後藤弘茂のWeekly海外ニュース

精彩を欠いたゲイツ氏とエネルギッシュなバルマー氏



●ビジョンを語らなくなったゲイツ氏

ビル・ゲイツ  ゲイツ氏はどこへ行ってしまったのだろう。少し前まで、力強くPCとテクノロジーのビジョンを語り、自社の優位性をくどいまでに強調していた、あのゲイツ氏は……。少なくとも、先々週のCOMDEX/Fallのキーノートスピーチで、ステージに立ったゲイツ氏は、以前のゲイツ氏ではなかった。

 ショウアップされたステージでゲイツ氏が語ったのは、10年先を描く大きなビジョンではなく、もうすぐ手が届く現実の技術や製品に関するものがほとんどだった。また、2年前のスピーチで行なったようなライバルに対する挑発もなかった。あっと驚くような要素は、何もなかったと言ってもいい。

 じつのところ、昨年のCOMDEX/Fallのキーノートも、大きなビジョンはほとんどないスピーチだったのだが、今年はさらにその傾向が強くなった。にこにこと穏やかに語り、毒もトゲもないゲイツ氏を演じるというのが、一般大衆向けスピーチのパターンになったらしい。また、スピーチの形式自体も様式化してきている。

 パターンはこうだ。まず、冒頭に笑いを取るビデオを流す。これは、最近のMicrosoftにまつわる事件や世相をパロディにしたもので、ライバルをコケにする一方、自分たち自身もコケにする。今回で言うなら、春のスピーチでのWindows 98のデモの失敗するシーンや、ゲイツそっくりさんのクレイ人形がリングで倒されるアニメ、パイを投げられるところ、議会の公聴会に引き出されるところ。相手をコケにするだけだとカドが立つところに、自虐的パロディを入れることで敵意を相殺し、さらに自分をパロることもできるんだよ、という余裕まで見せるといううまい戦術だ。これを、ゲイツ氏自身が話術でやるのは、キャラクタから考えて難しいだろう。それを、ビデオで面白おかしく処理してしまうというのはうまい手だ。この手法は、ゲイツスピーチのパターンとして定着したらしい。

 次に真面目なパートに移り、お約束の自社の次期製品のデモや、ゲストの製品や成功事例の紹介が入る。その間に、Microsoftの次の大きな戦略目標や革新技術の紹介が出てくる。また、昨年と今年のCOMDEX/Fallのキーノートで共通しているのは、コンピュータ業界以外からのゲストに、マッチョな(というか筋肉質の)人物が出てくるところだ。昨年なら海兵隊の将校やバスケットスターが登場した。今年の場合は、モトクロスレーサーが登場した。わざわざマッチョな人物を選んで、ゲイツ氏のナード(コンピュータおたく)的なイメージと絡ませている感じがある。ナードっぽさをうち消そうという意図があるのかも知れない。

●Microsoftだからこそ騒がれたClearType

ClearType  それはともかくとして、今年は、スピーチの中に、Microsoftのビジョンや先進技術を語る部分がとくに希薄だった。唯一それらしかったのは、eBookのビジョンとそのためのフォント技術「ClearType」だけだった。eBookというのは米国で盛り上がっている、本を電子化しようというムーブメントだが、じつはMicrosoftはこの潮流では先頭ランナーではない。それどころか、つい最近になって積極的な動きを表面化させたばかりだ。だから、このビジョンの展開にも、いまひとつ、いつものゲイツ節の力強さがない。

 Microsoftとしても、そんな状況だから、自社の技術がeBookを推進することを証明するためにClearTypeをデモしたのだろう。ClearTypeに関しては、まだ詳細は明らかになっていないが、各種の報道によるとフォントの補完を液晶ディスプレイに最適化してサブピクセル単位で行なうらしい。確かに有用な技術だが、大きなブレークスルーや技術的ジャンプというより小技の部類。実際、COMDEXで会ったあるソフト会社の社長は、これがMicrosoftの発表でなければここまで大きくは取り上げられなかったに違いないと言っていた。

 というわけで、不気味なくらいにこやかなゲイツ氏のスピーチは、きれいにまとまっているけれど、大きなビジョンやサプライズに欠けるしろものだった。宙を見つめながら、ニコリともせずに、とても聞き取れないくらいの早口でビジョンをまくし立てるあのゲイツ氏は、そこにはいなかった。おそらく、COMDEXのような大カンファレンスでは、そうしたゲイツ氏はもう2度と見られないのだろう。

●対照的にエネルギッシュなバルマー氏

 さて、いまひとつ精彩を欠いたゲイツ氏に対して、その翌日、「SQL Server 7」の発表会でステージに立ったMicrosoftスティーブ・バルマー社長は、じつにエネルギッシュだった。バルマー氏は、もちろんビジョナリ(ビジョンの伝道者)ではないが、自分で自分をセールスマンと呼ぶだけあって製品の売り込みに見せる手腕はすごい。

 SQL Server 7の概要はすでに伝わっているのでここでは繰り返さないが、バルマー氏の仕切りだと、こうした製品の発表も技術一辺倒にならない。まず、人間を正面に出す。そこが面白い。ともかく、技術よりも、それを支える“人”に徹底的にフォーカスを当てるのがバルマー流らしい。

 今回の場合、どうだったかと言うと、バルマー氏は冒頭にSQL Server 7の機能をダダダと羅列したあとで、内容は説明はしきれないだろうといい。それよりも、まず重要なのは、この製品を作るために、Microsoftが優れた人材を社外から集めたことだと語った。その例としては、Windows NTを開発したDave Cutler氏や、分散システムのパイオニアのひとりJim Allchin氏、データベース技術のリーダーだったDavid Vaskevitch氏などを紹介した。

 また、発表のボディも、機能より事例の方に力点を置いて展開。一通り事例などやキーの機能を紹介した最後には、David Vaskevitch氏を初めとする開発幹部を壇上に上げ、発表会出席者に、夜のパーティーで彼らを見かけたらなんでも質問するようにと話し、彼らのEメールアドレスをアナウンス。とどめにレッドモンドのMicrosoftキャンパスを衛星回線で結び、居残り組のSQL Server開発チームに衛星中継で喝采を送った。

 こう書くとばかばかしく聞こえるかも知れないが、SQL ServerのようなIT関係者以外は飽きそうな製品のアナウンスを、こういうアプローチで盛り上げる人物は珍しい。開発チームの全員を紹介するために、わざわざ衛星回線を使うというあたりは、浪花節の世界だ。こういうキャラクタのバルマー氏が、にこにこしながらエネルギッシュに語ると、いくら大風呂敷をひろげても、それほど不自然に感じられないところがすごい。

 もうひとつすごかったのは、今回のSQL Server 7の発表会が、今ラスベガスでいちばん人気のショウ「O(オー)」のチケットのプレゼント付きという点。このショウは、芸術性ではラスベガス一と言われており、数ヶ月前に予約しないと取れない、しかも正価100ドル前後というシロモノだ。そのために、招待されていない人まで発表会には詰めかけた。そして、ここがいちばんすごいのだが、そのショウの時間というのが、Oracleのラリー・エリソン会長兼CEOのキーノートスピーチの時間とダブっていたのだ。

 バルマー氏は、発表の中では、決してこれでSQL ServerがOracleに正面切って対抗できるようになったとは言わなかった。しかし、それがキーメッセージであることは、この偶然とは思えない巧妙な時間設定が示している。


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('98年12月1日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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