Mosaicの権利を取得、拡張し、様々な企業にライセンスしたりもして、かつては米Netscape Communications社と対抗する一方の雄だったSpyglassだが、このところあまりパソコン業界では話題がなかった。実際、今となってはIEがもともとMosaicの技術ライセンスを受けたなんて話は、ほとんどの人が忘れてしまっているのではないだろうか。それがいきなりのMicrosoft告発で、一気に注目を浴びたわけだが、もちろんこの話には背景がある。
SpyglassはMicrosoftに対する告発と同時に、今度の四半期の決算が大幅赤字になるという見通しを発表している。正式の発表前にバッドニュースを自分から言い出して衝撃を和らげるという米国企業のよくあるパターンだが、もちろんその場合、バッドニュースだけではしょうがない。グッドニュースが必要になる。それが、Microsoftに対する告発だったというわけだ。
つまり、赤字にはなるけれど、Microsoftからライセンス料としてガッポリ入る見込みがあるとメッセージを流すことで、大丈夫だよと言っているわけだ。実際にSpyglassの主張が妥当なのかどうかは、契約内容や事実関係の詳細を知らないのでなんとも言えないが、この時期にいきなり話を持ち出したのはそういう意味があると見て間違いはないだろう。
まあ、でもこの話は、Microsoftにとっていちばん不利に進んだとしても、Spyglassにライセンス料を支払えば済む問題で、大したことではない。もちろん、Microsoftが主張している本数分を払うとなるとちょっと大変かも知れないが、それでも大儲けしているMicrosoftにとってはそれほどダメージではない。むしろ、IEの出荷本数が知られてしまう方が問題かも知れない。
それよりも、今回の話で面白いのは、Microsoftが自社の開発費だけでなくロイヤリティまで払っている製品をタダで配りまくっていたことが、改めて浮き彫りになったことだ。Spyglassの主張が通れば、IE1本ごとにお金が出て行くことになるわけで、文字通り出血大サービスだったわけだ。まあ、普通の企業の製品戦略では考えられない展開なのは確かだ。
それから、ここにMicrosoftの典型的な戦略が見えることも面白い。まず、新しい市場に入る時に、自社に技術がない場合は他社の技術を手に入れて素早く参入する(IE1.0)。さらに、それをベースにどんどん手を加えて発展させて技術を自分たちのものにしてしまう(IE2.0/3.0)。そして、そのうちに、その技術を自分のメインプロダクトであるOSに取り込んでしまう(IE 4.0)というわけだ。
さて、そのMicrosoftのIEだが、一体今はどうなっているのだろう。とりあえずIE3.0でNavigatorとの差を大幅に縮めたことで落ち着いたのか、MicrosoftはIE4.0でNetscapeと先陣争いをする気はなくなったかのように見える。Netscapeがクリスマスに合わせて、なんとかCommunicatorのβ版を発表したのに、Microsoftはいっこうに慌てる様子がない。いまだにIE4.0のβ版発表の話は聞こえてこないし、半年に1回Webブラウザをアップグレードするとした以前の約束も忘れてしまったようだ。どうやら、ここでNetscapeと無意味なレースをするよりも、IEによるActiveDesktop構想を完全にするために、今回はある程度じっくり時間をかけるつもりらしい。
実際、ニュースサイトでは、Microsoftの動きに対してさまざまな憶測が流れている。IE 4.0のβは3月まで出ないという記事や、別チームが平行して開発していたIE5.0とIE4.0を統合しようとしているという記事もある。ニュースの真偽はともかく、こうしたMicrosoftのじっくり体勢は、ちょっと不気味だ。それだけ、IE4.0に勝負をかけているということだろう。そして、それはWebブラウザ戦略というより、IE 4.0をシェルとするWindows 97の戦略と見た方がよさそうだ。
□参考記事
Spyglassのリリース
http://www.spyglass.com/newsflash/releases/010297q1rev.html
MicrosoftのIE4.0のスケジュールなどに関するCNETの記事「brower differences--the divergence」
http://www.cnet.com/Content/Voices/Needleman/123196/needleman1.html
('97/1/7)
[Reported by 後藤 弘茂]