笠原一輝のユビキタス情報局

見えてきたAMDの新プラットフォームYukonの正体
~6万円以下の低価格ノートPC/ネットブック市場参入を目指す




11月のアナリストミーティングで示されたCongoとYukonの機能を説明するスライド

 Fusionプロセッサの最初の世代になるはずだったBobcat(ボブキャット)の計画が2011年にずれ込んだことで、AMDによる2009年~2010年のミニノートPC向けCPU計画は大幅に見直されたことが、11月にサンノゼで行なわれたアナリスト向けカンファレンスで明らかにされた。

 AMDが明らかにしたのは、2009年にリリースされるミニノートPC向けのプラットフォームの開発コード名は“Yukon”(ユーコン)と“Congo”(コンゴ)の2つで、従来のAMDのノートPC向けCPUがカバーできていなかったTDP 25W以下のサブノートPC、ミニノートPCをカバーする。

 OEMメーカー筋の情報によれば、AMDはこのYukonを20ドル以下という衝撃的な価格設定にしている模様で、ネットブックのみならず、399~599ドル以下の超低価格ノートPCという新しいセグメントの構築を目指していると見られている。

●ネットブックの低価格が、フルノートPCのボトムを59,800円へと押し下げる

 市場を見渡してみれば、ネットブックマーケットのほとんどをIntelのAtom+Intel 945GSEの組み合わせが独占していることは明らかだろう。HP 2133 Mini-Note PCに搭載されているVIA C7-M+CN896という例外もあるが、新モデルのHP Mini 1000ではAtom+Intel 945GSEが選択されており、Intelが市場を独占していると言っていい。

 ネットブックが急速な成長を遂げたことは、CPUメーカーの収益モデルにも大きな変化を与えている。NVIDIA「Ionプラットフォーム」の記事でも触れたとおり、Intelの第3四半期の決算から見えてくることは、Atomが売れたことでCPU全体のASP(平均販売価格)は下落したが、Atomの製造コストがCore 2 DuoやCeleronなどに比べて圧倒的に低いので、結果的に利益は確保できているという新たな状況が起こっている。

 Intelにしてみれば最終的には利益を確保しているため問題はないかもしれないが、AMDのASPはどうだろうか? AMDが発表した第3四半期の決算では、PC向けプロセッサのASPは昨年同時期とほぼ同じとなっており、今のところは減少していないようだ。しかし、仮に今後もネットブックのシェアが大きくなっていくとすれば、それに引っ張られてメインストリーム市場向け製品の価格は下落していく。

 実際、ノートPC市場ではそれが起き始めている。2007年までであれば大手PCメーカーのノートPCの底値は99,800円で、それより安いモデルはキャンペーンモデルや、バーゲンモデルだった。しかし、その状況はここ1年で激変し、59,800円という価格で普通のモデルが各社からラインナップされるようになっている。

 ノートPCベンダーは、ノートPC本体の価格を引き下げる際に、もちろん自社の利益を削るが、コンポーネントベンダーに対してもより安価に部材を提供することを求めていくことになるだろう。

 しかも、ネットブックの興隆がAMDにもたらすのはASPの下落だけではない。参入していないネットブック市場が成長するのであれば、全PC市場におけるAMDのシェアは相対的に低くなる。半導体産業は規模の経済の典型例であるため、シェアを維持するのは何よりも大事なことだ。もし、AMDがこのまま手をこまねいていれば、致命傷にも成りかねない状況なのだ。

●Congo、Yukon、Kite Refreshという3つのソリューションを投入

 仮にこのままネットブック市場が成長を続けるのだとすれば、AMDがとるべき方策は、より低コストで製造できる製品をAtom+Intel 945GSEの対抗製品として投入することだ。現在x86プロセッサの市場はざっくりいってIntelが80%、AMDが20%程度のシェアを占めているのだから、対抗製品が出せるのであればネットブックでもそれだけのマーケットシェアが取れても不思議ではない。

 もちろん、AMDはそうした状況を見据えた製品を用意している。それが11月に行なわれたアナリストミーティングで発表されたCongo、Yukonという2製品だ。また、現行製品(実際には2007年のノートPCのプラットフォーム)であるKite Refresh(カイトリフレッシュ)プラットフォームも値下げして、ネットブック市場に投入されるという。AMDはこれらの製品のリリース時期を2009年の前半とだけ明らかにしているが、OEMメーカー筋の情報によれば、AMDはYukonの投入を第1四半期、それも遅くない時期に設定しているのだという。

 すでに明らかになっているCongo、Yukon、Kite Refreshの3つのプラットフォームのスペックをまとめてみると、次のようになる。

【表】Congo、Yukon、Kite Refresh(AMDが発表した資料より作成、一部筆者予想)
  Congo Yukon Kite Refresh
CPU コードネーム Conesus Huron Sherman
コア数 2 1 1
パッケージ BGA BGA mPGA(Socket S1)
チップセット コードネーム RS780M+SB710 RS690E+SB600 RS690E+SB600
GPU Radeon HD 3200 Radeon X1250 Radeon X1250
動画再生支援 AVIVO HD AVIVO AVIVO
ターゲット市場 低価格ノートPC 低価格ノートPC/ネットブック ネットブック

 大きな違いはCPUとチップセットになる。3つのうち最上位に位置するのはCongoで、CPUはデュアルコアのConesus。チップセットはRS780、つまりAMD M780Gになり、MPEG-4 AVCやWMVのHD動画をハードウェアデコードできるAvivo HDに対応している。YukonはCPUがシングルコアのHuronとなり、チップセットはRS690、つまりAMD M690となる。

 CPUであるConesus、Huronに関しては前者がデュアルコア、後者がシングルコアという以外は公式には発表されていないが、OEMメーカー筋の情報によれば、いずれもベースになるのは65nmプロセスルールのK8コアで、ConesusはAthlon 64 X2 Dual-Core for Notebooks(Turion 64 X2の廉価版)とほぼ同等の機能を持っており、デュアルチャネルメモリコントローラを内蔵し、共有のL2キャッシュ容量は1MBとなっている。SKUは1つで1.60GHz、TDP(熱設計消費電力)は18Wだという。

 これに対して、Huronはシングルコアとなり、メモリコントローラはシングルチャネル、128KBのL1キャッシュ、256KBのL2キャッシュという構成だ。つまり、モバイル向けのSempronがベースになっていると考えることができる。SKUは2つ用意されており、1.50GHzでTDPが15Wというモデルと、1GHzでTDPが8Wというモデルとなる。

 ConesusとHuronには新しく開発されたBGAパッケージが採用される。従来のCPUソケットを利用する場合に比べて、高さが半分程度になるので、ミニノートPCなど薄さが問題になる製品でメリットがある。なお、Kite RefreshとYukonの違いは、この点だけで、それ以外の点はCPUもチップセットも同等となっている。このため、YukonはミニノートPCとネットブックの両方を、Kite Refreshはネットブックのみがターゲットとなっている。

●20ドルを切る意欲的な価格設定

 とどのつまりYukonはSempronを新しいパッケージに入れて、クロック周波数を抑え気味にすることで、消費電力を下げた製品だ。新規に開発されたのはパッケージのみなので、開発にかかるコストはそのパッケージと動作検証程度ということになる。つまり、非常に低コストで開発された製品と言える。また、すでに潤沢にある65nmプロセスルールのダイをそのまま転用するので、もし在庫が多数あるのであれば、それを処理するという意味でも低価格をつけやすい製品と言える。

 こうしたこともあってか、AMDはこのYukonやKite Refreshに非常に意欲的な価格設定をしているという。あるOEMメーカーの関係者によれば「AMDがこの話を持ってきた時には、CPU+ノース+サウスで20ドル以下という価格を提示してきた」とのことで、それが事実であれば、IntelのAtom+Intel 945GSEより安価だ。

 かつ、その価格には、OEMメーカーがどのようなプラットフォームを作るか、AMDからの条件や制限は特にないのだという。例えば、RS780/RS690ともにPCI Express x16が用意されており、ここにAMDのMobility Radeon HD 3450などを接続することも可能だ。このため、現在のネットブックと同じような価格帯で14型液晶のノートPCを製造することも可能になる。

 あるOEMメーカーの関係者は「台湾のODMメーカーがすでにYukonやKite Refreshを採用した低価格ノートPCの試作品を製造し、OEMメーカーなどに説明して回っている。その価格のターゲットは399ドルだ」と述べており、その話が事実だとすれば、現在は599ドルが底値となっている一般ノートPCの最低価格が、399ドルまで下がってくる可能性すらでてくる。つまり、ノートPCベンダが、299~599ドルのネットブック市場だけでなく、399~599ドルという新しい価格帯のノートPCの積極的に取り組んでいくものと見られる。

 なお、Congoに関しては現時点では価格に関する情報はないが、デュアルコアのAthlon 64 X2と同じCPUコアを採用していることや、マイクロソフトのULCPC規定では許可されていないDirect3D 10対応GPUを統合しているRS780チップセットを採用していることなどから、ネットブックよりは上のセグメント、つまりはメインストリーム市場をターゲットとした製品と考えるのが妥当だろう。

●AMDが参入しない選択肢はあり得ないが、懸念事項も

 しかし、この新しいチャレンジには、いくつかの懸念がある。1つは、製造コストの問題だ。すでに述べたように、YukonはK8コア、RS690という既存の製品を組み合わせた製品で、開発コストは非常に低コスト、かつ在庫となっている分があるならそれを掃くことができるという意味で、安く提供できる製品ということが言える。

 しかし、在庫がなくなると、当然製造しなければいけなくなる。ダイサイズが小さく非常に低コストで製造できるAtomとは異なり、Yukonに利用されている半導体のダイは、AMDのメインストリーム向けの製品と同じだけの製造コストがかかることになる。まもなくAMDのCPUも45nmプロセスルールへ本格的に移行することになるため、65nmプロセスルールのラインが空いて、そこで低コストで作れるようになるとはいえ、原料や工場の維持費などの固定費はかかるので、Atomほど低コストで作るのは難しいだろう。従って赤字とまではいかなくとも、利益はかなり小さくなる可能性が高い。

 もう1つ忘れてはならないことは、この製品を出した結果、、Sempron+AMD M780GなどでカバーしていたメインストリームノートPCがYukonに置き換わってしまうと、AMDのASPが下がり、かつ利益も減少するだで、最悪の結果となってしまう。

 もっとも、ネットブック市場はすでに本格的に立ち上がっており、今後も成長することが予想されている以上、AMDとしてもシェアを取りに行かねばならない。そうしなければ、半導体メーカーとしての存在意義を問われる事態になってしまう。つまり、AMDにとってはこの道しかなかった、とも言える。

●エンドユーザーに新しい選択肢をもたらすという意味で大歓迎

 エンドユーザーにとっては、AMDのこの動向は歓迎してよい動きだと言える。冒頭でも述べたとおり、現在ネットブックの市場はほぼIntelに独占されており、他の選択肢はほとんどない状況だ。しかし、Intel 945GSEの3D性能は正直満足できるものではない。それと比べると、Yukonやその上位版となるCongoのチップセットであるRS690やRS780の内蔵グラフィックスは非常に評価が高い。

 また、仮に399ドルの14型ノートPCが実現されれば、ローコストなノートPCは欲しいが、持ち運ばないのでもう少し大きなキーボードと液晶が欲しいと考えていたユーザーには福音となる。

 NVIDIAのIonプラットフォームや、AMDのCongo/Yukonによって、ネットブック、そして低価格ノートPC市場に新しい展開が生まれてくる可能性は高く、その動向には今後も目が離せそうにない。

□AMDのホームページ(英文)
http://www.amd.com/
□2008 Financial Analyst Dayのページ(英文)
http://www.amd.com/us-en/Corporate/InvestorRelations/0,,51_306_15891,00.html
□関連記事
【12月18日】【笠原】NVIDIA、Atom向け“Ionプラットフォーム”を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1218/ubiq237.htm
【11月14日】【海外】AMDが新マイクロアーキテクチャCPU「Orochi」と「Ontario」を2011年に計画
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1114/kaigai476.htm

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(2008年12月22日)

[Reported by 笠原一輝]


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