元麻布春男の週刊PCホットライン

「MHz神話」から逃れられなかったAthlon XP


●AMDの主張するプロセッサの「性能」とは?

 10月10日に行なわれたAthlon XPの発表会は、近年になく騒がしい? ものになった。今回AMDが発表したAthlon XPプロセッサから、新たに「モデルナンバー」という呼称を用いることを明らかにしたからだ。

 モデルナンバーは、Athlon XPの実動作周波数とは別に付けられた「名称」であり、たとえば1.53GHzのAthlon XPはAthlon XP 1800+と呼ばれる。この数字が何を意味するのか、意味しないのかについて触れる前に、「性能」に関するAMDの主張を紹介しておこう。極力AMDの主張に忠実に箇条書きで書き表してみるとこんな感じだ。

 以上の主張は、基本的には大きな間違いはない。特に1~3に関して、筆者も異論はない。ただ1つ言っておくと、3の事実を踏まえて、当時AMDはCyrixなどと共にP-Ratingという指標を提唱した。問題は、IPCが異なるにもかかわらず、クロック周波数的にIntelのP6アーキテクチャプロセッサと競合可能な(むしろ優位というべきか)K7の世代になって、AMDはこの主張を引っ込めてしまったことだろう。P-Ratingは様々な批判もあり、結局は失敗したわけだが、この当時から一貫してP-Ratingのような考えを主張しつづけていれば、批判は少なかったのではないかと思う。Intelに対し、クロック周波数的に不利になったと見るや、またP-Ratingもどきを持ち出した、という場当たり的な印象を与えるところが、モデルナンバーのイヤなところだ。

 4.については、若干異論があるところで、たとえば80286と80386の間には、このような関係は存在しなかった(両者は同じクロックであれば、ほぼ性能は同じ、つまりIPCは同じと考えられていたが、厳密には同じクロックの80386は、ほんのわずかだが80286を下回っていた)。これについては、当時AMDが80286のセカンドソースを行なっていたことを考えると、知らないとは言わせないところだが、大半を占めるであろうWindows 95/インターネットブーム以降のユーザーは知らないことだろうから、大目にみることにしよう。

 5.についてはIntel自身が認め、自らのホワイトペーパーで公表していることである。つまり、Intelは4.を保証していない。また、筆者の知る限り、4.を保証したこともないと思う(80286 Vs 80386の「実績」もある)。つまり4.は、エンドユーザーが信じているとAMDが考えていること、であり必ずしも「事実」ではない。もちろん、5.そのものは正しい。

 6.は一般に良く言われていることで、AMDは「MHz神話」という呼び方をしているが、筆者は本当に消費者がこう誤解しているのか、それほど確信しているわけではない。まぁ、そうであっても驚きはしないが、そういうユーザーばかりでもないと思っている(問題は、その比率なのだろうが)。ただ、1GHzのプロセッサをいち早く投入するなど、MHz神話をあおった責任がAMDに全くないとは言えないハズだ。

 7.については、クロックが必ずしも性能を表さないということには何の異論もないし、性能をはかる指標が必要なことも事実だが、すでにSPECintやTPCなどそうした指標は存在する。



●Athlon 1400MHzはAthlon XP 1400+? モデルナンバーへの疑問

 とはいえ、新たな指標が策定されて困ることはない。AMDは自ら新しい性能指標に関するイニシアチブ、TPI(True Performance Initiative)を推進するのだという。そして、TPIにより新しい性能指標が策定された暁には、自社のプロセッサのマーケティングにTPIの指標を用いるらしい。

 と、ここまでは若干の異論はあるものの、それほど妙な話ではない。問題は、これまでの話とモデルナンバーの間に、連続性がないことだ。冒頭で触れたように、モデルナンバーというのは、

・さまざまなAMD Athlon XPプロセッサ間のアプリケーション性能を相対的に示す
・既存のAMD Athlonプロセッサに比べてより優れたアーキテクチャを採用していることを明らかにする
 (AMDの発表資料より引用)

ものだという。モデルナンバーと実際の動作周波数の関係は次の通り。

モデルナンバー動作周波数
1800+1.53GHz
1700+1.47GHz
1600+1.40GHz
1500+1.33GHz



 ここで問題なのは、この1800とか1500とかいう数字が具体的に何を示すのか、ということ。説明によると、現行のAthlonプロセッサ(Thunderbirdコア)の1.4GHzにモデルナンバーを与えるとしたら、1400+になるらしい。ということは、Athlon XP 1800+は、Thunderbird 1.8GHzに相当する、ということのようだが、モデルナンバーはMHz表示されたクロックではないという。しかもAthlon XP 1800+の性能は、モデルナンバーが示すように、Athlon XP 1500+の2割増しではない。ということは、モデルナンバーは直接性能を示していない数字、ということになる。

 ところが、発表会資料にはハッキリと「システム性能の優位性を競合製品と比較できる」と書かれている。つまりモデルナンバーはシステム性能の比較に使える、ということである(この説明には、プロセッサ単体でシステム性能を語ってよいのか、という根源的な疑問もあるのだが、ここでは触れないでおく)。しかし、直接性能を示していない数字で性能を比較して良いのだろうか。

Athlon XPはPentium 4をターゲットとしている 店頭での商品札の例

 また、ここでいう競合製品がPentium 4であることは、AMDが発表しているベンチマークテスト結果が、ことごとくPentium 4との比較であることからも明らかなのだが、モデルナンバーは、モデルナンバーが示唆するPentium 4プロセッサと同等の性能を持つことを意味するものではないのだという。ところが発表会資料に掲載されている「店頭での商品札の例」には、「QuantiSpeed アーキテクチャにより、1.5GHz動作で他社製1.8GHzプロセッサを上回る性能を実現」と明記されている。これでは1800+という数字をPentium 4のクロックである1.8GHzと比較している、あるいはそれに相当するものだと消費者に受け取らせたいのだと勘ぐられても、やむを得ないだろう。

 いったい1800+という数字は何を示しているのか。実クロックでないことは確かだし、性能を表してもいない。AMDが認めているのは、数字が大きい方が性能が良い、というそれだけである。筆者には、モデルナンバーというのは、根拠のハッキリしない、良く分からない数字としか思えない。

 TPIの話にしても、今回の発表資料にベンチマークテスト結果が溢れていることにしても、モデルナンバーの裏付けにベンチマークテスト結果があることは間違いないようだ。だが、果たしてCPUの名称にベンチマークテスト結果を入れるべきだろうか。上述したように、ユーザーが利用するコンピュータの性能(システム性能)は、CPUだけでは決まらない。メモリ、チップセット、ビデオカード、ストレージデバイスなど、多くのデバイスがシステム性能に影響している。つまり、Athlon XP 1800+を用いたシステムより、Athlon XP 1500+を用いたシステムの方が性能が良い、ということが起こり得るのだ。

 また、ベンチマークテストを用いたシステム性能というのは、時によりうつろう性格のものである。たとえば、現在最もポピュラーなベンチマークテストに、SYSmark 2001や3DMark 2001といったものがあるが、名称に西暦が入っていることでも明らかなように、ベンチマークテストそのものが変わっていく(バージョンアップしていく)。仮に現時点で1.53GHz動作のAthlon XPはThunderbirdの1.8GHz相当かもしれないが、SYSmark 2002や3DMark 2002を使ったテストでは2.0GHz相当になるかもしれない(あるいはその逆かもしれない)。ViewPerfやSPECintなどのようにソースコードで提供されるベンチマークテストでは、用いるコンパイラによっても成績は変わる。ベンチマークテストが示すのは、あくまでもテストした時点、その瞬間における、ある観点からとらえた性能の指標であり、こうした変動する指標を製品名に用いても、混乱を招くだけである。

 こうしたベンチマークテストの裏付けと切り離して、単なる名称として1800+というものを考えても、筆者は疑問だ。上述した商品札の例でも明らかなように、AMDがどれほど否定しても、この数字は消費者にクロック周波数と錯誤させる可能性が高い。AMDは、クロック周波数と錯誤されても期待を裏切ることはない、というのかもしれないが、性能というのはCPUだけで決まるものではない。もし1800+とか1600+という、クロック周波数と混同しやすい数字を用いることが許されるのだとしたら、それはCPUベンダではなく、システムアップしてPCを販売するPCベンダでなければならないハズだ。CPUベンダは、最終消費者が得る性能を決して保証できない(AMDがPCシステムを販売するのなら、話は変わってくるが)。


●一流の製品を二流のマーケティングで貶めたAthlon XP

 何より筆者がイヤなのは、モデルナンバーという数字が、消費者の錯誤を期待しているように思えてならないことだ。最近、BSデジタルチューナーや、プログレッシブ方式のTV、DVDプレーヤーなどにD端子というものが使われている。D端子は、D端子であり、この端子を使うインターフェイスがデジタルインターフェイスであるとは全く書かれていないし、実際はアナログのコンポーネントビデオ信号なのだが、この端子のインターフェイスをデジタルと勘違いしている消費者は少なくない(少なくとも、筆者のまわりにはかなり存在する)。このように、消費者の錯誤を期待するようなネーミングは、決して誉められたものではないと筆者は思う。たとえ法律上は問題がなくても、どこか卑しさがともなう。

 にもかかわらず、AMDがこうしたマーケティングを行なうのは、彼ら自身がPentium 4のクロックに相当な脅威を感じ、追い詰められている証だろう。おそらく、Athlonの動作クロックは、Pentium 4と競争できるほどには上がらない。それが可能なくらいだったら、モデルナンバーなどというものを持ち出すことはなかったハズだ。

 だが、AMDが自ら主張するように、実際にはクロック周波数とは別に、Athlon XPの性能は優秀である。周波数と錯誤させるようなネーミングを行なわなくても、正々堂々と性能の高さを主張するべきだと思う。Athlon XPに、周波数と間違うような数字をつけることで明らかなのは、当のAMDこそMHz神話に強く捕われている、ということだ。MHz神話を否定するのであれば、MHzと間違うような数字を用いるべきではない。

 筆者はAthlonというCPUを優秀な製品だと確信している。AMDはもっとAthlonに自信を持って、正攻法のマーケティングを行なうべきだ。それこそが、彼らが懸案とする企業市場に入っていく最短距離だと信ずる。根拠のはっきりしない数字をもてあそぶのは、一流の製品を二流のマーケティングで貶める行為としか、筆者には思えない。これではAthlonがかわいそうだ。

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~Athlon XPプロセッサの実力を探る
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【10月10日】日本AMD、Athlon XPを発表。モデルナンバーに質問が集中
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【10月10日】米AMD、デスクトップ用PalominoコアCPU「Athlon XP」発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20011010/amd.htm

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(2001年10月11日)

[Text by 元麻布春男]


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