【新連載】

第1回:いまどきのPDA選び(前編)



 「アレっ?本田さん?」と、声が聞こえても、まさか自分のことだとは思わなかった。なにしろ、ここはロサンゼルスに向かう飛行機の中だ。いくら同じイベントのために渡米する人が多いとはいえ、今回は予定を1日繰り上げてスケジューリングした。知り合いに合うことなんて、ほとんど考えていなかったからだ(余談だが、なぜかPC Watchに原稿を書くときは飛行機の上であることが多い)。

 何度か声を聞いて、やっと自分だと気づいた。声の主はマイクロソフトのとある社員(名前は伏せておこう)だ。彼は大学時代に研究室でrootをやっていた、というだけあり、技術系の職にあるわけでもないのに、広く中立なコンピュータ論を持っている。飛行機の中でも、ちょうどLinuxについて記事が掲載されていたNewsWeekで盛り上がった。

 Linuxに対するわれわれの意見はさておき(別の機会があれば話したい)、そこでもうひとつ話題にしたのが、「専用機と汎用機」というテーマ。たいしたことがないネタのように思えるかもしれないが、実はPCの将来を強く暗示しているように思う。そして、単なる未来話だけではなく、今現在のPDAの姿を見る上でも重要なファクターだと思ったのだ。



■ 専用機的アプローチ

シャープ ZAURUS アイゲッティ
38,000円。従来ユーザーよりも若い層にターゲットし、機能はインターネットをPIMに絞った
 アプリケーションの方向性がしっかりと定まって、コンシューマの望む機能を独自に実装できるなら、専用機はコストの面でも性能の点でも優位性を持つものだ。機能が定まっていれば、無駄なハードウェア(必要以上に高速なCPUなど)を実装する必要がないからだ。

 そう、PDAでいえばZAURUSがその代表格かもしれない。現在のZAURUSは、非常に高価とはいえ一般ユーザーも開発環境を入手できる(以前は登録デベロッパーしか購入できなかった)ため、完全な専用機とは言いがたい面もあるが、もともとのPIシリーズは完全に個人情報管理の専用機だ。現在のMIシリーズもまた、その思想を受け継いでいる。

 専用機の欠点は、ベンダーが驕らずにさまざまな要素を取り込んでいかないと、なかなか世の中の流れに乗れないことだ。ただ、この点に関してZAURUSシリーズは、かなり謙虚に他のデバイスを研究しているように思う。

 ただし、ちょっとした気になること(たとえばコンパクトフラッシュスロットがホットスワップできないなど)や、ここ最近はあまり進化していないPIM機能が、もしかするとZAURUSシリーズの限界を示しているのかもしれない。

 また、多くの機能を取り込みすぎて、コスト的な優位を多機能で食いつぶしている。やはり、いくら高性能でも10万円近い金額のPDAには手を出しにくい。先日発表されたアイゲッティが、どの程度ZAURUSのテイストを持っているかが興味深いところだ。専用機にはない機能をカバーするのが難しい。ローコスト化しやすいはずだが、それにはそれなりのリスクがあるといえよう。



■汎用機的アプローチ

コンパック PRESARIO 213
オープンプライス。反射型TFT液晶を搭載したPalm-size PC
 汎用機はどんな用途にでも適用できる汎用の機能を備え、ソフトウェアの追加(開発力があれば自分でプログラミングしてもいいだろう)で機能を強化することができる。一方で、肥大化するユーザーの要求に応えるためには、ある程度無駄なほどのハードウェアパワーも、大規模なソフトウェアも必要になる。現在のPCはその典型例だが、PDAで言えばWindows CEベースのPalm-size PCが相当するだろう。

 Palm-size PCの問題は、汎用的に利用できるというメリットよりも、コスト高な点やプロセッサに対して厳しい(重い)というデメリットのほうが、今のところは強く出ていることだ。本来、Palm-size PCはVisual Basicも開発環境に使えるなど、企業内でのカスタムアプリケーション端末として、もっと活躍の場があってもいい。単なるPDAとしてならば、少々無駄が多いかもしれない。

 非常に高速なCPUを搭載することで、これをカバーしようとしているのが、最近のWindows CEのアプローチだが、高速なCPUはバッテリもそれなりに消費するし、コスト高にもつながる。

 これらの問題は、ハードウェアが進化して無駄な部分が目立たないほど高性能化してしまえば、欠点とはならなくなる。最近のPCがまさにその状況で、500ドルPCでも家庭で十分に機能してしまう。ただ、今はまだ時期が早いだけとも言えるだろう。

 もちろん、それならばそれで高機能、高性能をウリにする手もあるわけで、各メーカーのカラー対応Palm-size PCがどのような味付けになっているのか、またどのような戦略を持って開発しているのかは興味深いところだろう。



■ 両者の中間的アプローチ

日本IBM WorkPad
オープンプライス。機能を絞り、軽快な動作が特長
 ところで、日本IBMから日本語版も登場した3ComのPalmシリーズは、上記のどちらにも当てはまらない。Palmシリーズは、ハードウェアそのものは専用機的なアプローチだ。手のひらサイズのPDAに「ユーザーはこういう機能を求めているんだ」とターゲットを絞り、ハードウェアもOSもスリム化している。だからこそ、Palmはいまどき時代遅れのCPUコアでも十分に軽快な動作を実現できるのだ。

 ところが、この先がZAURUSなどとは少し異なる。Palmの場合は、開発に関連する情報をオープンにするだけでなく、一時期は開発環境を購入したユーザーには無料でPalmを添付するなど、積極的に草の根の開発者を開拓した。

 正直言って、Palmに標準で組み込まれている機能は、どれも十分な機能性を備えていないと思うのだが、それを草の根の開発者たちが作り出したソフトウェアでことごとくカバーされる。本来、Palm-size PCが目指すべきソフトウェアプラットフォームに、Palmがどっかりと腰を据えている。だからこそ、エキサイティングで面白いプラットフォームになっているのだと思う。

 ただ、Palmシリーズは本体のOEMや、その機能の他機器への組み込みなどはサポートしているものの、OSがハードウェアと強く結びつきすぎていると思う。結果として、ハードウェアの設計は3Comに委ねられており、僕は今後もユーザーの選択肢の幅が広がらないのではないかという懸念を持っている。しかし、今すぐに面白くて使えるプラットフォームを探しているなら、Palmシリーズが唯一の存在であることは確かだ。



■ 方向性が違うから迷う必要はない

 このところ、立て続けにさまざまなPDAの新製品が登場したために、これらの比較をやってみようと思ったのだが、同じように見える手のひらサイズコンピュータも、その方向性はそれぞれ異なるものだ。

 個人の仕事に関する情報だけを管理したいなら、日本生まれで日本の仕事のスタイルに合ったZAURUSはやはり魅力的。一方、Outlookとの連携ならマイクロソフトのWindows CEをベースとしたPalm-size PCが一番機能的。そしてハードはチープでも、ユーザーパワーのすさまじいPalmシリーズは、手作り的面白さがある。
 逆にZAURUSはクローズドで、購入したままの機能で使いつづけることになるだろうし、Palm-size PCは高価でバッテリもよく食う。Palmシリーズは、限られた機能しか持たない。
 そうしたことを踏まえた上で、自分がどんなことにPDAを使いたいのかを考えれば、おのずと何がフィットする製品かが見えて来るはずだ。

 たとえば、僕が仕事だけのことを考えてPDAを選ぶなら、以下の項目を重視する。

こうした必要な機能が揃っていれば、必ずしも汎用アプリケーションを使う必要性は持たないだろう。するとZAURUSを選ぶことになると思う。

 一方、もし個人的に遊ぶのであれば以下の条件が重要になる。

こうして見ればPalmシリーズが有力だが、無線通信のための追加ハードウェアが高価なため、モノクロのPalm-size PCを選ぶかもしれない。

 そして企業内のシステムを構築しようとしているなら、もうこれはPalm-size PCしかない。Palmシリーズにも、データベース情報を切り取ってダウンロードするなどのソリューションも提供されているが、開発のしやすさや機能の幅広さでは、Windows CE搭載のPalm-size PCが持つメリットは大きい。

 もちろん、これらはユーザーによって基準が異なるはずだ。自分だけのチェックリストを作ってはどうだろう。きっと「何がいいのかな」という迷いも、少しは軽減されるだろう。

 と、ここまででずいぶんと長い記事になってしまった。実は、個人的にPDAをひとつ購入したのだが、それの紹介も含め、来週は実際に発売されている最近のPDAについてレポートすることにしたい。



[Text by 本田雅一]


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