山田祥平のRe:config.sys【IDF特別編】

孫悟空が手に入れたアトムの百万馬力




 中国・上海で開催されているIntelのディベロッパーフォーラムにやってきた。今回の目玉はやはり次世代プロセッサのNehalemと、Atom搭載のMIDだ。基調講演から各種のブリーフィングを聴いての雑感をここに記しておきたい。

●みんなが孫悟空になれる

 初日の基調講演はデジタル・エンタープライズグループ担当のパット・ゲルシンガー氏から始まった。ゲルシンガー氏はi80386の設計に関わったことでも有名だが、その彼も今は上級副社長である。彼は、Intelのファウンダーの一人であるアンディ・グローブ氏の提唱したソフトウェアスパイラル論、イーサネットの発明者であるビントン・サーフのメトカーフの法則、リードの法則といった例を挙げながら、テクノロジーの分野は多岐にわたるが、これほどまでの勢いを持つのはITカテゴリだけだとし、それを支えるのがインテル・アーキテクチャ(IA)だとアピールする。

 ゲルシンガー氏は、IAを孫悟空の持つ如意棒にたとえ、IAは、小さくなったり大きくなったりする如意棒のように、ミリワットからペタフロップまでをカバーし、コンパチビリティとスケーラビリティを提供するのだという。そして、将来にわたって、それがなくなることはありえず、IAは一生涯のためのアーキテクチャであると断言した。

 ゲルシンガー氏は、用意した如意棒を、登場するゲストごとにプレゼントし、IAへのロイヤリティを讃えた。'80年代初めのオーソドックスなデスクトップPCに始まったIAは、現在のテラフロップコンピューティング、そして今Atomが揃ったことで、最高のプログラマ、最高のプラットフォームデザイナーとして、一生涯を通じてIntelを利用することができる。それは、みんなが孫悟空になれることだという。

●小さなPCを大きく使う

 ゲルシンガー氏に続き、モビリティー事業本部長であるダディ・パルムッター氏も、ポケットに入る端末から、テラフロップコンピューティングまで、同じソフトを動かせるのはIntelだけだと鼻息が荒い。パルムッター氏は、かつてのパーソナルコンピュータにインダストリアルデザインというものがあまりなく、愛着を感じることがなかったことを指摘、現在のコンピュータがスタイリッシュになることで、きわめてパーソナルなものになってきていると説く。人々は、ノートPCを持ち歩くようになり、その適用範囲も広がった。フォームファクタもいろいろだ。ところが、ノートPCの革命には誰も注目していなかった。そこで登場したのがCentrino Atomプロセッサー・テクノロジーだ。

 パルムッター氏は、1つのものをパーソナル化するには、より多くの人が活用できなければならないという。氏にとっては、まだ、コンピュータはパーソナルなものではないということだ。より簡単でシンプルなものが求められ、それはインターネットを活用できなければならない。そして、より多くの人にインターネットを使ってもらわなければならないという。ここは、ゲルシンガー氏の意見に通じるところがある。

 さらに入手可能性や、ポータビリティにも言及した。新興市場から成熟市場まで、利用形態が広範な人々にまたがっていくことで、1人1台を確実に持てることが重要だとした。そうしたニーズに的確にマッチするのが、NetBookである。いろいろな人がいる一方で、同じ人が、時と場合において異なるニーズを持つこともある。たとえば、日中仕事で使うPCと、家族といっしょにイベントにでかけるときに持ちたいと思うコンピュータは違うはずだ。MIDは、そのモバイルチョイスをパーソナライズすることに貢献するはずだとアピールした。

 パルムッター氏は、スピーチの最後で、娘がプレゼントしてくれたという携帯電話を見せ、いいデザインのものがでてくることの根底には、小型パッケージングなどのテクノロジが必須だとした。小さく軽く、そしてよいものにしていくことを、やはり如意棒にたとえ、小さなPCを大きく使えるような改善点はまだまだあるのだと締めくくった。

●求められるソフトウェアの互換性

 3人目に登場したウルトラ・モビリティー事業部長のアナンド・チャンドラシーカ氏は、人口が増え続け、さらに変化を続けるインターネットにおいて、ここ数年のトップテンサイトを比べたときに、ソーシャルネットワーキング系のサイトが急速に拡大していることを指摘した。そして、それをモバイル環境で使えたら、すごいことになるものの、今のハンドヘルドデバイスは、あまりいい経験をもたらさないという。

 日本では、多くのユーザーが携帯電話でインターネットを使っているが、そのほとんどが不満を感じているとし、それを解決するために必要なものは、パフォーマンス、そして、インターネットとソフトの互換性、さらにワイヤレスの接続性であるとする。つまり、インターネットを使えるのに、インターネットを使えないことに不満を感じているユーザーが多いことをいっている。そのことは、開発者にとってもチャンスをもたらすとも。

 そして、ここでもAtomをアピール、「速くできて素早く眠る」という要領の良さは、人間には許されないかもしれないが、プロセッサには許される、と笑いを誘った。

 基調講演の流れを見る限り、今のIntelは、Atomのプロモーションに余念がない。同日開かれたパルムッター氏を囲んでのラウンドテーブルで、一般的なサブノートPCと、NetBookの競合について聞いてみたが、きっぱりNoと答えられた。なぜなら、Atom機をほしいと思うのは、インターネットさえ使えればいい人であり、それ以外の人はPCを手に入れるし、PCでしかできないことは、まだまだたくさんあるということだった。

 同じことをチャンドラシーカ氏にも尋ねてみた。より具体的な答えが返ってきた。Atomではセカンドライフが遊べない、だから、Atomは高性能プロセッサを邪魔するようなことはないということだ。世界には7ビリオン(70億)の人々が暮らしている。それぞれでやりたいことは異なるのだから、懸念を感じることはないとのことだった。

 個人的には両氏の考えに、まだ納得ができていない。もう少し、自分の中での整理が必要だ。

●こっちを向いてよMID

 ノートタイプのコンピュータの勢いは止まらない。ぼくはよく、コンピュータを大中小にカテゴライズした例を挙げるが、これまでのノートPCは、ディスプレイサイズによって、15型超の大、12型の中、10型以下の小に分類できた。どれか1つなら中だし、2つなら大と小を選ぶ。モバイルを想定するほとんどのユーザーがそうだった。

 これをAtom時代に当てはめると、大、中、小、Atom搭載MID、携帯電話と並ぶのだろうか。この場合、どれか1つなら携帯電話となるのはまちがいない。2つめのデバイスとして選ばれるのは、果たして大、中、小、MIDのどれだろう。

 懸念は、Atom MIDが持つリソースが、どうしても貧弱なものにならざるを得ないことでもある。だから、Atom MIDでVistaを使うのはつらい。ベンダーによって、Vista、XP、Linuxの選択を余儀なくされるわけだが、それは、VistaとXPが共存する時代が、まだまだ長く続くことを意味する。似たようなことをするために、GUIが微妙に異なる2種類のOSが混在することは、よき未来をもたらすのだろうか。

 個人的には、XPを選ばず、なんとかVistaを動かすか、Linuxで優れたUX(User Experience)を実現するような方向性を模索してほしいと思う。本当は、Windows OSとの高い互換性を持つMIDに最適なOSを、Microsoftが用意するのが理想的なのだが、その願いはかないそうにない。

 Mac OSがUNIXの上に築かれていても、多くのユーザーがUNIXの存在を意識しなくてすんでいるように、Linuxの上に優れたGUIを構築することができれば、なんとかなりそうな気もする。そのときに、開発者たちは、携帯電話ユーザーに媚びを売るのか、既存のPCユーザーに媚びを売るのか、それが気になるところだ。それによってMIDの行方、そして、PCの未来は大きく変わる。

 ユーザーにとって、OSの存在は、そのファイルシステムとシェルによって意識される。そこを明確にせず、変な「もどき」を作ってしまうと、ユーザーは混乱するだけだ。Windows Mobileが、Windowsという冠を持っているだけで、いったいどれだけのユーザーが誤解しているのかを知れば、自ずとその解は見えてくると思う。

□Intelのホームページ(英文)
http://www.intel.com/
□IDFのホームページ(英文)
http://www.intel.com/idf/

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(2008年4月4日)

[Reported by 山田祥平]


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