在し、さらにこれからも増えて行きそうな気配だ。ここで802.11についての情報を整理し、現状とともにまとめてみることにしよう。

●802.11「a」から「i」

 まず大本となる802.11は'93年にIEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers, Inc 電気電子技術者協会)で決まった標準規格で、2.4GHz帯の周波数と赤外線を用いた無線LANの規格だ。最大で2Mbpsの速度を実現し、それまでは各社独自の規格だった無線LANがこれによって統一され、メーカー間の相互運用性が飛躍的に高まった。ESSIDを用いて必要なパケットを取捨選択できるようにしてあったり、WEPキーを用いて信号を暗号化する手法など、無線LANの基礎は802.11がすべてのベースになっている。

 その後、米国で周波数が空いた5.2GHz帯を利用し、さらに高速な通信を行なおうということで検討されたのが「802.11a」、それと並行して2.4GHz帯のままで高速化を目指したのが「802.11b」である。802.11aは伝送速度36Mbpsで、オプションで最大54Mbpsまでをサポート。802.11bはすでにお馴染みの最大11Mbpsの規格となっている。

 802.11bの製品には「Wi-Fi」というロゴが付けられていることがあるが、これはWECA(Wireless Ethernet Compatibility Alliance)という米国の業界団体が、無線LANの相互運用を保証するロゴとして作ったもの。802.11では曖昧だったWEPキーワードからバイナリへと変換するアルゴリズムの統一などを申し合わせて、相互接続を確認した製品に対して与えられている(もっともロゴがない製品でも、ほとんどの場合は問題なく利用できる。またWEPキーの問題もWindows XPの無線LANサポートが事実上の標準になったため、ほとんどの製品がWi-Fiとの互換性を持っていると考えていい)。

 聞き慣れない「802.11c」は、ネットワークブリッジに関する仕様を集めた「802.1」の派生規格「802.1d」(メディアアクセスコントロールブリッジ)に、無線LANのメディアアクセスコントロールの仕様を追加するもの。同じく聞き慣れない「802.11d」は、2.4GHz帯や5.2GHz帯が利用できない地域向けに追加されたメディアアクセスコントロールと物理レイヤの仕様である(要は一般ユーザーはcとdについて、あまり深く考える必要はない)。

 ここから先、iまではエンドユーザーにも非常に興味深い派生規格となる。続けて一気に紹介しよう。「802.11e」がQoS(品質保証サービス)を実現するための拡張メディアアクセスコントロール仕様、「802.11f」がIAPP(Inter-Access Point Protocol)を用いてサブネットをまたいだローミングを可能にする規格、「802.11g」が802.11bの物理レイヤを改良して2.4GHz帯で22Mbps(オプションで最大54Mbps)を実現する規格、「802.11h」が802.11aに省電力管理と動的なチャンネル変更を実現する規格、「802.11i」がセキュリティレベルを引き上げる規格である。

●マルチメディアデータの送受信に必須の802.11e

 これらの派生規格のうち、マルチメディアデータを扱うホームネットワーク向けには802.11eが重要な役割を果たす。802.11eは無線LANでQoSを実現するため、一般的な帯域保証を行なうためのプロトコルに加えて、無線特有の事情に合わせた制御を行なう。

 たとえば何らかの電波干渉で利用中チャンネルでの実効帯域が低下すると、802.11e対応の機器は自動的に干渉を受けにくいチャンネルを探して変更し、実効帯域の回復を試みる。またエラー訂正機能を強化して実効帯域を引き上げる仕組みも追加される見込みだ。「見込み」と書いたのは、まだ802.11eが正式に決定されていないからだ。

 802.11eを初めて知ったのは昨年11月の「COMDEX/Fall」にあったWi-Fiブースだったのだが、そこで802.11eと同様の機能を実現したシーラスロジックの製品デモでのこと。彼らの話では、シーラスロジックの技術をベースに標準化を進めている段階で、まだ対応する製品は存在しない。デモを見る限り効果はてきめんで、ビデオデータがよどみなく流れる様は、素の802.11bとは比べモノにならなかった。

 まだ先の規格ではあるが802.11eを元にして、さらに仕様を追加し、ホームA/Vネットワークを実現しようとする動きもある。Intelは802.11eを、ワイヤレスでホームA/Vネットワークを実現するための規格として、802.11eに「DTCP」(Digital Transmission Content Protection)を加えた「Wireless A/V」という仕様を推進しようとしている。DTCPはIEEE 1394で使われているコンテンツ保護技術のこと。

 同様にワイヤレスでA/Vネットワークを構築する試みはIEEE 1394の作業部会でも検討されており、「ワイヤレス1394」の名前で検討が進められている。ワイヤレス1394は物理レイヤで70Mbpsを実現する規格で、A/Vデータを流すための帯域保証機能やDTCPによるコンテンツプロテクションに対応している。

 Intelの説明によると、Wireless A/VはPC業界のワイヤレス通信の標準である802.11をベースにワイヤレス1394と同様の機能を実現するもので、ワイヤレス1394の作業部会とは密接な関係を保ちながら作業を進めるという。規格化に関しては近く802.11の派生規格として作業部会が発足する予定とのことで、メンバーはワイヤレス1394ともオーバーラップし、相互運用性を高める方向で動いているという。

 802.11ベースで、高品質ビデオにも対応できる高速ネットワークと言えば、やはり802.11aが本命ということになるが、その802.11aの機能を強化するのが「802.11h」である。802.11hは802.11に「DCS」(Dynamic Channel Selection)と「TPC」(Transmit Power Control)という2つの機能を盛り込んだものだ。

 802.11aはチャンネル数が少ないため、同一チャンネルで信号の衝突、つまりコリジョンが発生しやすい。しかも電波を利用しているためコリジョンの発生を検出しにくいという事情もあり、実効帯域が落ちやすいという問題がある。DCSではこの問題に対処するため、動的にチャンネルを選択することで実効帯域を向上させる。

 また5.2GHz帯を利用する802.11aは、2.4GHz帯を利用する802.11bやgと比べて消費電力が大きくなるという欠点がある。無線LANチップベンダーの話では、無線LANモジュール単体での消費電力は2倍以上になるとのこと。そこで電波品質に応じて、自動的に電波強度を可変にする(端末からの送信側信号品質が良い場合は出力を落とす。アクセスポイント側のアンテナ性能次第でバッテリ性能が向上することになる)技術がTPCと言われるものだ。

 802.11hは、むしろ802.11aに含まれていてもいいと思えるほど必須の技術になっている。Intelは802.11hに関しては何も言及しなかった(将来のIntel製無線LANチップセットへの実装に関してもノーコメントだった)が、将来性も考えると必須の技術であり、今後の802.11a対応無線LANチップの動向が気になるところだ。

●どこでもいつでもつながる環境を

 Intelはこの他にも、802.11の仕様強化に非常に熱心に取り組んでいる。笠原一輝氏によるIDFのレポートにもあったように、Intelは2003年の後半には(デスクトップ、ノートを問わず)ほとんどのPCに802.11aと802.11bのデュアルバンド無線LANを搭載させようとしており、それを活用するための様々な事柄に絡もうとしているからだ。

 そのうちの1つが、「インテリジェントローミングソフトウェア」と呼ばれる、いつでもどこでも、どんなネットワークからでも、シームレスに会社や家庭のLANと接続するためのソフトウェアだ。

 たとえば社内や家庭内で、有線LANと無線LANがオーバーラップして導入されているケースは珍しくない。そうした環境で有線LANに接続してネットワークアプリケーションを利用中に、LANケーブルを抜いて別の場所に移動しようとすると、ネットワークアプリケーションは処理を継続できなくなる。しかし、インテリジェントローミングソフトウェアを用いれば、ユーザーが無意識のうちに無線LANへとローミングし、通信を継続することができる。同様のケースで今後802.11aと802.11bの混在環境で、片方の通信が切れると(利用可能なら)もう片方のネットワークに自動ローミングするといった使われ方も考えられる。この技術にはMobile IPと802.11fが使われる。

 また、インテリジェントローミングソフトウェアは「802.11i」による暗号化と認証に対応し、ユニバーサルPlug&Play対応のインターネットゲートウェイ製品と共に用いることで、ワイヤレスで接続された家庭内のPCや各種ネットワーク家電に対し安全にアクセスできる。802.11iとは暗号化に「TKIP」(Temporal Key Integrity Protocol)と「AES」(Advanced Encryption Standard)を用い、利用者の認証に802.1x(ブリッジ通過時にユーザー認証を行なうプロトコル)を利用することで、WEPに頼っている脆弱な802.11のセキュリティ機能を強化している。

 このソフトウェアのミソは、ユーザーが特にネットワークの構成や設定を知らなくても、標準技術を介して自動的にアクセスできるよう“路”を作ってくれることにある。あまりに多くの規格や技術がありすぎて、ワケがわからないという方もいるだろうが、標準技術の積み重ねをまとめ、エンドユーザー向けにシンプルなユーザーインターフェイスが存在すれば、それらを使いこなすことは難しいことではない。

 たとえば以前は802.11のクライアント側設定を行なうだけでも難しいとして、家庭向けには「HomeRF」が推進されたこともある。その後、CSSIDの自動検出機能が当たり前になり、Windows XPの無線LAN機能では実にシンプルな接続性を実現するに至っている。ユーザーへの見せ方で、接続方法を問わないLANへの自動ログオンや自動ローミングも、使い勝手が劇的に改善されていくだろう。

 今はその過渡期である。Intelは先週行なわれたIDFで、繰り返し「2003年のPCとPC環境」についてプレゼンテーションを行なっていた。様々な無線LANを取り囲む技術は、デュアルバンド無線LANクライアントが常識になると言われる2003年後半に、エンドユーザーにとって身近なものになっているだろう。


□関連記事
【Keyword】IEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers, Inc.)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000519/key119.htm#IEEE
【本田】A4ノートPCの常識を変えるノートPC向け水冷システム
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0226/mobile142.htm
【3月5日】IDF Spring 2002会場レポート 無線LAN編
Intel、802.11a/b両対応の無線LANチップを計画
~CPU/チップセットへも無線機能の搭載を目指す
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0305/idf06.htm

バックナンバー

(2002年3月5日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp

Copyright (c) 2002 impress corporation All rights reserved.