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IntelとDEC、電撃提携でMPUの勢力地図が変わる

●IntelとDECが和解に向けた提携を発表

 The Wall Street Journalが、米Intel社と米Digital Equipment Corp(DEC)社が現在係争中のMPUの特許問題について和解交渉を行っており、その中にDECのRISCプロセサ「Alpha」の買収が含まれているというスクープを飛ばしたのは10月6日だった。それから2週間、やはり、両社は和解に向けた合意を、ほぼ予期されていた通りの筋書きで発表した。正式には政府の承認を得てからとなるが、これで事実上IntelとDECの係争は終わったと見ていい。この訴訟が始まった際にこのコーナーで書いたコラム「DECがIntelを提訴--米国特許訴訟の背景」で、この訴訟がIntelから何らかの利益を引き出すための交渉のカードである可能性が高いと指摘、「途中で両社が手打ちをし、仲良く新しい提携を結んだとしても、何も不思議ではない」と締めくくったが、まさにその通りになったわけだ。

 DECがIntelを、MPUに関する特許侵害で訴えたのは5月のこと。DECの持つMPU関連の特許のうち10件をIntelが侵害、Pentium系とPentium Pro/II系MPUに使われたと申し立てた。DECが求めたのは、現行および将来のIntel製品でのDECの特許技術の使用禁止と損害賠償。かなり全面対決的な内容で、それだけにDECの真意は最初から疑われていた。

 しかし、今回発表された両社の提携では、この両社の争点は完全に解消されている。提携の内容は、大きく分けて4つのポイントがあるが、まず、重要なのは、(1)特許問題の解消だ。発表によると、DECとIntelは、10年間有効なクロスライセンス契約を結ぶことになっている。これによりIntelは、DECとの特許抗争に悩まされることなくMPUの製造と開発ができるようになる。

 Intelとしては、DECとの裁判は、もし勝ったとしても、無駄なカネと労力を費やすことになり、長引けばMPUの開発計画にも支障が出かねない。いずれにせよ、不毛な話であり、できれば裁判は避けたいの当然の話だ。今回のクロスライセンスでは、Alphaの技術を使う権利を得られるわけで、Intelにとって不毛な裁判を回避し次世代のIA-64アーキテクチャMPU「Merced」などの開発をスムーズに進めるためには願ってもない。Wall Street Journalのスクープ記事の報道のようにDECはAlphaそのものを売ったわけではないが、Intelにとってはほぼ同じ意味を持っている。

●DECは重荷の半導体事業をIntelに売却

 提携内容で、次に重要なのは、(2)DECの重荷である半導体事業部をIntelに売却することだ。Intelは、ハドソンやオースティン、エルサレムにあるDECの半導体製造施設や研究施設を約7億ドルで購入することになっている。

 現在、半導体の製造は設備投資がどんどん膨れ上がってしまったために、リスキーなビジネスになりつつある。とくに、ハイエンドMPUで必要とされる最先端プロセスへの投資は、それを回収できるだけの高収益製品の製造でフルに回転できないと今後は難しいと言われる。しかし、AlphaはハイエンドMPUとして存在感はあるものの、ビジネス規模としてはとてもその要求に応えられるだけのものがない。となると、DECとしては今後の0.25ミクロンや0.18ミクロンといった新プロセスでのレースを続けるのはかなり厳しい。そこで、DECは自社で半導体製造工場を維持するのを諦め、Intelに売却したと思われる。

 ただ、もちろんそうなるとAlphaの製造はどうなるという問題が出る。そこで、DECはIntelとの提携で、Intelが今後も“複数の世代”のAlphaを製造、DECへ供給するという条件を入れさせた。これにより、DECはIntelが投資する最新プロセスでAlphaを製造し続けることができるわけだ。

 ここでDECが「複数の世代」とわざわざ入れさせたのは、Alphaの将来がないのではという不安をできるだけうち消すためだ。これは、おもに現在のAlphaの顧客に対する対策だと見られる。今回のIntelとの提携で、当然出てくるのは、Alphaには先がないのではという疑惑だ。そこで、DECは、AlphaとAlpha関連製品の開発チームは社内に残し、次世代Alphaの開発は継続すると発表。さらに、2月の半導体国際会議「ISSCC」でも、Alphaの次世代版の発表を行うなど、Alphaのサポートを続けることをアピールする構えだ。

●IA-64のファーストランナーの地位を手に入れたDEC

 さて、IntelとDECの提携で、もうひとつ重要なのは(3)DECとIntelの新しい関係だ。発表資料の中で、DECはIntelのIA-64アーキテクチャのMPUを使ったシステムを開発すると明言している。DECはこれまで下位機種はx86アーキテクチャでも、ハイエンドのサーバーやワークステーションはAlphaという棲み分け戦略できた。しかし、今後はこれが見直される。報道されていたようなMercedの割安購入権をDECが手に入れたかどうかはわからないが、DECはIA-64システムのファーストランナーの1社として特別な立場を手に入れた可能性が高い。これがDECが今回手に入れたもっとも大きなポイントだ。

 IA-64のサポートに当たって、DECは自社のカスタマが移行しやすいように、パスも整備することにした。Intelと協力してDEC版UNIX「DIGITAL UNIX」をIA-64に移植、AlphaとIA-64の上で、64ビットWindows NTとDIGITAL UNIXが共通して使えるようにすることを発表。DECはすでにx86からAlphaへの移行をバイナリベースで可能にする「FX!32」技術を提供している。同様に、AlphaからIA-64に移行できるようにするテクノロジを開発、あるいは開発するという発表を行う可能性もあるかも知れない。

 提携の最後のポイントは、(4)IntelがAlpha製品を除くDECの半導体製品の製造と販売の権利を手に入れたことだ。これについてはあとで詳しく説明しよう。

 さて、今回のIntel/DECの合意ではThe Wall Street Journalが当初伝えていたようなAlpha売却は含まれていなかった。しかし、それでもこれでAlphaに将来がなくなったと考えている業界関係者は多い。それは、DECがIA-64に注力することを宣言しているからだ。IA-64はPentium ProやPentium IIとは異なり、完全にAlphaと競合すると思われる。そこで、DECがIA-64をプラットフォームに加えるとわざわざ宣言したからには、Alphaに今後力が入らないのは当然だろう。おそらく、Mercedが登場する'99年以降は、じょじょにAlphaは舞台から消えて行くのではないだろうか。

●今回の勝者は誰か?

 では、今回の和解で勝ったのは誰か。
 それはDECだ。DECにとっては今回の展開は悪い要素はない。収益を圧迫していた重荷を下ろし、IA-64をベースにDECの強味を活かせるシステムソリューションを今後は提供できる。Alpha戦略は後退するが、今回の件がなくてもDECが開発と製造の負担で、いつかはAlphaを諦めなければならなかった可能性は高い。それなら、何も残らないより、負担が少ないカタチでAlphaもある程度は継続でき、しかもIA-64システムでトップに躍り出るチャンスを得られる方がいいに決まっている。

 おそらく、DECはこうした方向を最初から狙っていたのではないだろうか。訴訟は、提携のためのカードだった可能性が高い。つまり、裁判で戦うという姿勢を見せることで、相手から自社に有利な条件を引き出すわけだ。そもそも、突然の全面対決訴訟ということ自体が、かなり怪しい。だいいち、DECにとっては、IntelのMPUを差し止めても利益は少ない。

 紛らわしいのは、こうした場合も米国では表向きは、「特許侵害は許し難い!!」といったファイティングポーズを取ることだ。でも、それは真に受けてはいけないだろう。米国はパフォーマンス社会で、言動は派手だが、日本のように経営に感情が差し挟まれる割合はずっと少ない。不気味なくらいドライに、利益を追求する。Intelにしても、DECが最初から本当に損害賠償や技術の使用禁止などを求めているわけではなく、本音は別だとわかっていたはずで、当初から腹のさぐり合いのネゴシエーションは行っていたはずだ。

 さて、Intelは裁判によって、望んでもいないのに交渉の席に引きずり出された。しかし、Intelもかなり実を手に入れている。最大のポイントは、DECを自陣営に引き込めたことだ。当初はハイエンドのサーバーとワークステーションだけに限られると思われるIA-64プロセサの離陸に、その市場での実績のあるDECの存在は心強い。おまけに、Alphaというライバルが脱落してくれるなら、なおいい。

 そして、今回の提携でもっとも不確定の要素、「StrongARM」もある。StrongARMは、英Advanced RISC Machines(ARM)社のアーキテクチャでDECが開発した組み込み向けRISC MPUだ。Pentiumクラスの性能で、50ドルを切る価格、極めて低い消費電力と小さなダイサイズという、優れた特性を持つ。そのため、ハイパフォーマンスPDAやNC (Network Computer)用MPUとしては最有力候補のひとつとして期待されている。

 Intelは、今回の提携で、この特色あるMPUの開発と製造の権利を手に入れた。はたして、IntelはStrongARMをどうするのだろう。自社製品のライバルとして消し去ってしまうのか、それとも、Intelラインナップに欠けている低消費電力ハイパフォーマンス型組み込みRISCとして、強力に推進するのか。Intelは、中核ビジネスのx86 MPUでは、x86の資産の付加価値として製造コストよりかなり高い価格設定をするというビジネスをしてきた。しかし、組み込みRISCはそうした論理が通らない、低マージンの市場だ。Intelがもしそうした市場にもStrongARMを武器に本気で参入するというなら、それはIntelにとって大きな戦略転換となる。

□参考記事
【10/14】後藤弘茂のニュースサイトWatch「IntelがなぜDECのAlphaを買うのか」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971014/kaigai02.htm#dec
【5/29】後藤弘茂のWeekly海外ニュース「DECがIntelを提訴--米国特許訴訟の背景」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970529/kaigai01.htm

('97/10/25)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp