米国時間の8月10日、SGI(4月にSilicon Graphics Inc.から改称)は、今年1月のWindows NTベースのワークステーション発表に伴うリストラクチャリングに続く、大規模なリストラクチャリング策を発表した。今回のリストラクチャリングの骨子となるのは次の項目だ。
・Crayブランドのスーパーコンピュータ事業を独立した事業部として本社から分離
・今年の1月に始めたWindows NTベースワークステーション(Visual Workstation)事業を独立した事業部として本社から分離
・ブロードバンドInternetに対応したシステム事業の立ち上げ(Linuxを中核に据えるものと思われる)
・高性能コンピュータ分野におけるNECとの提携(詳細は8月19日に東京で発表予定)
一般的(?)には、Linuxに対する取り組みが、最も注目されるところだろう。しかし筆者の興味をひいたのは、もう1つの項目だ。それは、SGIとNVIDIAの提携の具体的な内容が明らかにされたことである。
そもそもSGIはNVIDIAを特許侵害で訴えていた。それが今年の7月20日、SGIが訴訟を取り下げ逆にNVIDIAと提携するという、和解を発表していた。ただ、この段階では「提携」が何を意味するのか、必ずしも明らかではなかった。今回の発表によると、SGIは同社の3Dグラフィックス開発チームを、NVIDIAに移籍させる(すべての技術者かどうかは不明)。そして、SGIはNVIDIAが開発したグラフィックスチップを、将来採用するというのである。旧社名でも明らかなように、SGIは3Dグラフィックスの会社だったハズだ。いわば同社の誇りとでもいうべき3Dグラフィックス技術を、仮に一部としても、他社に譲渡するというのは、かなりショッキングな出来事ではなかろうか。
今年7月に発表された同社の6月期決算は、一応黒字になったものの、利益のほとんどはMIPS Technologies株の売却によるもの。売却益を除いても赤字にはなっていないとはいえ、次の成長をもたらす柱がなかなか育たない現実がうかがえる。1月に始めたWindows NTワークステーション事業にしても、今回分離されることからして、どうやら「答え」にはなれなかったようだ。Intelベースのワークステーション事業は、大きな成長が期待される反面、競争が激しく、果たしてSGIに勝ち抜くだけの体力があるかどうか、懸念されていた。3Dグラフィックス技術をNVIDIAへ移管することと合わせ、SGIはその未来をLinuxに賭ける、ということなのかもしれない。
SGIとNVIDIAの提携で不明なことの1つは、すでに資本関係にあるNumbernineの立場だ。SGIはNumbernineのRevolution IVベースの液晶ディスプレイ(1600SW)を製品化しているが、デスクトップ製品には将来NVIDIAの技術を使うと発表している。Numbernineがどうなるのか、気になるところではある(そのNumbernineは、先日Pixel Fusion製チップを使ったOpenGLアクセラレータカードを発表したばかりだが、これはワークステーションクラスの製品だ)。
■ 先行きがあやぶまれるFahrenheit
もう1つ、先行きが懸念されるのは、Microsoftと共同で開発していたFahrenheitに及ぼす影響だ。7月のMeltdownにおいて、MicrosoftはFahrenheitのLow Level APIがDirectX 8に間に合わない可能性を強く示唆した。この開発遅れは、SGIのリストラが影響した可能性もある。ただMicrosoftは、SGI抜きでもFahrenheitを完成させる意向のようだ。
しかし、完全にMicrosoftのものになることで、Fahrenheitが持っていた「中立的なイメージ」は払拭され、Direct3D後継の(Microsoft)独自APIという印象がいよいよ強まる。もちろん、Fahrenheitがあろうがなかろうが、それでOpenGLが無くなるわけではないし、id Software(Quakeシリーズの開発元)などのデベロッパがOpenGLからFahrenheitに乗り換えるハズもない。Win32のみならず、Mac、Linux、BeOSなどマルチプラットフォームを実践する彼らにとって、MicrosoftのOSでしか利用できないFahrenheitは、最初から選択肢に入らないからだ。
その一方で、バージョンを重ねるたびに、Direct3Dが着実に良くなっていることも事実だ(着実にOpenGLのフィーチャーを取り込んでいるという見方もあるが)。OpenGLとの親和性をうたうFahrenheitの必要性は薄れている。先のMeltdownで、来日したMicrosoft担当者のFahrenheitに関する発言が、いまひとつ歯切れが悪く聞こえたのは、こうした事情と無縁でないのかもしれない。
今回のリストラクチャリングで、間違いなく立場が強化されるのはNVIDIAだ。現在、TNT2およびTNT2 Ultraが好調な同社は、年内にも次世代のグラフィックスチップ(NV10)を投入すると言われている。NV10は、メインストリーム向けの1チップ3Dグラフィックスアクセラレータとしては、初めてジオメトリ処理(DirectX 7がサポートするTransformとLighting)を行なうものになると見られている。つまり、現時点でも業界の先頭に立つベンダの1つと目されるNVIDIAが、SGIの技術者を受け入れることで、さらに強化されるのである。
グラフィックス技術の中心が、ワークステーションベンダから、PC向けグラフィックスチップベンダに移る。なかなか衝撃的なニュースだが、これもグラフィックスチップが半導体製品であることゆえの宿命なのかもしれない。かつてCAD、特にAutoCADのアクセラレータとして、TIのグラフィックスプロセッサを用いた製品(TIGAやDGISといったインターフェイスを用いた)が普及していたことがあった。数百ドルから数千ドルの価格がつけられた、これらのカード製品を駆逐したのは、Windows 3.0の登場により生み出された安価なWindowsアクセラレータ(S3の911など)ベースのカードだった。いったん市場ができてしまうと、量産規模の大きいPC向けの製品が、価格と性能の両面で上位の製品を上回る。これは何度も繰り返されたことだ。今回のニュースはPCの3Dグラフィックスが本物になりつつある1つの証かもしれない。
□SGIニュースリリース
「NVIDIA and SGI Set Direction of Strategic Alliance」
http://www.sgi.com/newsroom/press_releases/1999/august/nvidia.html
「SGI Announces Steps to Accelerate Turnaround」
http://www.sgi.com/newsroom/press_releases/1999/august/corporate.html
「SGI Forms Separate Unit for Cray Business」
http://www.sgi.com/newsroom/press_releases/1999/august/cray.html
[Text by 元麻布春男]