大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

“遅れてきた新人”ブラザーのプリンタ事業戦略
~ブラザー販売の片山社長に聞く




 ブラザー販売のプリンタ事業が着実に存在感を高めている。家庭向けインクジェット複合機「MyMio(マイミーオ)」シリーズは、FAX機能搭載分野ではトップシェアを維持。一方、ビジネス向け複合機「Justio(ジャスティオ)」シリーズでは、A3印刷対応ながらも、コンパクト性が受けたカラー複合機が、発売以来、品薄が続く人気ぶりだ。ブラザーのプリンタ事業は何が変わったのか。同社のプリンタ事業戦略を、ブラザー販売の片山俊介社長に聞いた。

--片山氏がブラザー販売の社長に就任して、この4月にはちょうど1年を迎えます。この1年で、どんな変化がありましたか。

ブラザー販売 代表取締役社長 片山俊介氏

片山氏 大きな方針、商品投入計画、事業目標といったものは、前社長の神谷(神谷純氏、現プラザー工業執行役員)の時代から変わっていません。そのなかで、SOHO市場におけるプリンタのシェアをどう伸ばすか、そして、勝ちパターンをどうやって作るか。そこにヒト、モノ、カネを投入することに力を注ぎました。ブラザーのプリンタにはいい製品が揃ってきた。かつては最上位と最下位のラインアップしかなく、オプションであれこれ付けてくれという提案だった。しかし、今では必要と思われる機能をすべての製品に搭載し、さらに、ラインアップを広げることで、機能ごと/用途ごとに提案できるように、ユーザーにとってわかりやすい製品を増すことができた。この方向感をさらに加速させ、手応えにつなげられるような投資をしてきたわけです。当社のプリンタ事業は、一番の商戦期である年末商戦になると、シェアが落ちるという状況を繰り返してきた。そこで、この年末商戦では、イメージキャラクターに小林麻央さんを起用した訴求を徹底的に展開し、販促活動に活用した。こうした投資をこれからも積極化していきたいと考えています。

--片山社長がいう「勝ちパターン」とはなんですか。

小林麻央さんは製品発表会にも登場

片山氏 ブラザーは、プリンタ市場においては、まさに「遅れてきた新人」。ここ数年で、ようやく存在感を発揮できるようになってきた。つまり、言い方を変えれば、いよいよ勝ちに打って出るための仕組みを明確にする時期が来たと感じています。認知度を高め、人的投資を拡大し、サービス拠点の力を活かした体制強化に取り組む。そして、ビジネスのロジックも整備する。イメージキャラクターの小林麻央さんを起用した積極的な訴求を開始したことや、昨年9月に東京国際フォーラムで大規模なプライベートイベント「Brother World JAPAN 2008」を開催したのも、認知を高め、勝ちパターンを創出するための仕掛けのひとつだと言えます。

 特にSOHO向けビジネスを拡大するための体制づくりは、今取り組まなければならない課題。7対3となっているコンシューマとビジネスの売り上げ構成比率を、2012年には5対5にまで持っていきたいと考えている。それに向け、現在、約40人のビジネス向けプリンタ事業の陣容を、4月から始まる新年度には5割増の体制とし、さらにそれを2倍規模にまで引き上げたい。ただ、人を増やせばいいというものではない。法人向けビジネスの人材には、その領域に特化したハイレベルの知識やノウハウが必要です。人材育成も同時並行的に進めながら、適材適所での人員配置をやっていきたいと考えています。

--ビジネス市場向けには、2007年から、自社開発のエンジンを搭載したJusitoシリーズを投入しています。また、昨年には、A3まで印刷が可能な複合機の投入し、ラインアップを強化しています。ここでも製品は整ってきたと。

片山氏 Jusitoシリーズに、強い製品が揃ってきたという自信はあります。昨年9月に投入したA3カラー複合機の「MFC-6490CN」、「MFC-5890CN」は、発売以来、品薄が続く状態となっており、お客様、販売店には大変ご迷惑をおかけしています。この製品は、通常はA4での印刷が多いが、たまにA3の印刷が必要になるというA3ライトユーザーに対して提案した製品で、同時にA3複合機ながら机の上にも置ける省スペース性を実現したことが大きな特徴となっている、まさに、スモールオフィスに“ちょうどいい”A3カラー複合機なのです。

 会見では年間6万台の出荷計画としたのですが、販売店のバイヤーなどからの当初の反応が今ひとつだったことで、実は年間6万台を作る体制が出来ていなかった。ところが、蓋を開けてみたら国内はもとより、海外からの引き合いも多く、受注に生産が追いつかない状況となった。今増産をかけており、3月には受注残を解消できる予定です。今の経済環境を背景にした投資抑制の動きが顕著ですし、当社もこの製品をまったく宣伝をしていなかった。それにも関わらず、これだけの引き合いをいただいている。A3プリントのライトユースとしての利用のほか、スキャナ機能を使った文書保管機能に注目して購入していただく方もいる。

 このように、欲しいと思っていただく製品を投入できていることは、マーケティング、販売を担当する当社としても心強いものがあります。現在、Jusitoシリーズは、カラーレーザー複合機で4機種、カラーレーザープリンタで2機種、モノクロレーザー複合機で8機種、モノクロレーザープリンタが6機種、A3カラー複合機を2機種の合計22機種をラインナップしています。

 年度末需要期に向けては、カラーレーザー複合機/プリンタで搭載している「クロだけ印刷機能」を活用し、カラーは時々使うが、通常はモノクロ印刷が多いというユーザーへの訴求を図ります。このご時世ですから、カラー印刷は禁止という企業が増えている。しかし、カラーで印刷しなくてはならない場面もある。そこで、普段はモノクロプリンタとして使用し、必要な時だけカラープリンタとして使用できるといった使い方を提案します。これにあわせたキャンペーンとして、対象のカラーレーザー複合機/プリンタを購入した方々には、A4で約2,500枚分の印刷が可能なモノクロトナーを一本プレゼントするといったことも行なっていきます。

家庭向けインクジェット複合機「MyMio(マイミーオ)」シリーズ。リヒング複合機として訴求する ビジネス向け複合機「Justio(ジャスティオ)」シリーズ。A3印刷対応のMFC-6490CNは、発売以来、品薄が続いている

--A3ライトユースと同様に、ユーザーが使うシーンを想定した「カラーライトユース」とも言える提案ですね。

ブラザー販売の社員全員が携行するカード。マーケティング会社を目指す姿勢が示されている

片山氏 Jusitoシリーズでは、“ちょうどいい”という言葉を使った訴求をしています。言い換えれば、“ちょうどいい”使い方が提案できているのではないでしょうか。ブラザー販売が目指しているのは、販売会社ではなく、マーケティング会社です。「販売」は、一方的にモノを売るということが前面に出ますが、「マーケティング」とは、お客様やパートナーとの双方向コミュニケーションにより、市場の期待をしっかりと把握し、それに応えていく役割を担う。結果として、お客様中心の製品、サービスを提供することができる。

 これを実現するためには、社員はもとより、私自身がコミュニケーション活動に率先して取り組まなくてはならない。この1年は、半分ぐらいは会社にいませんでしたよ(笑)。国内7カ所の事業所をまわり、主要なパートナー会社や量販店にもお邪魔し、直接、要望をお聞きするようにした。上がってきたレポートだけを見ていると、肌で感じられない部分がある。直接、お客様のリアクションを見て、聞いて、そして自分も勉強をさせられる。これが大切なんです。

 また、社員ともコミュニケーションを緊密にする。早急に課題を解決しなくてはならないときには、みんなで合宿をし、結論が出るまで帰さない、ということもやる。今「従業員と語る会」というのをやっているんです。毎回10人ぐらいを対象に、これまで40回ほどやりました。叱る時には徹底して叱りますよ。原因と結果を明確にし、それによって対策に取り組む。おかしいな、と思ったら、社員に聞き、そして、自分から現場に行くようにしています。

--緊密なコミュニケーションが「片山流」ともいえるやり方のようですね。この手法は、過去の経験によるものなのですか。

片山氏 私は、'98年から約6年間、米国法人に出向していましたが、その際に、全米約400社の販売店を回ったという経験があります。ここで、実際に多くの声を聞き、それをマーケティングに活かした。結果として、わずか3年強で、6,500万ドルだったミシンの売上高を1億3,400万ドルにまで引き上げることに成功しました。

 コンシューマ、ビジネス、通販、OEMという販路に対して、それぞれに適したユニークな製品を用意するUSP(Unique Selling Proposition)と呼ばれる手法を用い、さらに、エデュケーター(日本でいうラウンダー)と呼ばれる販売店を支援する従業員の活用により、買ってもらえるための仕掛けを行ない、技術サポートにも力を注いだ。例えば、専門店向けには刺繍機能搭載ミシンにディズニーキャラクターを内蔵した付加価値モデルを用意する一方、ウォルマートのような販売店に対しては業界初となる100ドルを切るミシンをラインナップしました。これらの積み重ねが3年強で2倍の売り上げにつながっています。

 こうしたUSPの手法は、現在のMyMioシリーズ、Justioシリーズに共通したものだといえるでしょうね。ブラザー販売は、販売という名前が付いていますが、目指しているのはマーケティング会社です。ようやく、マーケティング会社といえるだけの体制が整ってきた。そして、日本の市場のマーケティングを担っているということは、ブラザーグループを代表する「顔」の役割を担っているともいえます。その意識を社員に植え付けていきたいと考えています。

--一方で、家庭向けプリンタのMyMioシリーズも、ラインアップを強化していますね。

片山氏 2003年2月に立ち上げたMyMioシリーズは、当初はMFC-100、MFC-150CLの2機種のみでしたが、現在では、8機種にまでラインアップが増加しています。「リビング複合機」という言葉を使い、リビングに設置できるデザイン性の高さや、FAX機能を搭載している強みを活かし、この分野でのシェア、売り上げにはこだわっていくつもりです。

 今、プリンタ市場は厳しい局面にある。その中で、どう伸ばしていくか。そのためには、自ら「変曲点」を作っていく必要がある。ブラザーの強みともいえるFAX機能のメリットを訴求することや、新たな使い方提案、カスタマーサポートの評価を上げていくことも必要です。

 また、量販店のプリンタ売り場の姿も大きく変えていく。ブラザーには、ブラザーブルーというコーポレートカラーがありますが、MyMioシリーズでは、オレンジのブランドカラーを採用し、売り場でもこの色を前面に打ち出し、存在感を高めたい。2~3年前から一部の店舗でのみ、オレンジを活かした売り場づくりをしてきましたが、昨年からはオレンジを基調とした売り場を大幅に増やしています。一方、ビジネス向けプリンタに関しても、テクニカルサポートの強化、営業体制の強化などのほか、大型システムやソフトとの連動提案なども増やしていきたい。2009年度に投入する新製品の概要については、まだ詳細はお話できませんが、小型化、多機能化、そしてエンジンの進化には引き続き取り組んでいくことになります。日本では、どうしても「ミシンのブラザー」という印象が強い。本格的に情報機器に取り組み初めてからまだ10年。しかし、「情報のブラザー」というイメージを本格の意味で定着させていかなくてはならない段階に入ってきています。2009年度はそれを加速させる、積極果敢に取り組む1年にするつもりです。

--昨年9月に開催したBrother World JAPAN  008では、プリンタとは異なる領域のいくつかの試作品を見せていましたね。これらが製品化されるのはいつ頃ですか。

片山氏 薄型電子ビューワ(電子ペーパー)は2009年度中には商品化する予定です。当面は、ビジネスユース向けの展開となり、すでに特定のユーザー向けの商談が始まっています。流通業、製造業、金融などでの活用が期待できます。具体的には、修理・保守の現場で薄型電子ビューワを活用した事例も出てきそうです。これらについては、近いうちに正式にご紹介できると思います。薄型電子ビューワのコンシューマ向けの展開はそのあとになります。当社では、すでにコンテンツ配信サービスである「Einy(アイニー)」を開始しており、薄型電子ビューワと連動させた提案も行なっていきたいと考えています。

 一方、眼鏡型の網膜走査ディスプレイについて、製品化に向けた開発を続けています。ブラザーは、2008年には創業100周年を迎えました。歴史を紐解きますと、ブラザーにはさまざまな技術的遺伝子があり、これが組み合わさって新たな製品を作り出している。この遺伝子はこれからも大切にしていきたいと考えいます。

□ブラザーのホームページ
http://www.brother.co.jp/
□ブラザー販売のホームページ
http://www.brother.co.jp/bsl/
□関連記事
【2008年9月3日】ブラザー、インクジェット複合機「MyMio」「Justio」発表会
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0903/brother.htm

バックナンバー

(2009年2月17日)

[Text by 大河原克行]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2009 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.