●現状を維持するための仮決定
クエスチョンはひとつだけだ。はたして司法省との裁判を抱えたこの状況で、MicrosoftはWindows 98を予定通り出すことができるのだろうか。これが疑問視されているのは、'97年12月11日にワシントンDCの連邦地方裁判所が、司法省のMicrosoft提訴による裁判である仮決定を下したからだ。
よく知られている通り、この裁判はMicrosoftがPCメーカーに対し、Windows 95をライセンスする際に、Internet Explorer(IE)もバンドルすることを条件としているとして司法省が提訴したことで始まった。司法省は、この行為は、'95年に結ばれた合意審決で、Microsoftが禁じられた、Windows 95ライセンスの際の他のMicrosoft製品のバンドルの強要に当たると指摘した。これに対して、MicrosoftはIEがWindows 95の一部でOSの機能を拡張したものであり、独立したアプリケーションではないから'95年同意審決に縛られないと主張。そして、私企業は自由に製品を開発して機能を決めることができる自由を持つと反論している。これが認められないのなら、企業は製品を強化するができなくなってしまうというわけだ。
これに対して地裁は、第1回目のヒヤリングのあと、Microsoftに対してWindows 95にIEのライセンスを強制することを禁じる仮決定を下した。Microsoftの発表などによると、この仮決定の結果、同社はOEMメーカーにIEを入れない選択枝を与えなければならなくなったという。もっとも、これは判決ではなく、最終判決は先送りされており、発表されたのはあくまでも仮の決定に過ぎない。地裁は、判決を下すにはより詳細な調査が必要だと判断、ハーバード大の教授に調査を依頼し、その調査結果を待って判決を下すことにしたという。つまり、仮決定はあくまでも暫定的な処置であり、まだ今のところは司法省の訴えが支持されているわけではない。狙いは、判決が出るまでの間に、IEのバンドルがどんどん進んでしまい、既成事実となってしまうのを防ぐことだろう。間単に言えば、判断を後にのばして、その間は事態を凍結させようというわけだ。
地裁が要請した調査の提出日は、報道によると期限が5月31日になっているという。となると、現在のスケジュールのままでは判決が出るのは早くて6月ということになる。それまでは仮決定が効力を持つことになりそうだ。
●仮決定はWindows 98を縛るのか?
では、Microsoftはこの仮決定のもとで、Windows 98を予定通り出すことができるのだろうか。これが判断の難しいところだ。MicrosoftはWindows 98を'98年の第2四半期中、つまり6月までに出す予定でいる。とするとOEMメーカーには5月ごろには渡していたい。ところが、もしこの仮決定がWindows 98も縛ることができるとすると、その予定通りに進めることは決定違反になってしまう。
つまり、Windows 98が仮決定に縛られるかどうかがポイントとなるわけだ。報道によると、地裁はこの仮決定の中で、Windows 95とその後継OSでIEのライセンスを強制することを禁じているという。しかし、IEを完全にインテグレートしたWindows 98を出してはいけないと明記されているわけではない。司法省のドキュメントを読んでもこの点はクリアーではない。
というわけで、MicrosoftはWindows 98は仮決定に縛られないと見なした。Microsoftはこの仮決定を不服として控訴(それでも仮決定には従うとしている)したのだが、その声明のなかで「Windows 98には影響しない」と言い切っている。しかし、これは当然の戦術だ。というのは、MicrosoftはOSにインテグレートしたものはバンドルではないという立場を貫こうとしているからだ。当然、IEを完全インテグレートしたWindows 98はIEをバンドルしたものではないという論理になる。
また、Microsoftはこの裁判で徹底抗戦の構えだが、最悪の場合はWindows 95で負けてもしょうがないと思っている可能性がある。というのは、Windows 95はWindows 98が出るまでの命だからだ。もし、Windows 95にIEを強制的にバンドルしてOEMに提供することが禁じられた場合でも、Windows 98は(Windows 95と違って)最初から完全にIEがインテグレートされたものだからと、逃れさせることができるかも知れない。だが、その主張を完全にするには、MicrosoftはWindows 98は完全にIEをインテグレートしたもので、仮決定に影響されないと言い続けなければならない。つまり、MicrosoftはことさらWindows 98は仮決定に影響されないと、声を大きくしているというわけだ。
しかし、現実的な対応としてはどうするかは、また別問題だ。実際問題、もしMicrosoftが仮決定の効力のあるうちにOEM向けにWindows 98を出したとすると、司法省は仮決定に対する違反で提訴するのは必定だ。そして、裁判所が仮決定を出した目的は、判決が出るまで現状を維持することなので、Microsoftが仮決定の期間中にWindows 98を出荷した場合は、司法省を支持する可能性が高いと思われる。すなわち、Microsoftに対してIEインテグレート版しかないWindows 98の出荷を停止するように命令する可能性は十分にあるだろう。となると、さすがに仮決定の有効期間中に出すのは難しいかも知れない。
●Microsoftに不利な判決が出た場合はどうなる?
では、仮決定の件はさておくとして、判決が出た後はどうなるのだろう。
まず判決には4つのパターンが考えられる。1つ目は司法省の完全勝利となり、Windows 95でもWindows 98でも、OEMメーカーにIEのバンドル(インテグレート)以外の選択枝も与えよとなるというケースだ。それに対して、2つ目はMicrosoftが完全に勝って、無罪放免となりWindows 95でもWindows 98でもIEを自由に強制的にバンドルできるようになるというケース。3つ目はWindows 95はだめだけれども、Windows 98のように完全にインテグレートしてしまえばいいとなるケース。そして、最後の4つ目は、Windows 95に関しては強制バンドル禁止となったが、Windows 98はグレーのまま残されるケースだ。
1の場合は、Microsoftは手の出しようがない。そのままではWindows 98は出荷できないことになる。それに対して、2と3の場合は問題がない。Microsoftは大手を振ってWindows 98を出せるようになる。しかし、4つ目の場合はやや難しい。4のケースの場合、司法省はWindows 95での勝利を根拠にWindows 98も提訴するのは目に見えている。その際に、裁判所がまた今回の仮決定のような暫定措置を取るかどうかはまったくわからない。
さて、ではMicrosoftにとって最悪の1のケースになった場合だが、この場合、MicrosoftがWindows 98を出荷するには、IEを外したバージョンもあるという選択枝をOEMに与えなければならなくなる。つまり、IEをインテグレートしたバージョンと外したバージョンの2つを用意しなければならない。じつは、この質問はMicrosoftが12月15日に開催したテレフォンプレスカンファレンスのトランスクリプト(Microsoftが発表したものではなく、司法省がポストしたもの)の中でも出ていた。この質問に対して、Microsoftのブラッド・チェイス副社長(Internet Client, Tools Marketing & DRG)は、「われわれが2つのバージョンのWindows 98を提供するのか? その答えを私は知らない」「Windows 98でインターネット機能を除いたバージョンがあるかどうかは私は知らない 」と答えている。
ここで否定しなかったことに注目だ。このトランスクリプトが正確だとすると、チェイス氏は明らかにそうしたバージョンをMicrosoftが出せる選択枝を残しておくために、言質を与えないようにしているように見える。つまり、最悪の場合は、そうした選択枝もありうると考えていると推測できる。
●IE外し版Windows 98は秘密にする必要がある
しかし、もしMicrosoftが内部的にIEを外したWindows 98を開発していたとしても、Microsoftはそれを現段階では口外することができない。それは、Windows 98にIEが完全にインテグレートされていることの論拠が、Windows 98からIEが外せないことだからだ。Microsoftは、今、Windows 95から安全にIEを削除できないとやっきになって主張している。これも同じことで、Windows 95とIEが不可分であることを、この2つがインテグレートされていることの論拠としようとしている。ましてや、Windows 95よりもさらにインテグレーションが進んだWindows 98では、IEが分離できると認めるわけにはいかない。
だが、現実問題はどうかというと、Windows 98は内部的には2バージョンをすでに用意している可能性がある。そうでないと、1のMicrosoft完全敗訴のケースだった場合に、Windows 98のリリースが致命的な遅れを被ってしまうからだ。しかし、IE分離版を用意しておけば、敗訴した場合でも、それほど遅れがなく出せるだろう。
もっとも、これはMicrosoftが妥協して出す気になった場合のことで、実際にはどうなるかはわからない。というのは、Microsoftは地裁に控訴して徹底的に戦うという可能性もあるからだ。Microsoftは、Windows 98だけでなく、そのあとにさらに様々な機能をインテグレートしたWindows NT 5.0が控えているだけに、OSへのインテグレーションはぜひとも認めさせたい。そのために、Windows 98の提供時期を遅らせても、徹底抗戦に走る可能性はある。そして、その場合は、IEを外したWindows 98は日の目を見ることができない。IEを外すことができるとなると、Microsoftの論拠が崩れるからだ。
というわけで、現在想定できるWindows 98の出荷時期だが、もし地裁の仮決定が現在の期間や条件のままなら、6月に間に合わない可能性はかなりある。また、判決がMicrosoftに決定的に不利なものになった場合は、Windows 98の出荷はIEを外したバージョンを用意できるまで、さらに延ばされる。さらに、Microsoftが控訴して徹底抗戦を試みた場合は、もっと致命的に遅れる可能性も出てくるだろう。判決がどうなるかは、今の段階ではまったく予想がつかないが、もっともありうるパターンは、Windows 98はOKとなって、当初の予定より少し後ろにずれ込んで出てくるという形ではないだろうか。
□Microsoftのテレフォンプレスカンファレンスのトランスクリプト
http://www.usdoj.gov/atr/cases3/micros2/1307.htm
('97/12/26)
[Reported by 後藤 弘茂]