【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Windows 98出荷と控訴審での勝利で広がる安泰ムードは本物か?


●Windows 98が無事スタートして安泰ムード

 米国ではWindows 98は無事に出荷され、しかも小売り市場では期待以上の売れ行きを見せているという調査結果も出た。控えめなスタートを切ったWindows 98だったが、まずまずの出だしに、PC業界はWindows 98の輝きを曇らせる『裁判』という暗雲を忘れようとしている。なんのかの言っても、無事にWindows 98は出荷されたわけで、あとは裁判がどうなろうとビジネスには大きな影響はないだろうという安心ムードだ。

 また、Windows 98出荷直前には控訴裁判所から、Windows 95裁判で出された仮命令へのMicrosoftの控訴を支持する決定も出された。これは、一連の裁判でMicrosoftが得た最大の勝利であり、Microsoft側はさらに安心感を深めているだろう。報道の中には、控訴審でのこの勝利で、5月に始まったWindows 98も対象とする反トラスト法裁判でもMicrosoftが勝ったも同然というものまである。

 では、これでMicrosoftとWindows 98はもう安泰なのか? 司法省らのMicrosoftへのチャレンジは、これでついえてしまい、あとは消化試合のような緊張のない裁判だけが残されるのか?

 事態はそれほど単純ではない。Microsoftはまだ完全な『勝利』を宣言できる状況ではない。現在の勝利があっても、9月にWindows 98を巡る反トラスト法裁判が始まると、Microsoftはまだ厳しい状況での戦いを始めなければならないだろう。

 だが、司法省側も、Windows 98に対して求めていた仮命令が出されずWindows 98がそのまま出荷され、さらに控訴裁判所で前の裁判の仮命令が覆されたことで、ポイントをかなり失った。米国のニュースサイトを見ていると、司法省側が前回の裁判の仮命令に関する控訴裁判所の決定は、今回のWindows 98裁判に影響しないとする強気のコメントがいくつも出ているが、これを額面通り受け取る向きは少ない。

 では、Windows 98出荷の盛り上がりが冷めたところで、今後の裁判の見通しも含めて、Windows 98を巡る裁判の状況を一度整理してみよう。


●Microsoftの勝訴は、前回の裁判の仮命令に対するもの

 昨年10月に始まったWindows 95を巡る裁判は、MicrosoftがWindows 95をPCメーカーにライセンスする条件としてInternet Explorer(IE)のバンドルを強要していることが、'95年に結ばれた同意審決に違反しているとして司法省が提訴したことで始まった。この同意審決では、Microsoftは、Windows 95に他のMicrosoft製品のバンドルを強要しないとことを約束している。これに対して、Microsoftは、WebブラウザはアプリケーションではなくWindowsの機能拡張のひとつで、'95年の同意審決ではMicrosoftがOSの機能を拡張することは許されていると主張した。

 そこで、この裁判を担当する、ワシントンDCの連邦地方裁判所のトーマス・ペンフィールド・ジャクソン判事は、判決を出すまでの暫定的な措置として、MicrosoftにIEのバンドルの強制をやめるように仮命令を下した。しかし、Microsoftはこの仮命令を不服として連邦控訴裁判所に仮命令の無効を訴えていた。

 Windows 98出荷直前に控訴裁判所から出されたのは、このMicrosoftの「仮命令に対する不服申し立て」に対する回答だ。従って、無効とされたのは暫定措置として出された仮命令などであり、Windows 95に関する裁判そのものが覆されてMicrosoftが勝訴したというわけではない。


●なぜ控訴審の決定がそれほど重要なのか

 にも関わらず、この控訴裁判所の決定を、Microsoftの事実上の『勝訴』と見なす報道は多い。それは、控訴裁判所の決定が、仮命令の無効から一歩踏み出してWindows 95裁判の本質に関わる部分まで言及しているからだ。

 今年4月に控訴裁判所の審理が始まった時から、同裁判所は司法省側にかなり厳しい態度で望んでおり、仮命令が覆される可能性が高いという観測が出ていた。じつは、Windows 95を巡る'95年の裁判でも、連邦地方裁判所が今回問題になっている同意審決を拒否した際に、控訴裁判所がその決定をくつがえし、Microsoftにとって受け入れ易い同意審決を決着させたことがある。つまり、控訴裁判所は連邦地方裁判所と比べると、Microsoftにとってはやりやすい相手なのだ。これは、控訴裁判所が、政府による経済活動への介入に否定的な、保守派の判事が多いためだと言われている。

 従って、仮命令が覆されたこと自体は、それほど意外ではなかった。それよりも、焦点は、控訴裁判所が仮命令の無効だけでなく、どれだけ本裁判に影響するような決定や意見を出してくるかに移っていた。事実、一部の米国の記事では、Microsoftが控訴裁判所で、本裁判に影響を与える意見を引きだそうとしているという報道が出ていた。

 そして、出された控訴裁判所の決定は、仮命令に関して手続き上の問題があるだけでなく、事実認定で大きな間違いがあると指摘してきた。特に、大きかったのは「われわれの前の事実によれば、Windows 95/IEパッケージは真のインテグレーションであり、その結果として、Microsoftがそれを一つのプロダクトとして提供するのを(同意審決が)妨げるものではないと結論する」(控訴裁判所)としたことだ。つまり、Windows 95裁判で、Microsoft側の主張の軸となっている「WindowsとIEはインテグレートされた製品」という意見を、控訴裁判所が明確に支持したわけだ。これは、ほぼMicrosoft側の望んでいた通りの展開になったと言っていい。


●争点が微妙に異なる2つの裁判

 しかし、MicrosoftがWindows 98を出荷してしまい、司法省や全米20州&特別区の検事総長らがWindows 98を反トラスト法違反で提訴した今となっては、Windows 95を巡るこの裁判は、実質的に意味のないものになっている。焦点は、もちろん、この控訴裁判所の決定が、Windows 98裁判にどのような影響を与えるかだ。

 これに関しての観測は二つに分かれる。ひとつは、WindowsとIEはインテグレートされた製品だと控訴裁判所で判断されたのだから、Windows 98裁判でも同じことを争う以上、Microsoftが最終的に勝てるだろうというもの。もうひとつは、この決定は、Windows 95裁判の仮命令に対する控訴に関するものであり、直接裁判に影響はしないというものだ。

 まず、ここではWindows 95の裁判とWindows 98の裁判の内容と争点が異なっていることに注意する必要があるだろう。Windows 95の裁判では、Microsoftが、Windows 95とIEがインテグレートされた製品であることを立証できれば、同意審決に違反していないことを立証できる。つまり、司法省の提訴は成り立たなくなってしまう。

 ところが、5月に起こされたWindows 98も含む反トラスト法裁判では、司法省はMicrosoftがOSの支配を維持し、さらに拡張するために、Webブラウザの市場を制しようとしていると指摘している。それは、WebブラウザとJavaが、MicrosoftのOS支配を脅かす存在であるためで、OS支配を守るための手段として、WebブラウザのOSへの抱き合わせを行なったと位置づけているのだ。従って、争点はWindows 98とIEがひとつの製品かどうかから少しずれて、Windows 98にIEをインテグレートした意図がOS支配を守るためであり、その方法が反トラスト法に違反するかどうかが争われることになる。だから、この裁判では、Microsoft側は、WindowsとIEがインテグレートされた製品であることを立証するだけでは不十分だと思われる。

 とはいえ、Windows 98にIEを統合することが、反トラスト法で問題とされる「抱き合わせ」行為でないという控訴裁判所の意見は、今回のWindows 98裁判にある程度の影響を与えるだろう。少なくとも、今回の裁判が控訴裁判所にまでもつれ込んだ場合は、司法省側が不利になることは間違いがない。


●仮命令をうかつに出せない連邦地裁

 また、仮命令をくつがえした今回の控訴裁判所の決定は、連邦地方裁判所を、審理を十分に行なわずに仮命令を出すことができないという形で縛ることになると思われる。今年5月に始まったWindows 98裁判では、司法省側は判決が出るまでの間の仮命令も求めていた。この仮命令には、NavigatorをIEと同様にWindowsにバンドルするか、でなければWindowsからIEを取り去ることを求める命令が含まれていたが、連邦地方裁判所は、仮命令をWindows 98の出荷前に出すことは避け、仮命令に関する審理も9月に先送りした。

 これまでの流れを見ると、連邦地方裁判所が、Windows 98前の仮命令を見送ったのは、控訴裁判所を意識した結果かも知れないという事情が見えてくる。つまり、仮命令を出すと、Microsoftが控訴して、その結果、今回の控訴裁判所決定と同じように、裁判の内容に踏み込んだような意見を出される可能性があるからだ。連邦地方裁判所としては、うるさい控訴裁判所に横から意見を挟まれずに、十分審理したいと考え、仮命令を見送ったのかも知れない。

 前回のWindows 95裁判では、Microsoftは控訴裁判所へ控訴することを最初から意識しているかのように、徹底的に連邦地方裁判所と対決する姿勢を見せた。今回の控訴裁判所の決定を見る限り、その戦術は見事に成功したようだ。もし、Windows 98をめぐる反トラスト法裁判でも、Microsoftが同じ戦術を取るとすると、この裁判は控訴裁判所にもつれ込み、結果が出るのはかなり先になるだろう。

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('98/7/8)

[Reported by 後藤 弘茂]


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