●リビングルームに入れないIntelの悩み これまでIntelはさまざまな角度から、リビングルームへのアプローチを続けてきた。それはPCをAV家電化することだったり、あるいはセットトップボックス向けに組み込み用チップを開発することだったり、リアプロジェクションTV向けにマイクロディスプレイデバイスを開発することだったりしたが、いずれも大成功したとは言い難い。一部は参入前に撤退した。 しかし、TV向けのSoCとして開発したメディアプロセッサの「CE 3100」は、Intelが家電業界に入り込む端緒となる可能性がありそうだ。とはいうものの、前途は多難な様相を呈している。プロセッサとしては大変に優秀なCE 3100だが、高性能であることが必ずしも成功へとつながるわけではない。 Atomを発表する際、Intelはインターネットへの接続性の高さ、ソフトウェアの互換性などが、Intelアーキテクチャ(IA)の本質的な利点であるとアピールしていた。PCワールドの中で育ってきたインターネットだからこそ、PCのアーキテクチャを用いることで、さまざまな問題を解決できるというわけだ。 しかし、IAであることが、本当に商品の魅力を高めることができるだろうか? その点を注意深く評価する必要がある。 Intelが家電向けに売ろうとしているCE 3100はTV向けだという。そのためにデジタルTVを構築するために必要な各種回路をチップに内蔵させた。コスト管理がPCよりもはるかに厳しい家電製品とはいえ、他製品に比べるとTVは比較的(あくまで比較の問題だが)コスト面での融通は利く。デジタル家電のユーザーに対する“顔”であるTVでは負けられないという意識もメーカー側にはある。 Intelも、だからこそ家電での主なターゲットにTVに据えたのだろう。デジタルレコーダなどはTVよりもコスト面で厳しく、またワールドワイドで仕様の統一化が難しい。CE 3100はIAコア内蔵の安価なSoCとはいうものの、参入先としてはTVがもっとも適している(実際にはレコーダやセットトップボックスへの採用も目指しているようだが)。そして来年以降は、各製品分野ごとに最適化した新しいSoCソリューションを提供していく。
●画面を占領しないことがコツ では、どうやって家電メーカーへの足がかりを? Intelで家電部門を担当するシニアバイスプレジデントのエリック・キム氏はYahoo!との提携でTV向けにインターネットサービスを提供するプランを示し、アナログTV、デジタルTVに次ぐ、第3世代のTV(TV 3.0)だと基調講演でぶち上げた。 キム氏は「これまでもインターネットとTVの融合に挑戦しようとしたソフトウェアベンダー、ハードウェアベンダーは数多くあった」と話す。 確かにその通りだ。筆者はTVとインターネットを融合する試みで失敗するパターンは2つあると思う。1つはWebブラウザをそのままTVに組み込んで使ってもらおうという取り組み。インターネットにアクセスしている間はTVを十分楽しめない上、PC向けコンテンツをTVに映しても、たいていはあまり楽しくない。 もう1つの失敗するパターンは、最新のインターネット標準に対応できず、結局のところインターネットが持つ魅力の一部分しか機能として組み込めないケースだろう。たいていの製品はリリース直後こそ、これだけのことができると意気軒昂に喧伝するが、1年も経過すれば時代遅れになる。 キム氏の話を要約すると、そうした問題に対するIntelの回答が見えてくる。 まずIAコアで高性能なx86のコードが動作し、インターネットの最新技術に追従できること。これは他のIA搭載製品にも共通する戦略だ。 次に、TV番組を見るという行為を邪魔しないことだ。画面全体を埋め尽くすWebページを表示するといった失態は、今回のデモでは一切見せなかった。実際にはWebページを開くことも可能なようだが、それがIntelの意図ではない。 その代わりにYahoo!との提携を発表(詳細は基調講演レポートを見ていただきたい)し、ポップアップで流麗なウィジェットを楽しめるようにした。PC向けに提供されている各種サービスをそのまま使わせるのではなく、ウィジェットをちりばめるのである。
確かに見た目のリッチさは、これまでのTVやセットトップボックスにはなかったものだろう。パフォーマンスの面でも、多くのTVがフルHD環境下でのグラフィック表示パフォーマンスに問題を抱えているのに比べると、遙かに反応もいい。基調講演では触れていなかったが、IntelのことだからCE 3100で製品を構築するためのソフトウェア開発環境も、それなりに整えているはずだ。 さらにCE 3100には、TVを構築するための必要な回路がSoCに統合されており、15もの独立した機能をワンチップに納めた。特にグラフィックスの描画や複数の動画ストリームを同時デコードしながら画面上にマッピングするなど、ビジュアル面の強化を目的とした機能に注意を払っているようだ。高画質化のための画像処理回路などの詳細は不明だ。なぜならIntelが、そうした部分について今回のIDFではほとんど情報を開示していないからだ。 ●TVの視聴者が臨んでいること キム氏に言わせれば、インターネットとTVを統合する、初めての現実解と言えるソリューションがCE 3100だと言いたいのだろう。そしてCE 3100はデモを見る限りにおいて、プロセッサとしての優秀性は十分に感じ取れる。しかし、少しフォーカスを当てるポイントがズレているように感じるのは筆者だけだろうか。 たとえばインターネットとTVを融合する理由として、キム氏は2008年のスーパーボールにおいて、実に48%の人がTV観戦をしながらノートPCなどでインターネットにアクセスしていたことや、アメリカンアイドルの視聴者投票に今年だけで延べ9,750万人が参加したことなどを事例として挙げ、ユーザーがインターネットとTVの融合を望んでいるのだと印象づけようとした。 しかし、フットボール中継の映像にオーバーレイして情報を見るということが本当に現実的だろうか。放送局は映像の中にさまざまなテロップを織り交ぜながら、より深く観戦を楽しめるように工夫をしており、1つのコンテンツとして完結している。むしろ安価なネットワークアクセス用端末(今流行のNetbookでも良いだろう)を別に用意しておく方が、ずっと楽しめるのではないだろうか。 TVとインターネットの融合に、全く意味がないと談じるつもりはない。しかし、今回のIntelのプレゼンテーションでは、確かにCE 3100の魅力的な一面を見せることに成功したが、TVとしての本質的な魅力を高めるために必要であると思わせることには成功していないと思う。 なぜそう思うのか。それはIntel自身のメッセージの中に答えがあるのではないか。キム氏は「TV視聴者はリッチなコンテンツを求めている。TVは一人ではなく、家族みんなで楽しみたいものだ。そして、TVの操作はシンプルなものでなければならない」と基調講演の中で話していた。 もっとも、Intelという会社は半導体屋である。良い半導体をどのように使いこなすかはメーカー側のセンスもある。高性能なチップに使いやすい開発ツールがあれば、Intel自身が想像もしていなかったような使い方をメーカーがし始めるかもしれない。 過去にいくつも例があるように、ユーザー側(ここではTVメーカー)が製品の思わぬ長所を引き出すことはよくある話である。そうした意味では十分に潜在能力のあるシステムチップだけに、今後、メーカーへの採用状況に要注目とは言えるだろう。
□関連記事 (2008年8月23日) [Text by 本田雅一]
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