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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

National SemiconductorのワンチップPC“Geode”


●サブ500ドル時代のワンチップPCがいよいよ登場

 「サブ500(500ドル以下)ドルPCのためのシステムオン(ナ)チップを開発する」

 '97年夏、National SemiconductorとCyrixはこんな刺激的な見出しを掲げて合併の発表をした。そして、2年後の今、National SemiconductorとCyrixは、再び別な道へと分かれようとしている。だが、ワンチップPCの約束だけは果たされた。

 National Semiconductorが7月22日(米国では15日)に発表した「Geode(ジオード)」は、これまで「PC-on-a-Chip(POACH)」と呼ばれていたチップだ。名前の通り、PCの機能をまるまるワンチップに集積している。最初の製品であるGeode SC1400は、次の5機能を統合する。 ○MediaGXコア
○サウスブリッジ
○MPEG-2ハードウェアデコーダ
○スーパーI/O
○ビデオプロセッサ

 中核となるMediaGXコアは、Cyrixが'97年2月に発表した統合MPUで、シングルスケーラの5x86をコアに2Dグラフィックスと64ビットのSDRAMコントローラ、PCIインターフェイスを統合している。CPUコアは5x86だが、DRAMコントローラを一体化したため、メモリアクセスのロスが減り、性能的には同クロックのPentiumとほぼ同程度とされている。また、MMXユニットも1基搭載している。最初のGeode SC1400は266MHz動作なので、性能的にはMMX Pentiumのトップクラスと同等の性能ということになる。

 サウスブリッジは、おもに同社のサンタクララにあるチップセットチームが開発したコアだ。IDE ATA/33、USB、LPC、AC97、ISA、ACPI、ビデオ入力などをサポートする。AC97 Linkを持つなど比較的新しいスペックとなっている。

 MPEG-2デコーダは、同社が買収したMPEGコーデックメーカーのMediamatics(カリフォルニア州)の開発したコアを使っている。MPEG-2ビデオとMPEGおよびAC3オーディオのデコーダを搭載している。

 スーパーI/OはもともとNational Semiconductorの強い分野で、テルアビブで設計している。ビデオプロセッサは、ビデオスケーリング、色空間変換、TVエンコーダ、DACなどで、これはインドで開発したという。TVとCRTへの同時出力も可能になっている。


●製品分野別に統合する機能を替える

 というわけで、見ての通り、Geode SC1400では、マルチメディアPCに必要なほとんどのIP(知的所有物)ブロックがこのワンチップに統合されている。Geode SC1400は、MPEG-2デコーダやTVエンコーダを搭載していることからわかる通り、STB向けだが、National Semiconductorでは、このほかシンクライアント(Thin Client)、個人向けの携帯情報機器WebPAD、シンサーバー(Thin Server)の3分野にもフォーカスしていくという。

 シンクライアントについては台湾メーカーと協力して開発している。これは、10/100MイーサネットのMACPHYTERを統合したものになるという。同様にWebPAD向けでは、無線LANを取り込むとしている。

 つまり、Geodeはファミリ展開し、カバーする領域は「IA(Information Appliances:情報家電)」すべてにわたる。そのため、National Semiconductorは今ではGeodeをPC-on-a-Chipではなく「IA-on-a-Chip」と呼んでいる。IAで要求される価格は、500ドル以下や300ドル以下。Geodeは必要機能をワンチップ化することで、そのコストを実現できるというのがメッセージだ。

 また、顧客ごとのカスタマイズサービスも始める。つまり、ユーザー企業が望む機能を選んで統合したチップを提供する。こうしたシステムLSIのASIC(特定用途向けIC)展開では、LSI Logicが成功を収めたが、National Semiconductorも同様のビジネスモデルを採用するという。ただし、National SemiconductorはもともとASICベンダーではなく、ASSP(特定用途向け標準製品)を中心に提供してきたベンダーだ。


●システムLSI化の利点

 なぜここまで機能を統合するのだろう? 半導体の統合化はなにかと利点が多いのだ。

(1)ワンチップ化によって、チップ数が減って部品コストと実装コストが減る。
(2)実装面積を小さくできるため、基板サイズを小さくして製品の小型薄型化や斬新なデザインの採用が可能になる。
(3)各チップ間のI/O回路が省略されるため、消費電力も低くなる。そのため、熱設計が容易になり、冷却装置を省いたりできるようになる。
(4)各コアをLSI上に集積することで、基板上に実装する場合と較べて信号伝達の遅延時間を短縮できるので、高速化が容易になる。コアの間のバス幅も、ピン数の制約がなくなったことで広げられるため、セル間の帯域を上げて性能を上げることができる。
(5)部品点数が減るため信頼性も向上する。

 こうした利点があるため、半導体業界のトレンドはシステムオンナチップに向かっている。だから、Geodeは、半導体業界ではそれほど特殊な製品ではない。組み込みRISCをコアにしたシステムLSI化は、もうずいぶん前から進んでいる。では、何がGeodeの利点なのか。


●情報家電市場での強味はx86とアナログ

 National Semiconductorのマイケル・ポラチェック氏(インフォメーションアプライアンス事業部担当副社長兼統括本部長)によると、重要なポイントはx86CPUコアとアナログ技術を持っていることだという。

 ポラチェック氏によると「システム設計者はx86を好む。それは、システムレベルのソリューションを開発するのはx86を使った方が楽だからだ。x86ならさまざまなソフトウェアやペリフェラルが豊富に存在する。また、x86を理解しているエンジニアも多い」、「また、x86はインターネットとの互換性が高い。最新のアプリケーションやアドオンやブラウザは、x86向けに出てきて、他のプラットフォームにマイグレートするからだ」と説明する。

 これに関しては、組み込みRISCを擁するメーカーからは、おそらく異論がある部分だろう。情報家電を設計しようとするときに、x86の方が楽というのは、現状ではその通りかも知れないが、将来どうかはわからない。面白いことに、x86の本家のIntelも、この市場へは非x86の組み込みRISC「StrongARM」プロセッサを強力に推進しているのだ。

 しかし、National Semiconductorのターゲットは、情報家電と言ってもPCライクなシロモノがおそらく最初のターゲットで、PCのスキルで時機に応じた製品を作りたいと考えているメーカーに向いていると考えれば、この展開もわかる。ちょうど、市場も無料PCのブームで、PCライクな情報家電へと向かい始めた。米国最大のプロバイダAOLが、自社で提供するSTBにGeodeを採用するというあたりが、この展開を象徴している。

 もうひとつのアナログという要素もわかる話だ。それは、マルチメディアでは、最終的なインターフェイスは必ず人間が理解できるアナログ形式にしなければならないからだ。音声でも映像でも、入出力はすべてアナログ。だから優れたアナログ技術が重要になる。

 そして、現在の半導体業界の問題は、CMOSデジタル技術は多くのメーカーが持っているが、優れたアナログ技術を持っているメーカーは比較的少ないことだ。CMOSとアナログの両方をカバーできるメーカーとなると、さらに少ない。National Semiconductorは、その両方を持つ強味を最大限に活かそうというわけだ。


●IntelのTimnaとの競合は?

 x86ベースのワンチップPCという分野で、National Semiconductorと将来オーバーラップしそうなのは、Timna計画を持っているIntelだ。Timnaは、CoppermineのCPUコアに128KBの2次キャッシュSRAMと3DグラフィックスコアやDirect RDRAMコントローラなどチップセット機能を統合する。つまり、統合する機能はGeodeのベースとなったMediaGXと同じようなものになる。

 Intelは、当初、TimnaをCeleron+Intel 810の後継に持ってくると思われる。しかし、同じx86ベースで情報家電という新市場が見えるなら、Intelがそこを攻めない理由はなにもない。下からはStrongARMで、上からはTimnaで、という戦略だってありうる。CPU性能は高いがダイサイズ(半導体本体の面積)や消費電力も大きなTimnaは、すぐにはGeodeと競合しないかも知れないが、将来は競合する可能性が出てくるかも知れない。

 じつは、National Semiconductorもこれは意識している。ブライアン・L・ハーラ氏(National Semiconductor、取締役会長兼社長兼CEO)はIntelのTimnaを名指しして「彼らの製品にはアナログ(回路)が取り込まれていないだろう。われわれは、それを我が社独自のフィーチャとして提供できる」と、アナログ技術面でのIntelに対する有利を強調する。その上で、ハーラ氏は、「Intelは、アナログメーカーの買収を考えるのでは」と、意味深なことも言う。

 これは非常にロジカルな話で、個人的には可能性はかなりあると考えている。それは、IntelがTimna路線やStrongARMでのシステムLSI化を進めてデジタル系の回路をすべて統合してしまったら、次のフェイズは、周辺に残るアナログの取り込みになるのが自然な流れだからだ。

 また、ハーラ氏のこの発言は、同社がIntelなどから買収の対象になっているのではという質問に対して出てきた。ハーラ氏は、National Semiconductorの株価が上っている(どん底だった昨年後半の7ドルから、現在は4倍近くへ上昇)ことを指摘して、買収の可能性を否定。さらに、「Intelは、National Semiconductorを購入できないだろう。反トラスト法があるからだ」と語った。これは、x86市場でのライバルをIntelが買収しようとすると、司法省から待ったがかかる可能性があることを言っていると思われる。だが、Intelと直接競合するCyrixを売却したあとは、反トラスト法の効力は薄まるかも知れない。


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('99年7月9日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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