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●最近元気のいい東芝の製品
最近、複数の知人が、異口同音に「今度のLibrettoは、なかなかいいぞ」と話すのを聞いた。一人は、思わず衝動買いをしたというほどだ。
確かに、最新Librettoや、今年初めから投入しているVシリーズ、そして、8月に発表されたばかりの無線LAN対応の新製品を見ると、ここ数年の東芝パソコンには見られなかった、「なにか」があるような気がする。そして、これまではほとんど無視されていた「コンシューマ」の領域を視野に入れた製品コンセプトが、徐々に息づかいを始めているような気がする。
東芝でパソコン事業を担当するデジタルメディアネットワーク社の西田厚聰社長に、最近の東芝のパソコンの変化について聞くと、ひとつのきっかけがあったことを漏らした。
それは、西田社長が、全技術者を前に放ったひとつの言葉だったという。
「とにかく挑戦してみろ!後は、俺が責任をとる」。
西田社長自身、ここ数年の東芝のパソコンに「スマッシュヒット」といえるものが登場していないことにジレンマを感じていたという。
「技術者が萎縮している。これでは、いいものが出てくるはずがない。まずは、その原因を取り除かなければ」
技術者が萎縮していた背景には、新しい技術やデザインにチャレンジする風土が欠落していたことがあるようだ。もともと、東芝は、自らの技術を活用することによって、パソコンそのものの差別化を図っていた。薄型軽量のハードディスクの開発や、独自の実装技術、ノートパソコンに最適化した液晶ディスプレイの搭載など、優位性のある独自技術を採用した部分は多岐に渡る。だが、ここ数年、開発の速度が市場の流れに追いつかず、結果として、開発を断念するといったことが何度か繰り返されたという。また、カンパニー化とともに、組織が大きく変更、指揮系統の変化と、役割分担の変化といった事情も、技術陣の士気の低迷にもつながっていたようだ。
だが、西田社長の言葉をきっかけに、パソコン事業部門ではこれが払拭され、形となって表れ始めたといえそうだ。
●2年後には5割をコンシューマ市場で
東芝は、今年度の方針の重点課題のひとつとして、コンシューマ向けパソコンの事業拡大を盛り込んでいる。
具体的な目標としては、2年後をめどに、同社のパソコンの出荷比率のうち、約5割をコンシューマパソコンで占めることを掲げている。東芝の現時点でのコンシューマ向け出荷比率は、学校物件などを含めて35%程度。業界団体であるJEITAが発表した資料によると、市場全体では、2000年度実績で44%がコンシューマ(学校物件を除く)となっており、東芝のコンシューマ向け出荷比率が、市場全体と比べても低いのがわかる。東芝の数字から、学校物件を除くと、なおさらその差は開くことになる。
では、これまで何度となく、コンシューマ事業への取り組みを繰り返し、その度に撤退を余儀なくされていた東芝が、ここにきて、再度、コンシューマ市場への参入を打ち出す狙いはどこにあるのだろうか。
その理由としては、西田社長は、次のように話す。
「ホームネットワークの進展や、ワイヤレス技術の普及、さらに、家電や映像技術と結びついた新たな製品が求められるようになってきた。いずれにおいても、東芝の技術が発揮できる土壌である。つまり、東芝の強みを発揮したコンシューマ向けパソコン製品が投入できる環境が整ってきた」。
家庭内においても、1家に1台環境から、徐々に1人に1台という動きが出始めている。それにより、家庭内で、複数のパソコンをネットワーク環境に接続するために、ワイヤレス技術が注目を集め始めている。もともと、東芝は、ブルートゥース技術で先行してきたが、これにIEEE 802.11b技術を加えることで、家庭内でのワイヤレス化を進展させる考えだ。
●デジタル家電のために開発環境も強化
さらに、デジタル家電という言葉で代表されるように、家電とパソコンと融合した製品も続々と登場が期待され、ここにおいても、東芝の強みが発揮できるという。総合家電メーカーとしての強みがあるというわけだ。
実は、今年10月に東芝は、ひとつの大きな取り組みを行なおうとしている。
東芝のパソコンの主力工場である青梅工場内に、「開発棟」なる新たな建物が完成する。この開発棟は、なんと3,000人以上もの技術者が収容できるという大規模なものだ。
東芝は、この開発棟にパソコンの技術者以外の人材まで集約しようとしている。
具体的には、深谷工場の映像技術者、柳町工場の光ディスクをはじとめするデジタルメディア関連技術者、日野工場の通信関連技術者などだ。これに横浜地区の開発センターの技術者なども加わることになる。この結果、情報、通信、映像、光という最新技術の精鋭技術者たちが、ひとつの開発棟に集中するというわけだ。
西田社長が、「融合型製品の開発に適した環境が整う。これまでは、融合製品の開発といっても、複数の拠点を横断したプロジェクトチームだったことから、いくつかの問題も出ていた、だが、それとは異なり、より練り込まれた製品が、短期間に市場投入できるようになるだろう」と力強く語るのも、うなづける話だ。
●収益改善の目玉はSCM
東芝が、コンシューマ分野から一時撤退していた背景には、不良在庫が発生しやすい環境、そして、それに伴い、販売店から求められていた販促補填金と呼ばれる費用が、事業に悪影響を及ぼしていた点が見逃せない。
コンシューマ市場は、見込み生産が求められることから、事前に製品を作りだめしておく必要がある。販売店への展示品などを考えれば、さらに、生産量が積み増しされることになる。つまり、企業向けのパソコンが、企業から注文を得てから生産にとりかかるのとは異なり、不良在庫が発生しやすい環境にあることを忘れてはならない。
東芝の場合も、これまでは見込み生産でコンシューマ向け製品を製造、売れなければ、それを在庫処分価格で売りさばき、その処分のために、補填金を販売店に支払うということの繰り返しだった。
一昨年の第4四半期、ノートパソコンの価格が大幅に下落した時があった。ノートパソコンの平均単価が、わずか3か月で3万円も下落したのだ。これも、実は、複数のパソコンメーカーが在庫調整のために、ノートパソコンの出荷価格を引き下げて販売店に卸したためといわれている。東芝もこの1社に含まれていたようで、同社のノートパソコンが10万円を切って販売されていた事実もあった。
いずれにしろ、この繰り返しでは、コンシューマパソコン事業は赤字の垂れ流しになり、参入しているメリットはない。だが、ここにきて、東芝が再参入した背景には、これを回避するための対策が用意できた、と判断した点も大きい。
それは、サプライチェーンマネジメント(SCM)システムの稼働である。
東芝アメリカで、すでに検証を済ませたi2テクノロジーズによるSCMを国内のパソコン事業にも導入、これにより、市場動向を把握した形での生産体制を確立しようというわけだ。販売店からも、1週間に1回の割合で、実売売情報と在庫情報を収集、これを生産に生かそうというわけだ。
この分野で先行するデルコンピュータは、直販ということもあって、リアルタイムで販売情報を掌握、これに連動した形で生産を行なうことで事業効率を高めている。確かに、これに比べると、東芝の体制はまだまだ煮詰めるところは多い。だが、西田社長は、「販売店の在庫が見えるということは大きな情報になる。不良在庫の削減には大きな威力を発揮するだろう」と断言する。
SCMの効果がどこまで発揮できるかが、東芝がコンシューマ分野における継続的な事業展開を可能にする条件のひとつといえそうだ。
そして、東芝がコンシューマ事業に力を注ぐ今年から来年にかけて、追い風となるのが、来年6月に日韓で行なわれるサッカー「ワールドカップ2002」のオフィシャルITスポンサーに、東芝がなったことである。
すでに、2002人に観戦チケットが当たるキャンペーンを開始しており、「決勝戦のチケットまで対象としているキャンペーンは、東芝だけ」という、ITスポンサーならではのメリットも生かしはじめている。
今後1年間に渡っても、ワールドカップ関連した各種キャンペーンを実施する考えで、世界最大のイベントをうまく利用した販促も行なわれることになるだろう。
「東芝は、残念ながら一般コンシューマ領域においては、パソコンメーカーとしての認知度が低い。こうしたキャンペーンを通じて、認知度を高めたい」という。
冗談にしか聞こえないかもしれないが、サザエさん一家にも、東芝製パソコンを導入してもらえれば、案外、認知度向上に一役買うことになるかもしれない。
だが、徐々に、コンシューマ向けにユニークな製品が出始めたものの、残念ながら、まだ数字には結びついていない。まだ、東芝の挑戦は始まったばかりだ。
果たして、東芝は、コンシューマパソコン事業で復活を遂げることができるのか。その正当な評価をするには、来年まで待たなくてはならないだろう。しかし、今年秋から来年春までが正念場となるのは間違いない。このタイミングが、東芝にとって、最高の勝負時だろう。これだけの条件がそろっているなかで、仮に事業拡大に失敗すれば、東芝のパソコン事業は、逆にかなりのダメージを負うことにもなりそうだ。
今月中にも、東芝は半導体部門を中心に、2万人規模のリストラを発表するといわれている。逆風をものともしないようなパソコン事業の成長を遂げられるかどうかに注目したい。
(2001年8月27日)
[Reported by 大河原 克行]