NECは、7月7日から受注を停止していた企業向けPC「MATEシリーズ」の受注を再開した。また、同じく生産停止となっていた個人向けPCのVALUESTAR Lシリーズも、今後発売される秋冬モデルでは、例年通りの発売時期に新製品を投入できる見通しを明らかにした。 MATEシリーズでは2カ月間の受注停止が見込まれていたが、それが主力モデルでは、約3週間での受注再開となり、影響を最小限に食い止めた格好だ。 NECが、受注停止を余儀なくされた背景には、デスクトップPC用モールド(筐体)を生産する中国Everskillが経営不振に陥り、6月28日から操業停止となったことがある。 Everskillは、台湾に本社を持ち、中国に2つの工場を構えていた。NECでは、台湾のODMベンダーを通じて、2次ベンダーとして、Everskillにデスクトップ筐体の生産を委託していたが、操業停止となったことで筐体が調達できず、PCそのものの生産がストップしていた。 この操業停止は、富士通のコンシューマ向けデスクトップPCの生産にも影響していたが、富士通は一部製品に限定されていたことと、市中在庫により需要に対応できたことなどにより、大きな影響はなかった。それに対して、NECでは、ビジネス向けデスクトップPCであるMATEシリーズ全モデルが対象となっていたことで、「出荷台数ベースでは、全体の3割にあたる。デスクトップ製品に限定すれば、全体の4分の3にあたる」(NECパーソナルソリューション企画本部・楓慎一マネージャー)という規模だけに、業績への影響も懸念されていた。
対象となった具体的な機種は、MATEシリーズのMA/ME/MF/MCの4機種、および同モデルをオンラインモデルとしているMATE Jシリーズの4機種。さらに、個人向けのVALUESTAR Lシリーズの1機種2モデルとなっている。 NECでは、「6月中旬の段階で、Everskillの経営状態については注意しておくべきとの情報が入ったものの、予想よりも早く操業停止に陥ったのが誤算だった。打つ手が間に合わなかった」(楓マネージャー)と振り返る。金型が工場から持ち出せない状況となっていたこともあり、操業停止以降、新たな筐体を生産できるベンダーを探すとともに、金型をもう一度おこすという作業も加わった。 MATEシリーズに関しては、7月4日時点で、主要SIerや量販店に対して、受注停止の通達を行なうとともに、7月7日には、同社サイトで受注停止のお知らせを掲示。NEC Directおよび得選街におけるウェブ販売についても、7月4日時点で受注を停止した。
NEC側では、SIerや量販店に対しては、再受注開始時期は、9月以降と通達していたが、MATEシリーズの主力機種となるMAおよびMEは、7月30日から受注を再開し、出荷開始は8月19日から。また、MCは8月12日から受注を再開し、出荷開始は9月3日からと、いずれも想定よりも前倒しとなった。MFは9月の出荷を目指して、現在調整中だという。 「MAおよびMEについては、現時点でも、8月納品の対応も可能。また、9月末の上期決算需要には十分対応できる体制を確保している」(NECビジネスPC事業部マーケティンググループ・久代智グループマネージャー)とした。 MAおよびMEは、ビジネス向けデスクトップPCの約8割占める主力製品であり、これが正常な状態に戻ったことで、業績への影響は最低限に留まりそうだ。 また、コンシューマ向けのVALUESTAR Lについては、秋冬モデルが発売される時期に入ってきていることから、筐体デザインを見直した新機種に切り替える考えだ。「7月4日には販売店に対して、販売完了の通知を出した。今後、新製品へと切り替わることになるが、例年の新製品出荷のタイミングには、安定した出荷体制を実現できる」(楓マネージャー)としている。 なお、コンシューマ向けの液晶一体型デスクトップPCについては、別の筐体ベンダーから調達しているため、出荷には影響していない。 ●全社一丸となって新たな金型を作成 今回の受注再開に向けては、ODMベンダーはそのままに、筐体を生産するベンダーを複数に拡大。金型を新たに用意し、生産を開始した。 NECパーソナルプロダクツでは、6月下旬から、その場で金型の品質判断やビジネス面での指示ができるレベルの技術者を中心に、十数人単位で中国に送り、ODMベンダーとともに、現地での新たな筐体生産メーカーとの契約や、金型の開発を開始。品質保証の面でも、その都度、検証を行ない、従来と同レベルの品質でのPC生産を可能にしたという。
「なかでも、MATEシリーズの8割を占めるMAおよびMEといった主力機種の受注再開を先行できたのは、Everskillが操業を停止する前に、新たな筐体生産メーカー向けに、金型作りに着手しようとしい動きがあったこと、金型の仕上がり品質が想定していたよりも高く、微調整で済んだこと、新たに契約した筐体ベンダーが休日返上で対応してくれたこと、さらに、一日も早く受注を再開させるために、NECパーソナルプロダクツの技術者が中国に長期滞在し、即時に判断できる体制をとったことがあげられる」(楓マネージャー)とする。 また、「SIerおよび販売店が、商談の際に、NEC製品の納期に配慮した提案を行なっていただいたり、ノートPCに切り替えていただくことといった提案もあり、販売台数の落ち込みにはそれほどつながらなかった」(久代グループマネージャー)という。 本社がある東京・大崎の営業・マーケティング部門、山形県・米沢の開発部門と、中国とを結んだ電話会議を、連日行ない、進捗状況と対応策を協議。全社が最優先課題として、一体感を持った対応を図ったことも功を奏したという。NECの矢野薫社長が社内や販売店などに向けて常々語る、「チームNEC」を実現した事例とも言えそうだ。 標準型の筐体を採用したり、新たに設計した筐体を採用することでの対策も可能と見られたが、「標準筐体や新規筐体では、品質評価に時間がかかる。とにかく、いち早く出荷再開を目指すという観点から、すでに設計上での品質保証が完了している既存と同じ筐体での金型を再度作った」(楓マネージャー)という。 2008年度のNECの年間出荷計画は275万台。Everskillが操業停止に陥る前の第1四半期の出荷実績は、前年同期比12.7%増の62万台となっている。 ここから逆算すると、受注停止による影響は約6万台と想定されるが、「一部在庫があったこと、また、ノートPCへの振り替えなどがあったことで、そこまでの影響はない」(楓マネージャー)、「受注が停止したことで、一部には他社製品に振り返られた例もあったが、他社に大きく取られたという例はない」(久代グループマネージャー)としている。 日本HPでは、NECの受注停止にあわせて戦略的なキャンペーンを実施したが、NECの認識では、これらの他社施策の影響は限定的だったと見ている。 だが、新規に金型をおこしたことで、数億円程度の費用が発生したのは明らかだ。PCを中心とするパーソナルソリューション分野における、第1四半期の営業利益は約10億円だったが、上期ではブレイクイーブンを見込んでおり、第2四半期は、実質的に10億円の赤字になると見込まれる。 「このすべてが、今回のEverskillによる影響ではないが、一部影響しているのは確か」(楓マネージャー)としている。 同社では、今後の再発防止策として、筐体の生産メーカーを分散することで、リスクを軽減できる体制としたほか、ODMベンダーとの協業体制を強化することで、2次ベンダーの経営状況の掌握にも、これまで以上に力を注ぐ体制とした。 「中国の資材調達拠点においては、2次ベンダーにも直接出向いて、状況を掌握する活動を行なってはいたが、これをさらに強化する必要がある。すでに、その体制を構築しており、再発防止に努める」としている。 今回の受注停止は、NECにとっては、最低限の影響で収まったとの見方もできよう。影響が大きかったビジネスPCにおいては、期末の商戦期を外れていたことや、市場構造がノートPCが主力となっており、一部案件をノートPCに振り返ることができたことなども、影響の縮小化に働いた。 また、コンシューマPCも一部機種に限定されていたこと、秋冬モデルの出荷には影響しない早期の決着も評価される部分だろう。 本来、金型の新規開発では最低でも3カ月を要するといわれる状況であるにも関わらず、約1カ月で完成させ、予定よりも早期に受注再開に結びつけたことは、NECの底力を見せつけたともいえる。 だが、金型を新たに製造するというコスト負担とともに、主力エンジニアを1カ月間に渡って、この後処理に登用せざるを得なかった点は、大きなマイナス要素だったことは間違いない。今後の製品開発に、どんな影響を及ぼすかが、気になるところだ。 NECにとって、SCMをより強化するきっかけとなる一方で、台湾および中国のベンダーとの協業体制のリスク回避策を、万全の体制で敷かなくてはならないというベースができた点では、いい教訓になったとも言えよう。 □NECのホームページ (2008年8月8日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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