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●Microsoftと家電メーカーが次々に提携
ソニーと米Microsoftの提携の余波が、広がり始めた。今や、家電業界ではMicrosoftと提携を結ぶのがブームになりつつあるようだ。先週の松下電器産業、その前の週の日立製作所と、日本の家電大物メーカーが次々とMicrosoftと提携を結んでいる。これらの提携で目立つのは、デジタル時代の家電を視野に入れた提携で、Windows CEが提携のキーテクノロジーのひとつとして取り上げられていることだ。つまり、これらのメーカーが、Windows CEをデジタル家電の少なくとも一部の機種のOSに採用することは、これで濃厚になったわけだ。
Microsoftにとっては、これらの家電メーカーとの提携は、これまで攻めあぐねていた家庭のファミリールーム(リビングルーム)という、巨大市場をようやく攻める糸口が見えてきたということを意味する。とくに、松下電器産業、ソニーとの提携の意味は大きい。それは、この2社が、世界的なAV機器メーカーというだけでなく、TV制作機器でも大手だからだ。松下との提携にはデジタルTV制作機器に関する内容は織り込まれていないため、この提携がその分野にまで影響を与えるかどうかはわからない。しかし、今後の家電のデジタル化のカギとなるデジタルTVの技術動向に大きな影響を与える2社が、どちらもMicrosoftとデジタル家電関連での提携を結んだことの意味は大きい。
●今年11月のデジタルTV放送開始が契機
家電メーカー各社がここへ来てMicrosoftとの提携に急ぐ背景には、このコラムで何度か解説している米国での地上波デジタルTV放送の開始がある。米国のTV放送を管轄する米連邦通信委員会(FCC)は、主要都市で、'98年11月から地上波デジタルTV放送を始めることを昨年3月に決定した。FCCは一気にTVのデジタル化を進め、2006年には今のアナログの地上波TV放送をうち切る予定だ。こうした急激なトランジションの中で、家電メーカー各社は、家電のデジタル化やAVパソコンの家庭への浸透は「デジタルTVが契機になる」(松下電器産業)と考えている。
もっとも、米国でも地上波デジタルTV放送で一気に塗り替わると考えているわけではない。むしろ、当面は、地上波よりも、来年から本格的に始まるケーブルTV(CATV)のデジタル化への期待が大きいように見える。松下電器産業は、アドバンスセットトップボックス(ASTB)やデジタルSTBと呼ばれる、デジタルCATV用のSTB(セットトップボックス:TVに接続する機器)にWindows CEを採用していくことを表明している。
これは、米国では家庭の6割がCATVを引いている状況だからだ。それも、デジタルCATVに加入すると、自動的に家庭にデジタルSTBがやってくるようになる。もし全米のCATVがすべてデジタル化したら、6,000万台の市場が出現するわけだ。また、デジタルCATV用STBは、大手CATV事業者が設立した研究開発団体Cable TelevisionLaboratories(CableLabs)が基本的な標準仕様を策定しており、この「OpenCable」と呼ばれる仕様案は5月からSTBメーカーに対して公開されている。
□OpenCableのホームページ
http://www.opencable.com/
●次のステップはホームサーバー
だが、家電メーカー各社の本命は、じつはデジタルSTBではない。各社は、気が早いことに、デジタルSTBの次に来るものに期待をかけ始めている。それは、ホームサーバーやマルチメディアステーションと呼ばれる統合的なマルチメディア機器と、ホームネットワークだ。
デジタルSTBは、地上波やCATV、あるいは衛星といった放送ネットワークから映像やデータを受信してTVに表示する。しかし、ホームサーバーが目指すのはそうしたデータを蓄積しておき、いつでも見られるにすることだ。デジタルのTV放送は、いずれもMPEG2などのデータで送られてくる。ホームサーバーは、デジタルならエンコードの必要もないわけで、送られてきた圧縮データをそのままハードディスクや光ディスクなどに記録すればいい。
こうしたホーム向けサーバーについては、今年6月17日に東京で開催された「Windows 98製品発表会」で、松下電器産業の森下洋一代表取締役社長も展望を語っていた。家電系のメーカーが、PC技術と家電の融合の最終的な形として、こうしたホームサーバーを描き始めたのは間違いがない。そして、こうした展開となると、Microsoftと力を合わせないと難しい。それが、家電メーカー各社がMicrosoftとの提携を強化し始めた理由のひとつかも知れない。
●1週間分の好きなTV番組をハードディスクに保存
では、ホームサーバーなどが登場して、デジタルなTV番組を蓄積できるようになると、何が便利になるのだろう。今年4月、COMDEX Japanの際に来日したMicrosoft子会社のWebTV Networksのスティーブ・パールマン社長は、次のように説明している。
「インターネットと同じように、TVをオンデマンドで見ることができるようになる。例えば、1週間分の見たいTV番組をまるまるダウンロードしておいて、それをボタンひとつで再生するといったことができる」「TVがインタラクティブになるということだ」
パールマン氏によれば、STBに入れられるハードディスクの容量は年々増大してゆくので、あと数年すれば、1週間分程度のTV番組のうち見たい分程度はSTBに収録できるようになるという。この時にパールマン氏が示した、STBに入れられるハードディスク容量と録画可能なビデオの時間数が下の表だ。本当にこの通りにハードディスクの容量が増大するかどうかは議論があるだろうが、とりあえず、パールマン氏の構想に可能性があることは確かだ。
□STBに入れられるHDD容量と録画可能なビデオの時間数
西暦 | HDD容量 | 録画可能時間(ビデオ品質別) | ||
VHS | SVHS | DVD | ||
2000 | 10GB | 120時間 | 30時間 | 5時間 |
2002 | 30GB | 360時間 | 90時間 | 15時間 |
2004 | 100GB | 1,200時間 | 300時間 | 50時間 |
2006 | 300GB | 3,600時間 | 900時間 | 150時間 |
2008 | 1,000GB | 12,000時間 | 3,000時間 | 500時間 |
●ディスクでTVがオンデマンドになる
ホームサーバーが登場して、デジタルTV放送を蓄積できるようになると、TVの見方は基本から変わる。家に帰ってきてTVをつけて、最初に表示される電子番組ガイド(EPG)から好きな番組を選ぶ。すると、それが今放送中の番組でない場合は、ハードディスクに蓄積されている番組が自動的に再生されることになるわけだ。各放送局から番組内容がEPG用データとして電子的に送られて来るようになれば、サーバーがその内容をフィルタにかけて、ユーザーの嗜好に合った番組を選択して自動的に録画しておくこともできるようになる。膨大なデジタルTVの番組表と格闘してビデオを予約する必要はなくなり、好きな番組を好きな時に見ることができるようになるわけだ。ユーザーは、コンテンツがどこから来るのか、保存されているのかリアルタイムで放送されているのかを一切意識せずに、好きなように利用できるようになるというのが理想だろう。
それだけではない、デジタルビデオ(DV)カメラなどで撮影した映像などTV以外のコンテンツも統合してホームサーバーに保存しておくことも視野に入っている。実際、日立とMicrosoftの提携に入っているホームマルチメディアステーションは、「テレビ、衛星放送、インターネット、デジタルカメラ、大容量メディアDVDなどの様々なソースのデジタル・データを加工、統合、蓄積し、楽しむことができる」とされている。家庭のマルチメディアセンターとなるわけだ。
●ホームネットワークが家中のデジタル家電を結ぶ
さらに、家の中のデジタル家電やPCをホームネットワークで結べば、どの機器からもホームサーバーのコンテンツを引き出すことができるようになる。デジタルAV機器を結ぶネットワークとしては、IEEE 1394のプラスチック光ファイバを使った長距離伝送規格が本命とされている。例えば、デジタルCATV用STBにもIEEE 1394インターフェイスが組み込まれることになっている。IEEE 1394ベースのホームネットワークには、ホームサーバーとSTBやPC、DVカメラ、さらには電話やプリンタ、ホームセキュリティ機器など、さまざまな機器が接続されるようになる可能性がある。
ソニーとMicrosoftも提携の中で、両社がわざわざホームネットワークについて触れて、ソニーのミドルウェア「ホームネットワーク・モジュール」をWindows CEに組み込むことを発表している。ソニーなど家電メーカー8社は、ホームネットワークのためのソフト規格「HAVi(Home Audio/Video Interoperability)」を提供している。Microsoftもソニーも、次のステップではホームネットワークがカギとなることを十分認識しているようだ。
なかなか壮大な構図だが、まだホームサーバーとホームネットワークについては、企業提携やおおもとの規格やコンセプト作りの段階で、具体的な製品が見えるわけではない。松下は、現在の説明を聞く限りどうやらメインはPCベースで考えているようだし、WebTVのようにハードディスクを内蔵したSTBという方向を進めるところもある。このあたりの輪郭がはっきりして来るには、まだしばらくかかりそうだが、Microsoftがかなり積極的になっていることだけは確かだ。もしかすると、来年のMicrosoftのハードウェア開発者向けカンファレンス「WinHEC 99」では、ホームサーバーとホームネットワークが、ホーム分野の最大のポイントになっているかも知れない。
('98/7/17)
[Reported by 後藤 弘茂]