3月25日、IBMはATAハードディスクの新製品、Deskstar 75GXPを発表した。Deskstar 75GXPはプラッタあたり15GBの容量を持ち、7,200rpmのスピンドルを搭載したドライブ。名称が示すとおり、1ドライブで最大75GBの容量を持つ。3月に発表された新製品というと、AMDとIntelが相次いで発表した1GHzプロセッサに注目が集まりがちだが、筆者にとってはDeskstar 75GXPもそれと同じくらい、あるいはそれ以上のインパクトを持つものだった。
Deskstar 75GXPに代表されるとおり、この2~3年間におけるハードディスク容量の伸びは凄まじい。おそらく伸び率としては、プロセッサの動作クロックの向上を上回っているだろう。1GBのハードディスクが大容量と考えられたのはほんの5年ほど前の話。今では20GB~30GBが当たり前で、大容量と呼ぶには50GBを超える必要がありそうだ。5年間で50倍というのは、半導体の性能向上で良く語られるムーアの法則をはるかに凌ぐ。おそらくプロセッサの動作クロックは同じ5年の間に、10倍程度しか(といっても、これも凄いことなのだが)向上していないハズだ。75GBがいかに凄いことかわかる。
■テープデバイスによるバックアップはもはや不可能?
だが、ハードディスクの容量がこれだけ急激に増えたことが、ある種の「歪み」をも生み出した。75GBのハードディスクなど、バックアップする方法がないのだ。もちろん、これが高価なサーバーなら、DLTのライブラリなど、いくらでもバックアップする方法は考えられる。だが、MaxtorのDiamondMax Plus40シリーズなどの、40GBで3万円のハードディスクをバックアップする、経済的に見合った現実的な方法などほとんどないというのが現状だ。
バックアップデバイスとして広く使われているテープデバイスの場合、標準技術であるTravanやDDSでは、現在の大容量ハードディスクには全く歯が立たない。主にデスクトップPC向けのバックアップデバイスであるTravanの場合、最大容量は今も10GB(非圧縮時、以下も同様)のまま。少なくともこの1~2年の間、製品レベルでの記録容量の向上は止まっている。Travanより若干上のクラスをターゲットにしたDDSにしても、最新のDDS-4ですら記録容量は20GBに過ぎない。それでいてドライブ価格が1,000ドル近くするし、わが国ではテープデバイスが普及していないため、それどころじゃない価格がつけられている。3万円のハードディスクの容量にも満たないバックアップデバイスが1,000ドルというのは、とてもバランスがとれているとは言いがたい。
複数のベンダからドライブとメディアが入手可能な標準技術ではなく、特定のベンダの独自技術に目を向けても、それほど状況は変らない。EcrixのVXA-1で最大33GB、OnStreamも現時点では25GBが最大で、第2四半期に登場する予定のADR70でも35GBである。提供ベンダに万が一のことがあると、代替ドライブはおろかメディアの供給にも支障が生じる(OSサポートもベンダに依存する)独自技術だけに、標準技術を用いたドライブより価格的には有利だが、それでも3万円のハードディスクを安心してバックアップすることはできない。75GBのドライブなど、とてもとても、というのが実情だ。
もちろん75GBのハードディスクだって、全部使うわけではない、という議論もあることだろう。だが、それはそのユーザーは75GBのハードディスクを必要としていない、ということであり、75GBのハードディスクを必要とする人にとって、適切なバックアップデバイスが存在しないことに変りはない。問題は、そんなユーザーがどれくらい存在するか、ということだが、MPEG-2によるビデオのキャプチャなどが普及しつつあることを考えれば、30GB~40GB程度の容量が必要とされる日はそれほど遠くないかもしれない。ビデオデータは消えてもいい(バックアップの対象から外してもいい)という状況も考えられるが、それならなぜ家庭の中に、録画したまま見ていない、かといって消せないビデオテープが蓄積されていくのだろう。それがどんなデータであろうと、ハードディスクから消せないということは、バックアップする価値のある失いたくないデータなのである。
■ハードディスクによるハードディスクのバックアップ
とはいえ、バックアップ用メディアとして最も実績のあるテープデバイスは、サーバー分野では今後もDLTやLTOが使われ続けるだろうが、ことデスクトップPCについてはもはや使えそうにない。今から数年前、書き換え可能なDVDがコンシューマーPCのバックアップ問題も解消する、と言われていたことが今や懐かしい。何かほかにバックアップに使えそうなメディアはないかと考えたら、唯一利用可能なメディアが見つかった。それはハードディスク自身である。以前はハードディスクの価格が高く、高価なハードディスクをバックアップに使うのは到底現実的ではなかった。しかし、上述したようなハードディスクの低価格化は、他のバックアップメディアを無効化すると同時に、ハードディスク自身をバックアップ用途に用いることも可能にした。
だが、実際にハードディスクでハードディスクをバックアップするのは意外に手間がかかる。システム起動ということを考えると、単純にXCOPYでファイルをコピーすれば良いというものではない(それもしないよりはマシだが、復旧に手間がかかる)。そんなことを考えていたら、バックアップに最適な方法がすでに存在していることに気づいた。それは一般にIDE RAIDコントローラと呼ばれているものだ。
IDE RAIDコントローラというものの実体は、通常のPCIバス対応IDEアダプタに、RAID 0(ストライピング)とRAID 1(ミラーリング)をサポート(製品によってはストライプペアのミラーリングであるRAID 1+0をサポート)したBIOS、それをプロテクトモードでサポートするためのドライバ、そして管理用のユーティリティをセットしたものである。早い話、RAIDの機能自体はソフトウェアで実現されており、本格的で高価なSCSIベースのRAIDコントローラのようなオンボードメモリやプロセッサを搭載しているわけではない。
そういう意味ではWindows 2000等のソフトウェアRAIDと基本的に変らないのだが、RAIDボリュームからシステム起動可能なBIOSがついているのがミソだ。RAID機能を持たない通常のIDEホストアダプタが、7,000円~8,000円であるのに対し、IDE RAIDコントローラは15,000円~18,000円もする。ソフトウェアRAIDをサポートしたBIOS、ドライバ、ユーティリティに差額分の価値があるかどうかはユーザー、あるいは使い方による、というところだろうか。特にミラーリングの場合、Windows 2000 Professionalではサポートされていないこと(ストライピングのみサポート)、Windows 2000 ProfessionalとWindows 2000 Server(ソフトウェアミラーリングをサポート)の差額に比べれば、IDE RAIDコントローラの価格ははるかに安い(誤解のないよう付け加えておくが、Windows 2000 ProfessionalとWindows 2000 Serverの機能差は別にミラーリングだけではない。念のため)。
筆者がIDE RAIDコントローラに着目したのは、まさにこのミラーリングにある。ミラーリングとはその名前の通り、2台のハードディスクに同じ内容を書き込むことで、1台のハードディスクに障害が発生した場合も、もう1台のハードディスクに書き込まれたデータが利用できるという機能である。書き込みにオーバーヘッドが生じるものの、読み出しの性能は低下しない(2台のドライブから分散して読み出すことで、インターリーブ分くらいのメリットは得られることが多い)。難点は、ユーザーが利用可能な記録容量は1台分、つまり利用効率は50%になってしまうということだが、ハードディスクの低価格化でこれは以前ほど深刻な問題にはならないハズだ。
一方のストライピングは、複数のドライブにデータを分散して記録することで、読み出し、書き込みとも性能を向上させることが可能だ。ユーザーが記録可能な容量も、単純にストライピングしたハードディスクの台数分である(利用効率100%)。だが、これは同時にデータの冗長性が全くない、ということを意味する。冗長性を持たせず複数のハードディスクを利用するということは、信頼性がその分だけ低下する、ということを意味する。たとえばビデオ編集のワークエリアのように、テンポラリに使う分には良いが、システムやユーザーデータを置くことは避けるべきだ。
また、IDE RAIDコントローラの場合、ソフトウェアで処理されるため、ストライピングによる性能向上にはCPU占有率の上昇という「副作用」が伴う。特にWindows 2000ユーザーの場合、OSがソフトウェアによるストライピングをサポート(ストライピングボリュームからシステム起動はできないが、上述の通り信頼性を考えれば、これは問題にならない)していることを考えると、ストライピングを目当てにIDE RAIDコントローラを購入するのは無駄であろう。強いてストライピングを目的にIDE RAIDコントローラを購入するユーザーを想定するなら、Windows 9xでビデオ編集を考えるユーザーがテンポラリに使う、というくらいだ。
■IDE RAIDコントローラによるバックアップ
つまり、筆者が考えるIDE RAIDコントローラの使い道は、2台のハードディスクを接続し、ミラーリングペアを構成する、というものである。もちろんシステムもここから起動する。可能なら、同じ容量のハードディスクを予備にもう1台用意し、定期的にミラーリングペアのうちの1台を交換し、取り外したハードディスク(オンラインスペアでない方が良い)を離れた安全な場所に保管しておくことだ。この時、ハードディスクがケースの前面から交換可能だと作業がラクだが、不可欠というほどではない。この作業を行なうたび、交換したマスターと内容の一致しないドライブに、マスターの内容を書きこむRAIDアレーの再構成という時間のかかる作業が生じるが、安全の代価と考えるべきだろう。
この方法の利点は、日常ユーザーがほとんどバックアップを意識しないで済むことだ。通常、バックアップより行なう回数が少ないため不慣れであることが多い復旧作業も、時間はある程度かかるが簡単だ。万全を期すなら、実際に使用するのと同じIDE RAIDコントローラ(もちろん同じBIOSバージョン)を、スペアに1枚買っておいて、IDE RAIDコントローラカード自身の故障に備えることだろう。スペアを含めた3台以上のハードディスクでローテーションを組んでいれば、最悪の場合もこれでバックアップハードディスクの状態までは容易に復元できる。
本来、RAIDはバックアップに代わる技術ではない。しかし、デスクトップPCではバックアップが事実上(経済的に)不可能になった以上、それに代わるものとして、利用せざるをえない、というのが現実ではないだろうか。次回は、実際にIDE RAIDコントローラカードを使って、性能や使い勝手等を確かめてみようと思う。
(2000年4月12日)
[Text by 元麻布春男]