元麻布春男の週刊PCホットライン

Microsoftにみるパーソナリティ中心の人事




 今年(2008年)の2月以来、世間を騒がせてきたMicrosoftによるYahoo!買収の動きが、正式にキャンセルされた。7月24日に開かれたMicrosoftのFinancial Analyst Meetingにおいて、同社CEOのSteve Ballmer氏は、Yahoo!の買収を行なわないと明言した。

 Yahoo!の買収を断念する理由としてBallmer CEOは、

  • 統合のオーバーヘッド
  • 事業再創出オプションの減少
  • 代わりの選択肢
  • 効果が米国と日本に限られる

といった事項を挙げている。だが、こうしたことの多くは、2月の段階でも予想できたことであり、今更、理由として挙げるにはちょっと弱いように思う。

Steve Ballmer氏(2007年11月、WDLC設立発表会より) Yahoo!買収を行なわない4つの理由(Ballmer CEOのプレゼンテーションより)

●買収キャンセルとJohnson氏の辞任

Kevin Johnson氏

 なぜあれほど執着していたYahoo!の買収を断念するのか、その真の理由が明らかにされることはないのかもしれないが、この発表と平行して興味深い事象が見られた。それはPlatforms & Services Division(PSD、プラットフォーム&サービス事業部)のトップを務めていたKevin Johnson副社長が突然、辞任したことだ。

 この辞任が予定したものでなかったことは、Johnson副社長の後任が置かれず、PSDをWindowsとWindows Liveを扱うプラットフォーム事業部と、MSN等のオンライン事業を手がけるサービス事業部に再分割する方針が発表されたことでも明らかだ。元々PSDは、2005年9月に、Kevin Johnson氏が率いるオンラインサービス事業と、Jim Allchin氏が率いるプラットフォーム事業部を統合する形で組織された。いわば、Microsoftが唱える、「ソフトウェア+サービス」を具現化した事業部である。それを2つに分けるというのは、事業戦略上良いこととは思えない。

 と同時にこれは、Jim Allchin氏が引退の意向を明らかにしたことを受け、ポストAllchinを睨んで行なった組織改革でもある。要するにAllchin氏の引退後、Kevin Johnson氏にWindows事業の面倒も見させるという組織改革であり、引退するまでの1年あまりの時間で、引き継ぎを行なわせる狙いだったものと思われる。2007年1月30日にJim Allchin氏が引退するまで、PSDはJohnson氏とAllchin氏の両名が共同事業部長であった。

 Allchin氏が引退し、予定通りPSDのトップにJohnson氏が就任して実質的に1年半しか経っていない現時点で、再び事業部を2つに分けるということが、予定の行動であるハズがない。引き継ぎに1年の時間をかけたことを思えば、それはあまりに不自然だ。

 しかも7月1日には、PSD内にコンシューマー&オンラインインターナショナルグループが設立されたばかり。生まれてから1カ月と経たないうちに、両親が離婚してしまったわけで、プラットフォーム事業とオンラインサービス事業にまたがるこのグループの行く末には暗雲がたちこめる。Microsoftのコンシューマー事業戦略に混迷は避けられない。

 もちろん、Johnson氏の辞任が事故や急病など、不可避の理由であればやむを得ない。が、氏はこれを機に引退したり休息したりするわけでもなく、辞任の翌日、Financial Analyst Meetingと同じ24日に、Juniper NetworksのCEOへの就任が発表されている。言い換えれば、Johnson氏はまだヤル気は十分なのである。

 これらを総合して考えると、出てくる結論は1つ。おそらくJohnson氏はYahoo!買収を推進していた中心的な存在で、Microsoftが買収の断念へと舵を切ったことで辞任を決意したのであろう、ということだ。実際Johnson氏はYahoo!の買収計画が具体化した後の2月22日に、PSDの職員に向けて、Yahoo!買収の狙いを説明すると同時に、いくつかの疑問に答える電子メールを送信している。同氏が買収推進派であったことは、まず間違いない。逆に言えば、Johnson氏が辞任したことで、MicrosoftによるYahoo!買収は完全に消えたと言って良いと思う。

●米IT業界、2つのサンプル

Stephen Elop氏

 さてJohnson氏がCEOに就任することになったJuniper Networksは、各種ネットワーク機器を扱うメーカーである。おもしろいのは今年の1月に今回とは逆方向、JuniperからMicrosoftへ動いた人がいる。それは企業向けアプリケーションを扱うBusiness Divisionのトップに就任する予定のStephen Elop氏で、氏はJuniperのCOOであった。これまでBusiness DivisionのトップにあったのはJeff Raikes氏だが、9月に引退し、Gates会長の財団運営を担うことになると言われている。

 Raikes氏からElop氏への引き継ぎ期間は半年以上用意されており、これがMicrosoftの通常の人事スタイルだ。日本法人のトップに就任した樋口社長にも、こうした準備期間が用意されていた。準備期間もなく突然に事業部長が代わるJohnson氏のような例は、Microsoft的な円満人事ではない。路線の対立があった、と見るのが普通だろう。

 さてこの7月には、もう1つ筆者を驚かせる人事があった。それはVMwareの社長兼CEOにPaul Maritz氏が就任したことだ。Maritz氏は、Jim Allchin氏の前にMicrosoftのプラットフォーム部門の責任者を務めていた人物だ。南アフリカ出身で、Microsoftの前はIntelにいたから、プラットフォーム(ハードウェア関連)の担当には相応しかった。筆者としては、'90年代にWinHECを取り仕切っていた人、というイメージが強い。

 Maritz氏がMicrosoftを辞めた(「引退」という言葉が使われた)のは2000年9月だが、その意向は1年以上前の'99年夏には明らかにされていた。やはり引き継ぎ期間はたっぷり用意されていたのである。

 Microsoftを引退した後、Maritz氏は表舞台から姿を消し、本当に引退したのだと思われた。が、2003年、Pi Corporationを設立する。PiはPersonal Informationの略で、メール、スケジュール、アドレスなど、さまざまな情報を効率的に管理する、新しいソフトウェア基盤の提供を目指すとされた。インドに開発拠点を置いたというニュースはあったものの、結局最初の製品をリリースする前に、2008年2月にEMCに買収されてしまった。この買収によりMaritz氏はEMCに新設されたクラウド・コンピューティング部門(Cloud Infrastructure and Services Division)の責任者に就任している。

 さて言うまでもなくEMCはVMwareの親会社でもある(2004年買収)。買収後もEMCはVMwareの独立性を尊重する姿勢を示してきたが、突然、創業者CEOであるDiane Greene社長を解任し、社長を送り込んできた格好だ。VMwareは黒字の会社であり、前年同期比で50%以上も売上げを伸ばしている。通期の業績見通しを下方修正したとはいえ、サブプライム問題に揺れ続ける現在の米国の経済状況を考えれば、創業者を更迭するほどの問題とは思えない。何か路線対立があったのか、その理由は不明だ。

●人がメインで構築される米国企業の人事

 こうした米国企業の人事で思うのは、彼らのビジネスは組織で構築されているのではなく、人がメインで構築されている、ということだ。日本企業の場合、多くはまず組織があり、そこに人が当てはめられる。米国企業の場合、まず人がいて、人に合わせて組織が作られる。個人に与えられる権限も大きい。

 こう書くと、米国企業の方が人中心で良いように聞こえるかもしれないが、必ずしもそうとばかりは言えないと思う。世の中、パーフェクトな人間はいないし、人間である以上、人の好き嫌いやウマの合う合わないは必ずある。合わない上司にあたると、目も当てられないことになるかもしれない。

 上司の立場でも、与えられた権限も大きい代わり、自分が推進した施策がノーということになれば、会社を去らねばならない。Kevin Johnson氏の辞任もこうしたことからだろうし、米国企業としては珍しくもないことなのだろう。最近はわが国でも終身雇用制は崩れつつあるが、以前から米国企業で転職が当たり前だったのは、こうしたことも理由なのではないかと思っている。

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【2月14日】【元麻布】MicrosoftのYahoo!買収騒動に感じる疑問
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0214/hot533.htm

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(2008年7月29日)

[Reported by 元麻布春男]


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