PCと家庭用ゲーム機の最大の違いは、ハードウェアの進化。PCは連続的にハードウェアが進化していくのに対して、ゲーム機は5年に1度だけハードウェアが大きく変わる。そして、今年から来年は、その5年に1度の大変革の時に当たる。今回のプレーヤーは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)、任天堂、セガ・エンタープライゼス、そしてMicrosoft。来年秋までに各社の新ハードウェアが出そろい、4つどもえの戦いとなる。そんなわけで、5月上旬に米国ロサンゼルスで開かれたゲーム業界のショウ「E3」も、緊迫した雰囲気に包まれていた。
もっとも、米国と日本は、ゲーム市場の動きにかなりの違いがある。まず第一にタイムラグがある。ゲーム機の場合は、日本への投入が先行し、米国市場への投入が1年程度遅れるからだ。例えば、すでにPlayStation 2(PS2)が登場してしまった日本では、世間の注目がそちらへ集中している。ところが、米国ではまだDreamcastが登場したばかり('99年9月)で、PS2はまだ先(今年10月)。そのため、この春までの話題はむしろDreamcastで、PS2への期待はE3を境にようやく一般へも波及してきた段階のように見える。しかも、Dreamcastは意外なほど成功してしまったし、PC大国の米国ではMicrosoftのX-Boxに対する関心も日本より明らかに高い。
つまり、今の日本では、PS2が圧倒的なように見えるのだが、米国市場ではまだ組み合ったばかりのように見えるというわけだ。
●壮大なビジョンのSony Computer Entertainment America
この4社の米国市場へのアプローチも、E3で見ていると対照的で面白かった。まず、Sony Computer Entertainment America(SCEA)は、徹底的にスタイリッシュにPS2で開ける未来の大きな絵図を語ることに終始した。対するSega of AmericaはDreamcastが現実解であることを熱狂的に訴えるというパターンを取った。一方、任天堂は重要なのはハードではなくソフトであり、多少先行しても意味は小さいと語った。そして新参者のMicrosoftは、ここでは目立ちすぎないように(でもほどほどには目立つように)気を配っていた。
この中で、インパクトがいちばん大きかったのはもちろんSCEAのプレゼンテーションだ。彼らのアプローチは、日本でのSCEIのそれと同じでひたすらクールに決めながら、壮大なビジョンを見せるというもの。なにせPS2は、ビデオゲーム市場を継承するものではなく、ネットワーク化されたデジタルエンターテイメントの市場へと世界を広げるビークル(乗り物)だ。そして、PS2の創るデジタルエンターテイメントの世界は映画も音楽も飲み込み、市場の規模はビデオゲーム市場だった時の10倍から100倍の数千億ドルになると言うのだからこれはすごい。
このビジョン自体は、昨年からずっとSCEIが言い続けていることなのだが、これをまじめに語ってしまうところがSCEIの特徴だ。もっとも、私のように普段PC業界にいる人間にとっては、SCEI/SCEAの壮大なビジョンは何も違和感がない。壮大なビジョンというものに、PC業界でたっぷり免疫ができてしまっているからだ。つまり、彼らのアプローチはある意味でPC業界的なのだ。
●PS2がDVDプレーヤーならどんどんSCEIが赤字になる
ところがSega of America(セガ・エンタープライゼスの米国法人)のE3パーティへ行くとこれが全然様子が違う。ここは熱狂が支配する世界で、Segaの訴えるのもゲーム業界を支えるDreamcastだった。例えば、次のようなアジテーションが飛び出す。
「今日の昼間、SCEAはPS2はビデオゲームの未来ではない。エンターテインメント時代の未来となると言った。そうだ、ビデオゲームの未来はわれわれにあるのだ!」そして、ここでSega関係者がワーと盛り上がるという具合だ。
このセリフは、ゲーム業界のワクを大きく踏み越えようとするSCEIと、それに対してあくまでもゲームをベースにしていこうとするSegaのスタンスの違いを象徴している。ゲーム業界の一部には、PS2はゲームを次世代エンターテイメントまでのつなぎとして使うつもりなのでは、という不安もある。Segaはそこを突いてきたわけだ。
また、SegaはPS2の抱える疑問点も突いてかかった。例えば、このアジテーションのあと、PS2が格安のDVDプレーヤーだとも揶揄している。
これは、ゲーム機でDVD再生をサポートすることで、ビジネスモデルが危機にさらされることを指摘している。というのは、ゲーム機は、ゲームコンテンツのライセンス料で補填することを前提にハードウェアを安く売っているからだ。例えば、ゲームがマシン1台当たり10本売れたら、そのラインセンス収入でようやくペイするといった具合にビジネスモデルを組み立てている。そのため、PS2をDVDプレーヤーとしてメインに使い、ゲームは数本しか買わないという客が増えてしまうと、SCEIはビジネスモデルが崩れてしまう。PS2が売れるだけどんどん赤字になってしまう。
●ネットワークに対するビジョンの違い
それからSegaはPS2のネットワーク戦略にも疑問を投げかけた。PS2はネットワーク機能はまだだがDreamcastでは現実だと宣言、インターネットを使ったNBAゲーム対戦を実演したのだ。
この背景に見えるのは、ゲーム機のネットワーク化に対する根本的なビジョンの違いだ。PS2では、ハードディスクを前提にコンテンツなどのダウンロードサービスをやろうとしている。つまり、ネットワークでビジネスモデルやコンテンツのあり方まで変えてしまおうという壮大なビジョンを描いている。だから、「eDistribution」と呼んでいるわけだ。
しかし、そのために、PS2では広帯域ネットワークを前提にしなければならず、ネットワーク対応キットも後からプラスアルファのコストで提供する。また、通信ネットワークを握る企業と提携してインフラの整備をしてもらい、配信や課金を司るサーバーも用意しなければならない。つまり、大仕掛けなだけにコストも時間もかかるわけだ。
それに対してセガは、低コストなモデムと低コストな電話回線を使い、サービスもあまり大仕掛けなものは用意しない。コストはミニマムで、ビジネスモデルの変革は考えずに、ゲーム性を広げるためにネットワークを使う。
Sega of Americaのプレゼンテーションを見ていると、こうした両者の姿勢の違いが極めて鮮明に浮かび上がる。Segaが言わんとしているのは、彼らのアプローチの方が近いところにある現実解であり、SCEIの壮大なビジョンは大きな賭けであるということだ。
PS2は、そこそこの成功ではSCEIは膨大な投資を回収できないだろう。PS2を買ったユーザーが、がんがんゲームも買い、eDistributionにもどん欲に食いついてこなければ、PS2は売れているのにSCEIは儲からないという状況が生まれてしまうかもしれない。もっとも、それだけ高いハードルを自らに課し、デジタルエンターテイメント時代を開こうとするという冒険心は、SCEIのもっとも優れた美点でもある。
●忠誠心の高いコミュニティに守られたセガ
先ほど、SCEI/SCEAのビジョンのぶちあげ方がPC業界的だと書いたが、じつはSega of Americaも十分PC業界的だった。PC業界のもうひとつの流れと、よく似通っているのだ。それは、コミュニティ型のプラットフォームの流れだ。
Sega of Americaのパーティは、ともかく熱狂的で、PS2にブーイングを浴びせDreamcastに歓呼を投げかける聴衆であふれていた。この現象は、じつは米国のDreamcast支持Webサイトなどにも共通していて、ともかくユーザーや周辺の関係者のロイヤリティが高い。もちろん、その背景には、ハードウェアが出てから時間が経ったDreamcastのタイトルが充実期に入ったこともある。自分自身を見ても、今、いちばん稼働率の高いゲーム機はDreamcastであってPS2ではない。でも、それ以上に、セガのプラットフォームとゲームに対する忠誠心が感じられる。
こうした忠誠心と熱狂は、PC業界でも珍しくない。いちばん例えやすいのはApple Computerだろう。セガもApple同様に、忠誠度の高い強力なユーザーコミュニティを持っているように見える。
こうしたタイプのユーザーは、企業にとっては両刃の剣だ。苦しい時期に支えてくれる代わりに、企業が生き残りのために変革をしようとする時に足を引っ張ってしまう。ユーザーのロイヤリティを保ちながら変革するには、強力なリーダーがいないと難しい。セガは、それができるだろうか。
と書いているうちにかなりの行数になってしまった、任天堂とMicrosoftについては明日のコラムで説明したい。
(2000年5月24日)
[Reported by 後藤 弘茂]