後藤弘茂のWeekly海外ニュース

マイクロソフトの裁判は、6カ月で決着がつく?



●6カ月後には過去のものとゲイツ氏が宣言?

 「法的問題は6カ月後には過去のものになっていると思う」

 これは、「Microsoft Chmn Sees Lawsuit Resolved Within Six Months」(DowJones Newswires,9/9有料サービス、http://www.dowjones.com/参照))で引用されているMicrosoftのビル・ゲイツ会長兼CEO氏のコメントだ。法的な問題と言っているのは、もちろん司法省と20州による反トラスト法訴訟のこと。このゲイツ氏の予言通りになるなら、来年の春には、Microsoftはうるさい司法省から解放されて、これまでの要求通り、ソフトの開発に専念できるようになる。自信満々のこのセリフ、では、Microsoftは司法省らを一蹴する秘密兵器を手に入れたのだろうか?

 Microsoftの反トラスト法裁判は次から次へのジャブの応酬で、よほど真剣に追いかけていないと、なにがなんだかわからない。重箱のスミをつつくような、法律上の論争が次々に出てきて、核心の部分がぼやけてしまう。もしかすると、Microsoftの弁護戦略を練る首脳陣は、法律論争に世間が飽き飽きして、裁判への関心が薄れてしまうのを狙っているのかも知れない。

 ただ、ひとつだけ確かなことがある。それは、この裁判がスケジュールよりも必ず遅れるということだ。すでに公判前の“小競り合い”で、公判の開始が2週間ずれたが、じつはこれはまだずれる可能性がある。提訴が行なわれた当初、年末を期待されていた判決が、それより後ろになるという意見は、ニュースを読む限りアナリストの間でも強いようだ。そして、判決が出ても、それが不利な内容だった場合、Microsoftはすぐ控訴するだろうが、それだけでは終わらない。わかりにくいうえに、長くかかる、こう聞いただけでもうゲンナリしてしまいそうだが、とりあえず、混沌としたMicrosoft裁判を、最近のニュースサイトの記事や当事者たちのリリースなどを中心に、整理してみよう。


●司法省はIntelやAppleへの圧力も証拠として提出

 公判はまだだというのに、この裁判ではじつにいろいろなことが起きている。しかし、重要なポイントはただひとつだ。それは、司法省らが対Microsoft戦略を修正して、戦線をより広げようとしていることだ。どういうことかというと、MicrosoftがNetscape Communicationsを排除しようとしただけでなく、IntelやApple Computerなど他の企業にも圧力をかけたと、主張し始めたのだ。

 「Microsoft's motion to limit scope of antitrust trial to get hearing」(InfoWorld,9/3)によると、Intelの件でポイントとなっているのは、「NSP(NativeSignal Processing)」だ。これは、パソコンのCPUでマルチメディアのリアルタイム処理をやらせようとIntelが計画した構想で、MicrosoftのマルチメディアAPI群との互換性がなかった。一方、Appleの件は「QuickTime」で、これもMicrosoftのマルチメディアAPIとバッティングする。このほか、「Microsoft Money」の競争相手のIntuitや、ストリーミング技術でMicrosoftと競合するRealNetworksも、司法省の提出した書類に登場するという。

 報道によると、司法省はこれらの件について、提訴の範囲を広げて正面切って争おうとしているのではなく、Microsoftの実態を示す証拠として示すつもりらしい。しかし、「Microsoft witness list has some surprises」(San Jose Mercury News,9/4)によると、司法省はこの戦略に沿って、IntelやIntuit、それにIBMやAmericaOnlineといった、いずれもMicrosoftに対してふくみのありそうな会社の幹部を証人として呼ぶようだ。提訴の範囲が拡大されないとしても、世間的にはかなり注目を集めることになるだろう。


●控訴審が司法省の未来に影を落とす

 しかし、司法省はどうしてこんな形で戦線を拡大しようとしているのだろう?

 おそらく、それは、司法省が最初の提訴の内容と方向では、この裁判を勝ち抜くことができないと感じ始めたのではないだろうか。そこには、今回の裁判の前のWindows 95に関する裁判について、6月に控訴裁判所から出された決定が影を落としているように見える。控訴裁判所は、Microsoftも請求通りに連邦裁判所の出した仮命令を退け、さらに「Windows 95/IEパッケージは真のインテグレーション」だとして、Microsoftの主張を積極的に認めた。これで、司法省の旗色は一気に悪くなった。さらに、Microsoftはこの控訴裁判所の決定をタテに、今回の裁判も争点は同じであるとして、公判を開く必要がないと請求、司法省にゆさぶりをかけていた。

 カリフォルニア州の法律専門日刊紙The Recorderの記事「DOJ Decides to Go LowTech in Microsoft War」(The Recorder,9/3)によると、この状況を打破するため、司法省側は3つの選択肢があったという。これは、記事中の大学教授の意見だが、それによると、(1)この控訴審の決定を、すでに意味をなくした同意審決に関連した判決として帳消しにするか、(2)控訴審の判断の有効性を問うか、(3)バンドリング論争が脇に追いやられるくらい広範なクレームをするかだという。

 そして、司法省が取ったのは、この3つ目の、もっとも派手な道だったというわけだ。司法省が狙っているのは、この裁判を「WindowsとIEのインテグレーション」に関する、技術的な論争から引き離し、MicrosoftがOS市場の独占的な立場を利用して、競争相手を不当に圧迫しているという、反トラスト法の本質的な部分に持って行くことにあるようだ。提訴の範囲を拡大しなくても、MicrosoftがOSの優位を不当に利用してきた企業だと立証できる証人を次々に呼び出すことで、流れを自分たちの方に引き寄せようとしているのかも知れない。また、これは、前回の裁判では、技術上の論争でMicrosoftに有効に対抗できなかったという苦い経験から来ているのだろう。それに、司法省は、今舞台となっている連邦裁判所だけでなく、Microsoftに有利な控訴裁判所でも勝てるように固めなければならないという事情がある。


●一般受けしそうな今回の裁判

 もっとも、この裁判をインテグレーションにとどまらず、Microsoftのビジネス習慣の本質的な部分を問うものにしたいという意図は、5月に司法省が提出した訴状でも、すでに見えていた。今回の動きは、それを補強してきたようだ。現在のところ、連邦地方裁判所は、司法省らが要求してきた、Microsoftに対する新たな証拠提出を大筋で認めている。一応、流れは司法省に向かっているように見える。

 これに対してMicrosoftは、「Microsoft Urges Dismissal of Charges, AccusingProsecutors of Unfair Tactics」(The Wall Street Journal,9/9、有料サイト、http://www.wsj.com/ から検索)によると、政府側がさまざまな事例を出すことで「必死に争点をぼかそうと」していると批判し、再度裁判の棄却を請求したという。Microsoftにしてみれば、裁判をインテグレーション論争だけに絞り込めば、最終的に勝てる見込みが高いわけで、この反論は当然だろう。場合によっては、司法省の新たなクレームに対して、証拠などを集めるためとして、公判を遅らせるように請求する可能性もあるかも知れない。その場合は、裁判開始は10月以降にずれ込んでしまうだろう。

 というわけで、この裁判。現在の状況は、まだ司法省とMicrosoftががっぷり組んだままで、じりじりと押し合っているところだ。裁判そのものに関心がなければ、6カ月後まではじっくり構えていてかまわないだろう。しかし、司法省がクレームを拡大したことで、裁判には面白い証人が次々に登場、Microsoftに不利なことを証言するという展開になった。おそらく、裁判の中身は、技術論争になってしまった前回の裁判よりも、ずっと一般の関心を引くものになるだろう。司法省の狙いのひとつは、そこにあるのかも知れない。

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('98/9/11)

[Reported by 後藤 弘茂]


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