前回のコラムで述べた通り、CPUメーカーにとって、販売戦略上いちばん気になるのは「ASP(平均販売価格:Average Selling Price)」だ。実際、半導体業界のマーケティング担当者や経営幹部にインタビューしていると、しばしばこのASPという単語が話の中に登場する。
別に、ASPというのは難しい話ではない。そのメーカーのチップの平均の販売価格のことだ。たとえば、IntelのCPUなら、300MHzから450MHzまでさまざまな価格帯の製品があるが、それらをひっくるめて1個平均いくらで売れたかを示すのがASPだ。ちなみに、IntelのCPUの場合、ASPは200ドルを超えている。昨年10月に開催されたMicroprocessor Forum 98でセミナーを行なったMicroDesign ResourcesのアナリストLinley Gwennap氏によると、Intelの'97年のASPはリストプライスで250ドル程度、実売価格で225ドル程度だという。そして、'98年はベーシックPCの興隆でASPが多少落ちたが、それでも5~10ドル程度しか落ちなかったという。実際、インテル日本法人でも、ASPはほぼフラットで推移していると言っている。ここで注意が必要なのは、この同じ期間に、PC本体のASPは数10%下落していることだ。つまり、IntelはPC本体のASPが落ちているのに、CPUのASPは守っているわけだ。
では、x86互換メーカーのASPはどうか。同じMicroDesign ResourcesのアナリストMichael Slater氏によると、AMDのASPはこれよりずっと低く、'98年第2四半期で86ドル、第3四半期で100ドル程度と見込まれているという。そして、他のx86互換メーカーのASPは、それよりもさらに低く、National Semiconductor/Cyrixは60ドル程度、IDT/Centaur Technologyは35ドル程度だと、Slater氏は推定している。
もし、コストが同じなら、このASPの差は利益に大きく響く。50ドルの製造コストの製品が、100ドルで売れるのと200ドル以上で売れるのでは、利益は大きく違ってくるからだ。もっとも、実際には、x86互換メーカーのCPUの方が通常はコストが低く、その他の宣伝や研究開発の費用も抑えているため、差はそこまで大きくはならない。逆を言えば、x86互換メーカーはASPがIntelより低くても耐えられるようにしているため、この市場で競争を続けていられるのだ。
●高価格チップをバランスよく売る必要があるIntel
Intelは、現在の利益を維持するためには、ASPをある程度維持し続けなければならない。では、Intelはどうやってこの高いASPを維持しているのだろう。それは、各価格帯のCPUを、バランスよく売っているからだ。下は、Gwennap氏がセミナーで示した、Intelの'97年の典型的な出荷個数と売り上げの分布だ。左がCPUのグレード、次がCPUの典型的なリストプライス、右が出荷個数と売り上げ金額の比率を示している。
◎各価格帯別の典型的な売り上げ金額構成
【8】(800ドル前後) ******
【7】(600ドル前後) *************
【6】(450ドル前後) ********************
【5】(350ドル前後) ********************
【4】(250ドル前後) ******************
【3】(180ドル前後) **************
【2】(130ドル前後) *******
【1】(100ドル前後) **
さて、IntelのASPがリストプライスで250ドル弱であることと、CeleronとPentium IIのボーダーが【4】(250ドル前後)と【3】(180ドル前後)の間にあることは、おそらく無関係ではない。つまり、Pentium IIはASPから上の価格のチップで、これが売れるとIntelのASPは上がる。逆に、CeleronはASP未満の価格のチップで、これが売れるとIntelのASPは下がる。
Intelにとっては、【4】(250ドル前後)の価格帯のチップが全体の20%程度の個数売れて、その上のグレードのチップ群が40%、その下のCeleronが40%を占めるというのが、おそらく理想的な配分だ。Intelが、ベーシックPC市場は、デスクトップ全体の40%程度と見積もっているのは、この配分と無関係ではないだろう。ところが、これが下へずれたり、上の【7】や【8】の価格帯のチップが欠けると、ASPはずるっと下がってしまう。Intelとしては、できればこの配分は崩したくないはずだ。
●ASPを上げることが戦争の焦点
一方、x86互換メーカーは、利益を上げるためにはASPを上げなくてはならない。そのためには、できるだけ高価格の製品をたくさん採って売らなくてはならない。AMDが、一時赤字に苦しんだのは、K6の立ち上がりが悪く、低クロック=低価格製品の比率が高かったために、ASPが低かったことが一因だと思われる。
互換CPUメーカーにとって、安い価格でCPUを売り続けるということは、Intelより常にASPが低く利幅が薄いままだということを意味する。すると、膨大なコストがかかる次世代CPUの設計や最先端工場建設のレースで脱落する可能性が出てきてしまう。そのため、ASPを上げることはCPUメーカーにとって大命題だ。AMDが必死に高クロック/高性能なCPUを投入しているのは、このASPを上げるためだ。そして、この戦争では、Intelは、x86互換メーカーに対抗するグレードのCPUの価格を引き下げ、他メーカーのASPを上げさせないようにすることが合理的な戦略となる。
●技術的には簡単だがマーケティング的に難しいCeleron高クロック化
Intelが、現在行なっているCeleron価格のスライドは、こうした背景を考えるとよく理解できる。Intelにとって、Celeronのクロックを引き上げ、低クロック品の価格を下げてAMDに対抗することは、技術的にはじつに簡単だ。このコラムで以前にも書いたが、現在のCeleron(Mendocinoコア)が、Pentium II(Deschutesコア)と比べて動作クロックを上げにくい理由はあまりない。Celeronの2次キャッシュ用に内蔵されているIntelのSRAMセルは、かなり高クロックでもついて行けると見られており、Pentium IIと比べて高クロック品が極端に採りにくいという可能性は少ない。実際、これまでのCeleronでクロックアップが容易なことでも、これは証明されている。
つまり、Celeronは、実際には高クロック品であるにもかかわらず、低クロック品として、内部クロックの倍率を固定化して売られていたわけだ。極端な話、IntelがCeleronを高クロック化する場合にしなければならないのは、Intelの内部規定で400MHz品のスペックに合致するチップを選別し、400MHzの刻印をすることだけだ。
しかし、技術的には簡単でも、400MHzと銘打ったCeleronを出すということは、Intelにとってチャレンジだ。それは、マーケティング的な理由で、Intel自身のASPを下げる可能性があるからだ。
まず、Celeronを高クロック化して価格をスライドさせると、当然その上のPentium IIの価格階層も影響を受けることになる。インテル日本法人は、Celeron 366MHzはPentium IIラインと競合しないと説明している。これは、Pentium II 350MHzが事実上ラインナップから消えつつあることを意味する。Intelの現在のPentium II価格はまだわからないが、Pentium II 400MHzはCeleron 400MHzより1グレード上の【4】(250ドル前後)の価格ラインに、早晩、来ることになるだろう。それは、CeleronとPentium IIで同クロックでは、1グレード以上の価格差はつけにくいからだ。
つまり、今回の戦略で、IntelのCPU全体の価格は下へスライドし、その結果、一時的にせよIntelのASPが下がる可能性がある。インテルは、Celeron 400MHzはクロック競争の激しい米国市場に優先的に出し、日本市場での登場(=日本メーカーからの本格発売)は、1~2カ月後ろにずれ込むと言っているが、それは、影響を最小限に防ぐためだろう。だが、それでもIntelのASPと利益に与える影響は大きい。
●KatmaiでASPの回復を狙う
それでもいいとIntelが判断したのは、市場シェアを回復することをASP維持より優先したためと、高付加価値のKatmaiがあとに続くので、ASPをある程度回復できると考えたからだと思われる。Intelが第1四半期中に発売すると予告しているKatmai 450/500MHzは、おそらく【7】(600ドル前後)~【8】(800ドル前後)の価格レンジで登場する。これで、第1四半期は、Katmaiにプレミアをつけることで価格階層の上に空いた穴をふさいで、ふたたび高いASPを実現できるようになるわけだ。そして、Katmaiは、すぐに1グレード価格を下げてくるだろう。その結果、第2四半期には、Intelの価格階層は次のようになっていると想像できる。
●CeleronとPentium IIの間にはバリヤーを設ける
しかし、Katmai投入で価格階層の上に開いた穴を埋めることができるとしても、Intelにとって問題は残る。それは、Celeronクラスのパフォーマンスがアップした結果、本来なら【4】(250ドル前後)以上のPentium II/Katmaiクラスを買う客層までがCeleronに流れてしまい、ベーシックPC市場が急拡大することだ。そうすると、【3】(180ドル前後)以下の価格のCPUの比率が40%よりも大幅に増えて、ASPが下落することになる。
これを防ぐため、IntelはCeleronとPentium II/Katmaiの間に、クロック以外にもバリヤーを用意するという方策に出ている。それは、フロントサイドバス(FSB)や2次キャッシュ容量、命令セットの拡張などだ。'99年第2四半期までのハイエンドのCeleronとローエンドのPentium IIバリヤーは以下の通りだと想定される。
Pentium II | Celeron | |
---|---|---|
クロック | 400→450MHz | 400→433MHz |
フロントサイドバス | 100MHz | 66MHz |
2次キャッシュ | 512KB | 128KB |
メモリ | PC-100 | 66MHzSDRAM |
Katmai | Celeron | |
---|---|---|
クロック | 450MHz | 450MHz |
フロントサイドバス | 100MHz | 100MHz |
2次キャッシュ | 512KB | 128KB |
メモリ | PC-100 | PC-100 |
Katmai New Instructions | あり | なし |
●PPGAへの移行で、価格競争に耐える低コスト化を図る
もっとも、こうしたバリヤーを設けて、Katmaiの魅力の宣伝につとめたとしても、やはりベーシックPCへのシフトは、ある程度は進行するだろう。この市場は、現在AMDにかなりの部分を抑えられてしまっているわけだが、パラノイド(偏執症)を自認するIntelとしては、この状況は認めがたいはずだ。そのため、ベーシックPC市場でAMDと十二分に戦い、かつ利幅も確保できるようにしなければならない。では、それをどうやって実現するか。その解答が、PPGA(プラスティックPGA)化だ。
よく知られている通り、Intelは、今回、Celeronに従来の基板タイプのモジュールSingle Edge Processor Package (SEPP)に加えて、MMX PentiumのようなPPGAタイプを用意した。これは、Celeronの製造コストを低くして、より価格競争がしやすいようにするためだ。
Gwennap氏によると、Celeron(Mendocino)のSEPP版のコストは、Pentium II SECC版と比べて、ほとんど下がらないという。外付けのSRAMチップはなくなったが、CPUのダイ(半導体本体)サイズは大きくなってコストは上昇、しかも、基板状のSEPPではモジュールの部材やテストなどのコストが、SECCと比べて大幅には下がらないのだという。ところが、PPGAにすると、これらのコストの大半が消えるので、トータルのコストがPentium IIより大幅に下がるのだそうだ。Gwennap氏によればPentium IIのトータルコストは60ドル台半ばだが、PPGA版Celeronのコストはそれより10ドル程度低くなるという。これが本当だとすれば、20%もコスト削減ができるわけだ。
インテル日本法人も、PPGA化はIntel内部でのコスト削減が主要因で、そのコスト削減は顧客にも反映してゆくと説明する。実際、Celeronのリストプライスでは、SEPP版よりPPGA版の方が8ドル安くなっている。チップの実売価格が80~150ドルの世界で、この差は大きい。
2回にわたって、IntelのCPUの価格戦略を分析してみた。こうしてみると、Intelの動きは、ロジカルで比較的わかりやすい。とくに、価格のつけかたは、非常に几帳面で、Intelという企業の性格が反映されているような気がする。その几帳面さが、今のところは、Intelの強味となっている。
('99年1月8日)
[Reported by 後藤 弘茂]