後藤貴子の 米国ハイテク事情

オンライン選挙ならブッシュ氏の即日勝利!?

●米大統領選のゴタゴタで見えた集票のいい加減さ

 今回の米大統領選挙がもしオンライン選挙だったなら、結果は即日判明しており、ブッシュ氏があっさりと勝っていただろう。

 なぜブッシュ氏の大勝か? その理由を説明する前に、今回のフロリダ州の開票で明らかにしことを確認してみよう。それは、選挙の票集計は意外にズサンだということだ。

 数え直すと票の数がどんどん変わり、機械の再集計だけでいいとか、手で再集計すべきだとかが議論になる。先進国米国の大統領選が、この有り様なのだ。今回のゴタゴタは今後、オンライン投票の是非が議論されるとき必ず引き合いに出され、オンライン投票の導入を早めることになるかもしれない。

 オンライン投票なら、そもそも再集計の必要はなく、カウントは正確。海外在住者の投票・開票だって即時にできる。

 オンライン投票ではハッカーが票を操作するかもしれないという声は高いが、じゃあ現在の紙による投票がどれだけ正確か公正かというと大きなことを言えないのは、フロリダの件を見ればわかるとおり。米国だけでなく日本を含めて世界を見れば、替え玉投票だとか、投票箱がまるごと盗まれたとか、ありとあらゆるニュースがある。それなら、そういう従来型の不正が全部防げて、いくつものセキュリティを破れるハッカーしか怖いものがいないほうが公正なのでは……という議論もできるわけだ。

●オンライン投票は共和党に有利?

 では、オンライン投票だとブッシュ氏当選がすんなり決まっていただろうというのはなぜか。

 それは、オンライン投票が共和党に有利に働くからだ。共和党は中流以上に支持が厚い党だ。中流はえてして忙しいが、ネットへのアクセスはしやすい。そこで、彼らが家庭や職場からオンライン投票できるようになれば、共和党票が増えるかもしれない。

 また、民主党の集票マシンの切り崩しが図れるかもしれない。民主党は労働組合などの支持が強いが、家庭からのオンライン投票が可能になれば、投票行為はより個人的なものになり、組織票は弱まるだろうからだ。

 さらに、民主党は貧困層やマイノリティなどの支持者も多いが、彼らは米国で所得や人種によって起きているデジタルデバイドの弱者側となりやすい。オンライン投票が進めば、今よりも投票しにくくなる可能性があり、これも共和党を利することになる。

 もっとも、オンライン投票によって、逆に民主党票が増える可能性もある。

 民主党は福祉政策を重視し、中絶問題などでも共和党よりリベラル寄りだ。そこで、今は面倒で投票所まで足を運ばない老人、若者などの支持者が、オンラインでは投票する可能性があるからだ。(米国ではデジタルデバイドは年齢や性別では顕著ではない)。

 また、前回のコラムに書いたように、低所得の活発なインターネットユーザも増えているし、この問題を意識してか、現在のクリントン民主党政権は成人教育や図書館でのインターネットアクセスなど、デバイド解消にかなり注力している。それが功を奏すれば、低所得者もオンライン投票で特に不利とはならなくなるかもしれない。

 それに、オンライン投票といっても、家庭のパソコンから投票可能なシステムではなく、投票所のパソコンからだけ投票できるシステムをまず初めに導入すればいいという意見もある。そのほうがセキュリティが確保しやすく、人々も慣れやすい。投票所には行かなければならないが、今よりは便利になる、という。なぜなら自治体は特別な選挙の設備(パンチカードや読み取り機)を用意しなくていいので投票所の数を増やせるし、オンラインの利用により、選挙民は自宅近くの一カ所の投票所だけでなく、地域にあるどの投票所で投票してもよくなるからだ。

 たしかに、もしこういうシステムからの導入なら、やはりパソコンを持たない民主党支持者が中流の共和党支持者より不利になるという度合いは少ない。

●vote swapサイトが第三党の台頭を援助?

 さらに言えば、共和・民主以外のマイナー政党が、オンライン投票によってより強い勢力を持つようになる可能性だってある。

 それを象徴するのが、今回の選挙とインターネットの関係で一番注目された、「vote swap(票交換)サイト」群だ。

 二大政党制の米国では、ふつう第三党はほとんど無視される。しかし今回の大統領選挙では、知名度のあるラルフ・ネーダー氏が緑の党から立ち、ちょっとした台風の目となった。ブッシュ氏が僅差でゴア氏を破った州の中には、ネーダー氏への票がもしゴア氏に流れていれば(ネーダー票はブッシュ氏よりはゴア氏に流れやすい)ゴア氏が勝っただろうと言われるところがいくつかあった。米大統領選は州ごとに、選挙人を「winner takes all」で多数決の勝者がすべてさらうという制度のため、今回のような接戦では影響があったわけだ。

 vote swapサイト(nadergore.orgなど)は、別々の州に住むネーダー氏あるいはゴア氏の支持者をサイトが引き合わせ、票交換の話し合いができるようにするものだ。ブッシュ・ゴア氏の激戦州に住むネーダー氏支持者は、ブッシュ氏かゴア氏の勝利が初めから読めるような無風の州に住むゴア氏支持者にネーダー氏への投票を頼み、代わりに自分はゴア氏に投票する。そうすれば無風州のゴア氏支持者は“自分の票”を激戦州で生かせるし、ネーダー氏支持者はブッシュ氏よりは好ましいと考えるゴア氏に協力しながら、ネーダー票も増やすことができる(彼らは次回選挙で公的活動資金を得られるようにするため、一般投票で5%を獲得したい)。

 voteswap.comによれば、この方法で約15,000票のスワップがあったという。このようなサイトの行為の合法性は州によって判断が分かれているが、インターネットで個人の政治運動を止めることは難しい。つまり、オンライン投票で選挙とインターネットが今よりもっと密接になり、注目を集めるものになれば、vote swapのような新戦法が次々と生まれ、第三の候補にもっと票が集まるようになるかもしれない。そうすれば、第三の候補がキャスティングボートを握ることだってありうるだろう。

●米国では民間がシステム開発競争中。日本は?

 というわけで、じつはオンライン投票には米国の政治家全員の期待がかかっていると言えそうだ。そのためか、オンライン投票の実験や導入はすでにあちこちで行なわれている。有名なのがこの春行なわれたアリゾナ民主党大会での大統領候補者指名投票。また秋の大統領選では米国防省は海外駐在の米軍兵士対象にオンライン投票のテストを行なった。そのほか、投票日前にしておかねばならない投票者の登録でも、オンライン登録が行なわれている。

 面白いのは、投票のシステムが民間企業しかも新興企業主導で作られていることだ。日本流なら自治体などが入札を募り、落札した1社がその自治体向けのシステムを構築するのだろうが、米国ではelection.comやVoteHere.netなどのベンチャーがシステムを開発し、自治体などに売り込んでいる。米国で実績を積めば世界中に売り込めるし、簡易版システムは企業のアンケート調査用などにも売れる。そうすれば一大ビジネスになるというわけだ。

 では、日本ではどうかというと、オンライン投票は当分導入されそうにない。最大勢力の自民党が望むはずがないからだ。オンライン投票でまず投票するのはデジタル強者。日本ではそれは、おもに若年~ベビーブーマくらいまでの中年層で、基本的に浮動票層。こんな怖い投票者を増やしたくはないだろう。

●オンライン投票で浮動票の行方が変わる?

 もっとも、米国でも一般選挙でのオンライン投票の実用化は当分先になるかもしれない。

 まず、オンライン投票への人々の信頼はまだ低い。ハッカーへの懸念だけでなく、インターネットのどこかに票が消えたり、票を集めるサイトのサーバがクラッシュして無効になってしまうのではないか、また、誰が誰に投票したという情報が漏れるのではないかといった不安も強い。人々がインターネットのブラックボックスに不信を抱くかぎり、選挙のたびに結果の信憑性をめぐって法廷闘争が起きてしまうかもしれない。

 さらに、浮動票が怖いのは日本の政治家だけでなく、米国の政治家にとっても同じだ。
 もともと、米国の選挙は大統領選と同時に上院選、下院選、それに州ごとで是非を問う「提案(proposition)」事項がいくつもあって、煩雑きわまりない。その都度、まじめに考える人より、支持政党の言うとおりに投票する人のほうが投票しやすい制度だ。また、選挙前の事前登録、平日の投票日などの制度でも、カジュアル投票者(=浮動票)が投票所から遠ざけられてきた。二大政党制ゆえに票の掘り起こしの必要性は日本より強いが、票が読めなくなるのはやっぱり怖いのだ。

 オンライン投票が進むか進まないかは、技術よりおもに政治家の思惑次第なのだ。

[Text by 後藤貴子]


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