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故障を事前に察知する研究の国際会議
「PHM 2008」前日レポート

会期:10月6日~10月9日(現地時間)

会場:米国コロラド州デンバー市 Marriott Tech Center



 PCやTV、カメラ、携帯電話機などが故障したとき、ユーザーである私たちは、その原因をすぐに知ることはできないし、故障を修理することもできない。あるときに突然、故障していたり、うまく動作しなかったりといった不具合に私たちは遭遇する。そして故障の原因を探したり、サービス拠点に持ち込んで修理を依頼したりする。いずれにせよ、不具合が予期せずに起こる。

 PCやTVなどのシステムの設計思想にはこれまで、「壊れにくさ」が根底にあった。「なるべく壊れないシステム」を実現しようとする。もちろん、設計コストや部品コスト、製造コスト、競合製品の価格といった現実的な制約はつきまとう。「実用的に支障ないレベルの信頼性を、適切なコストと価格で実現した」のが普通のシステムである。

 しかしこの考え方では、今後は不十分であるとの認識が生まれている。ユーザーにとって故障の発生は予期せぬ事態であり、その損失は小さくない。一方でシステムが複雑になればなるほど、原理的には「壊れにくいシステム」の実現は難しくなる。

 そこで逆に、システムの動作状態を常にモニターし、故障に至らない程度の異常値を検出することで、故障に至るまでの時間をあらかじめ予測しようという考え方が出てきた。システムを構成する部品の1つが何時間後に故障するかをある時点で前もって検知できれば、故障発生前に部品を交換することでシステムの故障発生を防げる。突然の故障発生によるコスト損失に比べれば、予定された部品交換によるコスト損失ははるかに小さなものになる。

 この故障予測技術は「プログノスティクス(Prognostics)」と呼ばれている。米国の軍事産業と航空産業を中心に、研究が進められてきた学問である。軍事システム、すなわち兵器システムは、故障が多くの人命に関わるミッション・クリティカルなシステムだ。実戦で偶発的にせよ、兵器システムに不具合が発生することは、許容し難い損失を招く恐れがある。その点については航空機も同様である。大量の人員を輸送する旅客機では、わずかな不具合が命取りになりかねない。言い換えれば、故障をあらかじめ予測することが、きわめて大きな利益をもたらす分野なのである。

 故障予測に必須の技術であり、故障予測の前段階ともいえるのが、故障診断技術である。「ダイアグノスティクス(Diagnostics)」と呼ばれる。センサー回路やテスト回路などによってシステムの状態を監視し、システムの異常や不具合などを検知する。不具合を検知したあとの処理はホスト側にまかせられる。航空機や自動車などではエンジンをとめたり、PCや家電機器などでは電源を遮断したりする。

 故障診断では、不具合の種類によって不具合発生後の処理内容が変わる。システムを止めてしまうのが最も簡単な方法なのだが、ユーザーに与える損失は小さくない。例えば自動車では、エンジンをとめてしまっては最も近くの自動車サービスセンターに行くことすらできない。そこでエンジンを止めずに、回転数を一定値以下に抑える。ノロノロ運転になるが、自動車サービスセンターにはたどりつける。

 ここで分かるのは、検知した後の処理内容が非常に大切だということだ。不具合や故障などの観点でシステムの状態を管理する技術が求められる。この技術は「ヘルス・マネジメント(Health Management)」と呼ばれており、すでに研究が始められている。人間の健康管理と間違いそうな呼び方だが、対象はシステムである。

 これらの技術を研究する分野は比較的新しく、研究者は軍関係と航空宇宙関係に限定されていた。それが最近ではPCや家電、自動車エレクトロニクスなどのシステムが研究対象になってきた。研究者の数が増え、対象分野が急速に増えている。

 そこで、故障予測技術や故障診断技術などを対象とする初めての国際会議「PHM 2008(International Conference on Prognostics and Health Management 2008)」が米国で開催されることとなった。会期は10月6日~9日の4日間(以下すべて現地時間)、会場は米コロラド州デンバー市のMarriott Tech Center。

 PHMが扱う寿命予測はきわめて難しいテーマであり、研究期間は非常に長いもの、例えば20年~30年といったスパンになると予想する。長期間にわたって研究が続けられていくことは間違いない。

 それでは、第1回となるPHM 2008の概要と注目の発表を紹介しよう。

●10月6日:チュートリアルとポスター講演

 初日である10月6日は、午前と午後にチュートリアルセッション(入門セミナー)が予定されている。チュートリアルは3つのセッションが並行して開催される。テーマは(1)故障診断技術(Diagnostics)、(2)故障予測技術(Prognostics)、(3)PHMの応用技術、である。

 国際学術会議では、初日にチュートリアル、2日目に基調講演を予定し、基調講演の後に技術発表する場合が多い。しかしPHM 2008では、基調講演の前日に技術発表が予定されている。すなわち10月6日の夕方~夜にはポスターセッションがある。

 このセッションでは25件ほどの発表が予定されている。ハイブリッド自動車の状態診断技術、分散システムの診断と保守の研究成果、ハード・ディスク装置(HDD)の残存寿命推定技術といった研究成果が披露される。

●10月7日:故障予測技術の将来像を展望

 2日目の10月7日は、ゼネラル・セッションで始まる。最初にキーノート講演がある。故障予測技術の代表的な研究機関である米国Maryland大学のCALCE(Center for Advanced Life Cycle Engineering)でディレクターを務めるMichael Pecht教授が、故障予測技術(Prognostics)の将来像を展望する。

 その後は技術講演セッションとなる。3つのセッションが並行して進む。「エレクトロニクス用PHM」、「モデリングとシミュレーション」、「PHMコンテストの表彰」である。ここでは、エレクトロニクス開発でPHMに投資したときの見返りを解析した研究や、シグナル・インテグリティ(電気信号の品質)からデジタル機器の状態を診断する研究などが面白そうだ。

 昼食休憩を挟んで午後の前半も、3つの技術講演セッションが同時に進行する。セッションのテーマは「ヘルスマネジメントシステムの設計」、「標準化とメソドロジ(I)」、「バッテリ用PHM」である。ここではバッテリの故障診断や寿命予測に関する発表に注目したい。

 午後の後半も、並行して3つの技術講演セッションが予定されている。テーマは「不確実性(Uncertainty)」、「標準化とメソドロジ(II)」、「センサー」である。初期不良の分布が航空機の故障予測精度に与える影響を解析した発表や、センサー群を利用した車両の状態モニタリング技術の発表などが興味深い。

 10月7日の夕方~夜にも、ポスターセッションが組まれている。28件の発表が予定されている。電源電流の傾向から電子システムの状態を診断する技術、DC-DCフォワードコンバータの異常検出技術、航空機におけるハンダ付け熱劣化の診断技術、排気ガスの温度から内燃機関エンジンの耐久性を診断する技術、などに注目したい。

●10月8日:現代の兵器システムが抱える課題

 3日目の10月8日も、前日と同様のゼネラル・セッションとキーノート講演で始まる。兵器システム大手メーカーの米Lockheed MartinでMissiles and Fire Control(ミサイル管制および火器管制)部門のプログラム・ディレクタを務めるTerry Shultz氏が、現代兵器が抱える課題とPHM技術の役割を述べる。

 その後はPHM技術の教育に関するパネルディスカッションを挟んで、技術講演セッションとなる。これも前日と同様、3つのセッションが同時に進行する。テーマは「エレクトロニクス用PHM」、「異常検出と状態診断」、「自動再構成」で、興味深い講演が並ぶ。電気配線の劣化を初期に検出する技術、鉛フリーはんだで組み立てた航空機用電子機器の間欠不良評価、オンライン故障予測を目指した統計分析、アクチュエータの部分的な不良を修理する技術、リアルタイムでの故障検出と修理に関する研究、などの発表がある。

 昼食休憩を挟んで8日午後の前半も、3つの技術講演が同時並行で進む。テーマは「データ駆動手法」、「標準化とメソドロジ(III)」、「モデルベースのPHM」である。このセッションでは、故障するまでの期間予測技術を航空機の補助動力装置(APU)に応用した事例が報告される。

 8日午後の後半も、3つのセッションが並行して開催される。テーマは「データ駆動手法」、「エレクトロニクス用PHM」、「PHM向けの材料とデバイス」である。積層セラミック・コンデンサの故障診断技術、ICソケットのコンタクト抵抗モニタリング技術、ワイヤレスの組み込みデバイス群によるシステムの分散モニタリング技術、といった講演に注目したい。

 最終日である10月9日は、午前中だけのプログラムでお開きとなる。最初はゼネラル・セッションとキーノート講演で始まる。米DARPA/Strategic Analysisでコンサルティング・システム・エンジニアを務めるWilliam Scheuren博士が、既存の材料を用いた寿命予測について講演する。その後はパネルディスカッションで、故障診断技術と寿命予測技術の可能性を議論する。

 このほかにも興味深い技術発表が少なくない。詳しい内容は現地から随時、レポートをお届けする。

□PHM 2008のホームページ(英文)
http://www.phmconf.org/
□関連記事
【2008年4月30日】【2008 IRPS】PCやデジタル家電などの寿命をあらかじめ予測する
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0430/irps01.htm

(2008年10月6日)

[Reported by 福田昭]

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