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K6-IIIを正面からPentium IIIにぶつけたAMD


●Pentium IIIより先にK6-IIIを発表した大胆さ

 「はたして前か後か?」
 AMDの「AMD-K6-IIIプロセッサ」発表前に、業界が注目したのはこの点だった。つまり、Pentium III対抗と位置づけるK6-IIIを、Pentium IIIの前に発表するのか、後に発表するのか、ということだ。そして、AMDが選んだのは前者だった。しかも、IntelがPentium IIIの情報を怒濤のように繰り出す、「Intel Developer Forum(IDF:Intelの開発者向けカンファレンス)」の前日に発表日をセッティングするという念の入れようだ。

 これは、Intelに挑戦状を叩きつけたのと同じこと。大胆不敵な行動だ。発表があとになったIntelからは、どんな反撃を食らうかわからないわけで、おそらくAMD側も、息を呑んでIntelの出方を待っているに違いない。

 さて、AMDの発表内容は、日本での発表会のレポート「AMD、L2キャッシュ内蔵、L3キャッシュまで対応したK6-III」を参照してもらうとして、このコラムでは、K6-IIIの“対Pentium III”と“勝ち目”と“今後”について分析してみよう。


●K6-IIIの方がPentium IIIより性能が上なのか?

 まず、“対Pentium III”。AMDはK6-IIIが、クロックが1グレード上のPentium IIIと同等レベルかそれ以上の性能だとしている。つまり、K6-III 450MHzがPentium III 500MHzと戦えると主張しているのだ。

 今のところ、両者を比較したベンチマークは、AMDしか出していない上に、キャッシュの条件などの問題もあるので厳密なことは言えない。しかし、K6-IIIが、クロックが1グレード上のPentium IIIと同等性能だったとしても何ら不思議ではない。それは、もともとK6コアのパフォーマンスが高いからだ。

 K6ファミリは、そもそも、x86互換メーカー米NexGenが開発していた「Nx686」を、AMDがNexGenを買収することで製品ラインナップに組み込んだものだ。このNx686は、Pentium Proよりも同一クロックなら性能が上と発表され、アーキテクチャに対する評価も高かった。

 しかし、Nx686はAMDのK6に生まれ変わるに当たって、いくつかの変更が加えられた。デコーダや分岐予測、マルチメディアユニットのMMXの互換化など、その変更点は数多いが、なかでもいちばん重要だったのは、バスの変更だ。Nx686は、もともと独自のバス方式を取り、CPUのフロントサイドバス(FSB)から2次キャッシュ用バスを分離してバックサイドバスとする設計を取っていた。これは、性能を重視したためだが、そのためPentiumとはバス互換性がなかった。しかし、それでは後発メーカーは市場が見込めない。そこで、K6ではSocket 7互換にバスを変更して、膨大なPentium用マザーボードで利用できるようにした。つまり、バスの性能を犠牲にして、市場を取ったのがK6だったのだ。

 ところが、K6-IIIでは、プロセス技術の進歩によって、2次キャッシュをダイ(半導体本体)に統合できるようになった。つまり、K6に課せられた制約を取り払って、本来のコアの性能を発揮できるようになったわけだ。しかも、ワンチップに統合したため、2次キャッシュへのアクセスはずっと速くなった。K6-2の時点でPentium IIに性能で迫っていたわけだから、K6-IIIなら性能がある程度上回ってもおかしくない。


●Intelとぴたりと同じ価格につけたAMD

 だが、同クロックでの性能がいくらよくても、それで勝てるとは限らない。“勝ち目”に関しては、AMDがどれだけうまいマーケティングを行なえるか、AMDがどれだけ潤沢にものを出せるか、の2点にかかってくる。

 今回の場合、難しいのはAMDのハードルが高いことだ。AMDは、これまで同社のプロセッサをPentium IIに対して「手頃な価格」、つまり25%安い価格としてきた。これは、クロックで言えば1グレード分価格が低い-つまり、AMDの400MHzはIntelの350MHzと同等といった具合に価格づけしていたわけだ。ところが、この戦略では、いつまでたっても平均のCPUの販売価格(ASP)が上がらず、利益が上がって行かない。AMDは、なんとしても、Intelに対して、同等の価格づけをできるようになる必要があった。そして、そのための切り札がこのK6-IIIなのだ。

 そのK6-IIIの価格が面白い。発表によると、K6-III 450MHzは476ドル(1,000個時)、K6-III 400MHzは284ドルとなっている。実はこれはIntelがOEMメーカーに発表した、2月末のPentium II価格とまったく同じ価格(450MHzが476ドル、400MHzが284ドル)なのだ。また、Intelは、Pentium IIIとPentium IIでクロックの価格差をほとんどつけない戦略に変えた。そのため、K6-III 450MHzはPentium III 450MHz(予想496ドル)とも価格があまり変わらなくなる。

 つまり、AMDはPentium II/IIIと同クロックのK6-IIIを、Intelと同じ価格で売ろうとしているのだ。この場合、AMDが、K6-IIIがPentium IIIよりクロックで1グレード分性能が上だと顧客と消費者に納得させない限り、K6-IIIを選んでもらうことは難しい。このあいだまでは、「同じ価格ならIntelよりクロックが上」というわかりやすいポイントで納得させることができたが、これからはそれができなくなる。

 そのため、AMDは必然的にマーケティングに力を入れなくてはならなくなるだろう。もっとも、AMDもだいぶマーケティングがうまくなってはいる。その一例が、「TriLevel(トライレベル)キャッシュ」だ。これは、K6-IIIでは2次キャッシュを内蔵したので、外により大容量の3次キャッシュを搭載してパフォーマンスを上げようというアプローチ。つまり、単純に「3次キャッシュ搭載」と言えばいいところをTriLevelキャッシュと呼んでいるのだ。なんだ、と思うかも知れないが、じつは、これこそ、まさにIntelが得意とするマーケティング手法。Intelは同じように、従来からある技術に仰々しい名前をつけるというマーケティングをさんざんやっている。AMDも、このあたりのツボが飲み込めてきたのかも知れない。

 だが、AMDにとってマーケティング以上に難しいのは、潤沢にものを出せるかどうかだ。AMDに関しては、これが常に言われてきた。今回も、じつはK6-IIIのサンプルの出回っている量が少ないという話は、昨年11月以降、ずっと業界では言われ続けている。そして、そのサンプルの不足がK6-IIIへの不安になっていた。このあたりの不安を、同社が払拭して、ものを潤沢に出すことができるかどうかが、見ものだ。


●K6-IIIは550MHzに到達できるか?

 次に問題なのは“今後”だ。AMDの今後は、K6-2/IIIの高クロック化とK6-IIIモバイル版、それに0.18ミクロン化の3つの要素にかかっている。

 K6-IIIについて、AMDは今後のクロック向上のマイルストーンは、明らかにしていない。だが、Intelは3カ月もすればPentium III 550MHzを出してくる。これに対抗できなければ、またずるずると平均販売価格が下がっていってしまう。

 それに対して、AMDではK6-III 500MHzは製品化を考えているという。また、「0.25ミクロンでの、K6-IIIの物理的な上限は550MHzあたりだ。実際、シミュレータでは550MHzまでいった」という。

 しかし、Intelは、P6コア(Pentium Pro/II/III)はパイプラインの段数が多いので高クロック化が可能で、パイプライン段数が少ないK6ファミリでは高クロック化が難しいと指摘している。そのPentium IIIが0.25ミクロンで550MHzを製品の上限としているのに、K6-IIIでクロックを追従できるのだろうか。

 それに対しAMDは「K6-IIIはクリティカルパスがP6より少ない。だから、パイプラインの段数が少なくてもかなり近いクロックに持って行ける」と言う。クロック向上の妨げになるクリティカルパスが、K6コアの方が少ないのは、K6のマイクロアーキテクチャの方がP6のそれよりずっとシンプルだからだという。例えば、P6の内部命令は可変長なのに対してK6の内部命令は固定長、こうした違いが大きく影響するという。


●ノートはニッチを狙う

 しかし、IntelはノートPC向けでは明確なアドバンテージを持っている。それは、低クロック化の技術でAMDを引き離しているからだ。K6-IIIも今年前半中にモバイル版を出すが、その駆動電圧は2.4ボルトで、低電圧化のプランもないという。では、どうやってモバイルでIntelに対抗するのだろう。

 AMDは、モバイル版K6-IIIでは、デスクトップ代替のオールインワンノートでパフォーマンス重視のものにある程度ターゲットを絞るという。こうしたノートでは、低電圧にして発熱を抑えるより、パフォーマンスを上げる方が要求されているとAMDでは言う。それは、発熱が多少あっても、筺体が大きくて冷却機構も搭載できるので、対応できる。それよりも、消費者にアピールする高クロックが欲しいというわけだ。実際、現状でもデスクトップ版CPUでノートを作っているメーカーはあるわけで、AMDとしては、まずそうしたニッチを狙うという。


●K6-IIIの0.18ミクロン化も

 Intelは、今年の後半からデスクトップで0.18ミクロンの設計ルールで製造、高クロック化したPentium IIIを出してくる。年内には650/667MHzにまで到達する見込みだ。これに対しては、AMDはどうやって対抗してゆくつもりだろう。

 「0.18ミクロン製品は、今年後半に出す」(日本AMDチャネルマーケティング部、吉沢俊介氏)というのがAMDのスケジュールだ。0.18ミクロンでは、次世代のAMD-K7プロセッサを優先して製造するが、K6-IIIも0.18へ移行させるという。K6-2に関しては、0.18ミクロンへ持ち込むかどうかは決定していないという。いずれもデスクトップをターゲットに、より高クロック製品を出して行くという。

 AMDの次代をになうK7は、予定通り今年前半には0.25ミクロン版を出荷の見込みだ。「すでに、研究所レベルでは500MHzを大きく超えるクロックで動いている」という。K7は、回路レベルで高クロックに対応できるようにチューンされているのでこれも不思議ではない。


●K6-2の歩留まり問題はどうなった?

 ところで、AMDはK6-2で、高クロック製品の出荷量に問題が出て、製造トラブルと報道された。これはどうなったのだろう。

 この歩留まりの低下は、K6-2のマスクを替えたから生じた。AMDによると、マスクを変えた理由は、「クロックを上げ、クリティカルパスを減らし、歩留まりを上げるため」だという。ところが、マスクに大きく手を入れると、そのあとは歩留まりがいったん落ちる。今回、騒がれたのは、この歩留まり低下のためだ。

 では、AMDはなぜ、そんな危険をおかしてまでマスクを変えたのだろう?

 それは、Intelが本気で反撃を始めたからだ。Intelは、ローエンドで、速いクロックの製品へと移行するサイクルを速くした。AMDが追従できないようにするためだ。

 一方、CPUは、1枚のシリコンから、高クロック品も低クロック品もミックスして採れる。その中で、高クロック品がより多く採れれば、1枚のシリコンあたりの利益が上がる。ところがIntelのローエンドより低いクロック品が多く採れれば、それは製品として出せないので、その結果、出荷できる量が減ってしまう。そのため、Intelの高クロック化のペースが上がると、AMDは、より高クロックのCPUがより多く採れるように、無理をしてもマスクに大幅に手を入れなければならなくなったというわけだ。

 Intelという巨艦相手の戦いは、なかなか厳しそうだ。


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('99年2月23日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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