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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Cyrix売却後も独自にx86コアを拡張するNational Semiconductor


●VIAのCyrix買収の全貌がもうすぐ明らかに

 疑問の多いNational Semiconductorと台湾のVIA Technologiesの間での、Cyrix部門買収の全貌が、今週あたりに明らかになりそうだ。

 National Semiconductorが5月5日に、Cyrix部門の売却を発表した直後から、同社を率いるブライアン・L・ハーラ氏(National Semiconductor、取締役会長兼社長兼CEO)のもとには、電話が次々にかかり始めたという。また、ハーラ氏も電話をかけまくり、その結果、Cyrix売却については、多くの会社と話をしたそうだ。ハーラ氏によると、その中にはIntelやAMD、IDT、STMicroelectronics、IBMも含まれていたという。

 その時、ハーラ氏の出した条件のもっとも重要なポイントは、『早さ』だった。6月末-それまでに買収に関する趣意書を出してもらえないなら、Cyrix部門のスタッフには退職金を払って解雇すると通告したという。そして、VIA Technologiesが趣意書に調印したのは、その期限の前日だった。

 VIAとの趣意書は、National Semiconductorが他の企業と交渉するのを妨げるものではない。そのため、VIAとの交渉が決裂した場合は、Cyrix部門を他の企業が買収する可能性はまだ残されている。しかし、ハーラ氏によると、「VIA Technologiesとの交渉はうまくいっている。おそらく来週初め頃(今週のこと)には締結して、なんらか発表ができるだろう」という。つまり、そろそろ正式な発表が行なわれることになる。

●VIAに対Intelの法的保護をNational Semiconductorが与える

 以前、このコーナーでも書いたが、VIAのCyrix買収での最大の疑問は、VIAがx86互換MPUを製造できる法的な権利を持っていないことだ。そのため、Cyrix買収にあたっては、何らかの法的な防衛手段をVIAに与える必要がある。

 ハーラ氏も「VIAは(Cyrix製品製造に)権利上の制限の問題があり、そのために何らかの保護をかけなければいけない」、「その保護の方法は、最終的に詰めていないのでまだ明らかにできない。しかし(正式発表までに)きちんとまとめるつもりだ」と先週のGeode発表会で語り、こうした手段を用意していることを明らかにしている。

 じつは、前回VIAとNational Semiconductorのコラムを買いてから、この件に関してさまざま情報が出てきた。なかでも重要なのは、VIAが買収するのはCyrixの半分の株式で、National SemiconductorはCyrix MPUに関する権利を一部残すのでは、という報道だった。そのため、National SemiconductorがCyrixのIP(知的所有物)への権利を残すことで、VIAに保護を与えようとしているという観測も出ていた。

 この件に関しては、ハーラ氏は「当社にとってのM IIビジネスのゴールは、完全に撤退することだ。だから、当社が一部権利を保有しつづけるような取り引きには興味を持っていない」としている。実際に、保護をどんな方法で与えるかは、もう少し待つ必要がありそうだ。

●強力なIntelとのクロスライセンス

 そもそもNational SemiconductorとIntelとの間のクロスライセンスは、非常に幅広いもので、National Semiconductorにとって強力なカードであると言われている。「これはおよそ30年前に締結されたもので、何回か更新されている包括的なクロスパテントだ」とハーラ氏は説明した。

 現在、VIAはP6バス互換チップセットをNational Semiconductorで生産委託することで、合法的に生産できると発表している。これに関して、Intelが難色を示しているという報道がある。それに対してハーラ氏は「当社の持つ権利によって、当社はファウンダリサプライヤというかたちでチップセットビジネスに参入して、リセールすることもできる。VIA Technologies向けに生産するのは法的にも認められている。われわれは間違いなくライセンスを持っている」と強い口調で反論した。ここでハーラ氏が、強く出ているのは、National Semiconductorが今後、Intelとのクロスライセンスをファウンダリなどの市場での武器として活用してゆきたいということもあるからではないだろうか。

●独自にx86コアを拡張

 さて、National SemiconductorがCyrixに関する権利を(MediaGX系以外)手放してしまうとなると、Cyrixの次世代CPUコア(CayenneやJalapeno)を、同社の「IA-on-a-Chip(情報家電オンチップ)」で利用する可能性はなくなるのだろうか。

 それに対して、ハーラ氏は、将来National Semiconductorが活用できるようにするオプションを、Cyrixを買収の契約条項に含める方針でVIAと話はしているという。しかし、「そうした高性能なCPUコアへのアクセスを持つのは、いつの日にか役に立つかもしれない」が、「それほど重要な要素ではない」という。

 その代わり、National Semiconductorは、Cyrix売却後もMediaGXコアの開発チームは残し、そちらのチームでも新しいコアを開発するという。そのコアは、「低消費電力でフォームファクタが小さい、この市場(情報家電市場)にユニークな製品になる。x86の命令セットに対応するが、どちらかというとRISCに近い、非常に小さなフォームファクタの製品になるだろう」とハーラ氏は説明する。

 ここでRISCに近いと言っているのは、ダイサイズを極端に小さくし、ASICコアとして活用することを前提とした、組み込み系RISCプロセッサのことを指していると思われる。おそらく、CPUコアはシングルスケーラで、そこそこの性能に止めるのではないだろうか。

●x86コアはそこそこの性能で信号処理はコプロセッサに分散

 ここで疑問となるのは、ハイパフォーマンスのMPUコアを持っていなくて、今後の競争を勝ち抜けるかということだ。それに対してNational Semiconductorのマイケル・ポラチェック氏(インフォメーションアプライアンス事業部担当副社長兼統括本部長)は「すべてのコンピューティングをx86コアで実現する必要があるとは考えていない。x86でMPEG-2のデコードをやろうとすると、高いCPUパワーが必要になるからだ。(その代わり)オンチップでさまざまなサテライトプロセッサ(コプロセッサ)をサポートする」と説明する。

 つまり、MPUコアは比較的低いパフォーマンスに止めておき、マルチメディアや通信などの信号処理は、各タスクに最適化したコアを集積して、そのコアに割り当てようと考えているわけだ。これは、べつにNational Semiconductorの独創的なアイデアではなく、システムLSIでは一般的な考え方だ。多くのLSIベンダーは、システムLSIではMPUコアは小さく保ち、信号処理はワイヤドロジックの専用回路、あるいはDSP(デジタル信号処理用プロセッサ)やメディアプロセッサを搭載する方向に向かっている。どうしてかというと、その方が、低クロックで処理できるため、消費電力と発熱量が小さくなるからだ。National Semiconductorが、こうしたソリューションに十分なコアのラインナップを持っているかどうかは別として、これは一般的な考え方のひとつだと言えるだろう。

 それに対してIntelのx86路線は、汎用プロセッサをどんどん拡張して、すべての処理をその上で実現しようとしている。これももうひとつの考え方で、同じような方向性のプロセッサも少なくない。汎用プロセッサに全部やらせるか、専用ロジックに分散させるか、あるいは、DSP/メディアプロセッサコアにサポートさせるか。この3つが、今のトレンドだと言えるだろう。

 つまり、IntelとNational Semiconductorの方向性の違いは、半導体業界の異なるトレンドを代表するものだということだ。もっとも、IntelもStrongARMではメディアプロセッサコアをMPUコアと集積するという、二枚腰のアプローチを取る。また、IntelはAnalog DevicesとDSPコアの共同開発もしている。最終的には、情報家電向けでは似たようなアプローチに収束するのかもしれない。


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('99年7月27日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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