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なぜPSP2はDSではなく携帯電話をライバルとするのか




●立ち位置が違った携帯ゲーム機とゲームコンソール

現行のPSP-3000

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のPSP2戦略で興味深いポイントは、携帯電話を強く意識している点だ。PSP2はニンテンドーDSも意識していると言われるが、伝えられてくる仕様には、対携帯電話と言ってもよさそうな要素が強い。なぜSCEは、ニンテンドーDSよりむしろ、携帯電話をPSP2のライバルとしたのだろう。それは、携帯電話が携帯ゲーム機全般の最大のライバルとして立ちはだかりつつあるからだ。

 そもそも携帯ゲーム機と据え置き型のゲームコンソールは、同じゲーム機と言っても、期待される役割や他の機器との関係が異なる。

 ゲームコンソールには、その誕生時点から今まで、同じコンピュータとしてPCというライバルが常に存在した。家庭のリビングルームに浸透できるコンピュータは、ゲームコンソールなのかPCなのかを競い合ってきた。そのため、機能と性能はPCと較べてどうなのかを問われて来た。

 また、ゲームコンソールは、リビングルームの娯楽の主役であるTVに接続し、エンターテイメントマシンとしての役割を最重視される。ビデオを担当するマシンはすでに存在するので、ゲームコンソールの役割は、まず3Dゲーム、それもビデオに匹敵するリアル度を追求することになる。

 それに対して、携帯ゲーム機の立ち位置は異なる。もともとは、子供のパーソナルゲームマシンが、旧来の携帯ゲーム機の役割だった。しかし、今の携帯ゲーム機は、大人の携帯コンピューティングデバイスとしての役割の方がはるかに大きくなっている。そして、その市場にはPCのように確固とした一貫性を持ったライバルはいなかった。

 PSPのプロジェクトが発表された当時の携帯電話は、高機能化が進んでいた日本でさえ、まだエンターテイメントプラットフォームとしての機能は限られていた。米国ではスマートフォンはビジネスユースが主体で、パーソナルユースの携帯電話の機能は限られていた。携帯ゲーム機は、まだ携帯電話を強く意識する必要がなかった。

 また、個人が持ち歩くコンピューティングデバイスとして、携帯ゲーム機にはゲーム以外の機能も求められた。複数個のデバイスを持ち歩くのは現実的ではないため、機能の統合化が必要だった。ゲームだけでなくビデオも音楽も、といったうたい文句は、携帯ゲーム機ではゲームコンソールより心を捉えるポイントとなる。PSPを21世紀のウォークマンにするとした、PSPの産みの親である久夛良木健氏の発想は、基本的には間違えていなかった。

●急速に進歩する携帯電話系デバイスのハードと性格

 だが、PSPが登場してから4年ちょっとで、すっかり周囲の状況は変わった。2004年末のPSPの登場時点でも、携帯電話系デバイスが将来のゲームプラットフォームになる可能性が取りざたされていた。そして、急激に進化を続ける高機能携帯電話やスマートフォンは、今や、メモリやコンピューティングパフォーマンスの面で、ゲーム機に匹敵する携帯デバイスに育っている。

iPhone 3G

 例えばiPhoneを例に取ると、CPU(アプリケーションプロセッサ)はARMコアで400MHz台、GPUコアはPowerVR MBX系、メインメモリは128MB、LCDディスプレイは3.5型(480×320ドット)、ストレージは最大16GB。対するPSPはMIPS R4000コアで333MHz(最初は222MHz)と自社開発GPUコア、メインメモリは64MB(最初は32MB)、LCDは4.3型(480×272ドット)、ストレージは内蔵NANDフラッシュメモリとメモリースティックPRO Duo、そして1.8GBのUMD光学ドライブ。同じレベルの土俵に上がっていることがわかる。

 しかも、iPhoneは決して携帯電話系デバイスの中でスペックが優れているわけではない。より高いスペックのデバイスが次々に登場している。以前の携帯電話での最大の制約だったLCD画面についても制約が薄れる方向にあり、iPhoneの3.5型に代表されるように、エンターテイメント指向で大型化&高精細化している。フォームファクタについては、今や実験場のように、さまざまなバリエーションの新奇なアイデアが試されている。

 もともと、携帯電話の進化の大きな転機となったのは、メモリアーキテクチャの変化だった。以前の携帯電話は、NORフラッシュをメインメモリ兼ストレージに使っていた。NOR上でプログラムを直接実行する「XIP(execute in plane)」モデルで、限られたメモリ量をちまちまと使っていた。

 それが今では、ストレージに大容量のNANDフラッシュを積み、そこからDRAMメインメモリにプログラムを展開して実行するモデルへと変わっている。スマートフォンや高機能携帯電話は、いずれもこのモデルだ。メモリモデルが変わり、プログラムサイズの制約が解き放たれたことで、ソフトウェアが進化をした。そして、ストレージのNANDフラッシュは、『ファンの法則(Hwang's Law)』によって1年に約2倍ずつ容量が増えてきた。その結果、携帯電話系デバイスは、爆発的な進化を遂げつつある。

 そして、コンピューティングデバイスとしての機能と性能を上げた携帯電話系デバイスは、その性格も変えつつある。日本では、もともと高機能な携帯電話がパーソナルユースでのコンピューティングデバイスであり、娯楽の要素も強かった。しかし、世界的に見れば必ずしもそうではなかった。だが、パーソナルなエンターテイメントユースにフォーカスしたiPhoneの登場が契機となって状況が変わった。

 携帯電話系デバイスは、それがスマートフォンであれiPhoneであれ、日本の高機能携帯電話であれ、今はエンターテイメントを強力に取り込みつつある。携帯ゲーム機と同じ位置に、携帯電話系デバイスが寄って来た。

●携帯電話と携帯ゲーム機のスペック競争が起きる

 携帯電話系デバイスのハードウェアの進化の結果、PCとゲームコンソールの間のスペック競争と同じことが、今後はPSPのようなスペック追求型の携帯ゲーム機との間に起こってくるだろう。

 ゲームコンソールでは、5年間かそれ以上に渡ってスペックが固定される。それに対して、PCは継続的にスペックが向上する。そのため、最初はゲームコンソールが性能面で優位に立っても、途中で追い抜かれる。

 PSP系列と携帯電話系デバイスの関係も似たようなものになると推測される。たとえ、PSP2がスペック上で携帯電話系デバイスより優位に立ったとしても、スペックをある程度固定しなければならない宿命から、自由に進化する携帯電話系デバイスに追い越される。特に、メインメモリ容量や内蔵ストレージメモリ量は、あっと言う間に抜かれるだろう。プロセッシングやグラフィックスのパフォーマンスはしばらく優位を保てるだろうが、携帯電話系デバイスの進化のスピードからすれば、いずれ抜かれる日が来るだろう。

 この状況では、PSP2のコンセプトを組み上げるに当たって、ニンテンドーDSを意識し過ぎるのは危険だったことがわかる。なぜなら、ニンテンドーDSのコンセプトはともかく、DSの機能自体は携帯電話系デバイスが簡単に飲み込むことができるからだ。もちろんそれは、DSを携帯電話に取り込んだDS派生バージョンかもしれないが。いずれにせよ、PSP2が携帯電話を意識するのは、携帯電話がスペック上で携帯ゲーム機の対抗馬になったからだ。

 しかし、機能競争では不利があっても、モノリシック(一枚岩的)なプラットフォームの利点も、同様にゲームコンソールから携帯ゲーム機に受け継がれる。ゲームコンソールはスペックが一定で、ハードの差異が小さく、ソフトウェアのコンフィギュレーションがほぼ一定だ。それに対して、PCはインストールドベースのスペックがばらばらで、ソフトウェアのコンフィギュレーションも異なる。そのため、PC向けのソフトウェアは、普及させるには低スペックに合わせる必要がある。また、さまざまなハードとソフトのコンフィギュレーションとの互換性検証の負担がのしかかる。

 全く同様の利点が携帯ゲーム機にもある。特に、携帯電話系デバイスの場合は、ハードとソフトのバリエーションの広さが、ソフトウェアデベロッパにとって最大の問題となってきた。携帯電話系デバイスでは、異なるハードウェアアーキテクチャとOSの分立と、何百ものハードウェアスペックとソフトウェアコンフィギュレーションが存在する。そのため、APIレベルでのある程度の互換性があったとしても、ソフトウェアの移植が難しい。何百プラットフォームへの最適化と動作検証を行なうことは現実的ではない。

 携帯電話系デバイスのハードとソフトの幅が広いのは、基本的にこのデバイスが通信端末であり、デバイスの上で走るバイナリコードがハードを引っ張ってきたわけではないからだ。しかし、長期的に見れば、アーキテクチャの流れもいくつかに次第に収斂して行く可能性がある。そうなると、本格的に携帯電話系デバイスと携帯ゲーム機は、その上で走るゲームなどのソフトウェアでもぶつかるようになる。

●ダウンロード販売とパッケージ販売のビジネスモデルの戦い

 携帯電話系のデバイスと携帯ゲーム機の最大の違いは、コンテンツ流通のモデルだ。ダウンロード販売とパッケージ販売の2つのビジネスモデルの戦いが、これからの焦点となる。そして、進化した携帯電話系デバイスと戦う、PSP2のような今後のゲーム機は、必然的にビジネスモデルの違いを乗り越えなければならない。

 携帯電話系のデバイスは、もともと広域の無線通信インフラにつながっている。そのため、ダウンロードモデルが自然に入り込んできた。コンテンツは、無線ネットの向こうから降ろすのが当たり前。外部メディアから走らせたり取り込むことは、むしろ例外的だ。

 それに対して、PSPなどの携帯ゲーム機は、これまで無線LAN以外のネットはデフォルトでは考慮されていなかった。スポット的な無線LANは広域のインフラではないため、コンテンツのダウンロードにも、色々と工夫をこらす必要があった。例えば、PS3とPSPのようにゲームコンソールを経由して携帯ゲーム機にコンテンツをダウンロードするといった工夫だ。ダウンロードモデルは、携帯ゲーム機にとって、決して馴染みやすいモデルではなかった。

 しかし、ダウンロードモデルはゲームのようなソフトウェアコンテンツの流通では利点が多い。違法コピーや中古ソフトウェア販売といった、ゲームコンテンツビジネスの障害となる問題を回避できる(し易い)からだ。これは、ゲーム機の宿命とも言える困難で、ゲームプラットフォームベンダーは、さまざまな努力でこの問題に当たってきた。

 ダウンロードモデルでは、システムをハッキングから守り続けることができれば、違法コピーを回避できる。実際には、本体ソフトウェアを守ることも難しいのだが、守る場所が限定される分だけ楽にはなる。

 そして、ダウンロードでは中古流通が生じない。今のパッケージ型ゲームコンテンツの多くは、最初の4週間で売らなければならない。最初の立ち上がり期を過ぎると、中古市場に遊び終わったタイトルが出回ってしまうことが一因だ。新品ソフトウェアの販売は急激に減衰するため、パッケージ型のゲームタイトル販売はロングテール(長期間売れる)になりにくい。

 例外は、今の任天堂プラットフォームだ。任天堂は、ゲーム慣れしていない層に裾野を広げたことで、この制約から逃れた。新ユーザーは中古ソフトには手を出さないため、任天堂のWii/DSタイトルでは、ロングテールになるものが出ている。しかし、この任天堂の方法は、ゲームプレーヤー層自体を変革しないと実現できないためハードルが高い。

 こうした利点から、ゲーム機にとってもダウンロードモデルは魅力的に映る。例えば、Xbox 360の産みの親であるMicrosoftのJ Allard(ジェイ アラード)氏(Microsoft, Chief Experience Officer and Chief Technology Officer, Entertainment and Devices Division)は、2005年春の取材時に、PSPを次のように語った。「自分が携帯ゲーム機を作るなら、光学ディスクメディアではなく、HDDなどのストレージを載せてダウンロードコンテンツ中心にするだろう。携帯型機器では、コンテンツはパッケージではなく、配信の方が合致する」。

 PSP2が大容量NANDフラッシュを内蔵するとしたら、その第1の目的はダウンロードモデルへの適合だろう。

●ダウンロードモデルでは不利な携帯ゲーム機

 とはいえ、携帯ゲーム機がダウンロードモデルをとることには、難しい側面もある。そして、戦略上ダウンロードモデルに絞りきることができずに、2つのビジネスモデルを抱えると、ビジネスモデル上の自己矛盾を抱えてしまう。PSP2は、この2つのビジネスモデルを両方ともサポートするとされているが、そこには危険が潜んでいる。

 まず、ダウンロードモデルでは、広域通信インフラに常時つながっている携帯電話系デバイスに携帯ゲーム機はかなわない。もし、これに正面から対抗しようとすれば、携帯ゲーム機も、携帯通信機器としての機能を取り込んで行かなければならない。データまたはデータ+音声の、広域通信インフラ接続を取り込む方式だ。PSP2は携帯電話機能をオプションで取り込むことを検討していると言われるが、これは、携帯電話系デバイスの進化を意識せざるを得ないPSP2としては必然の方向だろう。

 しかし、携帯電話機能の取り込みは、難しい問題をはらんでいる。主眼はもちろん音声通信ではなくデータ通信にあり、その上でのビジネスにあるからだ。特に日本の場合は、携帯電話系キャリアが自社の制御するダウンロードビジネスモデルを張り巡らしている。そのため、携帯ゲーム機プラットフォームベンダーが、そのネットに入り込むためには、政治的なビジネスのすりあわせが必要となる。

 政治上の問題がなくても、携帯ゲーム機を携帯電話と融合させることは難しい。携帯電話機能を重視しようとするとフォームファクタも電話を使いやすいように制約を受ける。それは、携帯ゲーム機としての強味を削ぎかねない。

 こうした事情から、携帯ゲーム機は広域無線通信インフラだけに頼ることができない。従って、携帯ゲーム機はダウンロードモデルだけに特化することが難しい。

 そうした状況では、携帯ゲーム機は、どうしても強味をパッケージ販売モデルに求めることになるだろう。パッケージこそ、携帯電話系デバイス側が持たない(あるいは弱い)モデルだからだ。PSP2は、ダウンロード販売モデルとパッケージ販売の両輪にすると言われているが、携帯ゲーム機の現状を考えれば、これは自然な流れだ。もちろん、それが勝ち目につながるかどうかはわからないが、今取れる道はそれしかない。

●パッケージ販売モデルとダウンロード販売モデルとの衝突

 パッケージ販売モデルの利点の1つは、GBクラスの大容量データコンテンツをストレスなく持ち込めることだ。それは、見栄えのよいテクスチャリッチな3Dグラフィックスなどを実現できるという利点となる。この利点は、ネットの通信帯域が広がり、不揮発性ストレージが大容量になれば薄れるが、しばらくは優位を保つことができる。コンテンツパッケージのメディアに光学ディスクを使う方式は、消費電力と対衝撃性の面で弱点があるが、それは内蔵の高速な大容量フラッシュメモリをキャッシュとして使うことで大幅に軽減できる。

 パッケージ販売モデルにも、それなりの利点と工夫の余地はある。しかし、流通モデルの分断化は深刻な問題をはらむ。互いのモデルが、浸食してしまうからだ。パッケージ販売モデル側にいる人々にしてみれば、ダウンロード販売は自分たちのビジネス機会を削ぐライバルだ。しかし、ダウンロード販売側にしてみれば、パッケージ販売モデルを引きずることが、ハードとビジネスモデルの制約になっているように見える。

 具体的には、流通マージンが極めて薄く、ロングテールが期待できるダウンロード販売では、タイトルの価格を思い切り低く設定できる。しかし、ダウンロードモデルで低価格をつけると、パッケージタイトルが極めて割高に見えるようになり、パッケージ販売を阻害してしまう。

 そのため、据え置きのゲームコンソールでは、ダウンロードモデルの導入に慎重だ。大まかに言えば、リッチな内容のコンテンツはパッケージ、手軽に遊べる軽いゲームがダウンロードといった切り分けをしている(PS3では例外もあるが)。あるいは、過去のゲームをダウンロードモデルで流している。

 ゲームコンソールでは、未だにパッケージが圧倒的に主流なので、この切り分けが通用する。しかし、次の世代の携帯ゲーム機では、同じような切り分けが通用するとは思えない。例えば、携帯電話系デバイス向けに、リッチな内容のダウンロードコンテンツが繁栄し始めたら、そんな切り分けにこだわってはいられないだろう。そのため、SCEはビジネスモデルの難しい舵取りに直面する。

 こうした状況で、SCEはPSP2を矛盾のある存在に仕立てなければならない。進化する携帯電話系デバイスを迎え撃つために、対抗できる機能は備える。しかし、その反面、携帯電話系デバイスとの差別化のために、より携帯ゲーム機としての特色も出さざるを得ない。ビジネスモデルでもハードウェアでも、その傾向が強まるだろう。

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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0226/kaigai492.htm

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(2009年3月16日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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