Pentium IIIは出たものの、それを載せるプラットフォームはPentium II時代と同じ。 そのため、現状のPentium IIIは、高クロック化したPentium IIにSSEというオマケがついた存在でしかない。Intelが約束しているPentium IIIプラットフォームの革新-133MHz フロントサイドバス(FSB)、Direct Rambus DRAM(RDRAM)、AGP 4×モード、Ultra ATA/66 、セキュリティ機能は、積み残しのままだ。それは、Pentium IIIをターゲットに開発されたチップセット「Intel 820(Camino)」が出ていないからだ。Intel 820は、今わかっている限りでは今年の第3四半期、それも9月頃だと言われている。Intelは、どんどん方針を転換するので、この9月というのも確実ではないが、もしその通りになれば、Pentium IIIのためのプラットフォームは半年遅れになってしまうことになる。
●今年に入って揺らぎ始めたチップセット計画
じつは、悪い兆候はPentium III発表前からあった。今年に入ってから、Intel 820の計画は、ずるずると後退していたのだ。
昨年末まで、Intel 820は6月までに出るとされていた、と業界関係者は口を揃える。当初は、第2四半期の終わりにPentium III 533MHzとIntel 820が同時に出て、133MHzFSB、400(800)MHz RDRAM、AGP 4×モード、Ultra ATA/66 、セキュリティ機能が同時に提供されるはずだったらしい。そして、440BXは急速にIntel 820に置き換わるというシナリオだったという。
ところが、年が明けると状況が変わる。Intel 820の6月出荷のスケジュールは変わらないものの、ハイエンド向けの133 MHz FSBとミッドレンジ向けの100MHz FSBの2段構成に分かれたという。Intel 820で100MHzもサポートするという話は前からウワサになっていたが、1月頃からはその話がもっと明確になった。133MHz FSBでは400MHzRDRAMをサポートするが、100MHz FSBでは同じRDRAMでも低速な300MHz版かPC100SDRAMをサポートするというのだ。
2月に開催されたIntelの開発者向けカンファレンス「Spring '99 Intel DeveloperForum(IDF)」に出展していたHyundai Electronics社は、「RDRAMは400MHz品の歩留まりが悪かったため、(Rambus社は)クロックを400MHzから300MHzに落としたスペックを急きょ作った」と言っていた。RDRAMのクロックが下がるとFSBのクロックも下がるのは、FSBとメモリインターフェイスの同期の問題らしい。
そして、さらに1月には、Intel 815という新チップセットが出てきた。これは、Pentium III向けのグラフィックス統合型チップセットで、100MHz FSBとPC100をサポートするという。同じグラフィックス統合でも、Celeron向け次期チップセット「Intel 810(Whitney)」は、当初は66MHz FSBで66MHz SDRAMサポートと見られている。この、Intel 815は、今440BXや440ZX(100MHz)が占めているPentium II/IIIのローエンドを置き換えるために出てきたという。
これは、Intel 820に全て置き換える戦略がうまく行かなくなってきたことを意味している。Intel 820のメモリサポートが複雑化していることでもわかる通り、その原因はRDRAMの供給にあるようだ。このあたりの事情は、2月15日のこのコラム「Intelが100MHzフロントサイドバスPentium III 550/650/700MHzを計画」を参照してほしい。
●IDF直前にIntel 820の出荷をずらす
さらに、2月頃になると、状況はさらに変わる。この時点で、Intelは、6月に発表するのはIntel 820の100MHz FSB/300MHz RDRAMだけで、133MHz FSB/400MHz RDRAMのサポートは9月になったとOEMメーカーに説明し始めたという。そのため、6月に発表されるPentium IIIも533MHz(133MHz FSB)ではなく550MHz(100MHz FSB)に変わった。つまり、400MHz RDRAMの6月の立ち上げは諦め、次善策として300MHz RDRAMでスタートだけしようというスタンスに変わったらしい。
そして2月23日から開かれた、IDFで、Intel 820はさらに後ろへいってしまう。アルバート・ユー上級副社長兼ジェネラルマネージャ(Microprocessor ProductsGroup)のプレゼンテーションでは、もうPentium III 550MHzのところに次世代チップセット(=Intel 820)とは書かれていない。Pentium III 550MHzが440BXで、600MHz以上の0.18ミクロン版Pentium IIIが次世代チップセットとなっている。さらに、RDRAM移行やAGP 4×移行のロードマップ図も、みんな今年第3四半期から移行が始まるという図に変わった。昨年までは、これらは今年第2四半期から移行が始まることになっていたのだ。
インテル日本法人の関係者も、Pentium III発表会の際にIntel 820がPentium III550MHzのタイミングで出てこないことを認めている。ただし、「チップセットの遅れには多くの理由がある」(ジョン・アントン取締役副社長)と説明する。原因は、RDRAMばかりではないということらしい。
●820以外のチップセットでつなぐ
Intel 820とRDRAMの計画がゆらいだことは、他のメモリアーキテクチャを支持する陣営やチップセットに勢いを与えている。台湾VIA Technologies社が、PC133 SDRAMのパソコン向け仕様を策定する業界団体を結成したことは、そのいい例だ。VIAの発表では、この標準化作業にはMicron、NEC、Samsungが協力しているという。また、NECは、ここで自社の開発した「VCM(Virtual Channel Memory:DRAMの実効帯域を向上させる技術)」のサポートを広げようとするだろう。
他のチップセットメーカーが、133MHz FSB/PC133のPentium III用チップセットを出してくると、Intelとしてはちょっと面白くない展開になる。Intelは、SDRAM→RDRAMという移行を進めるために、RDRAM以外の高速DRAM技術、例えばPC133やDDRSDRAMを自社のソリューションから排除してきたからだ。IDFの技術セッションでも「PC133では実効帯域がPC100と変わらない、マザーボードも新しい設計が必要となるため利点がない」と説明、RDRAMこそが次世代DRAMだというスタンスを崩していない。
しかし、これも変わってくるかも知れない。それは、Intel自身も、Intel 820の遅れの影響でチップセット戦略を見直しつつあるからだ。まず、Intelは、440BX/ZXを急激にIntel 820へとシフトさせるという当初の計画をやめ、440BX/ZXを少なくとも年内は延命したと思われる。
それから、Intel 820以外のチップセットで133MHz FSBをサポートする計画も、OEMはアナウンスし始めたらしい。それによると、Intel 815に、2000年の第1四半期に133MHz FSBサポートが加わるという。また、Intelには、いざという時のもうひとつの手もある。それは440BXを133MHz FSB化してしまうことだ。Intelならやりかねない。
では、IntelがSDRAMベースのチップセットを133MHz FSB化したら、メモリはどうなるのだろう。メモリ業界関係者は「133MHz FSBの帯域にマッチするように、メモリもPC133をサポートせざるをえないだろう」と指摘する。今まで、数多くの方針転換を軽々とやってのけたIntelだから、それも十分ありうるだろう。
●セキュリティ戦略も
Intel 820の姿が見えないことは、他にもIntelの戦略に影響を及ぼしている。例えば、IntelがPentium III以降、唱え始めたセキュリティ戦略だ。
Intelは、IDFで、今後、Pentium III以外にも、セキュリティのための要素をさまざまな形で提供してゆくと説明した。なかでも重要なのは、暗号化に使える乱数発生器「RNG(Random Number Generetor)」で、Intelはこれを820に入てくるようだ。また、関係者によると、Intel 820にはセキュリティ機能付きのフラッシュメモリも搭載されるという。
Intelとしては、こうした要素を揃えることで、ハードウェアによりセキュリティ機能を補強できると言いたかったのだろうが、Intel 820の出遅れでPentium IIIのプロセッサシリアルナンバへの警戒心が先に膨らみ、どんどんネガティブな方向へ転がってしまっている。ともかく、Intel 820をいちばん出したいのはIntel自身であることだけは確かだ。
('99年3月9日)
[Reported by 後藤 弘茂]