【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Intelもまたセットトップボックスに走る


●Intelは2カテゴリ3タイプのSTBを構想

 リビングルームの主役は、PCではなくセットトップボックス(STB)。自社の戦略の重点を、このようにシフトさせ始めたのは米Microsoft社だけではない。PC業界でのMicrosoftの盟友米Intel社からもまた、セットトップという単語が聞こえ始めた。

 3月末に行われたMicrosoftのカンファレンス「WinHEC 98」にスピーカーとして登場した米Intel社Consumer Products Group本部長兼副社長のマイク・エイマー氏は、IntelのSTB構想を明らかにした。下の表がそれだが、Intelは、1000ドルを切る「セットトップPC(Set Top PC)」、600ドル程度の「エンハンスセットトップコンピュータ(Enhanced Set Top Computer)」、そして400ドル程度の「ベーシックセットトップコンピュータ(Basic Set Top Computer」の3レベルのSTBを構想している。4月15日に来日したエイマー氏によると、この3つのSTBは、いずれも「Celeronプロセッサ」をベースにしたものになるという。

 セットトップPCとセットトップコンピュータ(STC)の違いは、基本的にはPCとの互換性だ。セットトップPCは、PCアプリケーションを走らせることが可能で、言ってみればセットトップ型をしたPCのようなものになるらしい。PCアーキテクチャでリビングルームに入るという構想には、これまで「PCシアター」があったわけだが、セットトップPCがそれと異なるのは価格だ。通常のPCより割高なPCシアターではなく、サブ1000ドルPCと同じローエンドの価格レンジに持ってきた。Intelのロードマップの中には依然としてPCシアターは残っているが、米国のPCメーカーは、このレンジのマシンをプッシュする意欲をすでに失っているように見える。セットトップPC構想に仕切なおしたことで、より現実的な普及のシナリオを提示するという構えなのではないだろうか。

 一方、STCはPCよりも下の価格レンジにある家電をターゲットにしたものだ。つまり、Microsoft構想の米WebTV Networks社のSTBと同じ位置に来るデバイスとなる。機能も、インターネットアクセス、EPG(電子番組ガイド)、データ放送対応と、同じようなラインを狙っている。しかし、この市場ではIntelは、PC市場でのWintelの連携を捨てたようだ。4月頭に行われた放送関係ショウ「National Association of Broadcasters (NAB) 98」では、Intelのスピーチの中にMicrosoftのライバルであるOracle子会社のNetwork Computer(NCI)社が登場、PentiumベースだがIntelアーキテクチャのSTBをデモしたという。Microsoftが、STB市場ではWindows CEをベースにプロセッサフリーの戦略を取るのと同様に、Intelもこの市場ではOSフリーの戦略を取るということだろう。

名称 価格 機能
セットトップPC 999ドル以下 エンハンスSTCの機能
パソコンと同等の機能
PC統合EPG
DVD/CD-ROMによるパソコンアプリケーションの利用
エンハンスセットトップコンピュータ(STC) 599ドル以上 ベーシックSTCの機能
より充実したEPG
DVDドライブ
DVDムービー再生
オーディオCD再生
ベーシックセットトップコンピュータ(STC) 399ドル以上 広帯域ディジタルビデオ再生
プレーンなEPG
Webブラウザ
電話線あるいは広帯域ネットワークによるインターネットアクセス
ROMベースのアプリケーション
VBIを使ったデータ放送の受信


●ディジタルTVは日立アメリカの技術で解決

 このように、おおまかな構想がいよいよ見え始めたIntelのSTB戦略だが、この時期の米国でのSTBは、当然ディジタルTV対応を見通さないと成り立たない。今年11月から、一部都市圏で地上波ディジタルTV放送が始まるからだ。Intelは、ここではどういう戦略でのぞむのだろうか。

 IntelのディジタルTV戦略のカギとなるのは、Hitachi America(日立アメリカ)社からライセンスを受けた「AFD(All Format Decoder)」技術だ。これは、日立アメリカのDigital Media Systems Laboratoryが開発した技術で、Intelのリリースによると同社のMPUベースのPCですべてのフォーマットのディジタルTV放送をソフトウェアでデコード・表示できるようになるという。つまり、従来の技術では難しいと言われていた、「720P(1280x720ドットノンインタレース)」や「1080i(1920×1080ドットインタレース)」といった高精細ディジタルTV放送もソフトで再生できるようになるわけだ。

 IntelのAFD技術戦略については、同社のWebサイトにアップされているNAB 98のプレゼンテーション資料に登場する。それによると、AFDを使ったソフトディジタルTVデコードは、2段階で進展するらしい。資料を見ると、NABでIntelは、Pentium IIで720PのディジタルTVをデコードするデモを行ったことになっている。ただし、720Pのデータをそのまま表示するのではなく、半分に間引きして320Pの解像度に落として表示するという。そして、次のステップになると今度は720Pをそのままの解像度で表示できるようになり、さらに他の全てのフォーマットもデコードできるようになるという。ただし、それがAFDのオプティマイズだけでできるのか、さらにプロセッサパワーが必要とされるのかは、まだわからない。

 Intelは、現状ではまだAFDのソリューションはPCベースでしか道筋を示していない。しかし、セットトップPCやSTCもPentium IIアーキテクチャベースなのだから、こちらへもAFDを持ち込むのは当然だろう。今のCeleronではAFDにはプロセッサパワーの点で問題があるとしても、それは年末に2次キャッシュをMPU本体と同じダイ(半導体本体)に統合した「Mendocino」が第2世代Celeronとして登場してくれば、ほぼ解決するだろう。


●2つの顔を持つCeleron

 IntelのSTB戦略の中核にあるCeleron。ローコスト版P6であるこのMPUを、MPU業界の有名アナリストであるマイケル・スレイター氏はWinHEC 98のスピーチの中で「Pentium II SX」と呼んだ。これは、CeleronがIntelのMPU戦略で伝統的な「SX」チップの役割を担っているからだ。

 Intelの“SX”戦略の前例には「386SX」と「486SX」がある。Intelは、'88年にMPUコアは386だが外部バスを制限した386SXを、自社の下位チップ286キラーとして投入した。また486では浮動小数点ユニットを削った486SXを、386キラーとして投入した。この2つの「SX」に共通しているのは、機能を削った代わりに価格を大幅に下げたこと。そして、自社の過去の市場を食い、市場全体を次のプラットフォームに移行させたことだ。Pentiumの時は、「Pentium SX」こそなかったが、じつは75MHz版のPentiumが同じ役割をになっていた。

 Intelは、Celeronの解説を行う時、Intelが初めてローエンド市場に最適化したMPUを開発したと言うが、こうして見るとそれは真実ではない。Celeronも、Intelの伝統的な“SX”戦略の延長線にあることがわかる。

 だが、今回のCeleronには、従来の“SX”チップと大きく違う点がひとつある。それはCeleronが、もうひとつの全く異なる役割を負っていることだ。それは、STBを始めとする非PCの市場を開拓することだ。

 Intelは、これまでPC向けの主力MPUの寿命が尽きてからしばらくして、そのMPUコアを組み込み向けにお色直しして出すというパターンを取ってきた。そのため、ここ数世代のIntel MPUでは、組み込み用途がPC向け主力MPUよりもアーキテクチャ的に1世代以上遅れたものになっていた。しかし、今回、Intelは、従来は組み込みの範疇だったSTBにも、PC向けMPUと同じアーキテクチャのCeleronを持ち込んできた。これは、大きな戦略転換だ。

 Intelがこうした展開に出たのは、もちろんディジタルTV用STBを始めとするマルチメディア家電での、プロセッサの処理負担が、従来の組み込みアプリケーションより桁外れに大きいためだ。特に、MPEG2など、ディジタルビデオのデコードは重荷だ。そして、米Intel社はそこに勝機を見いだしたわけだ。ここでのIntelの強味は、MMXテクノロジだ。同社は、Intel MPUで、ディジタルTVやDVDをソフトウェア再生できるなら、その方が組み込みMPU+MEPG2デコーダ(あるいはDSPやメディアプロセッサ)よりも安くつくというアプローチを取ると思われる。そして、Celeronはその戦略の要となるわけだ。

 Intelは、おそらくコンシューマ市場戦略を本格的に立ち上げる時には、Celeronを大々的に押し出すのではないだろうか。今のところ、PC市場では、第1世代のCeleronはパフォーマンス的にも見劣りがするため、受けはそれほどよくない。IntelもCeleronを正面に押し立てて、認知度を高める大キャンペーンに出る様子はない。しかし、コンシューマ市場で、とくに第2世代Celeronの段階になると、様相はガラっと変わるかも知れない。

 もっとも、その時のコンシューマ向けCeleronが今と同じ形状をしているかどうかはわからない。現在のCeleronは、Pentium IIと同様にモジュールで供給されているが、これは家電への組み込みでは歓迎されるとは思えない。実装面積を取るし、Celeronを組み込んだ機器の形状も制約を受ける。せっかく、2次キャッシュSRAMを省くか統合(Mendocinoの場合)するのだから、チップ型のパッケージに戻してもよさそうだ。

 実際に、エイマー氏は「われわれは各市場セグメント向けに最適化したプロセッサを提供しようと考えている。そのなかには、パッケージやモジュールを最適化することも含まれている」と、現在とは異なる形状のCeleronがコンシューマ市場ではありうることを認めた。Pentiumと同様にプラスティックパッケージなどに入ったCeleronが登場する可能性は高いだろう。


●IntelはさらにStrongARMという駒も手中に

 ところで、将来のIntelのSTB戦略では、もうひとつ別な要素が入ってくる可能性がある。それは「StrongARM」だ。StrongARMは、英Advanced RISC Machines(ARM)社のアーキテクチャでDECが開発した組み込み向けRISC MPUだ。Pentiumクラスの性能で、Celeronを大きく下回る50ドルを切る価格、極めて低い消費電力という、優れた特性を持つ。Intelは、DECとの提携の結果、この特色あるMPUの開発と製造の権利を手に入れることになっている。まだこの件は、米連邦取引委員会(FTC)の承認が得られていないが、IntelはStrongARMを入手後、それをSTBにもたらす可能性はないのだろうか。

 これについて、エイマー氏は「StrongARMに関しては、法的な問題が終わっていないため、Intelは公式な姿勢を明らかにしていない」ため、あくまでも個人的な意見だがと断った上で、STB市場でもCeleronとStrongARMは棲み分けることができるという考えを明らかにした。

 「400ドルというのは、STBとしてはまだ高い。私は、その下に400ドルから100ドルまでの市場があると考えている。StrongARMが使われるとしたら、その市場ではないだろうか」という。もちろん、これはエイマー氏の個人的意見だが、この見解には多くの人が納得するだろう。少なくとも、Intelが、低コスト低消費電力でハイパフォーマンスの組み込みMPUという死角を埋める駒を手に入れた(入れる予定)のは確実だ。


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('98/4/22)

[Reported by 後藤 弘茂]


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