後藤弘茂のWeekly海外ニュース

はたしてNEXTSTEPはMac OSのカンフル剤となるか

追いつめられたAppleのNeXTステップ

 米Apple Computer社は、じつは追いつめられていた。

 大赤字のどん底から、10月には黒字に復活、新モデルも出して、ここから先はそこそこ順風のようにも見えるのに、なんで? と思うかも知れない。しかし、問題はもっと根本的なところにあったのだ。それは、Macintoshの未来を担う、次期OSの開発でつまづいていたのだ。たとえちょっとばかり黒字になろうとも、新モデルの売れ行きが好調でも、次期OSがこれから先当分出せないことが公式に明らかになれば、Appleはお終いとなる。それは、Macintoshというプラットフォームに未来がないということと同義であり、開発者はそっぽをむき、株価は下落、ユーザー離れが加速されただろう。

 実際に、ここに至るまでの間に株価は下がっており、劇的な買収計画発表のあともAppleの株価はほとんど上がらなかった。つまり、今の株価は他のOSカーネルの買収が成功して次期OSが来年出せた場合をすでに織り込んだ株価だと見られるわけだ。それでもまだ株価は下がっていたわけだから、もし買収に失敗した場合は、株価はかなりダウンしたと見られる。

 そもそも、Appleのロードマップでは、今のSystem 7.xxの後継となる新OS「Copland」を、95年に出すはずだった。まあ、それはむちゃだとしても、それでも96年の半ばには形にする約束だった。ところが、それが97年に延び、さらにCoplandの機能の一部を切り出したHarmonyを先に提供するという約束はしたものの、96年の中盤からはCopland自体のポジションがだんだんあいまいになってしまったのだ。誰の目にも、Copland開発に何か問題があるのが明らかになり始めていたのだ。

 Coplandは、実現すればMacintoshにとって救世主となるOSだった。Appleがアナウンスしていたのは、マイクロカーネル、プリエンプティブマルチタスク、メモリ保護、マルチスレッドといった現代的な技術はすべて備えた先進OSの姿だ。さらにSystem 7との互換性も保ち、PowerPCのパワーも引き出す、その上、OpenDocもインテグレートされている。本当の意味でのPower Macintosh時代のOSとなるはずだった。

 AppleはCoplandがどこでつまずいたかは正式(非公式なインタビュ記事などでは各担当者が語っている)には明確にはしていないが、これだけぜいたくに盛り込んだOSの開発を短期間で行おうとしたことで行き詰まったのは不思議ではない。また、Appleという会社自体が95年から混乱していたことも、Coplandの開発に悪影響を与えた可能性がある。

 そこで、Appleの経営陣は夏以降、真剣に打開策を考え始めた。このまま先が見えないCopland開発を続けるか、それとも思い切った決断をするか、という選択だったに違いない。ここ数ヶ月間騒がれていたBeの買収交渉は、その重要なキーだった。Coplandをつぎはぎ改良するよりも、いっそ他のOS(この場合はBeOS)をベースにCopland用に開発した技術を融合させ、その上に今のSystem 7互換環境を構築してしまう方がいいのではと考え始めたというわけだ。

 それでも、Appleは公式にはCoplandを予定通り出すという主張で突っぱねた。実際には、Coplandの遅延・取りやめを非公式に認めたり、それがニュースになることもあったのだが、公式にはCoplandで行くという建前で通したのだ。それは、BeOSの買収などでCoplandの失敗をくつがえせるという見通しを発表できないと、公式にはCoplandの件を認めることができなかったからだ。しかし、Beとの交渉は難航したまま、Apple自身がタイムリミットに設定した1月7日が近づいてしまった。

 そこに降ってわいたのが米NeXT Software社のNEXTSTEPだ。広くは受け入れられなかったものの、市場で8年間に渡って試されたOSであり、マイクロカーネル、プリエンプティブマルチタスク、メモリ保護、マルチスレッドといった、Appleの欲しい基本機能はすべて揃えている。おまけに強力なオブジェクト指向の開発環境がある。しかも、OPENSTEPは複数のプラットフォーム(Intel、SPARC、680x0、PA-RISC)をすでにサポートしているので、クロスプラットフォームの統合プログラミングモデルを構築することもできる。

 OS開発を軸としたApple-NeXTの今回の買収劇は、驚きと同時に、期待と興奮で迎えられた。これでAppleとMacintoshの未来は大きく開けたという、楽観的な見方さえあるくらいだ。

 しかし、もちろん、コトはそうたやすくない。なんと言っても猶予期間が致命的に短い。

 市場シェアの下落や、加速しつつある業界よりペースが遅いAppleのR&Dに、開発者やウォールストリートは苛立っている。Appleは、1月7日には次世代OS開発の具体的なスケジュールも明らかにすると思われるが、そこで関係者を満足させるには、97年中というスケジュールを提示しなければならないだろう。1年半とか2年といった猶予はありえない。

 ところが、OSの開発はテストだけでも数ヶ月かかる。NEXTSTEPという実績のあるOSがベースにあって、PowerPC用カーネルがあると言っても1年というのはぎりぎりのスケジュールのような気がする。しかも互換性も維持しないとならない。アメリオ氏はこの買収計画発表の際に、System 7.xxの資産を継承することを強調している。今のMacintoshのように開発者が離れつつあるプラットフォームでは、過去の資産は何が何でも守らなくてはならない財産だからこれは当然だろう。Appleの先行きはまだかなり不鮮明だ。

 だが、今回のギャンブルで、Appleが当面のデッドロックを突破できたのも確かだ。とりあえず、チャンスが巡って来た。あとは、Appleにツキがあって、このギャンブルに勝てるかどうかだ。

*著者の勉強不足から、コラムにミスがあったのを修正したのと、説明不足の部分を書き足しました。(著者)

□参考記事
【12/21】米Apple、4億ドルで米NeXT Softwareを買収、ジョブズ氏も古巣に復帰
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/961221/apple.htm
バックナンバー

('96/12/24)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp