第413回
Vistaのデジタル放送サポートはテレパソ復活の合図となるか



 春のIDFが終わり、夏商戦に向けた製品の発表時期が近づくと、いつもならばもっと多くの話題がPC業界にも降り注ぐものだが、今年はどうもおとなしい。決してPCが売れていないといった話ではないのだが、例年よりもゆったりと業界が進んでいるようにも思う。

 ゴールデンウィーク最初の週、BCN集計による店頭でのデスクトップコンピュータでアップルが12.8%のシェアを獲得、都市部だけに限れば28%と、(いくら新型iMac発売の新製品効果があるとはいえ)Windowsと互換のないコンピュータとしては過去に例のないほどの売り上げを挙げたのとは対象的だ。

 しかし、今年はやっと各メーカーによる新しいテレビパソコンが、秋には登場してくるだろう。テレビパソコンの比率はここ数年、下降線を辿っているというが、デスクトップPCに限れば根強い人気がある。しかしWindows Vistaにおける日本の放送規格への対応が後手にまわったことで、メーカーとしても独自開発を進めにくい(各社ともVistaのデジタル放送サポートを前提に、対応テレビパソコンの準備をしていたため、独自路線での開発は進められていなかった)空白期間が生まれた。

 しかし、やっとMedia Centerでの本格的なISDB(日本の採用している統合デジタル放送サービスの規格)サポートが近くWindows Vistaに施される予定だ。

●時計の針を止めざるを得なかった日本のテレビパソコン

 誤解を避けるために最初に書いておきたいが、VistaでもXPでも、独自の実装でデジタル放送をサポートすることはできる。XPの時代から、デジタルチューナ付きのテレビパソコンは存在していることは言うまでもないし、Vista上のMedia Centerからデジタル放送を視聴するためのプラグインをインストールし、デジタル放送対応テレビパソコンとして販売しているメーカーもある。

 問題はデジタル放送のサポートが、やや中途半端になっていることだ。

 Windows Vistaは当初、Home Premium以上でサポートするMedia Centerにおいて、プラグインではなくネイティブでISDBをサポートする予定だった。このため、PCベンダーはMedia CenterのISDBネイティブ対応を前提に、メーカー独自の機能をプラグインとして実装しようと開発が行なわれていた。ところが結局、Vistaの最初のリリースではデジタル放送が扱えず幻となってしまった。

 Windows VistaでISDBがサポートされるという話は、実際にVistaがリリースされる1年以上前からマイクロソフトが明らかにしていたため、各社とも独自のデジタル放送対応ソフトウェアの開発に力を入れず、チューナベンダーが用意しているソリューションを組み込むことで凌ぎつつ、Vista上での開発に力を注いでいた。

 この予定が狂ってしまったことで、従来の(Vista登場前の)路線でのデジタル放送のサポート(あるいはデジタル放送関係を丸ごとプラグインにする方法)を継続せざるを得なくなった。マイクロソフトはVistaにおけるISDBのサポートを、可能な限り速やかに行なうとしていたので、PCベンダーは新たに開発を施すという判断が下しにくい。

 実際、当初予定では昨年にはISDBサポートが行なわれるとマイクロソフトからアナウンスされたこともあったので、短期間のためだけにとなると力を入れた開発はコスト的に許容しづらい。結果的にISDBサポートは今年後半になったのだから、最初のVistaでのサポートが見送られた直後から、何らかのサポートを行なえば良かったと考えるメーカーもあっただろう。

 しかし、コードネーム「Fiji」と呼ばれる新しいMedia Centerは、開発の最終段階に至ってきた。Media CenterでのISDBサポートが現実になれば、自作PCで手軽に信頼性の高いテレビパソコンを開発できるほか、PCベンダー各社は独自にMedia Centerでは不足している機能の追加に力を入れることができる。

 前述のように、もともとVistaのMedia Center向けにデジタル放送用プラグインが開発されていたため、(時間が経過していることもあり)魅力的なPCらしいデジタル放送サポートが行なわれるはずだ。

●機能、画質面でやや不足もあるが、レスポンスは良好

 さて、FijiでのISDBサポートだが、基本的には米国におけるATSCと同等の機能が、Media Centerでも利用可能になる。複数チューナももちろん利用可能で、Media Centerユーザーおなじみの放送データとインターネットからのデータダウンロードを組み合わせた横型番組ガイドや3Dグラフィックスを駆使した流麗な画面表示効果なども共通である。

 本来、登場するハズだったVistaリリースのタイミングに合わせて仕様設計されていたためか(その後の搭載メモリやプロセッサ増強は無視できない)、重いハイビジョン放送を扱うにも関わらず、β段階でもすでに良好なレスポンスを実現している。

 おそらく既存のMedia Centerユーザーならば、すんなりとFijiでのISDBサポートに入っていくことができるはずだ。しかし、Media CenterのTV機能を使ったことがないユーザーは、少し違和感を感じるかもしれない。

見た目は従来のMedia Centerと同一だが…… 番組名の右横に「HD」のマークが見えるように、ISDBのデジタルハイビジョン放送 実際に録画されたハイビジョン放送。コンテンツ保護の規約があるためか、サムネイルは作成されないのが残念
検索機能は強力なわけではないが、メタ情報が豊富で検索速度が高速なためかなり使える 録画時のオプションは従来のMedia Centerと同様
デジタル放送設定の画面。放送メールなどの項目はまだ実装されていないようだ 録画HDDの設定。アナログ放送と同様に一時停止バッファを使ったオンデマンドのタイムシフトが可能

 各メーカーがTV機能を独自にサポートしていた時代は、各社とも日本におけるレコーダの概念に合うようソフトウェアを作っていた。つまり録画して保存し、必要ならばDVDビデオを作成したり、ある程度の編集を行なったりといった、ライブラリ構築型のレコーダ機能の色が強いものが多かった。

 しかしMedia CenterのTV機能は、どちらかといえばTiVoに代表されるTVのタイムシフト視聴、つまりTV視聴を放送時間枠から解放する、今見ているTVをより便利に使いたいといった性格で設計されている。これは日米の録画文化の違いで、どちらが正しいというわけではない。

 たとえばMedia Centerでは、地上デジタル放送を視聴中も、常にHDDに録画しながらTVが表示され、いつでも遡って見ることが可能だ。いちいちタイムシフトモードに入るといった概念はなく、常にタイムシフトレディな状態でデジタル放送を見ることができる。ちょっと早送りしたり、ちょっと戻ったりといった操作も実に軽快で、バーグラフの表示も見やすく再生時の操作は、一般的なデジタルレコーダよりも楽だ。

 しかし、録画した番組はデフォルトでは「HDDがいっぱいになるまで」保存されるが、HDDの空き容量が不足すれば、自動的に古いものから消されて再利用される(あるいは保存期間を指定したり、消さないといったオプションを予約時に設定する)。せっかく常時タイムシフト状態なのに、時間を遡って録画できない。そして何より、デジタル放送番組のDVDへのムーブは、Media Center側でサポートされないようだ。

 その分、DTCP-IPに対応したMedia Center Extenderに対してデジタル放送を配信して楽しめるといった付加価値があり、このあたりも含めて全体に米国的なTiVo型のレコーダ機能+ネットワーク配信サーバ的な機能となっているようだ。

DVDの書き込みを指定するも、デジタル放送番組はサポートされていないと表示されてDVDへの書き込みを行なえない 番組情報からは保存期間やシリーズの放送予定検索などが行なえるが、DVDへの書き込みはここで指定しても行なえない
スキップやバックスキップの操作は軽快。決まった秒数だけスキップするのではなく、押す間隔などで移動する時間は変化するが、慣れると楽に不要な映像を飛ばせる。何より高速なレスポンスはPCならでは オンデマンドのメニューで録画番組や視聴中の番組に対する操作を行なえる

 ではDVDなどへのムーブやカット編集などのはサポートされないのか? というと、これは各社のプラグインでサポートすることになる。最初のリリースで、どこまで各社が独自機能を作り込めているかはわからないが、Media CenterではPCらしい、高速CPUや大容量・高速なストレージを活かした高レスポンスのTV機能を提供し、プラスアルファで各社が機能を付加する形だけに、差異化のためにもきちんとニーズには合わせてくるのではないだろうか。

 ただ、画質面ではやや不安も残る。I/P変換をPC側で行なう仕様になっているからだ。

●ハイビジョンI/PはPC側で処理

 Media Centerではビデオ表示をソフトウェア的な処理を通して行なうこともできるため、充分に高速なプロセッサならば、I/P変換をCPUで代替することもできる。とはいえ、さすがにハイビジョンのI/Pとなると厳しい。ソフトウェアのフィルタで、最新のハイビジョンTVが持つハイビジョンI/Pを代替するのは難しい。

 I/P変換は、おそらくあまり画質を気にしない人であっても、ないと画質的に厳しく見えるはずだ。絵が櫛形にズレて見えるコーミングは、櫛形に見えるほど動きがある場面じゃなくとも、ジラジラとしたノイズとして目に入る。何もせずに奇数ラインと偶数ラインを並べて表示するよりも、奇数と偶数のラインを縦方向にコピーし、コマ数を60コマに(解像度を半分にベタ塗りに)した方が印象が良いぐらいだ。

 この際、画面設定を1080iにしておいて、接続するTV側にI/P変換を任せるといったことができればいいのだが、Windows画面上で設定しても、Media Center上で設定しても、Media Centerは常に接続ディスプレイの最高画質(今回の場合は1080P)で接続された。これはおそらくバグと思われるため、おそらく製品版では修正されると思われるが、同様の仕様が引き継がれるとTV側のI/P変換には期待できない。

 もっとも、PCはPC用ディスプレイに接続されることが多いハズなので、PC側でI/P変換を行なうのが本道だろう。ここで生きてくるのが、グラフィックチップごとのビデオ処理能力だ。中期的には、どのメーカーも似たレベルにまで達するだろうが、当初はグラフィックチップごと、あるいはPCメーカーごと(以前、ソニーがNVIDIAと共同でI/P変換精度を高めたドライバを提供したことがあった)に画質が異なるという状況になるだろう。

 いずれにしろ、さほど遠くないと見られるFijiのリリースは、足踏みを続けていたテレビパソコンに新たな活気を呼び起こすだろう。これがVista普及の足がかりになるとは言わないが、止まっていた時計の針を動かす引き金にはなるかもしれない。

□関連記事
【1月11日】【CES】次世代Windows Media Center“Fiji”で日本のデジタル放送をサポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0111/ces17.htm
【2007年5月25日】【笠原】難航するVistaの国内デジタル放送対応
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0525/ubiq157.htm

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(2008年5月19日)

[Text by 本田雅一]


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