TIMEがジョブズ氏の舞台裏を密着レポート
Apple Computer関連ニュースの大洪水。先週の、国内外のニュースサイトから集めたニュースは約5MB。ところがその中からApple関連を抽出するとなんと1.2MBになったのだ。つまり、約5分の1がApple関連ニュースだった計算になる。特にAppleネタばかり意図的に集めたわけではないのに、この量。いかにスティーブ・ジョブズ氏の爆弾キーノートスピーチの衝撃が大きかったかがわかる。
というわけで、今週もAppleニュースからなのだが、まず、ジョブズ氏の電撃発表の舞台裏を知りたければ迷わず「STEVE'S JOB: RESTART APPLE」 (TIME Magazine,8/18)へ。ともかく、この記事はスゴイ! というのは、Macworldでの発表前後のジョブズ氏にぴったり密着取材(ジョブズ氏の許可を得て)した独占レポートなのだ。これを読むと、舞台裏で、ジョブズ氏が何をしていたか、今回の“事件”がいかに綱渡りだったかがよくわかる。
例えば、スピーチが数時間後に迫った夜の会場で、ジョブズ氏が携帯電話でゲイツ氏と交渉を続ける緊張した様子などが生々しく描写されている。ジョブズ氏は人気のないホールのステージの上を歩き回わりながら、延々と電話をかけ続ける。それが、念のいったことに、その場面の証拠写真つき(今週のTIMEの表紙になっているらしい)なのだ。
スクープもある。先々月、Apple株を大量に売り払った犯人はやはりジョブズ氏だったのだ。「ああ、株は売ったよ。Appleの取締役会が何かするという望みをほとんど捨てていたんで、株が上がるとは思わなかったんだ」「今は1株しか持っていないよ」と、ジョブズ氏はしらっと答えている。つまり、わずか2ヶ月前には、ジョブズ氏自身もAppleを見限ろうとしていたのだ。ジョブズ氏の今回のApple実権掌握が、決して計画的なものではなかったことがうかがえる。
しかし、それから数週間で事態は急変する。役員会がアメリオ氏を更迭し、ジョブズ氏にCEOと会長職の両方を(順番に)持ちかけてきたというのだ。「考えてみたよ。でも僕が人生でやりたいことじゃないと結論した」という。その理由は、自分は、すぐ人に物事を強要するスタイルだから、もし会長をやればCEO候補をおどかして追い払うなんて事態になると思ったのだという。これが本音だとすれば、ジョブズ氏もずいぶん成熟したものだ。
というわけで、この記事は、今回の事件のすばらいドキュメントになっている。一読の価値は確実にあるのだが、問題もある。ともかく長い。クリックしてページをめくってたっぷり5ページ分。読み通すには、ちょっと根性が必要だ。
さて、他のニュースサイトの記事は、ほとんどが今回の事件の分析などだ。まず、真の勝利者は誰か? という点だが、これに関しては「Only one clear winner here -- Microsoft」(SanJose Mercury News,8/6)など多数の記事がMicrosoftだと指摘している。理由は3つあるそうだ。1は、Microsoftは同社が巨額を稼いでいるプラットフォームを助けたこと。2は、Macintoshが存続すれば、コンピュータ業界にまだ競争があるとの幻想を保ち独占禁止法の追求をかわせること。3は、もっとも重要なことだが、MacOSにInternetExplorerを標準搭載し、Javaバーチャルマシンなどに互換性を持たせることで、MicrosoftとAppleがJavaの将来の標準を決定することができるようになったことだという。その結果、NetscapeとSunが今回の敗者になったそうだ。つまり、「AllianceIs Blow to Netscape, Sun Micro」(San Francisco Chronicle,8/7)の表現を借りれば、MicrosoftとAppleを合わせればPC市場をほぼ100%カバーするので、両社の決めたことが業界の標準になるというわけだ。実際、MicrosoftのCFOのグレッグ・マフェイ氏も、「Microsoft-Apple: It's All About Java」(InformationWeek,8/7)の中で、クロスライセンス契約の中でもっとも利益のあるものは、MicrosoftのJava技術とAppleのJava技術を統合できる点だと言っている。
しかし、これに対して、米Sun Microsystems社も何らかの手を打つかもしれない。「Sun Responds To Microsoft-Apple Deal」(COMPUTER RESELLER NEWS,8/7)は、Sunの内部資料から入手した情報として、SunはMicrosoftがJavaバーチャルマシンを売ることが禁じられていると考えていることを明かしている。Javaライセンスでは、Javaの再販は許さないのがその根拠だ。また一波乱あるかも知れない。
こうした効果を考えると、MicrosoftのAppleに対する1億5,000万ドルの投資は、バーゲンだったのかも知れない。そう指摘するのは「Apple investment a bargain forMicrosoft」(San Jose Mercury News,8/7)だ。Microsoftは15日で1億5,000万ドル程度は稼いでいるのだから、その金額で独占禁止法保険を買えるのなら安いものというわけ。代表権がない株式というのは、司法省に通知しなくてもいいという利点もあるそうだ。
ところで、次期OSのRhapsodyはどこへ行ったんだという声もあちこちで上がっている。ジョブズ氏が、MacworldでRhapsodyについて全然触れなかったからだが、それについて「Apple Rhapsody OS Release Could Be Delayed」(TechWire,8/10)は、Apple幹部からの証言として、AppleがMacOSを終わりにするという誤解を与えないために、意図的にRhapsodyに触れなかったと報じている。ただし、Rhapsodyプロジェクトに近い筋によると、開発が遅れているのは確かだという。マイクロカーネルも、Mach 2.5.8からMach 3.0に変えるなど、まだカーネル部分の選択をしているらしい。ちなみに、Microsoftも、Officeを提供するのはMacOS上であり、Rhapsody版のOfficeについてはまだ計画がないと報じられている。
記事のなかには「Apple product strategy still murky」(CNET NEWS.COM,8/7)のように、AppleはRhapsodyを当初はサーバー用OSとして出すらしいと報じるものもある。Apple内部では、サーバー製品戦略のスターティングポイントとしてRhapsodyが位置づけられているという。また、この記事は、Appleの新役員となったOracle会長兼CEOのラリー・エリソン氏の影響で、Appleが教育市場にNC (Network Computer)を投入する可能性も示唆している。
さて、ジョブズ効果は、Appleの株価にどう影響しただろうか。「Apple's 'goodstory' fuels stock frenzy」(San Jose Mercury News,8/9)によると、アメリオ退陣時に$13.69だった株は、発表翌日の木曜には113%上がって$29.19に。金曜にはやや揺り戻して$26.81で終わったという。ともかく、すごいフィーバーだったようで、水曜にはApple株の30%が取引されたのだそうだ。株価が上がったのは、証券会社のJ.P.MorganがAppleの格付けを上げて「Long-Term Buy(長期的買い)」にした効果もかなりあったらしい。「J.P. Morgan Ups Apple Computer To Long-Term Buy」 (The Wall StreetJournal ,8/7、 http://www.wsj.com/ から検索、有料)というわけで、今週はほとんどApple Watchになってしまったが、安心していい。他にはほとんど重要なニュースはなかった。なんだか、Macworldにすべてのニュースが吸い取られてしまったようだ。ともかく、ジョブズ氏のすごさを見せつけられたMacworld週間だった。
('97/8/11)
[Reported by 後藤 弘茂]