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後藤貴子の 米国ハイテク事情

米Eコマースサイトがビジネスモデル特許の取得競争


●こんなものにもあんなものにも「特許」が…

 Amazon.comでは……なんと! ワンクリックで買い物ができる。「はあ? それがどうして『なんと』なの?」と思うかも知れない。だが、じつはこれ、Amazon.comの特許なのだ。他社はAmazon.comからのライセンスがないと、ワンクリックで買い物ができるサービスを提供できない。

 こんなふうに一見ごく普通のオンラインサービスの方法に、いま米国では特許が続々と成立している。例えば、以下にはすべて特許が認められている。

・インターネットの接続を切ってからブラウザの広告をクリックしても、ちゃんと表示されること
・ショッピングサイトで、品物を好きなだけ買い物かごに入れてからまとめて支払い手続きに進めること
・パソコンを使っていないときスクリーンセーバーに広告などが自動的に表示されること
・サイト上の割引クーポンを自分で印刷して、チラシとして配られるふつうのクーポン同様に使えること

 これらはみな、Webサイトで広告料を取ったり、ユーザにオンラインショッピングを提供したりするための仕組み、つまりビジネスモデルに対する特許だ。

 共通項は、どれもそう大した技術で実現されているわけではなく、どんなサイトでもすぐ作れる程度の技術を使っているに過ぎないこと。例えばAmazon.comのワンクリックオーダーは、ユーザが入力した代金の請求先や品物の発送先の情報をクッキーで貯め、次からはそうした情報を再入力しなくてすむというものだ。つまり、技術そのものよりむしろ、「ワンクリックで物を買えるようにする」というアイデアが、特許に値する“新しい”発明と見なされたわけだ。

 はたしてこのアイデアが特許に値すると思うか思わないかは、人によって意見が分かれるだろう。だが、これらの例に見るように、実際に米国でビジネスモデルに特許がどんどん与えられるようになっているのは事実なのだ。上の例もそれぞれ、Juno On-Line Services(オフライン表示)、Open Market(電子ショッピングカート)、PointCast(プッシュ表示)、coolsavings.com(電子クーポン)が持っている特許だ。


●'98年頃から成立しはじめた「ビジネスモデル特許」

 もっとも、米国でも、ビジネスモデルに特許が認められるようになり始めたのは最近のことだ。以前はビジネスモデルの特許は取るのが難しく、一部の例外を除けばなかった。それが'98年頃から急にたくさん認められるようになったのだ。Amazon.comのワンクリックオーダーが'99年9月。先にあげた特許例も大体'98~'99年に成立している。

 転機になったと言われるのがState Street Bank対Signature Financial Groupの訴訟の判決だ。Signatureが、自社が持っているビジネスモデル(財務サービスのためのデータプロセシング)の特許をStreet Bankが侵害したと訴えていたもので、初めはStreet Bankが勝ったが、'98年の控訴審、'99年1月の最高裁ともに、Signatureが勝訴。これで、単なるビジネスメソッドも、新奇で、目に見えてわかるものではなく、具体的な結果が得られるものであれば、特許の対象と認められるという流れがはっきりした。

 そしてこの流れは多くのインターネット企業を震え上がらせた。
 特許となれば、他人がいくら「そんな程度の」と思うビジネスモデルでも、1社が独占できる。例えばAmazon.comは特許を取るとさっそく、ライバルのBarns & Nobleを告訴した。barnsandnoble.comが、Express Laneという似たようなサービスを行なっていたからだ。そして'99年12月、米連邦地裁は、Barns & Nobleにそのサービスを中止するよう仮命令を出した。つまり今後は、一見ごく当たり前のようなモデルを提供しても誰かに告訴され、裁判に負け、せっかく作り上げたビジネスモデルを変えなければならなくなったり、罰金などを負ったりするかも知れないのだ。


●特許取得競争が始まった

 それでは今後、インターネットに何が起きるのか。これは明白だ。ビジネスモデル特許のラッシュ、大洪水がやってくる。それしかインターネット企業が自分の身を守る方法はないからだ。

 今、米国のインターネット企業は血眼になって特許取得に走り出している。ありとあらゆるインターネットビジネスモデルに関するアイデア--内容の見せ方、情報の集め方、広告の取り方などなど--を検討し、特許を申請しているはずだ。

 そのレース展開はまだあまり目に見えない。だが水面下の戦いは、熾烈を極めるに違いない。なぜなら、米国では特許は、その内容を守るため申請中は秘密裡に-水に潜ったサブマリン(潜水艦)のように-されるからだ。今ダッシュで出願している企業の特許の許可が2、3年内に下り、サブマリンが次々に浮上するとき、レース出遅れ組はパニックに陥るだろう。

 なぜ特許がそんなに大きな意味を持つのか。
 そうしなければ、自分が考えついたアイデアでも、誰かが特許を取ってしまうからだ。一度特許を取られたら、自分の発案が先だったことを面倒な裁判などで証明していかねばならない。新興企業であれば、訴えられたら裁判の負担は大きすぎるだろう。また、裁判のリスクを回避するには、他と全然違う新しいビジネスモデルを作り出さなければならないが、遅れ組になればなるほど他社のモデルのすき間をねらわねばならず、苦しくなる。

 逆に特許を持っていれば、それは最高の武器だ。うまいビジネスモデルで特許が取れたら、他社に使わせなければいい。新興企業のIPO(新規株式公開)でも、投資家への大きなアピールとなる。

 別の使い方もできる。その特許を使いたい他社にライセンス供与してライセンス料を稼げるのだ。例えば、Priceline.comなどは、ビジネスモデルやソフトウェアを開発して特許を取りライセンスするビジネスを、自社Eコマースサイトと併せて行なっている。また、自社が他社の特許を使いたいときも、自社特許のライセンスとバーターするクロスライセンス契約を結ぶなどして、効果的な“手みやげ”に使える。万一、他社からほかの特許の侵害で訴えられたときも、やはりクロスライセンスなどを相手への“飴”にして和解することも考えられる。

 ライセンスビジネスと同様、特許オークションビジネスも台頭してきている。ドメインネームがオークションにかけられ、ドメインブローカーがビジネスになるのと同様だ。そのうち誰もが使いたいようなビジネスモデルの特許が超高値で取り引きされて世間をあっと言わせたり、無名企業が特許で一躍有名になったりするかも知れない。

 こうなると、あるビジネスモデルがうまくいくかどうかは関係なくなってくる。とにかくこれまでとは全く違うモデルをたくさん考えて、先に特許を取っておいたほうが勝ちともいえる。

 今や「特許」はインターネットビジネスに関わるものの最重要キーワードになっている。

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp