Intel Developers Forumの最終日、朝の基調講演はソフトウェア開発とIntelのR&Dという2つのテーマで行なわれることが定番になっている。以前はソフトウェア開発ではなく、半導体製造技術とR&Dという組み合わせでテーマを選ぶことが多かったが、昨今、マルチコア化を進めるためのマルチスレッドプログラミングが大きなテーマになっていたため、ソフトウェア開発が選ばれることが多くなっている。 しかし今年のソフトウェア開発に関する基調講演は、中国をはじめとするアジア圏との協力関係を築くためのメッセージが中心となった。世界中に分布するプログラマの人数は、かつて米国が圧倒的に多かったが、現在はアジアが抜き去っている。さらに中国のプログラマ人口は、2011年までに3倍になるとの予測があり、ソフトウェア開発の中心は米国からアジアへと完全に移るだろうというのがIntelの予想だ。 ●ソフトウェアがハードウェアを解き放つ このテーマに関してIntelは「Software Unlock Hardware」というキーワードを使った。基調講演の細かなレポートは別途掲載されているが、ここでは少し別の切り口でIntelの意図について探ってみたい。 Intel副社長兼ソフトウェア&ソリューション事業部長のRenee J. James氏は、中国との協業によるソフトウェアの革新が、Intelプラットフォームの潜在能力を引き出す上で重要ということを繰り返し、さまざまな観点から伝えた。もちろん、中国でのIDFという土地柄、中国に対してかなり好意的にアプローチをかけた側面はあると思う。 しかし、Intelがソフトウェアの面で自らの開発した製品を活かせていないという思いは、思いのほか強いのではないだろうか。MicrosoftはWindows Serverの改良に成功し、エンタープライズのエリアでは着実に前進しているものの、コンシューマエリア、あるいはデスクトップOSといった分野では、新しい提案をできずにいる。製品の出来/不出来ではなく、新しい技術の提案という意味で、PC向けプロセッサの能力向上ほどには前へと進んでいない。 たとえば別の基調講演では、OSとプロセッサが協調することにより、アイドル時の消費電力を30%以上下げるというデモが行なわれた。将来的には50%ぐらいまでは落とすことが可能だという。さらにプロセッサとチップセットを改良すれば、アイドル時消費電力は現在の70%減まで引き下げることが見込める。 しかし、この研究開発成果はWindowsにはすぐには活かすことができない。もちろん、IntelもMicrosoftとは連携しているので、将来的には対応できるかもしれないが、それは次にWindowsがメジャーアップデートした時(あるいはそれ以降)になるかもしれない。多くの機器、ソフトウェアとの互換性を保ちながら、しかも巨大になったOSにバグが増えるリスクなどを考えれば、新しい機能は用意周到に準備して盛り込んでいく必要がある。 アイドル時消費電力の低下は、バッテリ持続時間に大きく影響する性能だけに非常に重要だが、これが最初に実装されるのは前回のコラムでも紹介されたmoblin.orgの仕様に対応したLinuxになる。 ●Intelはソフトウェア環境の整備が進まないことに業を煮やした? ソフトウェアの進歩にしても、Microsoftのプラットフォームに依存するのではなく、自ら影響力を発揮できる範囲の方がやりやすい。デスクトップPCの分野でそうした体制は作れないが、MID(Mobile Internet Device)ならばそれも可能だ。「またMIDか」と言われそうだが、今回のIDFでIntelが最も前面に押し出していたテーマはMID(およびNetBook)だったことは間違いない。 moblin.orgでは、モバイルデバイス向けLinuxをオープンソースで開発するとともに、モバイルデバイス向けLinuxの技術仕様についてもまとめているが、そのスペックを満たした最初のLinuxとして紹介されたのが、Asianuxプロジェクトが生み出した「Midinux 2.0」だ。
James氏は「MIDは全く新しい製品。PCとは異なる、新しいエコシステムと新しいソフトウェア環境が必要になるし、きちんと完成したものとして立ち上げなければならない。開発者が簡単にアプリケーションを開発し、MIDにユニークな機能を組み込め、簡単に製品を構築できるようにしなければならない」と話す。 前回のコラムで触れたように、優れたモバイルデバイスを開発するため、省電力化や各種無線技術への対応とコネクティビティの確保、小画面でのユーザーインターフェイスなどの構成要素を決めるためにmoblin.orgを立ち上げているが、これに最初に対応したのがMidinux 2.0だった。 moblin.orgでの成果は、すべて素早くMidinuxにも吸収されていく。全製品を確認していないが、IDFで展示されたMIDの起動画面を注視していると、確認できた製品はすべてMidinuxのクレジットが入っていた。 AsianuxはアジアのLinuxディストリビュータが集まり、優れたLinuxディストリビューションを開発する目的で誕生したプロジェクトで、日本のミラクル・リナックス、中国のRedFlag、韓国のHaanSoftが参加している。
IntelがMIDをブチ上げることで前面に出てきたMidinuxだが、しかし、PC世界の中だけで暮らしていれば、彼らの製品に触れることは無かったかもしれない。かつてMicrosoftは小回りのきく、ユーザーが欲しがる機能、トレンドとなっている技術要素をいち早く取り入れて支持を獲得していったが、昨今は逆に小回りの利きにくい立場に追い込まれている。 細かな改良を入れよう。あるいは性能や機能を改善するためにコードを追加しようと思っても、Microsoftのプラットフォームでは、ベンダーは何も手出しすることはできない。一方、moblin.orgのようなオープンソースコミュニティがあれば、そこはやる気次第でどうにでもなる。 こうしたことを考えれば、UMPCの立ち上げで思ったほどMicrosoftからの協力が得られなかったIntelが、独自にソフトウェア開発の枠組みをオープンソースコミュニティを支援することで構築しようと考えるのも自然な成り行きと言えるかもしれない。以前はリアリティの無かった非Windowsプラットフォームでの製品開発も、ネットワークアプリケーションの環境が整ってきた今ならば成り立つ可能性はある。
●“SmartPhone以上”はIAアーキテクチャに 以前のMicrosoftならば、ここでWindows Mobileを徹底的に改良する、あるいはVistaをベースにしたMID特別版を提供するといったことも考えられたが、今のMicrosoftはそうした、事業全体から見ればあまり効率的ではないことに関心を持たなくなってきている。 筆者がMIDに興味を持ったのは、そうしたリスク(ソフトウェア面の不備や遅れでプラットフォーム全体が前へと前進できなくなるリスク)をうまく回避していると感じたからだ。 MIDやNetBookといった分野でのプロジェクトが成功すれば、徐々にモバイルPC向けデスクトップOSの分野へと影響が拡がっていく可能性もあるだろう。PCをインターネットアクセスのための端末として利用しているユーザーにとって、必要な機能さえ揃っていればOSの種類は重要なことではない。 あるいはMIDというフォームファクタがあまり大きなムーブメントを起こせなかったとしても、次のプラットフォームではAtomがスマートフォンの分野にまで拡がる。iPhoneの例でもわかるように、携帯電話の上にPCに近い機能性が加わると、全く新しい価値を生み出すだけの強い化学反応が起きる。 むろん、携帯電話キャリア次第という状況に変化はないが、昨今進んでいる携帯電話ネットワークのMVNOへ解放がさらに進めば、既存の音声と自社ネットワークサービスを事業の中心に据えた携帯電話会社とは異なる特徴を出すMVNOも登場してくるだろう。 MVNOは何らかの付加価値を付けなければ利潤を上げられないからだ。携帯電話会社から購入した帯域をユーザーに再販するだけでは儲からない。SmartPhoneやMIDなどを用いた、既存の携帯電話端末とは切り口の異なるサービスが必要となる。 単にWindowsノートPCを超小型にしたUMPCには興味を持てなかったが、Atom搭載の非Windows製品に関しては肯定的な印象を持ったIDFだった。
□moblin.orgのホームページ(英文) (2008年4月4日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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