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Xbox 360のOSはネットワーク型へ移行




●Xbox 360のOSを刷新するMicrosoft

マイクロソフト デベロップメント、ホーム&エンターテイメント事業本部プラットフォーム開発統括部、統括部長 間中信一氏

 MicrosoftはXbox 360のOSに抜本的なアップデートをかける。「New Xbox Experience」と総称される、新ユーザーインターフェイス(UI)やサービスの集大成で、3Dアバタ(分身)が導入される。Xbox 360の新UIは、7月のE3で発表され、話題を呼んだ。しかし、Microsoftは、OSの表面であるUIを変えるだけではない。OSの構造自体も変えようとしている。

 具体的には、Xbox 360の新OSは、ゲーム機本体にあるのではなく、ネットワークのバックエンド側のサーバー側に存在するものに変わると見られる。ネットワーク経由でOSとその上のコンポーネントの多くをゲーム機に配信する、ネットワークコンピュータライクなスタイルになる。マイクロソフトの間中信一氏(マイクロソフト デベロップメント、ホーム&エンターテイメント事業本部プラットフォーム開発統括部、統括部長)は、先週東京で開催されたマイクロソフトのゲームデベロッパ向けカンファレンス「Gamefest」で次のように説明した。

 「Xbox 360のダッシュボード(現行OSのUI)の画面には、コンソールのROMにはいっているものと、Liveサービスとしてバックエンドから送っている部分がある。しかし、新しい『Xbox Experience』の中では、ほとんどの部分で、Liveサービスとしてバックエンドのデータセンターから、いろんなメニューを送る形に変えつつある。こうすることで、常に新しい情報をユーザーに提供できるというメリットと、システム側の変更が随時行なえる、これは我々の都合が一部あるが、そうした利点がある」

 新OSでは、UIのメニューみならず、システムソフトウェア全体の多くの部分がネットワーク型へと変わると見られる。システムソフトウェアは、Xbox 360ゲーム機本体で“キャッシュ”されるような形態になるという。言ってみれば、従来のXbox 360のOSはゲーム機本体に保存されたが、新OSからはOSの本体はサーバー側にありゲーム機側にあるのはキャッシュとなるイメージだ。

●OSを大容量化したストレージでキャッシュ

 Xbox 360のライフサイクルのちょうど中間地点でのOSの刷新。しかし、Microsoftは、まだ新OSの具体的な実装の詳細を明らかにしていない。そのため、実際にどの程度まで動的な配信型のOSになるのか、わかっていない。

 だが、断片的な情報から見える新OSでのXbox 360は、シンクライアントやネットワークコンピュータに近いように見える。ネットワークコンピュータでは、クライアント側にはローダーまたは小型のリアルタイムOSだけを乗せて、それ以外のソフトウェア層はすべてネットワーク経由で供給する。Xbox 360も、似たようなスタイルを取ることになりそうだ。

 家庭用のゲーム機で、それもインターネット経由で、ネットワーク配信型のモデルを取る場合の最大の問題は、もちろんパフォーマンスと快適度だ。入力に対する応答性はゲーム機を使う場合の快適度のカギとなる。間中氏は「パフォーマンスについては我々も注意をしている。サクサクと動けるようにと考えている」と語る。

 具体的には、本体側のストレージであるHDD(HDDを持たない機種ではフラッシュメモリ)にOSやその上のUIで表示する素材などをキャッシュする。起動時にネットワークにつながっていればサーバーをチェック&ダウンロードするが、基本的にはキャッシュで動作できるようだ。ゲーム機という性格上、完全にネットワーク依存というスタイルにはできないと見られる。

 新OSでリッチになるUIも、キャッシングによって、軽く動作できるようにする構想だ。Microsoftは、以前からこうしたソフトウェア構造への切り替えを計画しており、Xbox 360の内蔵ストレージ容量を強化して来たのは、そのための伏線でもあったという。ストレージに余裕があれば、キャッシングにより、より快適に利用できることになる。

Xbox360の現状 ダッシュボード&ガイド HDDからのゲームプレイが可能に

アバター アバターとゲームの統合 Xbox Liveパーティ

ゲーム内のXbox Liveパーティ ゲーム内のアバターの利用 デフォルトレンダリング機能

ゲーム内のアバターのレンダリング キャラクターとしてのアバター プレイヤーとしてのアバター

将来のロードマップ ダッシュボードコミュニティ 秋のアップデート内容

ゲームタイトルでの実装 技術的な注意事項

●ゲーム機の重荷となっている互換性問題

 MicrosoftがゲームコンソールのOSをネットワーク配信型にする大きな理由は、ゲームコンソールが直面する互換性問題にあると見られる。間中氏が「システム側の変更が随時行なえる、これは我々の都合が一部ある」と触れているのが、このポイントだ。

 前世代までのゲーム機(PlayStation 2やXbox 1など)は、ハード側にはローダー程度のソフトウェアしか持っていなかった。OSやライブラリやドライバのほとんどはゲームディスク側に搭載する、DOS時代のPCと似たようなソフトウェア環境だった。

 そのため、ゲームプログラムとOS/ライブラリとの間の互換性は、ディスク上だけで確保すればよかった。ゲームディスクに収録されたバージョンのOSと、ゲームソフトウェアの互換性が保証されていれば実行上問題はなかった。ゲーム機ベンダーは、ハードウェアの一貫性を保ち、ハードが同じ挙動をすることを保証することで、このシステムを維持していた。

 それに対して、今世代ではゲーム機本体側に、OSや基本のライブラリ、デバイスドライバの多くが載っている。PCと似通ったソフトウェアモデルであり、前世代ゲーム機とは根本から異なっている。利点は、ソフトウェア層で互換を維持するため、ハードウェア側の変更が容易になることだ。従来のゲーム機のように、完全に100%のハードウェア互換を維持する必要がなく、現在のようにゲーム機ハードウェア自体を比較的自由に拡張していくことができる。チップのマイクロアーキテクチャ上の改良でも、制約が少ない。

 だが、そのために、ゲーム機本体側に搭載されたOSなどソフトウェアモジュールと、ディスク側のソフトウェアの間の互換性を確保する必要が出た。現在のPCでは当たり前のことだが、この互換性確保はじつは非常に難しい。PCソフトウェアでしばしば直面する互換性の問題が、ゲーム機にも生じつつある。

 そして、この問題は、ゲーム機のライフサイクルの後に行けば行くほど増大する。ゲームタイトル数×システムソフトバリエーション数×ハードウェアバリエーション数の検証が必要となるからだ。すでに出荷されているゲームソフトウェアに対しての後方互換性を維持しつつ、機能アップを図っていく必要がある。PCほどではないものの、PCと同じ互換性の苦しみをゲーム機も抱え始めている。

●互換性問題を抜本から解決できるネットワーク配信

 現世代のゲーム機は、この問題を解決するために、頻繁なシステムソフトウェアアップデートを行なっている。エンドユーザーにノーティス(告知)を出して、サーバー側からアップデートをダウンロードさせる仕組みだ。現状では、しばらくゲーム機を起動しなかったり、新しいタイトルを走らせようとすると、煩雑なアップデートが必要になることが多い。

 Xbox 360の新OSは、こうした状況を最終的に解決する手段となりうる。新OSの構造が想定通りだとすれば、ネットワークにつながった全てのゲーム機クライアントのOSのバージョンと機能を、自動的に最新の一定の状態に保つことができるからだ。ゲーム機側のソフトウェア環境が均一であることが確実に保証されていれば、互換性が取りやすい。また、いったん問題が発生した時も、迅速な対応が容易になる。

 こうした背景を持つためか、Microsoftは、全てのXbox 360のOSを、新OSへと移行させたいと考えている。

 「基本的には、Liveで接続されたユーザーのコンソール(ゲーム機)には、今回の新しいインターフェイスにアップデートをかけたい。(新OSへアップデートするかどうかを)選択できる形というよりは、ユーザーの同意をいただいた上で、基本的にはアップデートをかける形になると思う。そういう意味で、従来のダッシュボードが残るのは、オフラインのネットワークに接続されていないコンソールになる。そういうコンソールに対しても、ゲームタイトルのディスクに入れてもらう形でシステムアップデートを考えている。今までのアップデートと同じだ。基本的には、(ゲームデベロッパが)現行のインターフェイスと、新しいExperienceのインターフェイスに分けて作り込む必要がないようにと考えている」(間中氏)

 一律に新OSへと移行させることができるのは、1社による制御が効くゲーム機の利点だ。PCではWindowsの移行問題で苦しむMicrosoftは、Xbox 360ではゲーム機の利点をフルに生かして迅速に移行させるつもりだ。また、考え方としては、新OSは、今まで行なっていたシステムソフトウェアのアップデートを、もっと動的に行なってしまうシステムと考えることもできる。

 Microsoftがネットワーク配信型のOS構造へと切り替える理由として、もう1つ考えられるのはハッキング対策だ。クライアント側のOSコンポーネントの大部分がキャッシュで、サーバーから常に置き換えられる可能性があるとなれば、ハッキングのハードルは高くなる。PSP以降、ゲーム機のハッキングは興隆している。ハッキングも1つの文化ではあるものの、ベンダー側としてはやはり望ましくない部分がある。Microsoftとしては、それに対しても対応するつもりだろう。

●Microsoftにとってチャレンジとなる新OS

MicrosoftのJ Allard(Jアラード)氏

 新OSでの新しいソフトウェア構造への転換は、Microsoftにとっても、非常に大きなチャレンジだ。新システムが想定通りだとすると、Microsoftは一気に2,000万台もの“シンクライアント”を運営しなければならないからだ。2,000万クライアントは、システム構築の視点から見ると、途方もない規模だ。バックエンドサーバーの負荷は膨れあがり、トラフィックは膨大になる。また、サーバーがダウンした場合の問題は、これまでよりはるかに大きくなる。ソフトウェア品質も重要で、下手すれば、1つのバグで、世界中のXbox 360が一斉に停まってしまうことにもなりかねない。

 そのため、まず、Microsoftはサーバーリソースをより強化し、信頼性と安定性を確実にする必要がある。Microsoftは昨年Xbox 360のバックエンドサーバーでトラブルを発生させた。しかし、新OSを前に、そうした問題が再び生じないように、現在は、バックエンドの充実に力を注いでいるという。

 Microsoftの試みがうまくいくかどうかは、まだわからない。1つだけ明瞭なことは、こうしたOSの試みは、現状ではMicrosoft以外のゲームコンソールベンダーには難しいことだ。コンピュータソフトウェアベンダーであるMicrosoftには、ある程度の経験があり人材もいる。Microsoftが、明瞭に先行できる部分だ。

 特に、Xbox 360とそのネットワークサービスLiveについては、開発部隊の出自がMicrosoftの中でもネットワークの専門家達だったという背景がある。Xbox 360の産みの親であるMicrosoftのJ Allard(Jアラード)氏(Microsoft, Chief Experience Officer and Chief Technology Officer, Entertainment and Devices Division)は、もともとMicrosoftでのインターネットの担当者だった。彼がXbox部隊に引き込んだのは、Microsoft内でNT系OSやネットワーク回りの開発を担当していた人材だった。そうした事情を考えると、今回の新OSが、以前から構想されたものであることも不思議ではない。

●将来のゲーム機にフィットするネットワーク型OSモデル

 現在、ゲーム機のソフトウェア開発は、家電の利便性とコンピュータとしての柔軟性&機能の狭間で、苦しんでいる。ディスク上で閉じたソフトウェアの世界だった前世代までは、ソフトウェア層の開発は比較的容易だった。しかし、今は互換性を取りつつ、OSを進化させ続けることは、各社の重荷となっている。

 ゲーム機のOSをネットワーク配信型にするというアイデアは、その解決策になりうるアプローチだ。クライアントの管理を容易にして、ソフトウェア開発と管理の負担を軽減する。10数年前のネットワークコンピュータムーヴメントの時に、Oracleなどの推進者達が主張していたのが、まさにこうした「TCO (Total Cost of Ownership)」を減らすという利点だった。つまり、もともとわかっていた明瞭な解決策だったというわけだ。

 そう考えると、ゲーム機のネットワークコンピュータ化は必然的な流れのように見えてくる。Microsoftの今回の新OSの実装がどのレベルかまだわからないが、将来のゲーム機やそれに類するコンピュータ家電の一部は、こうしたネットワーク型のソフトウェアモデルに移っていくだろう。また、ネットワークの進化の面からみても、シンクライアント化が促されるのは、必然と言えるかもしれない。

 興味深いことは、クライアントのソフトウェア層は軽くして、サーバー側のリソースをより積極的に使うというアイデアは、各ゲーム機のビジョナリーの間である程度の共通性を持つことだ。任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)はWiiのコンセプトを「技術的にいえばシンクライアント」と形容した。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)を牽引していた久夛良木健氏も、PLAYSTATION 3(PS3)のビジョンの中でWeb 2.0を強調したことがあった。しかし、ソフトウェア構造から踏み込んでシンクライアント的な方向へと踏み出すのは、Microsoftが一番乗りとなりそうだ。

●APIセットを強化するMicrosoft

 Microsoftはこの他にもOSのAPIやサービス、機能を発展させることをGamefestで明らかにした。3Dアバタについては、APIを提供し、ゲーム側に3Dアバタのモデルデータを取り込んでゲーム内で使ったり、システム側の3DアバタのアニメーションをAPIを叩くだけでロビーなどで使えるようにする。また、ゲームを光学ディスク(DVD)からHDD側に読み込んで、HDDからプレイできるようにもする(ゲーム起動時にゲームディスクの存在はチェックされる)。

 この他、ネットワークAPIについても、開発者とエンドユーザーの双方に使いやすいサブAPIセットを用意する。Microsoftは包括的なネットワークAPIセットとしてLive APIをXbox 360に提供して来た。しかし、新OSでは、それに加えて「Xbox Live Party」と呼ぶ簡易なAPIセットとそのシステムのUIを提供する。エンドユーザーが、3Dアバタベースで簡単に、ネットワーク上のフレンドとゲームやコミュニティを楽しむことができるシステムだ。

 このAPIセットは、Live APIのように膨大で煩雑なAPIではなく、コンパクトで使いやすいAPIセットとなっている。それによって、開発側にもネットワークゲームの敷居をさらに低くするという。また、このLive PartyのAPIセットはシステム側のリソースで動くため、ゲームプログラム側のリソースを消費する心配もない。

 ゲームOSの難しさはこのあたりにもある。PC OSの場合、APIを切って機能を増やす場合、その分、消費するメモリ領域のフットプリントが増えても許容される。ところが、ゲーム機のOSの場合は、システム側のリソースの取り分が最初から決められており、それ以上にOSを膨らませることは許されない。システム領域の中でAPIを増やすことは、非常に難しいが、Microsoftはこれにチャレンジしている。

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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0724/kaigai454.htm

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(2008年9月9日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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