元麻布春男の週刊PCホットライン

MicrosoftのYahoo!買収騒動に感じる疑問




●発展のために創業分野を捨てる理由

 Western Digitalというのは不思議な会社だ。おそらく大半の人にとって同社といえばHDDメーカー、ということになるのだろうが、かつては中堅の半導体メーカーだった。いわば本業でもあった半導体関連事業は、'96年前後にすべて売却してしまい、HDD専業メーカーに生まれ変わっている。

 現在、世界一のPCメーカーの座にあるのは、Hewlett-Packard(HP)だ。社名の元となったBill Hewlett氏とDave Packard氏が最初に手がけた製品が計測器(オーディオ発振器)であったことは良く知られている。そのHPが世界一のPCメーカーになる前に、創業事業であった計測器や半導体といった事業を別会社(Agilent Technologies)に分社したのは'99年のことだ。

 同じ世界一でも、半導体分野となるとIntelになるわけだが、創業時の中核事業は半導体メモリ(SRAM)だった。その後、Intelは事業の中核をDRAMへシフトさせるが、日本企業との競争に敗れ、'85年10月、DRAM事業から撤退する。奇しくもこの月、Intelは80386(i386DX)を発表している。さらにIntelはNOR型フラッシュメモリ事業をST Microelectronics、Francisco Partnersとの合弁会社であるNumonyxへ移管、まもなくメモリ製品の社内生産から撤退することになる。

 今年で25周年を迎えるSymantecといえば、セキュリティソフトの最大手として知られる。が、'80年代は日本で言うカード型データベースソフト(製品名「Q&A」)や派生したワードプロセッサソフト(同「Q&A Write」)、開発言語製品(特にMacintosh向けが有名)の会社だった。

 これらの企業は、それぞれが現在行なっている事業分野で良く知られた存在だが、いずれも創業時の事業分野には止まっていない。むしろ、新しい事業で成功するために、創業時とは異なる事業へ進出した企業だ。新しい事業で成功するには、古い事業と決別する必要があった、とさえ言えるかもしれない。

 なぜ2つの事業を共存させるのが難しいのか。それは、企業内の事業部間で利害が必ずしも一致するとは限らないからだ。それどころか、「今」その会社を支えている事業部が、新事業を阻害することも珍しくない。「今」の事業部には、その会社の売り上げや利益を背負っている実績も自負もある。自分たちがあげた利益を、海のものとも山のものともつかぬ新事業に注ぎ込まれることを快く思わない人がいたとしても不思議ではない。

 いずれにしても、社内に反対する勢力があり、その調整や説得に時間がかかるようでは、経営のスピードは落ちてしまう。格段にビジネスのスピードが上がった今、これは致命傷となる。日本の総合家電メーカーが苦戦していること、レコード会社を子会社に持った日本のAV関連メーカーが、それを持たないAppleにデジタルオーディオプレーヤーで惨敗したことは、複数の事業を抱えることの自己矛盾と無関係ではないと思う。

●MSNとYahoo!のブランド統合は難しい
MicrosoftがYahoo!を買収することによって生み出される相乗効果。左から、研究開発能力の拡大、新たなユーザーエクスペリエンスの提供、規模の経済(生産量の増大につれて平均費用が減少する結果、利益率が高まること)、運営効率の向上。(Microsoftの発表資料)

 わざわざこんな例を持ち出したのは、MicrosoftによるYahoo!の買収話がどうも腑に落ちないからだ。2月1日に発表されたMicrosoftによるYahoo!の買収提案は、総額446億ドルにも上る壮大なもの。本稿執筆時点においてYahoo!はこの提案を拒否したようで、Microsoft以外との連携を模索しているらしい。だが、Microsoftは最悪の場合、敵対的TOBに踏み切ることもチラつかせており、まだ先が読めない状況である。

 いったいMicrosoftはYahoo!を買収して何を得ようとしているのか。プレスリリースからうかがえるのは、急成長を続けるインターネット広告市場におけるGoogleの独走を阻止することだ。しかし、Yahoo!を買収し、単純に2社のシェアを合算することで、Googleに対抗できるのだろうか。

 そもそも装置産業でないネットビジネスのシェアは移ろいやすい。供給能力によるシェアの制限がないからだ。同じIT産業でも、CPUなら工場の生産能力で自ずとシェアは決まってしまうが、ネットにそのような制約はない。また多くの場合、インターネット上の各種サービスは無償であり、ユーザーのロイヤリティ(忠誠心)が生じにくい。ロイヤリティは、得られるあるいは支払った貨幣価値に比例して高まるものだ。ユーザーはより良いサービスを見つければ、どんどんそちらに流れていく。単純にMSNとYahoo!が1つになっても、その規模の拡大自体に新しいユーザーを引きつけたり、流出するユーザーを引き留めたりする効果は薄い。

 Microsoftは買収後もYahoo!のブランドを残す意向だと言われている。が、MSNとYahoo!の2つのブランドを併存させていても、単一ブランドのGoogleには対抗できない。統一して存続させるのであれば、現時点でシェアの大きいYahoo!だろうが、MSNをYahoo!に切り替える際にも一部のユーザーはポータルをGoogleに切り替えてしまうだろう。1+1が2にならないのがこの世界の常である。


●性質の異なる2つの事業は対立する
オンライン広告市場の推移。2007年は410億ドル、2008年は530億ドル、2009年は650億ドル、2010年は780億ドルに達する見込みだという。(Microsoftの発表資料)

 Microsoftが最も恐れるのは、「Googleとその他」のその他に埋没してしまうことだ。そうならないために究極的に必要になるのは、新しい技術やアイデアにより創出される「新しい価値」(Googleにない価値)であるわけだが、まだそれは生まれていない。Yahoo!を買収することにより、たとえ一時的であるにしてもシェアを高め、話題を作ることで、新しい価値を生み出すための時間稼ぎをしたい、というのが本当の狙いなのではないかと筆者は思っている。446億ドルで少しばかりの時間を買おうというわけだ。

 だが筆者は、これにさえ疑問を持っている。それはMicrosoftが「持てる会社」であるからだ。冒頭の言い方にならえば、「今」をささえる巨大事業、ソフトウェア販売事業を持っている会社であるからだ。ソフトウェア販売事業は、ソフトウェアを有償で提供することで対価を得る事業である。これに対しインターネット事業、特にMicrosoftが対抗したいとしているGoogleが強みを発揮しているのは、広告費を得てサービスを無償提供する事業だ。両者のエコシステムは全く異なる。

 おそらくMicrosoftが脅威を感じていることの1つは、Googleがインターネット上のサービスとして、ドキュメント作成といった、従来はMicrosoftのOfficeソフトウェアを購入しなければ実現できなかった機能を無償で提供しようとしていることだ。しかし、だからといってMicrosoftがOfficeと等価な機能を無償で提供できるハズがない。それではOfficeの価値が無償であると言うのと変わらないし、それはソフトウェア販売を行なっている事業部が断じて認められないことである。これは自らの利益を守るだけでなく、エコシステムの維持という点からも当然の帰結だ。

 Microsoft(の事業部)には、エコシステムの頂点に立つものとして、エコシステムを形成する流通業者、代理店、果てはパソコン教室までを守る責任と義務がある。もしこれを放棄してしまえば、Microsoftのプラットフォームで共にエコシステムを築こうというサードパーティはいなくなってしまう。

 こうした複雑な事情が絡み合った結果、Microsoftのネット事業は、スピードが遅い上、提供されるサービスはソフトウェア事業部が販売するものより微妙に劣ったものになってしまいがちとなる。これでは、そういうしがらみのないGoogleに対抗できない。レコード会社や音楽出版社、流通業者など入り組んだエコシステムを抱えた日本の家電会社が、そうしたしがらみのないAppleにデジタルオーディオプレーヤーで勝てなかったのと同じ理屈だ。

 筆者は、MicrosoftがGoogleに対抗する最良の道は、これまで同社を大きくし、今も同社を支えるソフトウェア販売事業で、Googleを圧倒することだと思っている。言い換えればGoogleが提供するサービスより良いソフトウェアを提供することである。ソフトウェアが技術的に枯れて、もはや伸びしろがないというのであれば、有償のソフトウェアは無償のサービスに絶対に勝てない。だが、まだそう言い切るには早いハズだ。そしてネット事業は、Microsoft、あるいはソフトウェア販売事業とは独立した別の組織として展開する。そうすることで、ネットビジネスを阻害するしがらみを捨て、社内における利害調整等の手間を省き、経営のスピードを上げる。

 そう考えると、MicrosoftがYahoo!を買収するより、MSNをスピンオフさせてYahoo!に株式交換の形で売却し、MicrosoftがYahoo!の大株主になった方が良いような気がしてくる。そして新Yahoo!の独立性に配慮しつつ、人的、技術的支援を行なうことで、Googleに対する対抗軸を目指す。すべてをMicrosoftブランドで展開しても思うようにいかないのは、XboxやZuneが示しているのではないだろうか。

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(2008年2月14日)

[Reported by 元麻布春男]


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