元麻布春男の週刊PCホットライン

ビデオチップベンダーのサバイバル

 今週より、XT時代からPCを使い続け、PC専門誌を中心に活躍されている元麻布春男氏の連載を週1回掲載いたします。業界の動向から、最近元麻布氏が凝っているデバイスまで、幅広い最新情報をお届けしていく予定です。どうぞお楽しみに。(編集部)


i740ショック

i740  今年の春に登場したIntelのビデオチップi740は、第1世代AGP対応ビデオチップの最後を飾るものであった。リリース前は、チップセット市場における圧倒的なシェア、ファブレスが普通のビデオチップベンダーにあってIntelのみがファブ(それも世界トップクラスの)を持つこと、そして何より噂されたi740の性能で、他のビデオチップベンダーをすべて駆逐してしまうのではないか、という危惧さえ業界の一部でささやかれていた。

 ところが蓋を開けてみたら、確かにi740の性能は悪くなかったものの、恐れるほどのものではなかった。しかも、高解像度時の多色モードのサポートに難があり、ハイエンド向けとしては勝負できないという問題も見つかった。当初の予定とは裏腹に、ローエンド向けのビデオチップという位置付けにせざるを得なくなったのである。

 これを象徴するのが、最近Intel自らがリリースしたi740搭載ビデオカードであるExpress3Dの8MB版だ。これまでリリースされていた2MB版と4MB版(写真)がフレームバッファにSGRAMを利用していたのに対し、新しい8MB版ではSDRAMになっている。そして何より、この8MB版は、SGRAMを用いた4MB版より安価(米国で90ドル台)なのである。8MBで100ドルを切るというのは、市場ではMatroxのProductiva G100などと同じクラスで、RIVA 128ベースのカードより下のランクということになる。明らかな戦略変更だ。

 ビデオチップベンダーにとって、とりあえず「i740ショック」は誤報だと判明したが、胸をなでおろしているばかりでは済まない。利幅の厚いハイエンド向けビデオチップ市場は守られたものの、数の出るローエンド市場にi740が侵入してきたことに変わりはない。しかも、来年にはBasic PC向けチップセットに、i740相当のグラフィックス機能が統合されるという。この市場から撤退するにせよ、断固戦うにせよ、何らかの手をうつ必要がある(だらだらと続けるのが最悪だ)。

 また、一度は防衛に成功したハイエンド向けビデオチップ市場にしてもIntelの二の矢(開発コード名Portola。i740の4~5倍の性能と噂される)が、遠くない将来放たれるのが分かっている。ここでも生き残りをかけて戦うのか否かの決断が迫られようとしているのだ。

ハイエンド市場での戦いが命運を分ける

 まずローエンド市場での戦いだが、チップセットに内蔵されてしまっては、ビデオチップベンダーには手の出しようがない(CyrixのMediaGXのようにCPUに統合されても同じことが言えるが)。S3は、かつて自らがグラフィックス機能を統合したチップセット(Plato)をリリースしたことがあるが、大手の採用には至らず、すでにチップセット事業から撤退している。目立つのは、RenditionがMicronグループと共同でSocketXを提唱、チップセットに内蔵しなくてもコスト的に大きく不利にならないよう、実装コストを切り詰めるアイデアを発表したことだが、その後RenditionがMicronに買収されることになり、先行きは不透明のままだ。ATI Technologiesが、自社のビデオチップとVIAのチップセットを用いたセットトップボックス向けオールインワンマザーボード「Set Top Wonder」を発表したり、Diamond Multimediaがセットトップボックス向けマザーボードをにらみながらMicronicsを買収するなど、完全にあきらめたわけではないだろうが、この市場で生き残ることは容易ではない。

 そこで各社の生き残りは、勢いハイエンド市場での戦いにかかることになる。現時点で有利に戦いを進めているのは、圧倒的な資本力と開発・製造能力を持ち攻め込んできたIntelと、そのIntelが一時期OEMするなどマザーボード上のオンボードビデオビジネスをしっかり握っているATI Technologiesの2社。
 これに続くのがRIVA 128のヒットで一気にシェアを獲得し、意欲作RIVA TNTを発表したNVIDIA、Dynamic Pictures(Oxygenシリーズで知られるOpenGLアクセラレータベンダー)を買収しOpenGL市場を固めながらPERMEDIA 3で一般市場をにらむ3Dlabsの2社というところだろうか。この2社は、後継チップでトラブル(技術開発上のものに加え、量産性の問題もある)さえなければ、生き残れそうに思われる。

 逆に、撤退を決めたのは、MPACTシリーズのメディアプロセッサで知られるChromatic Research。MPACTの開発を現在販売中のMPACT2で打ち切り、今後家電向けの製品にシフトすることを表明した。また、昨年Tseng Labは、グラフィックス関連の開発資源をすべてATI Technologiesに売却、この市場から撤退している。Oak Technologyも、せっかく完成したばかりのビデオチップ(WARP5)を捨て、CD-ROM/DVD-ROM関連チップの専業となってしまった。Cirrus Logicにしても、新規にビデオチップを開発する予定はなく、事実上の撤退と言えるだろう(TridentもデスクトップからLCDコントローラへとシフトしているように見える)。

残る椅子は2つか3つ

 これ以外のベンダー(3Dfx Interactive、Matrox、Number Nine、S3、VideoLogic/NECなど)は、現在2世代目のAGP対応ビデオチップを発表しており、デスクトップ向けハイエンドビデオチップ市場での生き残りをまだあきらめていない。各社の発表しているビデオチップは、いずれも興味深く、それぞれに特徴はあるが、もはやすべてが生き残ることはできないだろう。上記の4社に加えて、あといくつ椅子が残っているのか、おそらくはあと2つ、どんなに多くても3つというのが筆者の感覚だ。

 Intelの参入は、おそらくビデオチップ/カード市場に、これまで以上の価格競争をもたらす。ビデオカード市場は、これまでも競争の激しい分野の1つではあったが、価格競争よりは性能競争に向かう傾向が強かった。しかし、Intelが参入してきた以上、価格競争を避けては通れない。

 その根拠として、この数年でマザーボードやネットワークカード市場に起こった変化をあげておこう。マザーボードでは価格競争の激化によりMylexやAMIといった高級マザーボードベンダーがRAIDコントローラへシフトしていった(それに失敗したMicronicsがどうなったかは、上述した通り)。ネットワークカード市場でIntel以外に大手に数えられるのは、もはや3Comだけだと言っても過言ではない。いずれもIntelの本格参入で、市場での平均販売価格は半分程度になったのではなかろうか。

 その一方で、ビデオチップの開発に必要なリソースは急激に上昇すると思って間違いない。RIVA TNTのトランジスタ数は700万と発表されているが、これがいかに多いかは、32KBの1次キャッシュを内蔵するPentium IIが750万トランジスタであることを考えれば理解できるだろう(逆に、NVIDIAがRIVA TNTを45ドルで販売して利益が出るという事実で、Pentium IIやCeleronの利幅を勘ぐりたくなるのだが)。

 これだけの規模の半導体の開発には、相当のリスクが伴う。ビデオチップベンダーが合併して、常に2つの開発チームが次世代チップの開発を行なうくらいの体制をとらないと、ビデオチップベンダーの経営は極めて不安定なものになる。が、それにはある程度以上のシェアと規模が不可欠だ。おそらく、この1~2年で、ビデオチップベンダーのさらなる淘汰が起こるだろう。体力的に群を抜くIntelを除けば、どのベンダー(優位と思われるATIやNVIDIAでさえ)も失敗作を許容できる状況ではないのだ。

[Text by 元麻布春男]


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