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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

和解したくなかったMicrosoftと和解したかったゲイツ氏


●Microsoftにとっては和解しないのが良策

 Microsoftに対する反トラスト法違反裁判は、和解交渉が決裂し、Microsoftが有罪判決を受けるという結果になった。しかし、これは当然の成り行きだ。というのは、論理的に考えると、Microsoftが和解を望む理由はあまりないからだ。和解を望んでいたのは、むしろ司法省と19州側(全部ではないが)であり、そして、おそらく個人としてのゲイツ氏も(条件が折り合えば)和解をしたがっていた。

 まず、Microsoftにとって、和解交渉が成功せず有罪判決を受けたこと自体は、じつは凶報ではない。というのは、Microsoftにとっては和解は必ずしも望ましい方向ではないからだ。その理由は簡単だ。Microsoftにとって、今が最悪の状況だからだ。

 Microsoftは、今後、控訴へ持ち込み、和解が成立しなければ最高裁まで戦い抜くだろう。そして、長期的に見ると、裁判はMicrosoftにとって、有利に傾く可能性が高い。少なくとも、最悪の状況である現状よりは不利にはならないと期待しているに違いない。

 控訴裁判所は、政府による経済活動への介入に否定的な保守派の判事が多いと言われている。実際、控訴裁判所は、Windows 95を巡る'95年の裁判でも連邦地方裁判所の決定をくつがえし、Microsoftにとって受け入れやすい同意審決を決着させている。Microsoftは、こうした同社にとって有利な展開を控訴でもある程度は期待していると思われる。

 また、Microsoftは控訴で時間を稼ぐこともできる。Microsoftにとってクリティカルな是正措置をくい止め、市場での地位が揺らぐのをくい止めることができる。Microsoftが徹底して争うつもりなら、決着が着くまで裁判は1~2年かかる可能性がある。少なくとも、その間は、Microsoftに法的に足かせをはめることができない。また、その間に政権の交代もある。Microsoftは、同社にもっと同情的な政権を期待することもできる。

 いずれにせよ、Microsoftにとって、今回の裁判はあまりに不首尾でメタメタだった(と同社は考えているだろう)。それなら、この先は今よりは悪くならないと考える、あるいはそういう希望を持つと想像できる。


●司法省は有利な条件なら和解したかった

 そのため、今回の和解交渉では、実際にカードを握っていたのはMicrosoft側だったと思われる。Microsoft側には控訴という戦術があるため、急いで和解をしなければならない理由はあまりない。一方、司法省と19州はそうではない。裁判が始まる時は予想できなかったほどの勝利を収めた今が攻め時であり、ここで有利な和解に持ち込むのが論理的にはベストの戦術だ。というのは、ここから先は彼らにとって不利か、不利でなくてもこれ以上有利にはならない可能性があるからだ。

 もっとも、政府側が、最後まで有利に勝ち進めばMicrosoftの逃げ場はなくなり、下手な和解をするよりも強力な是正措置を課すことができる。しかし、それまでには少なくとも1~2年はかかると予想されている。この長期戦は、司法省と19州にとって、かなりきつい。

 裁判が長引くと困るのは、彼らが税金で戦っているからだ。米国では、日本より、政府の力の増大を警戒し、政府の無駄遣いを監視する傾向が強い。そのため、裁判が長引けば、「大切な税金を無駄遣いしている」という批判が出てくる可能性がある。また米国は、いま情報産業による経済繁栄のまっただ中にあり、その情報産業に政府が介入するというイメージは受けが悪くなるかもしれない。実際Microsoftは、一般対象の世論調査ではグッドイメージのことが多い。そして米国では、州の検事総長は州知事などの選挙に打って出ることもあるので、世論に比較的敏感だ。

 こうした事情があるため、司法省と19州にとっては、有罪判決が直前にぶらさがっている状態で、Microsoftを控訴にまで追い込まず、和解に持ち込むのがいい戦術だったと思われる。つまり、和解が望ましかったわけだ。ただし、和解といっても、当然Microsoftに対して甘い和解では妥協できない。司法省と19州は、なまじ裁判でここまで有利に運んでしまった。そのために、彼らを支持する勢力を納得させるには、かなり厳しい条件での和解でなければ飲むことができない。

 ところが、Microsoft側は、和解しなくても控訴すればいいので、司法省に有利な条件で和解に応じるわけがない。Microsoft側の交渉戦術としては、抜け道を用意した和解条件しか提示しないだろう。それに対して、司法省と19州側は、抜け道を認めない条件を求める。そうするとMicrosoftが和解に応じないというデッドロックにぶちあたってしまう。

 実際の和解交渉については一次情報源がなく、伝えられる報道以外には進展の経過はわからない。しかし、構造的には、両陣営の和解は初めから希望がなかったと言えるだろう。


●ゲイツ氏は和解を望んだ?

 もっとも、実際にはMicrosoftはドタンバになって、和解を進めようとしたと言われている。結果として実らなかったわけだが、とりあえず交渉の最後の方は、それまでのように和解に気が進まないという様子ではなかったように見える。これは、なぜだったのか? 和解をしようとしたという実績づくりだったのか?

 このあたりの事実関係はわからないが、Microsoftの中の一部は、和解にある程度は期待していた可能性もある。つまり、それほど傷を負わなくてすむなら、和解をしたいと考えていた可能性がある。それは、Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CSAだったかもしれない。

 ゲイツ氏が和解を望んでいたとしたら、それは裁判に飽き飽きしたからだ。実際、ゲイツ氏が、裁判に嫌気がさしたという報道はいたるところで見かける。また、TVで放送されるゲイツ氏の記者会見でのイライラした態度にも、見事にそれは現れていると思う。そもそも、ゲイツ氏が突然CEOを降りてCSAになったしまったのも、裁判にからんだ雑務や世間からのノイズがいやになったと言われている。CEOのままでは、そうしたノイズを真っ向から受けることになってしまうからだ。

 ゲイツ氏は、時間を費やすべきなのは業界内での他の企業との競争や技術開発であり、裁判や政治は時間の無駄と考えているフシがある。その彼にとって、裁判が長期化してますます頭を悩ますことが増えたり、判決に誘発されてMicrosoftに対する損害賠償裁判が次々に発生するのは、じつにイラだたしいことに違いない。つまり、裁判の行方が不安というよりも、裁判から派生するノイズがいやで和解を望んだのではないだろうか。

 もっとも、ゲイツ氏も、和解はあくまでも、Microsoftが大きなダメージを受ける心配がない有利な条件という範囲内でしか考えていなかっただろう。大きく譲歩して妥協をするというのは、ゲイツ氏からは考えられない。それでは、和解が成立する可能性はない。そして、ゲイツ氏も裁判の長期化を覚悟していたと思われる。もし、積極的に和解してこの春までに決着をつけると決意していれば、CEOを辞めなかっただろう。

 さて、こうして始まったMicrosoft裁判の第2ラウンドは、司法省と19州側にとって、おそらくきつい上り坂になる。地裁での圧倒的な勝利があるため、まだ情勢は司法省に傾いているが、最終的に裁判でMicrosoftを追いつめられるかどうかはまだわからない。場合によっては、2年も裁判をやったあとで、実効性のない和解しかできなかったという結果にならないとも限らない。

 そもそも、司法省と19州は、この前のラウンドでは、あまりにMicrosoft側が弱かったから楽勝ができたのだ。Microsoftの証人として登場した上級幹部や学者は、自社の潔白を証明するどころか、不用意な発言でどんどん墓穴を掘り、司法省と19州にポイントを与えてしまった。そのあまりのお粗末さは、瞬発力がモノを言うハイテク企業間の競争には強いが、綿密さと入念な準備が重要な裁判のような場に弱いという、Microsoftの致命的な弱点をさらけ出した。

 さて、次のラウンドは、どうなるのだろう。

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【4月4日】米Microsoft、司法省との独占禁止法訴訟で敗訴
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000404/ms.htm


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(2000年4月10日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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