ユーザーにとってキーボードは、その利用頻度の高さ、直接触れるといった点で、極めて重要なデバイスだ。おそらく利用時間という点では、ディスプレイに次ぐのではないだろうか。にもかかわらず、キーボードにスポットライトが当ることはそれほど多くない。むしろ、システムベンダからはコストダウンのターゲットにされることが多く、良質なキーボードはどんどん減りつつあるように思う。筆者に限らず、古き良き時代? のキーボードを大事に抱えているユーザーも少なくないことだろう。
●良いキーボードとは?
では、良いキーボードとは、どんなものを指すのか。評価のポイントは以下の4つではないかと思う。
ご存知のようにキーボードには、メカニカルキースイッチとか、メンブレン方式など、いくつかの異なる種類のキースイッチが用いられている。以前は、キースイッチの種類によりキータッチが異なり、メンブレンは感触が良くないなどと言われたものだが、最近のものはかなり改良されているようだ。一般的にキータッチが良いと言われていたメカニカルキースイッチであろうと、どれでも良いわけではないことを思えば、ユーザーにとって重要なのはキータッチ(キーを押した時の感触)であり、キースイッチの方式ではないことは明らかだろう。その気になれば、ソフトウェアでいくらでも変えられるキー配列(キートップと入力されるキーが不一致になることを覚悟しなければならないが)に対し、キータッチは一度購入してしまうと、まず変更が効かないだけに、より重要なポイントといえるかもしれない。
問題は、どのようなキータッチが良いのか、ということだ。良く言われるのは、キーの押し始めは軽く、だんだん重くなっていって、キースイッチが入る瞬間にスコンと軽くなる、ということなのだが、必ずしもすべてのユーザーがこの感覚を好むとは限らない。また、この表現には含まれない部分、たとえばキーが底を打った時の感触とか、キーの水平面に対する遊びの量(これが多いとキートップがグラグラする、などといわれる)を問題視する人もいる。結局キータッチの良し悪しは、その人がどんな環境でタイピングを習得したか、といったバックグラウンドも含め、個人差の大きい分野であるといえるだろう。手動タイプでタイピングを覚えた筆者は、比較的弾力感のある、ある程度ストロークの深いキーボードが好きだ。
キー配列は、キータッチ以上に、ユーザーがタイピングを習得した環境、あるいは最初に購入したPCに付属していたキーボードに影響されやすい項目だ。それに加えて忘れてはならないのは、カナ入力かローマ字入力かで、キー配列に絶対的な違いが生じる、ということだ。筆者はローマ字入力であるため、カナ入力については良くわからないのだが、「ム」や「ケ」といったキーが小さいノートPCを見ていると、なぜ誰も幸せになれないキーボードを採用するのだろう、と思う。
もう1つ、キー配列でよく議論の対象になるのは、CtrlやEscといった特殊キーの配置だ。上述したように、最後はソフトウェアでなんとでもなるとはいえ、しかるべきキーは、しかるべき場所にあって欲しい、と願うユーザーは少なくない。かくいう筆者も、CtrlはAのとなりにあって欲しいし、フルキーボード側の1の左隣はチルダ「~」ではなくESCであって欲しいクチだ。Enterキーが逆L字形か、普通の英字キー2個分くらいの小ぶりのものでも構わないか、というのも重要なポイント(しかも、これはソフトウェアでは変更できない)かもしれない。同じことはBackSpaceキーやスペースバーにも言える。
●キーボードのルーツ
現在使われているキーボードのキー配列のベースになっているのは、米IBMのキーボード、それもEnhanced 101キーボード、と呼ばれるものだ。だがPCのキーボードが、最初からAキーの左にCapsLock、フルキー側の1キーの左にチルダキーのあるこのキーボードだったわけではない。初代IBM PCおよびPC/XTに使われていたキーボード(キーの数から83キーキーボードと呼ばれる)は、Aの隣にCtrlキーが、1の隣にESCキーが配されたものだった。ただ、Enterキーのキートップが小さい、10個のファンクションキーがキーボードの左側に2列に並ぶ、スペースバーの右にCapsLockがある(右CtrlやAltはない)といった点でも、Enhanced 101とはかなり異なったキー配列であった。配列的には、比較的好まれていたように思うが、EnterやShiftのキートップが、キーベースは英字キー2文字分はあったにもかかわらず、英字キーと同じ大きさだったのが不評だったと記憶する。
次に登場した84キーキーボードは、PC/ATのごく初期にのみ使われた、という点で短命なキーボードだった。84キーキーボードの特徴は、CtrlキーをAキーの左に維持しつつ、EnterキーやShiftキーを大型化し、打ちやすくしたことだろう。特に逆L字形の大型Enterキーは、評判が良かった。最大の難点は、Escキーが1の左隣から、10キーパッド(今のNumLockキーの位置)に移ってしまったことで、みんな首をひねったものだ。個人的には、この84キーキーボードが、自分で所有した最初のIBM純正キーボードだったので特に印象深い。やたらと重たいキーボード本体、凶悪なまでに太くて黒いカールコード、バッチンバッチンとうるさいまでにスプリングの効いたメカニカルキースイッチ(ただしキータッチはすこぶる良かった)など、今でも良く覚えている。
IBM PC/ATの途中から使われるようになったのがEnhanced 101キーボードだ。101はこのキーボードのキー数を示す。現在市販されている多くの英語キーボードは、基本的にこれをベースに、Windowsキーなどを付与したものと考えれば良い。このEnhanced 101キーボードから、右Ctrlキーおよび右Altキー、逆T字型のカーソルキー、12個のキーボード上部にならんだファンクションキー、Insert/Home/PageUp/Delete/End/PageDownの6つのキー、といった今では当たり前のキーが加わった。Aの隣にCaps Lockキーが、F1キーの左にEscキーが配されるようになったのも、このEnhanced 101キーボードからである。こうした特殊キーの配列は、当時のIBM製メインフレーム端末に準拠したのだとか言われていたが、そんなものとは縁のなかった筆者にはピンとこなかった。いずれにしても、IBM純正キーボードのキー配列に完璧なものはない、というのが筆者の正直な感想であり、当時の米国のユーザーも同じような意見だったと記憶している。
それはともかく、現在国内で使われている日本語キーボードは、みなこのEnhanced 101キーをルーツに持つ。最も広く使われている日本語106キーボード(およびその派生型)も、基本的にはEnhanced 101キーボードと同じで、ソフトウェアにより記号や特殊文字のレイアウトをJIS配列にしたものと考えられる(「ム」や次候補キーの部分等、完全に同じではないが)。また、AXキーボードやJ-3100対応日本語キーボードも、基本的にはこのEnhanced 101キーボードをベースにしている。
●キーボードの構造とインターフェイス
次のキーボードの構造というのは、そのものズバリ、キーボードの物理的な形状を指す。たとえばMicrosoftのNatural Keyboardが、通常のキーボードとは異なる構造であることは、ご存知の通りだ。また、市場ではキーボードの中央から分割できるようなものがあったり、10キーパッドを省略したりといった、キーボードが販売されている。筆者は、特にこうした部分について、強い嗜好があるわけではないが、中にはこだわりのある人もいるのかもしれない。
最後に残ったキーボードのインターフェイスだが、これまでは事実上、選択の余地がなかった。PCのキーボードといえば、PS/2キーボードインターフェイスを使ったものに決まっていたからだ。PS/2キーボードインターフェイス以前は、PC/ATキーボードインターフェイスが使われていたが、基本的に両者は用いているコネクタが異なるだけであるため、変換プラグやケーブルで、簡単にコンバートできる。おそらく、この状況は、もうしばらくは変らないだろう。
だが、永遠にこのインターフェイスが使われ続けるかというと、どうやらそうもいかないようだ。PC2001システムデザインガイドでは、現時点で可能な限りレガシーを排除したレガシーフリーシステムを定義しているが、そこにはPS/2キーボードインターフェイスやPS/2マウスインターフェイスは存在しない。かわりに用いられるのはUSBだ。もちろんPC2001システムデザインガイドには、レガシーフリーシステムほどレガシー排除を徹底していないレガシー低減システムも定義されており、そちらではPS/2キーボードおよびマウスがサポートされている。おそらくレガシー低減システムの方が主流で、レガシーフリーシステムは一種のモデルケースであろう。当面、PS/2キーボードやマウスがなくなるとは思えないが、長期的にはUSBに切り換えられていくものと思われる。
●キーボードの寿命
さて、これまでキーボードについての一般論を長々と述べてきたが、筆者にとって問題なのは、これまで使ってきた「お気に入り」のキーボードが、いつまで使えるだろうか、ということだ。いつまで使えるか、ということの意味は、インターフェイスがいつまでサポートされるだろうか、ということに加え、キースイッチそのものの寿命がどれくらいあるのだろうか、ということも含まれる。幸い、インターフェイスの問題は、PS/2キーボードをUSBに変換するアダプタが市販されており、そう心配することはなさそうだ。が、キースイッチの寿命については、こうした問題に関する知識や経験が乏しいだけに、一抹の不安がある。
古いキーボードにこだわるのは、最近のキーボードは低価格化の要請が強いせいか、キータッチが今1つ気に入らないからにほかならない。昔は数万円するキーボードも珍しくなかったのだが、今や新しいキーボードの価格は数千円が当たり前になっている。すべてを昔と同じにしろといっても、それは不可能なことだ。どうしてもビンテージキーボードから離れられないのである。
ぷらっとホームのオリジナルキーボード |
この種のキーボード(小型で1の隣にEscキー、Aの隣にCrtlキーを配したキーボード)は、Happy Hacking Keyboardをはじめ、過去にも存在しなかったわけではないのだが、今回購入する気になった最大の理由は、USB対応だったからだ。PS/2キーボードインターフェイスからUSBへの切り替えという、時代の流れを考えると、ネイティブでUSBに対応したキーボードを1台は確保しておいた方が良いだろう、と考えたのである(一応、手元にはUSB接続可能なキーボードとしてMicrosoftのNatural Keyboard Eliteがあるのだが、いかんせんサイズが大きすぎる)。またキータッチも、筆者の好みからするとまだ軽過ぎるが、最近のキーボードとしては悪くない方ではないかと思う。
あえて注文を1つつけるとすれば、USBハブ機能が欲しかった、ということだろう。筆者は滅多に10キーパッドを使わないが、それでもあった方が良いと思うこともある。もし、このキーボードにUSBハブがあれば、使いたい時だけ、USBの10キーパッドを接続すれば良い。もし、後継モデルが登場するのであれば、その時はぜひ検討して欲しいところだ。
●筆者手持ちのビンテージキーボード
AX日本語キーボード |
筆者にとって恐怖なのは、このキーボードのCtrlキー、Aキー、Sキー、右Shiftキーといったキーの接触が、ちょっと怪しくなりつつあることだ。毎日使っている分には、ほとんど問題がないのだが、海外取材等で1週間程度使わないでいると、キータッチにひっかかる感じが出てくる(しばらく使っていれば解消する)。すぐにどうこうということはないと思うが、10年以上前のキーボードだけに、余命がどれくらいあるのか気になるところではある。なお、コネクタはATタイプだ。
OmniKey 102キーボード |
このキーボードの特徴は、IBMの84キーボードのように左側にファンクションキーを集めつつ、1の左隣にEscキー、Aの左隣にCtrlキーを配していることだ(実際には、Enhanced 101キーと同じ配列にもできるし、そのためのキートップも付属しているのだが、そういうユーザーはこのキーボードを買わなかったように思う)。キーボードの底面パネルに金属を用いており、ずっしりとした重さがあるのも特徴の1つだが、それが災いしたか、筆者のOmniKey 102はキーボードスタンド(キーボードを立てる足)が折れてしまった。とりあえず、接着剤で修復したものの、それ以来、主力の座をAXキーボードに譲っている。比較的新しいマザーボードでは、BIOSによっては認識されないという問題もあり、最近は押し入れで眠っていることが多い。
IBM純正Enhanced 101キーボード |
筆者の持つビンテージキーボードの中では最も新しいせいか、キーボードコネクタはPS/2タイプになっている。また、新しいマザーボードやナナオのi-Switch S1(1組のキーボード/マウスを2台のPCで共有するための切り替え器。AXキーボードやOmniKey 102ではうまく動かない)との相性問題もない。以前所有していたPC/AT純正84キーボードに比べれば、キータッチやキースイッチが発するノイズはずいぶんマイルドになっているが、それでもかなり良好な部類だと思う。キー配列は、完全にEnhanced 101キー配列だが、キータッチには代えられない。
(2000年7月26日)
[Text by 元麻布春男]