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6月22日発表された、S3によるDiamond Multimediaの買収は、昨年から続く1つのトレンドに沿ったものだ。そのトレンドとは言うまでもない、グラフィックスチップベンダによるカードベンダの買収である。表1に、最近行なわれたチップベンダによるカードベンダの買収事例をまとめておいた。
一般に、企業規模の点から言うと、チップベンダよりカードベンダの方が大きいことが多い。今回のS3とDiamondの例にしても、Diamondの売上はS3の3倍近い。これは、カードベンダの方がより川下に近く、製品単価が高いことを考えれば当然のことだろう。グラフィックスチップベンダの大半がいわゆるファブレス企業で、社内には開発・設計チームを中心に、OEMに対するサポートや営業部隊しかいないため、それほど規模が大きくないという事情もある。
このようにチップベンダによるカードベンダの買収は、小が大を呑み込む形になることが多い。その理由として考えられるのは、逆はあまりうまくいかない、ということだろう。通常、チップベンダとカードベンダのどちらにより技術が求められるかというと、これは言うまでもなくチップベンダだ。チップベンダには、チップ自体の設計・開発に加え、ドライバなどソフトウェア開発能力が求められる。
一方、カードベンダはこうした技術が不可欠なわけではない。極論すれば、カードの回路パターンはチップベンダが提供するリファレンスデザインのまま、ドライバもリファレンスドライバのままで、製造は外部委託という形であってもグラフィックスカードベンダになれてしまう(グラフィックスチップの寿命が半年になった現在、のんびり自社でディスプレイドライバに手を入れているヒマなどない)。その代わりにグラフィックスカードベンダに求められるのは、エンドユーザーサポートやマーケティングといった、システマチックに行なう必要のある業務だ。
こうした業務内容の違いは、1人(あるいは少数)のスーパーマン(エンジニア)が企業の核になり得るチップベンダに対し、カードベンダにはある種の組織力が求められると言えるかもしれない。したがってカードベンダがチップベンダを買収しても、その少数のエンジニアが退社してしまえば、おしまいである。チップベンダは、会社ごと買収するというより、エンジニアを引き抜くという形態の方が似合う(あるいはエンジニアが独立し、ベンチャーキャピタルと結んで新しいチップベンダを興す、など)。どうしても、チップベンダがカードベンダを買収する方が目立つのではなかろうか。
では、チップベンダがカードベンダを買収する理由は何だろう。これまで、チップベンダは、グラフィックスチップの開発に徹し、より多くのカードベンダにグラフィックスチップを売ることを目指してきた。だが、カードベンダを買収し、自らがカードビジネスを手がけるようになっては、他のカードベンダはライバルと化す。もはやチップを買ってくれる相手ではなくなってしまう。
●表1 最近行なわれたチップベンダによるカードベンダの買収事例
チップベンダ | カードベンダ | 買収発表日 | 総額 |
Evans & Sutherland | Accel Graphics | '98年4月22日 | 5,200万ドル |
3Dlabs | Dynamic Pictures | '98年7月14日 | 不明 |
3dfx Interactive | STB Systems | '98年12月14日 | 1億4,100万ドル |
S3 | Diamond Multimedia | '99年6月22日 | 1億6,000万ドル |
■ 価格のコントロールと、リスクを負える体制がメリット
こうしたマイナスにもかかわらず、チップベンダみずからがカードを手がけるのは、価格のコントロールが最大の理由だと思われる。オープンマーケットでのチップ販売は、顧客が多い(チップがたくさん売れる潜在性がある)反面、値崩れしやすいというデメリットがある。その時々で、市場の評価が最も高いチップはまだしも、1度2番手以下の評価を受けると、カードベンダに買い叩かれて、チップ価格はとめどなく下がっていく。チップベンダがカードを手がけていても、市場の評価により価格は変動するが、複数カードベンダによる価格競争による急激な価格低下は避けられる。逆に、もし市場でトップの評価を得られれば、一定期間高い価格を維持することさえ可能だ。チップベンダによるカードベンダの買収の裏には、オープンマーケットで大量に売るより、供給先を絞って価格を安定させたい、という思惑があるものと思われる。
もう1つ、チップベンダがカードベンダを買収することのメリットは、技術的な冒険がしやすい、ということが挙げられる。全く新しいデザインのグラフィックスチップの場合、サードパーティのカードベンダに売りこむのが難しいことが少なくない。たとえば、市場で主流ではない(新奇な)メモリデバイスに最適化したグラフィックスチップは、大半のカードベンダが嫌がる。万が一、そのグラフィックスチップを採用したカードが売れなかった場合、転売できないメモリデバイスの在庫を抱えるハメになるからだ。しかし、チップベンダがカード製品を持っていれば、社運を賭ける覚悟さえあれば、こうした冒険も可能になる。
MatroxのMillenniumは、韓国の三星電子しか供給元のないWRAMを採用し、大きな成功を収めたが、もし同社がカードを手がけていなかったら、あれほどの成功は得られなかったかもしれない。現在、DDR SDRAM/SGRAMが登場しているが、現時点で他に転用のきかないDDRタイプのメモリは、帯域が2倍になるとしても、カードベンダは在庫を持つことを望まないだろう。だが、チップベンダがカード製品まで手がけるのであれば、他社との差別化をはかって、賭けに出ることも不可能ではない。これもチップベンダとカードベンダが一体化するメリットの1つである。
今回のS3とDiamond Multimediaの合併が、どのような結果をもたらすのか、現時点でハッキリとしたことは言えない。だが、S3が何と言おうと、Diamond Multimediaと他のチップベンダ(ハッキリ言えばNVIDIA)との関係は悪化していくことは間違いない(S3は関係悪化を望んでいないといっているが、NVIDIAの方が拒否するだろう)。Diamond Multimediaが現在ラインナップしているグラフィックスカード中、S3のチップ(Savage4 Pro+)とNVIDIAのチップ(RIVA TNT2および同Ultra)を比べれば、どちらの性能が優れているかは明らかだ。しかし、事業にとって重要なのは、利益が出るかどうかであって、どんなにRIVA TNT2の性能が良かろうと、儲からなければしょうがない。「AKIBA PC Hotline!」を見れば分かるとおり、TNT2を採用したグラフィックスカードは、ブランド、ノーブランドあわせ多種大量に出回っており、価格下げの圧力は強いのである。
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【6月23日】S3、Diamond Multimedia Systems買収
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990623/s3.htm
[Text by 元麻布春男]