前EMIミュージック・ジャパン(旧・東芝EMI)の堂山昌司氏が、2008年7月にマイクロソフト入りしてから約半年が経過した。この間、マイクロソフトのコンシューマ事業は、コンシューマ&オンライン事業部(COI)の新設のほか、Windowsの新たなブランディング戦略を開始。そして、12月からはWindows Liveの新たなサービスもスタートした。また、9月には、業界の枠を越えた企業が参加するWDLCの会長に、堂山副社長自らが就任。関連各社を巻き込んだ施策も加速し始めている。 個人消費の抑制が叫ばれるものの、コンシューマPC市場は、販売台数ベースで前年同期比2桁増の成長を遂げるなか、マイクロソフトのコンシューマ事業は今後どうなるのだろうか。また、堂山副社長のこれまでの経験は、マイクロソフトのコンシューマ事業にどう生かされることになるのか。マイクロソフトの堂山昌司代表執行役副社長に話を聞いた。 --WDLCの会長に就任した際の会見で、2011年には、国内コンシューマPC市場を、現在の2倍となる1,000万台規模の市場にしたいと抱負を語りました。正直、この発言には驚きました。
堂山 日本におけるPCの利用状況を見れば、まだまだポテンシャルがある。個人へのPC普及率を見ると、オーストラリアよりも低いほどです。米国の人口とPCの普及台数を見れば、日本のコンシューマPCの年間出荷台数は倍増するぐらいの可能性が十分にあります。マイクロソフトとしては、すばらしいOSをPCに載せるのと同じぐらい、どうやったらPCに興味を持ってもらえるか、ということを考えなくてはならない。 例えば、ネットブックは、ローエンドのPC領域を創出し、価格の面からユーザーが手に取りやすいものを初めて提供することに成功した。これまで、PCが高いと思っていた人にも、手にとってもらえるようになった。ただ、この先にやらなくてはならないことがたくさんある。ネットブックを買ってきて、箱を開けるまではいいが、ネットに接続するのに時間がかかり、ある程度の知識が求められる。私だって、困ってしまうぐらいです(笑)。無線LAN環境まで含めて、簡単にネットにつながるようにしなくてはならない。 もう1つ重要なのは、PCを使ってなにをするか、なにができるかを明確にすることです。教育現場で、宿題はすべてデジタルデータで提出するようにということになれば、PCの利用が促進される。これも普及に向けた1つの手段です。小学校で積極的に利用されれば、PCのエントリーエイジを引き下げる効果もある。米国と日本とを比べると、初めてPCを利用する年齢には差があります。小学校高学年ぐらいから、自分用のPCを所有する環境を作りたい。PCを小学校の学習に生かすことで、教育効果を引き上げることもできるでしょう。携帯電話と同じ価格で買えるほどのPCの低価格化は、こうした教育分野への広がりにも寄与することになると期待しています。ただ、当然のことながら、それでもPCが高いという人もいる。そうした人たちに向けて、デジタルデバイドが生じないように、全国の図書館に、自由に使えるPCを配置するなど、パブリックスペースのPCを増やす必要もある。こうした働きかけも必要だといえます。 --これは、何年後を想定した話ですか。 堂山 3年から5年。3年間、号令をかけて、結果がでるのが5年後というイメージです。 --かなりの短期間ですね。 堂山 私はせっかちなので(笑)、それ以上はなかなか待てない。教育分野という点では、文部科学省との話し合いも積極的にやっていかなくてはならないでしょうし、クラウドコンピューティングを活用した広告モデルでのアプリケーションの提供や、PCの無料提供といった新たなビジネスモデルを模索する必要もある。多くの人たちに共通している意見は、一家に1台から、一人に1台の環境が望ましいという点です。それを実現するためになにをすべきかをマイクロソフトがリーダーシップを取って提案していかなくてはならないと思っています。 --過去にも無料PCが存在しましたが、ビジネスモデルが成り立たなかった経緯があります。また、教育利用についても、現場の教師のITスキルの問題などもあり、思うように利用が進んでいないのが現状です。 堂山 かつての事例については詳しくは知りません。しかし、明らかなのは当時と状況がまったく異なるという点です。私はレコード会社時代に、東芝のLibrettoを50台導入し、営業担当者に持たせたことがあった。店舗からオーダーシートを入力したり、報告書をまとめてもらうことで、業務の効率化を図ろうとした。ところがこれが大失敗した。それに適したアプリケーションがなかったこと、無線環境がなく、出先からデータを送信するという環境が整っていなかった。いまならば、スマートフォンでできるようなことが、当時は最先端のPCでもできなかったのです。考え方ややり方は間違っていないのですが、時代が早すぎた。同様に、無料PCモデルも時代が早すぎたのではないでしょうか。しかし、いまでは、キーボードに距離感がある人が減り、ネットワークインフラが整い、さらにケータイでのメールコミュニケーションが一般化し、ライフスタイルが大きく変化している。ユビキタスという環境がいよいよ実現されようとしている。PCの価格もさらに下がってきた。こうしたことを考えると、いまこそ、一人一台の環境の実現に向けて、さまざまな手が打てるチャンスが訪れたといえるのではないでしょうか。 ●来年7月にもサービス企画部を設置へ --そのなかにおいて、マイクロソフトの役割はなんですか。 堂山 マイクロソフトは、ソフト+サービスに取り組んでいくことを掲げていますが、とくにサービスという点でさまざまなものを提案していかなくてはならない。Windowsを使って、どんなサービスを提供できるのか、そして、どう使えるのか、どう役立つのかを明確にしなくてはなりません。そのためには、いまの組織体制では不十分だと思っています。7月にCOIを立ち上げ、さらに、Windowsのブランディング戦略を変更したことで、Windows Vista、Windows Mobile、Windows Liveを連携した形でのマーケティングを開始した。ところが、具体的にサービスモデルを考える部門がない。ハード、ソフトは揃った。だが、使えるのが、サーチやポータルといったサービスだけでは面白くない。もっと魅力的なサービスがないと普及は加速しないのです。 --サービス企画部は、いつから動きだしますか。 堂山 新年度から始まる2009年7月には新組織を設置したいと思っています。 --いまプランがあって、設置は半年先の話ですから、これは、逆にゆっくりしていますね(笑) 堂山 マイクロソフトが提供するサービスは、単にサービスの観点から立案されたものでは片手落ちです。きちっと、テクノロジーと結びついているものではなくてはならない。携帯電話、ウェブ、PCとが連携した、技術をベースにしたサービス創出が求められる。そのために適任といえる人材を社内外から集め、24時間、サービスのことだけを考えている組織にしなくてならない。急いで組織を作っても、中身がなくては意味がありませんからね。 --コンシューマ事業におけるサービスの売り上げ比率は、将来的にはどうなると見ていますか。 堂山 いまでもMSNによる広告収入や、アドセンターのような広告プラットフォームによる収入が2割程度を占めています。これを5年後には7割程度を占める事業構成にしたい。その時には、いま考えられるサービス以外にも、さまざまなサービスが展開されているのではないでしょうか。 ●2009年後半はWindows 7にフォーカス --2009年は、コンシューマ&オンライン事業部にとって、どんな1年になりますか。 堂山 1つは、携帯電話とウェブ、PCをつなげたサービスの提供を加速することになります。具体的なものとして、まずは、フォトシェアリングを切り口に提案していきます。データを預け、それを複数の人がシェアし、さらに、フォトフレームのようなさまざまなデバイスとも連動する。これが2009年前半に形になってきます。そして、まだ、具体的な時期には言及できませんが、2009年後半はWindows 7が1つのポイントになってくるのは明らかです。この大きなヤマに、なにができるのか、ということを考える必要がある。東芝EMIの時は、年間1,000タイトルを新譜としてリリースしていたわけですから、毎日のように盛り上げる必要がある(笑)。しかし、Windowsのリリースは、数年に一度。ここに照準をあわせ、なにができるのか、どんな役に立つのかということを前提とした仕掛けを考えていきます。 また、市況が低迷すると、量販店の店員を削減したり、教育に時間をかけられなくなるという悪いサイクルに陥りやすくなる。PCは、説明すればするほど売りやすい商品です。良いサービスを、わかりやすメッセージで伝える必要がある。WDLCの会長としても、量販店の方々とのパートナーシップで強化し、こうしたサイクルに陥らないように提案していきたい。これも、2009年の重要なテーマだと考えています。 --これまでの堂山副社長の経験は、どんな形で、マイクロソフトのコンシューマ事業に生かされることになりますか。 堂山 私がレコード会社に在籍していたときに、ちょうどCDパッケージから音楽配信への転換という、大きな変化がありました。ナップスターやiTunesが登場するまでゼロだった音楽配信が、わずか4年で売り上げの25%を占めるまでになった。楽曲のなかには100万ダウンロードを超えるものまで出てきた。新たなサービスが創出され、それによって、業界構造が一瞬にして変革してしまう様子を目の当たりにしてきました。いま、PC産業は、クラウドコンピューティングという新たなサービスモデルが創出され、大きな変革点に差し掛かっている。かつての音楽業界の様子と、これがダブってみえるのです。こうした変革点に、なにが起こるのか、なにをすればいいのか、という点で、これまでの経験が生きるはずです。OS、アプリケーションソフトの次のフォーマットとなる、クラウドコンピューティングを、どうユーザーに届けていくのかを考えていきたい。 ●マイクロソフトに感じるソニーの匂い --外から見ていたマイクロソフトと、社内に入って感じるマイクロソフトに、差はありますか。 堂山 意外だと思ったのは、マイクロソフトの社員が、自分たちの会社は悪者だとか、他社から嫌われているという意識を、あまりにも強く持ちすぎていることです。確かにパートナーとの話のなかでは、冗談半分に、「また、おいしいところだけ、マイクロソフトが持っていっちゃうんでしょう」というようなことを言われることはあります。しかし、私のソニー時代からの経験でも、そんなことを思ったことはありませんでしたし、パートナーとの話し合いのなかでも、そうした敵対心みたいなものはほとんど感じません。 また、想像以上だったのは、社員が仕事に非常に熱心だということです。飲みに行ってまで、仕事の話をしているぐらいですからね(笑)。そして、マイクロソフトのテクノロジーが好きで、ソフトウェアが好きな社員が集まっていることも、想像以上でした。マイクロソフトは技術指向の会社ですから、それが前面に出過ぎることもある。場合によっては、それが走りすぎて、メッセージの送り方を間違ってしまうこともある。そうした点での舵取りをしっかりやっていく必要があると感じています。 レコード会社では、多くのアーティストと仕事をしてきました。彼らは、クリエイティブな仕事をする人たちです。そして、マイクロソフトのエンジニアもクリエイティブな仕事をする人たちであり、マーケティング部門の人たちも同様にクリエイティブな人たちだと思っています。こうした優秀なクリエイターたちと仕事ができる楽しみはありますね。 --そもそもマイクロソフト入りしたきっかけはなんですか。 堂山 私はこれまでハードとコンテンツの双方に携わってきましたが、ハードとの接点であるソフト、そして、コンテンツとの接点であるソフトに興味がありました。それが結びつくことで、どんなことができるのか。ソフト+サービスは、まさに消費者との接点であり、そして、新たな世界が創出されようとしている。スクラッチから作り上げるというのは、私の好きな仕事ですし、前日本法人社長のダレン(=ダレン・ヒューストン氏、現・米マイクロソフトコンシューマー&オンライン インターナショナル担当副社長)とも息があった。マイクロソフトは、ベンチャーの雰囲気を強く残している会社。ソニーが持つような懐かしい匂いもある。面接を受けていて、「この会社に入りたいなぁ」と思っていましたよ(笑)。
--グーグル日本法人の社長に、辻野晃一郎氏が就任しましたね。堂山副社長は、ソニーで一緒に仕事をした経験がありますか。 堂山 ソニー時代には、なんども話をしていますし、アイデアをもらったこともあります。辻野さんが、ソニーでコネクト事業を担当していたときには、コネクトの記者会見に、東芝EMIの社長として参加させていただいたこともありますよ。 --同じ分野での仕事になりますね。ライバル意識はありますか。 堂山 グーグルとは、競争相手という意識はありません。むしろ、グーグルがあって、ヤフーがあって、そして、マイクロソフトがあって、コンシューマ市場が広がると考えています。まだまだ市場は拡大期であり、手探りの時期です。各社のサービスによって、ユーザーがメリットを得られれば、それで市場が広がる。それに私自身、あまり相手をライバル視することがない。これは、ポリシーでもあるのですが、人のいいところを見つけて、それを取り入れようという気持ちの方が強い。悪いところを見つけて、それを突っついても、自分は成長しないですからね。もともと出世したいという気持ちがありませんでしたし(笑)、やりたいことをやるというのが、私の仕事のやり方です(笑)。いまは、国内のコンシューマPC市場を拡大するにはどうしたらいいかということばかりを考えていますよ。マイクロソフトに移って後悔したかと聞かれれば、この忙しさだけは後悔しています(笑) ●夢はソニーの社長になること --堂山副社長のこれまでの経験から、ビジネスマンが20代、30代にやっておくべきことはなんであるか、を教えていただけますか。 堂山 1つは夢を持つことですね。私は、やはりソニーという会社が大好きなんですよ。ソニーには、いつも勝っていてほしいと思っていますし、ソニーの製品は魅力的であってほしいと思う。こういうと、かなり誤解を招くことになりますが、夢は、ソニーの社長になりたいということなんです(笑)。いまでもそう思っていますよ。本当になれるとか、なれないとかの話ではなく、そうした夢を持って仕事をすることが必要なんです。ソニーに入社した時に、海外事業本部への配属を希望していたのですが、最初の配属は国内営業部門。私にとっては、考えられない配属だったのです。最初に自己紹介したときに、役員に向かって、「この配属の意味が、いまだにわかりません」とくってかかったほどで(笑)。ただ、そのときに役員から、「ソニーのなかでモノを売る部門はここだけ。それを勉強するつもりでやってみろ」といわれました。ソニーの新入社員ですから、ソニーは売れて当たり前、価格も高くて当たり前、利益も他社より確保できるのは当然、という気持ちで、量販店に出向くわけです。それが、店頭に行くと、通用しないことをいきなり実感させられる。山梨、新潟、長野、そして秋葉原というように、2年間に渡って量販店を担当させていただきましたが、この間、お客様とはどういうものか、社会とはなにか、お金の動きはどうなるのかといったことが勉強できましたし、きちっとした価値やサービスを売らなければならないということを身を持って体験した。自社の製品をお客様に売るためには、製品の強さや弱さ、あるいは良いところ、悪いところを知り、それを他社と比較できなくてはならない。そのやり方も学ぶことができた。十数年間、ソニーに在籍したなかで、この部門に配属されたことが一番の思い出になっています。営業現場というのは、ビジネスマンにとって大きな勉強の機会になる。さまざまなことが吸収できる若い時期に、営業経験をすることは、自分を大きく成長させることができます。 また、いまは、仕事で力を発揮できない場面にあったとしても、同じ会社のなかで、場所を変えるだけで、力を発揮する人もいる。そんな例はたくさん見てきました。マイクロソフトのなかでもそういう人がいるはずです。働く場所を変えるということにも自ら挑むことも必要ですし、たまたまチャレンジしたことが、自分の力を発揮することにつながったということもある。いろいろなことに挑戦してみることが必要ではないでしょうか。そういう場を提供することも、私の役目だと思っています。 □関連記事 (2008年12月19日) [Text by 大河原克行]
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